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【憲法を求める人々】前川喜平(佐高信)

 たたずまいというのは、ある意味で恐いものである。

前川が姿を現しただけで、加計学園の問題で首相の安倍晋三とそれに盲従する官僚たちのウソが明らかになった。

その前川が東京大学法学部の学生時代、最も熱心に聴講したのが芦部信喜(あしべ・のぶよし)の憲法だった。安倍がその名を知らないと告白して話題になった憲法学の泰斗である。

前川は民事訴訟法や商法等には興味が持てなかった。それは前川が“詩人”だったからだろう。

ここに1冊の詩集がある。1981年に出された『さよなら、コスモス』である。作者が秋津室で挿絵が原一平。共に前川の筆名で前川の生まれた奈良県の地名などに由来している。当時、前川は26歳だった。「コスモスよりもコスモスのような人へ」と献辞があるが、つまり、最初で最後のこの詩集が前川と結婚したひとに献げられたものだった。

「新しい朝に」の中の詩の一節だけ引こう。

〈語るべきことが無いときに
あえて語ることはいつわりを語ることだ。
だから今は僕は
君に愛を語ることはできない。
喧騒と焦燥に埋め尽くされた今の僕から
出て来る言葉は全きいつわりか
さもなくば救い難い饒舌だ。
だから今は僕は何も語らない。〉

そんな前川は学生時代、東大仏教青年会に入っていた。悩める青年はまた、宮沢賢治にも親しみながら、自らの拠りどころを固めていく。

『週刊金曜日』10月6日号掲載の座談会で寺島実郎が指摘しているように、「記憶にない」を連発した柳瀬唯夫や和泉洋人らの現官僚や元官僚は「組織の論理」に徹して安倍を守ったが、そうするには前川は「自分の言葉」を持ち過ぎていた。

組織に埋没して自分を消すことはできなかったのである。

前川は憲法の精神を生かすために文部省(現・文部科学省)に入ったが、この省はイデオロギーの波に激しく揺さぶられるところであり、特に教育基本法の改変の時は辛かった。その改変に前川は反対なのに大臣官房総務課長として成立に走りまわらなければならなかったからである。この時は十二指腸潰瘍になった。

前川が口走って問題となった「面従腹背」もそう簡単にできるわけではない。

拘束衣を着せられたような官僚生活を卒業して、いま、前川はこんな決意を固めている。『週刊朝日』の11月3日号での意志表明だが、「安倍政権下での改憲には反対」という前川は、
「それでも安倍首相が改憲を実行するというのなら、私も国会正門前に行ってデモに参加しますよ」
と語っているのである。

ある種の気骨ある官僚として、前川は城山三郎が描いた『官僚たちの夏』(新潮文庫)の主人公、風越信吾のモデルとなった元通産(現・経産)事務次官の佐橋滋に擬せられる。

佐橋は次官になっても護憲を強調し、非武装中立の立場を崩さなかった。ために、政財界人から、
「あの主張だけはいただけん」
とヒンシュクを買ったが、死ぬまでそれを曲げなかった。

日本興業銀行(現・みずほ)元会長の中山素平も護憲で、唯一と言っていいほど佐橋をかばったが、その意味では、前川は佐橋以来の護憲派の剛直官僚である。しかし、前川も佐橋も「異色」と呼ばれる。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、11月3日号。画/いわほり けん)

「失われた20年」はむしろ「正常」(高橋伸彰)

豊かさや幸福感とは……。(提供/アフロ)

経済成長とは統計的にみればGDP(国内総生産)の拡大にすぎない。今回の総選挙で安倍晋三首相が自らの政策で過去最大になったと喧伝した名目GDPの「かさ上げ疑惑」については、佐々木実氏が本誌(10月20日号)で指摘した通りだが、いくらかさ上げしてもそれだけで人々の実感する豊かさや幸福感は高まらない。経済学者の小宮隆太郎が47年前に喝破したように「そんなことは経済学の常識」(『週刊エコノミスト』1970年11月10日号)である。

