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戦争は始まっている!?(黒島美奈子)

戦争は始まっているのかもしれない。この1年を振り返るとそう思わずにはいられない。

幕開けは2016年12月13日。名護市安部の海岸に米軍普天間飛行場所属のオスプレイが墜落した。

集落から歩いて行ける現場の浅瀬は、家々からわずか数百メートル。何百、何千と散った機体の残骸は、今も見つかっている。墜落機と共に飛んでいた僚機は同日、機体の不具合から前輪が出ず、普天間飛行場に胴体着陸した。

年が明け2017年1月19日、嘉手納基地所属のF15戦闘機が油漏れのため同基地に緊急着陸した。翌日にはうるま市の農道に、新型攻撃ヘリAH1Zが不時着。機体から出る熱風で畑の作物が焼けた。

3月8日、キャンプ・ハンセンで米軍ヘリUH1からつり下げられた複数の車のタイヤが宜野座村に落下。同21日には、C130輸送機が、燃料を放出させながら嘉手納基地に着陸するのが目撃された。6月6日、伊江島の米軍補助飛行場にオスプレイが緊急着陸。

同10日には奄美空港にも緊急着陸した。オスプレイは8月28日にも、山口県岩国基地で白煙を上げ着陸。同29日には岩国基地を出た1機が大分空港に緊急着陸後、煙と炎が上がった。同機は6月に伊江島で不具合を起こしていた機だったことが後に判明。9月29日には、オスプレイ2機が石垣空港に緊急着陸した。

10月11日、米軍ヘリCH53が、東村の民間の牧草地で炎上。11月22日には、嘉手納基地を飛び立ち空母ロナルド・レーガン艦載機として訓練中だったC2輸送機が洋上で墜落した。米兵3人が行方不明となっている。同30日、米軍戦闘機F35が機体右側のパネルを付けず嘉手納基地に着陸したことが発覚。翌日、在沖米軍は「おそらく海上で落下した」と発表した。

12月7日、宜野湾市の保育園の屋根で、米軍ヘリCH53の部品が見つかった。保育園関係者によると、屋根でドスンと大きな音がしたので点検すると部品があった。米軍は、米軍機から「落ちた」ことは否定したが、米軍機の部品であることは認めた。

そして、1昨年のオスプレイ墜落からちょうど1年目の12月13日、同市普天間第二小学校の校庭に、上空を飛行中の米軍ヘリCH53が窓枠を落下させた。校庭にいた男児1人が、落下時の衝撃で飛んだ石でけがをした。

ヘリから戦闘機まで米軍基地の多種多様な機種が事故を頻発する様子は、朝鮮戦争時(1950~53年)、ベトナム戦争時(1955~75年)の沖縄と重なる。石川市(当時)の宮森小学校に米軍戦闘機F100が墜落し死傷者227人を出したのも同時期だった。同じ期間には嘉手納村や読谷村でも米軍機による事故で住民が数人死亡している。

翁長雄志知事が「負担軽減どころか、復帰前に戻ったよう」と憤る姿に、もはや想像力は必要ない。しかし米軍機からの窓落下事故を受け、山本朋広防衛副大臣は、沖縄県が要求する「米軍機全機の飛行停止」に対し「他の飛行機も(事故機と)同じように扱うというのは、どういうロジックなのか分からない」と首をひねった。

この国の閣僚には想像力どころか、目の前で起こっていることを認識する力さえないことに愕然とする。次の戦争が始まるか否かは、そんな政治家たちに委ねられている。

(くろしま みなこ・『沖縄タイムス』記者。2017年12月22日号)

【憲法を求める人々】萩谷麻衣子(佐高信)

 むのたけじは『詞集たいまつ』(三省堂新書)でこう喝破した。

「戦場で死んだ兵士は最後に『かあさん!』とよんだ。しかし母親のだれも、むすこのそのこえを聞いていない」

萩谷はむののこの言葉に全身で共感するだろう。『俳句界』12月号の「佐高信の甘口でコンニチハ!」で、私に次のように語ったからである。

「テレビで『憲法改正反対』とか言うと、すぐに反日左翼だとネットでは言われるんですけど、あまり左右というのは意識したことがなくて、ただ子どもの母親として戦争反対なんです。特に、ちょうど十八歳の息子もいますから」

安倍晋三を筆頭として勇ましげな議論をしている人たちは決して自分は戦争に行かない。安全な立場で声高に主張しているが、
「では、誰が行くの?」
と問いたい、と萩谷は言う。