だが、戦後の日本では経済学の常識を超えて、経済成長は日本経済の「シンボル」のように捉えられてきた。安倍政権が実質2%、名目3%の持続的成長を日本経済再生の目標に掲げる理由もここにある。

確かに机上の計算では成長の効果は絶大だ。名目3%で成長すれば現在約540兆円の名目GDPは10年後に約726兆円となり、税収のGDP弾性値を1と仮定しても自然増収だけで国の税収は約20兆円増える。

しかし、成長できなければ自然増収は幻想に終わり、そのツケは財政赤字の累積となって将来世代の負担になる。1997年度末には258兆円だった国債残高が2017年度末には865兆円と、20年間で607兆円も増えるのは歴代の政権(大半は自民党政権)ができもしない成長目標を掲げて財政再建を怠ったからだ。

だから成長幻想は捨て、成長に依存しない財政再建策を立てるべきだと筆者は20年以上前から提言(『中央公論』1996年3月号)してきた。これに対し成長派のエコノミストから返ってきたのは、「成長が必要ないと言うなら、これから増える所得はすべて寄付しろ」という意味不明の反論だった。

誤解がないように付言すれば、成長は必要ないと筆者は言っているのではない。責任ある政権なら不確実な成長に依存せず、ゼロ成長でも国民生活の安心を保障する実現可能な分配政策を示せと主張しているのだ。

実際、ゼロ成長になったからといって企業のビジネスチャンスが枯渇するわけではない。毎年GDPの10%近い市場で新陳代謝が起きると想定すれば、ゼロ成長でも毎年50兆円の新しい市場が創造される。その大きさは1997年以降のゼロ成長下で普及したインターネットやスマホ、薄型の液晶テレビやDVD、あるいは通販や宅配など新しい製品やサービスの急速な市場拡大をみれば一目瞭然である。

また、今後、生産年齢人口(15〜64歳)の減少が予想される中では、労働者1人あたりの生産性が毎年1%程度上昇しなければゼロ成長すら維持できない。そこで生産性上昇に見合う賃上げが実現されるなら、ゼロ成長下でも定昇に加え毎年1%のベアを獲得できる。ゼロ成長とはけっして悲観的な経済ではないのだ。

いまだに持続的な成長こそが「正常」だと思い込んでいる政治家には、ゼロ成長は危機に映るかもしれない。しかし、人類の長い歴史を振り返れば成長がいつまでも続くほうが「異常」であり、97年以降の「失われた20年」はむしろ「正常」である。そう考えれば「正常」への回帰を危機と呼び、成長に固執して財政再建を先送りするアベノミクスは最初から狙う的を間違っていたと言えよう。

(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。11月3日号)

本当は弱い安倍政権(浜矩子)

総選挙明けの10月23日、月曜日に本稿を執筆している。今の心境はどうか。

やれやれまたか。もとより、この思いはある。自公で解散前勢力をほぼ維持した。なんとうんざりすることか。だが、その一方で、それなりのワクワク感が、実をいえばある。「立憲民主」を掲げる政党が誕生した。そして、野党第一党のポジションにつけた。

そしてさらに、一時は妖怪アホノミクスを凌ぐ毒の鼻息を吹き散らすかにみえた緑の妖怪、グリーンモンスターが色あせた。と同時に、緑の衣の下に潜む鎧の性格がかなりよくみえて来た。「改憲踏み絵」が鎧の色合いをよく示していた。

かくして、対峙の構図がかなりすっきりみえてきた。民主主義と国粋主義が正面切ってにらみ合う。この関係が鮮明に浮かび上がった。わけの解らない与野党対決の時代は終わった。これでいい。あるのは、市民側対権力側の攻防だ。政治家たちは、このいずれの側につくのか。そのことで、彼らの知性と品格が試される。

ところで、今回も盛んに「安倍一強」ということが言われた。「一強の驕り」が出ないよう、身を慎め。選挙後の自公政権に対して、多くのメディアがこのメッセージを投げかけた。重要な戒めだ。

ただ、彼らは本当に強い政権なのか。実はそうではないように思う。彼らは、本当は弱い政権なのだと思えてならない。弱虫政権である。

弱虫の特徴は何か。それは、空威張りをすることだ。彼らには自信がない。だから必死で突っ張る。すぐに被害妄想に陥る。そして、過激な言動をもって逆襲に出ようとする。弱虫にはゆとりがない。だから、批判を封じ込めようとする。逆らう者たちを黙らせようとする。言論の自由を制限しようとする。何とも肝っ玉が小さい。

弱虫には、怖いものがたくさんある。だから、それらの怖いものを全部押しつぶそうとする。弱虫は、決して謙虚になれない。なぜなら、彼らは臆病だからだ。臆病者は、常に虚勢を張っていなければ生きていけない。そのような者たちの中に、謙虚であるおおらかさは芽生えない。

その意味で、彼らが披露してみせているのは、「一強の驕り」ではない。あれは「一弱の怯え」だ。人間は、怯えれば怯えるほど、行動が無茶なものになる。過激になる。容赦なくなる。形振り構わなくなってしまう。

市民とともに闘い続けるまともな野党組の皆さんには、弱虫の怯えと上手に対峙し、それを上手に退治してほしい。その点で、一つやや気掛かりなことがある。選挙戦中、立憲民主党の枝野代表は「右でもない、左でもない」という言い方をしていた。多くの市民とともに前に進む。それはいい。だが、右はやはり少々まずいと思う。なぜなら、その道には、どうしても国粋につながる面があるからだ。国家主義に踏み込んでいく扉がそこに開いているからだ。

振り返ってみた時、今この場面が、日本における市民主義の本格的夜明けの場だったと思える。そのような時として、今を輝かせる。それがまともな野党組の使命だ。立ち去れ、弱虫政権と偽野党たち。

(はま のりこ・エコノミスト。10月27日号)

リベラルを壊滅せんとしたYMK(佐高信)

YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)ならぬYMKが今度の選挙戦の私の批判対象だった。安倍晋三はもちろんだが、それとタッグを組んだ公明党の山口那津男、そして希望の党ならぬ野望の党の小池百合子、その小池に赤子の手をひねるようにだまされて民進党を解体させた前原誠司、この3人がリベラル破壊トリオである。

いつものように私の選挙応援は沖縄から始まった。公示前夜の10月9日、社民党の照屋寛徳の総決起大会に臨み、かりゆし姿で同い年の照屋を激励した。知事の翁長雄志も同じく壇上にいた。私のスピーチの肝は「自民党に天罰を! 公明党に仏罰を! そして希望の党に絶望を」である。

15日、前から予定されていた山形県川西町での護憲集会に講師として行く直前、庄内農業高校の教え子で社会研究サークル「考える足」のリーダーだった桜田常夫から悲鳴のような電話がかかってきた。山形は自公の対立候補がみんな希望の党へ行って投票するところがないという。

ウーンと唸りながら、はかばかしい答えもできないままに17日は新潟へ行った。立憲民主党の西村智奈美の応援である。市民主催の会で話したが、新潟は先の県知事選挙の余韻もあって、対立候補は希望へ行かず、立憲民主か無所属で闘っている。

夜遅くに東京に戻って、翌18日は板橋駅前で共産党の池内沙織の応援。ここは自民党が候補を立てず、公明党前代表の太田昭宏を支援しているが、池内が勝てば、自公連立に大きなヒビが入る。