改憲して軍隊を持つことにしたら、自衛隊だけでは絶対に足りなくなって徴兵制にせざるをえなくなるだろう。

「そのときにうちの子どもやその友達を戦争に行かせられるのかといったら、私は絶対反対。それを言うと感情的だとか、お国のことを思っていないのかと言われるけど、それなら、あなたが行きなさいよと思うんです。あの世代の子たちを戦争に行かせて人を殺させて、殺されるかもしれないんだったら、攻撃されて死んだ方がいいじゃないかと、母親としての思いが強いです」

穏やかな口調ながらキッパリと、萩谷はこう言い切る。

そして、国民の多くが徴兵制を望むなら、「中高年男女問わず」そうしたらいい、と続ける。

むしろ、若い人は最後にして、中高年から前線に行くべきではないか。

「そこまでの覚悟をして憲法改正に一票入れるのかと、テレビでも言う機会があったら言いたいと思っているんですけどね」

やわらかな感じで語る彼女がテレビからはずされないことを祈るばかりである。

『朝まで生テレビ』で同席して、あの喧騒の中できちんと話す彼女に感心した。絶叫調でなく、しかし、言うべきことを言うのは、かなり難しい。それを可能にしているのは彼女の芯の強さだろう。

詳しいことは聞かなかったが、同業の彼と結婚する時に母親に反対され、板挟みになって、電車に飛び込もうかと思うくらい辛かった時期が数年あったという。

「でも、そのときの双方から責められて苦しかった状態が、今の仕事に生かされていると思います。そういう方が離婚の相談に来られると、何が苦しいのかわかるんです。苦しかった経験が生かされているので、いい仕事だなと思いますね」

もう一度、むのの『詞集たいまつ』を引けば「語り上手が良い聞き手であるとは限らない。しかし聞き上手は、必ず良い語り手である」とある。

萩谷も、よく聞くことから信頼関係は生まれることを学んだ。

弁護士は依頼者の話を聞きながら、どこが問題でどう戦うかという「法律構成」を組み立てるが、依頼者はそれとは関係ないことも話す。しかし、彼あるいは彼女がこだわっているところが重要だったりするのである。

「だから、時間をかけて聞く事は大事だなって思います」

国家なんて言葉は一番信用できないと思うとも萩谷は語る。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、12月15日号。画/いわほり けん)

大増税と軍事力強化の責任は(佐藤甲一)

10月の衆議院選挙から50日あまり、永田町から緊張感が失われ、今の政治に見るべきものがなくなっている。政権に批判的ながら託すべき野党もないとし、その結果自民圧勝の状況を作り出した有権者は今こそこの政治状況を凝視し、目を覚ますべきであろう。

自民大勝の結果起きたことは何か。無批判の中での大増税、防衛力いや軍事力強化、そしてチェック機能の消失=党首討論ゼロという結果である。「近親憎悪」の中で分裂した旧民進党議員に言い分もあろうが、結果は政権を監視し、政治に緊張感をもたらすという野党の役割を放棄したにすぎない。

政策よりも、権謀術数、合従連衡と批判を浴びようとも、まずは「数」で与党を圧迫することこそ、野党の責任第一ではなかろうか。はっきり言おう。議会制民主主義の下では政策ではなく、数こそ、政治に緊張感をもたらすのである。

そして、今現在も国会内ですら「野党共闘」はできていない。12月8日付『毎日新聞』は、今年最後の機会となった特別国会において党首討論が開催されない理由について「野党が多党化し、持ち時間が細分化されたため追及が不十分になるため、野党側が敬遠」と伝えている。

別の新聞では、衆院第一党の立憲民主、参院第一党の民進が野党第一党のステータスを求めて譲らず、他党も絡んで調整が付かなかったとの分析も。野党が内輪もめしているようでは、与党の政権運営は楽だろう。

来年度の税制大綱改定の内容を見れば、野党はその責任であるチェック機能を果たせていないことが明らかだ。所得増税は既定路線となりつつある。年間収入850万円以上の対象者(会社員)は200万~250万人ではあるが、この増税によって900億円が確保された。また日本を訪れる外国人ばかりか、海外旅行などに向かう日本人も課税対象の観光促進税(出国税)も当初の2019年4月導入が3カ月前倒しとなり19年1月から課税されることになった。