力を込めて公明党ならぬコウモリ党と創価学会の批判をしたが、帰りに支援者たちが
「大丈夫ですか。気をつけて帰ってください」
と心配してくれる。

19日は小田急線の狛江駅前へ。立憲民主党の山花郁夫の応援である。

私は郁夫の父親の貞夫を、彼が日本社会党の委員長時代に私を勉強会に呼んでおきながら、そばの人間と話しているのでしかりつけたことがあるが、息子の方が好青年という印象。彼の祖父の秀雄はバリバリの左派だった。横路孝弘にしても赤松広隆にしても、左派の父親に反抗してか、息子はたいてい右派になる。

スピーチの後にこんなことを考えながら帰ってきた。

   思わず涙ぐんだ山尾志桜里の演説

そして20日、愛知県大府市へ。渦中のひとの山尾志桜里の演説会に参加した。漫画家の小林よしのりが彼女の、いわば後見役なのだが、『俳句界』で対談した時、何とかカムバックさせたいと言うので協力するよと申し出た結果である。

名古屋へ向かう同じ新幹線に私は品川から、小林は新横浜から乗り込む。

15分のスピーチで、私は、
「よく立ってくれた」
と言った。権力から狙い撃ちされる者の苦しさは私も共感できるからである。その後、今度の選挙の焦点は「かきくけこ(加計学園、北朝鮮、九条、原発、小池と公明党)」だと話し、本誌の前社長として、山尾のインタビューが載っている6月23日号を掲げ、対談等を含めて協力してもらっていることへのお礼の意味でも来たので是非勝ってもらいたいと結んだ。

最後の山尾の演説が迫力があり、私は思わず涙ぐんでしまった。小林のブログには「号泣」したと書かれたようだが、そんな醜態は見せない。

その晩は名古屋に泊まって、翌日、小牧空港から花巻空港へ。21日に岩手県の水沢で開催する佐高塾を予定通り行なうためである。

ニセ紳士の山口、ダメ男の前原、性悪女の小池のYMKに対抗してできた立憲民主党を軸に、私たちはこれからも闘いを続けよう。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、10月27日号)

総選挙公示翌日に大型ヘリ炎上(黒島美奈子)

事故発生は、衆議院選挙公示翌日の10月11日夕。沖縄の選挙期間は、米軍普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリ炎上事故とともに幕を切る形となった。

事故の一報は、炎上現場となった東村高江の住民からの「ヘリが墜落した」という消防本部への119番だ。2004年の沖縄国際大学へのヘリ墜落事故と同様、県民の目の前で事故は起きた。

加えて今回は、修学旅行で沖縄を訪れていた人もたまたま事故現場に居合わせ、事故の様子を撮影した動画をネット上に発信した。のどかな農村風景の一角、手入れされた緑の牧草地で、真っ赤な炎と黒煙をあげる物体の映像は、いち早く拡散された。それは、米軍ヘリの事故が、住民の生活や命を脅かしているという実態を正確に伝えている。

一方、東京発の報道で知る事故は、今回も、目撃した住民の実感からはほど遠い内容となった。

現実との乖離を象徴したのが同日、事故について記者の質問に答える小野寺五典防衛相の言葉だ。ヘリが炎上した事故現場は、民家から徒歩で数分の牧草地であり個人所有の土地であるにもかかわらず、小野寺防衛相は「北部訓練場近くの施設区域外」とした。

大手メディアは軒並み、防衛相の言葉になぞらい「施設区域外」を繰り返した。実に奇妙な言葉遣いで、その背景にあるのが、事故が民間地で発生したという事実を国民に知られるのを避けたいという意図=印象操作だ。

こうした印象操作は、米軍がよく使う手段でもある。昨年12月に発生したオスプレイの墜落現場を、米軍は当初、沖縄本島中部のうるま市沖と発表した。しかし同じ頃、本島北部の上空から暗闇の海を照らす米軍ヘリを何人もが目撃していた。光を頼りに『沖縄タイムス』の記者が発見したのが、名護市安部の集落近くの沿岸に横たわる機体の残骸だった。

ヘリ炎上事故についての小野寺防衛相の印象操作は成功した。結果、事故は選挙期間なのに短期間でメディアから消えた。米軍が重大事故と位置付ける事故に対する国民の反応は、翁長雄志知事が「負担軽減どころか米軍による事件事故はむしろ増えている感じがする」と語った実感とは、まるで対極にある静かなものだった。

衆院選を覆ったのも、ヘリ炎上事故と同じ静けさだった。森友・加計学園問題、改憲議論はすっかり消え去り、野党勢力はもちろん、公明党も議席を減らすなか自民党が一人勝ちした。誰もが社会の閉塞感を感じる一方、長年政権を独占してきた党が大勝する現象は、実は安倍晋三首相が言うところの「国難」をまったく実感できていない国民の姿を露呈している。

今回も全国と対極の結果を示したのが沖縄選挙区だ。4選挙区のうち3選挙区で自民候補が敗れた。その選挙期間中には、ある人物の、実感を伴った発言が報じられた。辺野古への新基地建設を推進する沖縄防衛局の中嶋浩一郎局長が20日、沖縄の負担軽減策として米軍基地の返還の必要性に触れたのだ(10月23日付『沖縄タイムス』)。

中嶋氏は、伊江島で住民の土地が米軍に強制接収された歴史や、ヘリ炎上事故に言及した後、負担軽減には「返還が必要だ」と述べたという。それは、新基地建設を巡り対立するはずの翁長知事と同じ言葉だった。

(くろしま みなこ・『沖縄タイムス』記者。10月27日号)

安倍政権の「GDPかさ上げ疑惑」(佐々木実)

「2016年度のGDP(国内総生産)は史上最高ですよ」

テレビニュースの党首インタビューで、安倍晋三首相が「史上最高のGDP」を誇示するのを見て、「基準変更」への疑問が再び頭をもたげた。

今年2月にこのコラムで触れたが、安倍政権は昨年12月にGDPの算出基準を大幅に変更している。その時点で最新のデータだった2015年度は、従来の基準で501兆円のGDPが、新たな基準のもとで532兆円。基準変更のみで30兆円以上増えていた。

2015年9月に自民党総裁に再選された安倍首相が「GDP600兆円の達成」を掲げたこと、安倍政権がGDP算出基準をさらに「大改訂」する作業を進めていること、をコラムでは紹介したのだが、内容は踏み込み不足だった。

明石順平氏は『アベノミクスによろしく』(インターナショナル新書)で「GDPかさ上げ疑惑」という章を設け、昨年12月のGDP算出基準の変更を検証している。

基準変更をかいつまんで説明すると、主な理由は二つあり、「基準年」の変更と、「算出基準」を国際基準にあわせ変更したことだった。

ところが、じつはこれ以外に「その他もろもろの変更」があり、この根拠不明な変更で安倍政権の時期の数字だけが「かさ上げ」されていた。たとえば、安倍政権発足前の2012年度は0.6兆円しか増えていないのに、2015年度は7.5兆円も増えている。こうした「操作」の積み重ねが、安倍政権に都合の悪いデータを「削除」する効果をもったのである。

明石氏によると、昨年12月の基準変更によって、マクロ経済統計から読み取れる「アベノミクス失敗」を象徴する五つの現象がすべて消えた。「戦後初めて2年度連続で実質民間最終消費支出が下がった」などの現象である。2016年度のGDPが史上最高を記録したのも、旧基準なら史上最高の1997年度が相対的に低く修正された結果だった。「歴史の書き換えに等しい改訂がされた疑いがある」と明石氏は疑問を呈している。

選挙戦で安倍首相は、過去に遡って「改訂」されたマクロ経済統計を存分に活用している。彼は「経済運営の成功」というイメージづくりが、自らに強い求心力を与えてくれることを身をもって知っている。投資家に大歓迎された「異次元金融緩和」は結局失敗に終わっているが、安倍首相には今なお「成功体験」と映っているのではなかろうか。