27年ぶりの新税は16年ベースの出国者数で換算すれば約400億円の増収となる。政府予算ではすでに経済産業省や農林水産省などが所管する観光政策に3200億円が拠出されている。「目的税」になる観光促進税との棲み分けがどのようになるのか議論不十分の中で、増収だけが先行する。

防衛力整備でもこれまでに比べて突出した「増強」が進んでいると言わざるを得ない。対艦、対地能力が格段に向上した射程500キロ以上に及ぶ日本型トマホーク・ミサイルの導入検討、さらに19日にはグアムやハワイへ向けた北朝鮮のICBM(大陸間弾道ミサイル) の軌道を捉えるため秋田、山口へのイージス・アショアシステムの配置が閣議決定される。

トランプ大統領の訪日にあたりステルス性の高いF35の導入促進を二つ返事で行なった安倍政権の「軍事力増強」はとどまるところを知らない。北朝鮮情勢が緊迫の度合いを高めているとはいえ、国会での議論なきままの政策執行は、国民が選挙でもたらした結果であると同時に、分裂を放置したままの野党全体の責任でもあろう。

2019年夏の参議院選挙を念頭に、一刻も早く、まず統一会派を組み、来年度予算のはらむ問題を組織的に追及する努力をすべきである。野党に正月休みなどない。

(さとう こういち・ジャーナリスト。2017年12月15日号)

森友・加計学園問題、国民訴訟制度を創設せよ(宇都宮健児)

大阪府豊中市の国有地が、ごみ撤去費用として約8億円を差し引いて学校法人森友学園に売却された問題で、会計検査院は11月22日、国が見積もったごみの処分量が過大であり「値引き額の根拠が不十分で、土地売却額算定の際の慎重な検討を欠いていた」とする検査結果報告を参議院議長に提出し公表した。

ごみの量は、国有地処分を担当する財務省の近畿財務局からの依頼で、土地を所有する国土交通省大阪航空局が試算したのであるが、財務省の佐川宣寿前理財局長(現国税庁長官)は国会答弁で、森友学園への国有地売却は適正な価格であったと繰り返してきた。

森友学園を巡っては、安倍晋三首相の妻の昭恵氏が小学校の名誉校長に就いていたことから、行政側が忖度して値引きにつながったのではないかとの疑いが浮上し、国会では野党から昭恵氏の証人喚問の要求がなされたが、安倍首相は、昭恵氏の関与を否定し、与党も昭恵氏の証人喚問を拒否し続けてきている。

森友学園の問題に関しては、市民団体が、背任容疑や公用文書等毀棄容疑、証拠隠滅容疑などで、佐川宣寿前理財局長や美並義人近畿財務局長などを東京地検に刑事告発しており、今後の捜査の行方をしっかりと監視していく必要がある。

ところで、地方自治法においては、普通地方公共団体の住民が、その財務行為の違法性をチェックし、損害を回復するために、違法な財務行為の差止め、損害賠償、不当利得返還などを求める「住民訴訟」が認められている。

ところが、普通地方公共団体以上に多額の税金が支出されている国については、違法な財務行為が明らかになっても、国民がこれを正す訴訟は認められておらず、そのため違法な財務行為が発覚しても、国の損害は放置される事態となっている。このような事態は、普通地方公共団体と比べて明らかに正義に反する。

国における財務行為の適法性の確保は国民にとってきわめて重要であり、法治主義・財政民主主義の観点や司法による行政の適法性確保の必要性の観点から、国レベルの住民訴訟制度の創設が求められている。

日本弁護士連合会や全国市民オンブズマン連絡会議は、このような観点から国民訴訟制度すなわち公金検査請求訴訟制度の創設を提案している。

具体的には、国民は、会計検査院に対し、国の財務行為について、これを特定し、その違法性、損害を指摘して検査を行なうように求めることができるものとし、会計検査院は、検査を行なった結果、違法な財務行為があると判断した場合には、関係者に対し、損害回復等の必要な措置を勧告するものとする。国民からの検査請求に対して、会計検査院が勧告措置をとらない場合、あるいはその勧告措置が十分なものではないとして納得できない場合には、国などを被告として必要な措置をとるよう請求する訴訟を提起することができる制度である。

森友・加計学園疑惑が大きな社会問題になっている今こそ、政府、国会は、国民訴訟制度の創設に着手すべきである。

(うつのみや けんじ・弁護士、12月8日号)