英国在住のブレイディみかこ氏の「反緊縮を進める欧州左派」(『世界』11月号)という論考が参考になる。欧州各国で左派が反緊縮政策を唱える背景には、極右が先にこうしたポピュリズム的政策を手にすると危険だという切迫した危機感があるという。欧州の歴史には、ヒトラーという悪しき成功例があるからだ。

今年6月の英国の総選挙で躍進した労働党のコービン党首が、金融緩和政策を「ピープルズ・クオンティテイティブ・イージング(人民の量的緩和)」と呼んで支持したことは示唆に富む。欧州は政治抜きに経済を語れない危うい状況に突入しているが、他人事ではない。アベノミクスもこうした文脈のなかで捉え直してみる必要がある。

(ささき みのる・ジャーナリスト。10月20日号)

安倍首相、「ニュース23」キャスターを非難(佐藤甲一)

希望の党の登場で政権交代の可能性が注目された今回の衆議院選挙。だが、小池百合子代表の候補者の「排除」や自身の出馬問題などの影響もあって党の勢いは失速した。公示前後の情勢調査に基づき新聞各紙は自民党と公明党で「300議席を超える勢い」と報じている。

自民党は大幅に議席を失うどころか、微減もしくは「生数字」では288議席とはじいた社もあるほどだ。政権交代の流れはもはや途絶えたと言っていいだろう。この情勢に安倍晋三首相の心が弾んでいることは言うまでもない。またぞろ「傲慢(ごうまん)」な姿勢が頭をもたげ始めている。

「あなたたち3人は笑われているんですよ」。公示直前の9日夜、安倍首相は3人のキャスターに向かってこう言い放った。東京・赤坂のTBS局内でのことだ。

この日は安倍首相をはじめ希望の党の小池代表、公明党の山口那津男代表ら各党党首を集めて、その日深夜のニュース番組の収録が行なわれた。いわゆる「党首討論」である。収録は放送用語では「疑似生」と呼ばれる方式で行なわれた。つまり本番と同じように放送部分を収録しつつ、実際のCM時間と同じだけ収録しない「休み」があり、また収録を再開するという方式だ。その収録と収録の合間の「休み」時間に、安倍首相はTBSの「ニュース23」のキャスター陣に面と向かってそう言葉を投げかけたのだという。

同番組にかかわらず、報道機関が権力の振る舞いを厳しい視点で見ることは当然の責務だ。放送法で規定されているとはいえ、そうした権力チェックは国民の「知る権利」に基づいて放送局においても、「公平公正」の範囲で認められている。つまり、放送権とは「お上」から与えられたものではなく、国民から負託された知る権利の下にあるべきものだ。

ところが安倍首相は続けてこうも指摘したという。「あなた方のやっていることは『報道ではなくて運動』ですよ」。同番組は日々の放送の中で森友学園問題や国家戦略特区にかかわる加計学園と安倍首相の関わりについて取り上げてきた。だがそれはなにもこの番組に限ったことではない。

だが安倍首相は、それを権力の行き過ぎをチェックする報道機関としての当然の行為とは受け取らず、「倒閣運動」と受け取っているらしい。各党党首の面前でこうした発言を繰り返したのは、自民党候補者の堅調な戦いぶりと勝利への予感に裏打ちされてのことだろう。

かつての自民党重鎮たちは、勝っても負けても報道機関をあからさまに敵視したり、社ごとに「排除」「選別」することはなかった。そこには「批判されることこそ権力の証」と受け止め、批判されるぐらいがちょうどよい、とする余裕があった。だが、安倍首相にそうした権力者のゆとりは微塵も感じられない。あるのは自分に向けられた批判に対する報復まがいの言葉、過剰な反応だけだ。

内閣支持率が急落した7月前後に口にした「謙虚な」政治姿勢や国民に対する「真摯な」説明がもはや望めないことは、先に示した「言葉」からも明らかだ。

あわせて、希望の党が国民に政権交代の幻想を抱かせ、代表自らの傲慢とも言える政治手法の誤りによって失望に転化させたことが自民勝利の道を開いたとも言える。結局、安倍政権延命に手を貸した小池東京都知事の罪も深い。

(さとう こういち・ジャーナリスト。10月20日号)

選挙期間中にも相次いだモリカケ疑惑への刑事告発

「告発は国民の怒り」と訴える原告と弁護人ら=10月16日、司法記者クラブ。(撮影/片岡伸行)

国会の冒頭解散で疑惑がウヤムヤにされる。事実解明のためにはもはや刑事告発しかない――。大阪府豊中市の国有地を8億1900万円“値引き”し、安倍晋三首相・昭恵夫妻と関係のあった森友学園(大阪市)に売却した問題で、「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」有志103人は10月16
日、売却に関わった当時の近畿財務局国有財産統括管理官・池田靖氏と、財務省理財局長(当時)として「記録は廃棄した」などと国会答弁した佐川宣寿氏(現・国税庁長官)の2人をそれぞれ背任罪、証拠隠滅罪に当たるとして、東京地検に刑事告発した。

告発状提出後、「市民の会」の醍醐聰・東京大学名誉教授、池住義憲・元立教大学特任教授、児童文学作家の佐々木江利子さん、元NHKディレクターの根本仁さんら原告と代理人が東京・霞ヶ関の東京地裁内・司法記者クラブで会見。「すでに先行して2件の刑事告発があるが、その後、新たな事実が明らかになった」とし、「2016年3月から5月とされる音声記録では、池田氏と思われる人物が『理事長がおっしゃるゼロ円に近い金額まで、私はできるだけ努力する作業を、今やっています』と発言。これほど明確な背任はない」と指摘。また、佐川氏は「事前に価格を提示したことはない」「(パソコンデータは)自動的に消去され、復元できない」などと答弁したが、「その後、理財局次長が『自動消去システムはない』と訂正、麻生太郎財務大臣も『データの廃棄・消去を延期している』と発言。佐川氏の答弁は虚偽で証拠隠滅に当たる」とし、「原告は103人だが、背後に多くの国民の怒りがある」と訴えた。

同日はまた、「今治加計獣医学部問題を考える会」共同代表の黒川敦彦氏が、「腹心の友」加計学園獣医学部新設を認定した安倍首相を「詐欺幇助」の疑いで山口地検に告発状を提出した。

(片岡伸行・編集部、10月20日号)

安倍首相代表の政治団体、地元神社などに120万円以上の支出

安倍首相が代表する自民党支部が神社に「福引券」(玉替券)30枚の代金を支払ったことを示す領収書(受納証)。(撮影/三宅勝久)

安倍晋三首相(現在衆議院議員候補)が代表を務める政治団体「自民党山口県第4選挙区支部」(下関市)が、下関市内の神社や寺に多数回の支出をしていることが、情報公開請求による「少額領収書」(1万円以下)の調査でわかった。

2010年から15年の6年間で約320回。金額は1回あたり3000円から1万円で、合計すると120万円以上になる。費目は「渉外費」とある。支
出回数の多い宗教法人(後援団体を含む)は、亀山八幡宮(39回)、大歳神社(31回)、住吉神社(28回)。

奇妙なことに、約320件の7割を占める230件が、領収書の様式がまったく同じだ。受取人の「自由民主党山口県第四選挙区支部様」が印刷ずみで、但し書きも「会費として」のゴム印が押されている。支部であらかじめ用意し
た「自作領収書」の疑いが濃厚だ。「会費」の実態はわからない。

「自作」ではないほかの領収書をみると、但し書きにこうある。「玉串料」「直会会費」「御田植祭会費」「秋祭会費」「玉替券30枚」――。

神事に関連した協賛金の類だと明記している。「玉替券」とは、いわゆる福引券のことだ。「現金2000円」といった“豪華”賞品を用意している神社もある。それにしても玉替券をなんのために買ったのだろう。支援者に配ったということはないのか。