女性を結婚・出産に追い込む危険な企業子宝率
~セクハラパワハラが心配!?~(斉藤 正美)

安倍政権が2013年から膨大な国の予算を投入し、都道府県で進めてきた婚活支援。この「官製婚活」の中で、複数の自治体が重宝する「企業子宝率」という公的な統計指標がある。子を「宝」と謳うこの指標は、結婚・出産の圧力になっているばかりでなく、指標として大きな問題を抱えている。そのカラクリを徹底取材した。

2017年、富山県が行なった「子宝モデル企業」の表彰式。壇上には満面の笑みで、男性ばかりがズラリ……。(撮影/斉藤正美)

2017年2月22日。富山市内にある立派な会場で、金屏風のひな壇に石井隆一富山県知事を囲んで居並ぶスーツ姿の管理職男性6人が表彰状を広げて晴れやかに記念撮影していた。看板には「富山県子宝モデル企業表彰式」などとある。子育て支援環境に優れているという触れ込みの「企業子宝率」が昨年度高かった企業を表彰する式なのだが、男性ばかりの式が、この指標の本質を示唆していた。同日は、県内表彰企業6社の社員など約100人が会場を訪れた。

華やかにスポットライトが当たる壇上を管理職男性たちが足を広げて陣取る傍ら、女性社員たちは後方に座り、帰りもそそくさと無言で去っていった。「企業子宝率」の考案者である渥美由喜氏は表彰式後、「イクボス(部下の、仕事と育児の両立を支援する上司)が増え、県内企業が活性化していきますように」と、表彰された管理職男性たちにエールを送った。一体、誰のための仕事と子育ての両立支援なのだろうか。

政府も後押し

「企業子宝率」は、従業員(男女問わず)が企業在職中にもつことが見込まれる子どもの数である。通常、出生率調査は女性のみが対象だが、渥美氏は、企業の子育てしやすさを指標化するには「男女ともに対象」とした方がよいとしている。各自治体は、希望する企業に社員の子どもの数などを調べてもらい、「企業子宝率」を導きだし、富山のように、上位企業を表彰したりもする。

現在、福井や静岡、鳥取、富山、青森県の五つの地方自治体で使われ、政府の白書や審議会資料などでしばしば紹介されるほどだ。使用年数は、最長7年の福井県から2年の青森、富山県まで幅がある。

地方自治体がこうした指標を活用し、結婚・出産を奨励するのは、安倍首相が15年に提唱したアベノミクスの経済政策、新三本の矢による国民「希望出生率1・8」(国民の希望が叶った場合の出生率)の閣議決定(16年)の影響が少なくない。既婚者も独身者も平均2人以上の子どもを希望するという10年当時の調査が根拠だ。

この数値目標を含む人口政策について、厚生労働省の施設等機関である国立社会保障・人口問題研究所の阿藤誠名誉所長は『学術の動向』(日本学術協力財団)17年8月号掲載の論文「日本の少子化と少子化対策」の中で、「先進諸国では例外的であり、日本では1941年の人口政策確立要綱以来である」と警告を発している。人口政策確立要綱とは、「婚姻年齢(24・3歳)を3年早くし、出生数平均を5人とする」という戦中の出産奨励策だ。

阿藤名誉所長は、安倍首相の数値目標設定について、「一歩間違えると、自治体レベルで個人(とりわけ女性)に対する結婚・出産圧力として働き」、「妊娠・出産に関わる女性の自己決定権に抵触する恐れがある」とも指摘している。「企業子宝率」はいわば、国の数値目標を自治体レベルに落としたもので、女性にとってはより切実な結婚・出産圧力となっている。

政府が白書や審議会資料などで「企業子宝率」を紹介していることについて、内閣府の見解を聞くと、「企業の子育て支援環境を図る指標」と肯定的に指標の意義を捉えていた。審議会では、「企業の子育て支援を促す取組」の例として紹介しているという。政府は、「企業子宝率」を使用する自治体に内閣府の地域少子化対策重点推進(強化)交付金をばら撒いており、山梨県(13~14年補正)、静岡県(14年補正)、三重県(13~14年補正)、鳥取県(13・16年補正)、佐賀県(13年補正)に交付金を投入したとも回答した。

「公共性を欠く指標」

「企業子宝率」がこのように重宝されることには大きな問題がある。第一に、阿藤名誉所長も指摘している通り、結婚・出産の圧力になる。第二に、職場で調査をかけられる社員、とりわけ、同性愛者、子どものいない人、もちたいがもてない人、不妊治療中の人などさまざまな個人事情を伴う社員にとってプライバシーの侵害、セクハラ、パワハラになりかねない。

第三に、こうした懸念があるにもかかわらず、渥美氏が自身の「知的財産」であることを理由に、算出方法の全貌を公開していないことだ。「日経ビジネスオンライン」15年3月9日付記事によると、「企業子宝率」は最終的に渥美氏が「(数値の)補正を行う」ことで導き出されるというが、非科学的な「補正」があったとしても、それを専門的に検証しようがない。

東京大学大学院の北田暁大教授(社会学)は、「およそ科学的とは言い難い作成プロセスで公共性を欠く指標を地方自治体が使うことが問題だ」と指摘する。「『知的財産』だから計算方法を公開せず、保護の対象にせよなんて検証のしようもない。データ改竄、恣意的解釈以前の、科学としての最低限度のマナーを満たしていない」と批判した。

「企業子宝率」調査を行なってきた全国10の自治体及び1一般社団法人(両方を団体とする)を対象に、筆者と本誌が7月から11月に、使用状況(図参照)や調査手法の妥当性などの見解を尋ねたところ(大津市は無回答、一般社団法人は岐阜県経営者協会)、「渥美氏の意向」(4団体)や「知的財産だから」(3団体)などの理由で自治体も計算方法を公開していない。

「知財登録は検討中」

富山県議の火爪弘子氏。プライバシー侵害の観点から「企業子宝率」調査の中止を求めているが、富山県は来年度も予算を確保する意向という。(提供/火爪弘子)

だがそもそも、「企業子宝率」は知的財産登録すらされていないことがこのたび明らかになった。富山県議会の火爪弘子議員(共産党)が9月の同議会経営常任委員会で、厳しく追及すると、県側は、知的財産登録がされていないと答弁したのだ。本誌も渥美氏本人に確認すると、11月22日付で「知財登録するかどうかは検討中」との回答があり、現在は登録されていないことを認めた。しかしながら、計算方法は公開しないという。

総務省統計局は、統計法第2条3項にもとづき、「企業子宝率」は公的統計とみなされるとしている。しかし計算方法公開などの透明性の確保は、国レベルで行なう統計調査に対してしか義務付けされておらず、自治体での調査は県条例の定めるところによる。ある行政法の専門家は、「自治体も国にならって、統計の作成方法を公開させるなどのガイドラインを作成する必要がある」としている。

また、プライバシー侵害の懸念も払拭できていない。筆者と本誌の調査では、各自治体は「趣旨説明、注意喚起」(富山、静岡、鳥取)、「個人名を表記しない」(青森、山梨)という方法でプライバシーへの配慮をしていると回答した。

だが、『仕事と家族』(中公新書、15年)などの著書がある立命館大学の筒井淳也教授(家族社会学、計量社会学)は、「社員のプライバシーに踏み込む調査になるので、調査拒否に関する方針がちゃんと企業の調査担当者に伝えられているかが問題になる。そもそもこういった調査を実施すること自体、社会調査倫理上、問題なしとは言いがたい」と危惧する。

「男性9割」の企業を表彰

さらに、「企業子宝率」の高い企業が本当に子育てしやすい職場環境であるかどうかについても疑問点が多い。富山県の「子宝モデル企業表彰式」当日、「企業子宝率」が高いと表彰された2社が子育て支援策などについての事例を発表したが、驚いたのは、2社とも男性従業員が約9割を占めていた。このうちの1社である県内の電力会社は、「イクボス宣言」をしているというが、役職者に占める女性比率はわずか1・8%である。

筒井教授は、「男性の多い企業で子宝率が高くなるのは、本末転倒というより、むしろ指標の趣旨にそった結果。日本では、まだまだ男性の終身雇用的な働き方を推進する企業で『出生率』が高く、そういった企業では女性は出産を機に退職している可能性もある。出生率の高さと女性のアクティブさは別問題」と指摘。「先進国では、女性の活発な経済活動がみられる国で出生率が高いという傾向。日本では依然として女性の就業と出生率がトレード・オフ(両立しない関係)になっていることが問題だ。したがって、現状の課題(性別分業を前提としないと子どもを持ちにくい)をこの指標で解決、というわけにはいかない」とした。