一連の支出は、憲法が定める政教分離原則に反するばかりか、有権者への寄付を禁止した公職選挙法に違反する恐れもある。

法に触れる危険を冒してまでマメな神社通いを続ける「第4支部」だが、じつは効果のほどは定かではない。「秘書の人は時々来る。でも私は安倍さん嫌いです」。ある神社関係者はそっと漏らした。

取材に対して安倍事務所は「政治資金規正法にのっとって適正に処理している。個別の問題には答えていない」と説明にならない回答を行なった。

(三宅勝久・ジャーナリスト、10月20日号)

情けない安倍首相の“いいとこ取り”(鷲尾香一)

安倍晋三首相は9月28日、臨時国会の冒頭で衆議院を解散した。何のための解散なのか、森友・加計問題を追及されるのが嫌だったのか、解散の大義がどこにあるのかわからないままの解散となった。

安倍首相は解散の理由を、2019年10月に予定されている消費税率10%への引き上げによる増収分の使途を変更し、債務返済に回すはずだった約4兆円の中から、教育や子育て支援に2兆円規模を充てることについて、「国民の信を問う」とした。

しかし、消費税率の引き上げによる増収は社会保障4経費(年金、医療、介護、子育て支援)に“すべて充当する”ことが、2012年の3党合意(民主党、自民党、公明党)による「社会保障と税の一体改革」で定められている。

事実上、民主党が消滅した現在、3党合意を安倍首相が勝手に破棄するという信義問題は置いておくとして、今回の消費税率増収分の使途変更は、よく見るとお得意の“安倍マジック”であり、安倍首相一人勝ちの構図が透けて見える。

債務返済を先送りするということは、財政は痛まないように思えるが、事実上、赤字国債の発行が続くことを意味する。

また、詳細は明らかになっていないが、教育や子育て支援の2兆円支援がいつから始まるかだ。消費税率が10%に引き上げられるのは、2019年10月の予定であり、その増収分がフルに入ってくるのは、2020年分、つまり、2021年になってから。それ以前に教育や子育て支援の2兆円がスタートするのであれば、その財源は赤字国債に頼るということになる。つまり、財政悪化要因だ。

また、消費税率10%への引き上げは、教育や子育て支援対象者にも、増税という負担を強いることにもなる。そして、何よりも問題なのは、安倍首相は、華々しく政策を打ち出すだけで、将来に待ち構える難問は、安倍政権後のあとの政権が取り組むことになる。

国際公約となっている2020年のプライマリーバランス(PB)の黒字化は、先送りされる。安倍首相は「財政再建の旗は降ろさない」と強弁するが、教育や子育て支援を開始すれば、債務返済の財源は少ない。安倍首相の任期は最大2021年9月までだから、PBの黒字化達成は、安倍首相の後の首相が負うことになる。ちなみに、今回の総選挙の当選代議士は、衆議院の任期が4年なので、任期満了は2021年10月と安倍首相の任期に合致する。

2020年の東京五輪が終われば、少なからず五輪景気の反動から、景気が落ち込むことは予想できる。つまり、税収も期待できない。

結果、消費税率の再引き上げに踏み切ることになろう。消費税率が8%になったのは、2014年4月。10%になるのは2019年10月。その間、約5年半。しからば、次の消費税率引き上げは、単純に5年半後なら2025年4月ということになる。つまり、安倍首相の後の首相の仕事だ。

債務の返済、PBの黒字化、あるいは次の消費税率の引き上げは安倍首相以外が対処しなければならないのだ。国会での検討もなく、世間受けする、安倍首相の“いいとこ取り”の政策が、衆議院解散の理由とは、何とも情けない。

(わしお こういち・経済ジャーナリスト。10月13日号)