富山の3月県議会で井加田まり議員(社民党)が「子宝モデル企業」普及の意義を問うた際には、石井知事は、買いものした生ものを帰宅するまで社内に置けるよう冷蔵庫を備えた企業の取り組みを称賛するなど、本質からズレた回答をした。県予算ではなく、民間が自助努力で少子化を改善せよとの本音が吐露された形だ。

「男性従業員の割合が高い企業の子宝率も、子育てしやすい職場環境を示している」と考えるか、との筆者と本誌の問いに対しては、現在使用中の5自治体のうち4自治体は、「どちらとも言えない」などと懐疑的だった。

出産奨励の動きが活発化

「多子化推進プロジェクト」を宣伝する日本賢人会議所のホームページ。写真は、当時一億総活躍担当大臣だった加藤勝信厚労相に提言を渡す場面。

一方、「企業子宝率」を取り巻き不穏な動きが活発化している。人工妊娠中絶に反対する活動家を呼ぶセミナーや、「多子化」に向けた政策提言等をする日本賢人会議所という民間団体が、「子宝」という発想を奨励し、出産を後押しする提言を政府関係者に提出したのだ。

同会議所は、橋本龍太郎元首相の妻、橋本久美子氏が会長だ。16年に「多子化」社会の実現に向け、(1)企業子宝率の考え方をベースにした「子宝ファンド」の提案、(2)母体保護法の見直し(「又は経済的理由により」の文言を精査) ――を含む提言をまとめている。ホームページには、提言を16年12月に加藤勝信一億総活躍担当大臣(当時)に提出し、17年1月に内閣府子ども・子育て本部の角田リサ少子化対策担当参事官と意見交換したと報告(写真)されている(内閣府も事実を認めている)。

この「子宝」という発想を奨励し、人工妊娠中絶の禁止を視野に入れた「産めよ、殖やせよ」提案は、一方で石川県加賀市をはじめとする「生命尊重の日」条例制定の動きがあることに鑑みれば、戦時の政策の再来とも言える危険な動きである。今後これが政策展開につながらないか、しっかりとウォッチすると同時に、出産についての国家の数値目標の下、地方自治体が個人のライフスタイルの管理に入り込んでいく「企業子宝率」の危うさに警鐘を鳴らしていく必要がある。

(さいとう まさみ・富山大学非常勤講師。12月8日号)

安倍首相と黒田日銀総裁のほころび(鷲尾香一)

「最大の理由は、携帯電話の通信料が大幅に下がったこと」

黒田東彦日銀総裁は、10月の経済・物価情勢の展望(展望リポート)で、17年度の消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)前年比の見通しを7月時点の1.1%上昇から0.8%上昇に下方修正した理由について、こう述べている。

黒田総裁は就任時から開始した“異次元の金融緩和”の目標に消費者物価の2%上昇を掲げているが、達成時期について先送りを繰り返し、現在は「2019年度頃になる可能性が高い」とコメントしている。

確かに、総務省が12月1日発表した10月の全国消費者物価指数によると、携帯電話の通信料は前年同月比5.2%下落し、25カ月連続の下落となっている。

だが、この携帯電話料金の引き下げは、2015年9月に黒田総裁の後ろ盾である安倍晋三首相が、経済財政諮問会議で携帯電話料金の負担軽減策検討を指示したことに端を発している。

指示を受けた当時の高市早苗総務相が有識者会議を設置、同年12月に利用量の少ないユーザー向け料金の導入や格安スマートフォンを手掛けるMVNO(仮想移動体通信事業者)との競争を促進すべきだと提案した。これを受けた大手携帯電話各社が料金値下げに踏み切ったという経緯がある。

当時、安倍首相の携帯電話料金の引き下げ検討指示に対して、黒田総裁は、「消費者の選択の余地を拡大し、実質所得を増やすことは、長い目でみて、物価を好循環の下で2%に向けて引き上げていく面でもプラスになる」と支持する発言をしている。

しかし、携帯電話料金の引き下げによる肝心のプラス効果は、いまだに現れておらず、むしろ、後ろ盾でもあり、盟友でもある安倍首相の携帯電話料金の値下げが、「消費者物価が上昇しない理由」に使われ、その阻害要因にされてしまった。

さらに、黒田総裁が消費者物価の阻害理由として挙げたのが、スーパーなどの値下げ合戦とインターネット通販の普及だった。

黒田総裁が目指す消費者物価2%上昇が、デフレ経済からの脱却からの象徴だとすれば、スーパーの値下げ合戦や、その利便性、低価格ゆえに普及が拡大しているインターネット通販などは、「消費者の選択の余地が拡大している一方で、実質所得が増加していない」ことの結果でもあろう。

折しも、GDP(国内総生産)が7四半期連続で前期比プラス成長となり、2019年1月には戦後最長で73カ月続いた「いざなみ景気」を追い越す可能性が出てきた。これを受け、政府では“デフレ経済脱却宣言”を行なうべきとの声まで出始めている。

確かに、デフレ脱却を判断するための重要な四つの指標と言われる(1)GDPデフレーター(2)単位労働コスト(3)GDPの需給ギャップは、いずれもプラスに浮上して推移している。しかし、肝心の消費者物価指数はプラスではあるものの、黒田総裁が目標とする2%にはほど遠いのが実態だ。

この状況でデフレ経済脱却宣言が行なわれれば、安倍首相の盟友である黒田総裁の立場は微妙なものになろう。そこには、政府と日銀の綻びが見え隠れする。

(わしお こういち・経済ジャーナリスト。12月8日号)

沖縄の基地を引き取る行動でシンポ 憲法学者が法的に裏付け

「基地を引き取る行動」について講演する木村草太教授。(撮影/平野次郎)

「沖縄差別を解消するために沖縄の米軍基地を大阪に引き取る行動」(引き取る行動・大阪)が11月25日、憲法学者の木村草太・首都大学東京教授を大阪に招いてシンポジウムを開いた。

木村さんは沖縄・辺野古の米軍新基地建設について、日米間の合意だけで小泉純一郎内閣と鳩山由紀夫内閣が閣議決定したことを問題視する。(以下、講演の要約)

基地ができると米軍の管轄権によって警察や都市計画など様々な自治権が制限されるので、地方公共団体の組織・運営に関する事項は法律で定めるとする憲法92条によって根拠法が必要になる。さらに憲法95条は、特定の地方公共団体のみに適用される特別法は住民投票による同意を必要としている。こうした憲法の原則に基づくと、根拠法もなく閣議決定だけで辺野古基地建設を進めるのは違憲と言える余地がある。

このように基地建設には法律をつくる必要があり、このことは基地を引き取る運動にも応用できる。根拠法をつくるとなると、政府は地元の意見を聞かなければならないし、適正な手続きを踏むことによって全国で公平な基地負担とは何かということになる。では、どこの自治体も米軍基地を引き受けないとなったらどうするか。どこも引き受けたくないというのなら日米安保をやめるべきだ。それでも日米安保が必要というのなら基地負担は全国で公平にやっていくしかない。そのためにはどうやって基地を配分していくのか。面積割りか人口割りかなどいろんな仕方がある。引き取るという自発的な運動にまかせるだけでなく、全国一律の基準を決めて納得がいく引き取り運動ができるようにする必要がある。(要約終わり)

木村さんの講演について、引き取る行動・大阪の松本亜季さんは「引き取る行動のなかで憲法論の視点はないに等しかったので、とても示唆に富んだ話だ」と語った。

(平野次郎・フリーライター、12月8日号)

官僚のブラック勤務は改善できるか(西川伸一)

『選択』という月刊誌を定期購読している。12月1日に届いた今月号の「マスコミ業界ばなし」には、『朝日新聞』が朝刊最終版の締切り時刻を早めることが紹介されている。すでに11月から土日の朝刊については実施されて「整理部の社員の多くが最終電車で帰れるようになった」。平日の締切りも今年度中に繰り上げられる予定だという。

それで思い出したのが、11月15日の衆議院文部科学委員会での質疑を前に、政府に対する野党側の最後の質問通告が当日の午前5時ごろになった件だ。20日の自民党役員会で指摘が出た(11月21日付『産経新聞』)。

八百長質疑になっているとの批判もあるが、私は事前の質問通告は「必要悪」だと考えている。共産党の佐々木憲昭元衆院議員は自身のブログ「奮戦記」2014年6月5日付にこう書いている。「私の場合は、可能な限り詳しく通告しています。特に数字を答弁させたいときは事前に通告しておかないと正確な答えは出てきません」(http://kensho.jcpweb.net/hunsenki/140605-105200.html)。

質問通告を待機している官僚たちは、それを受けて答弁を作成する。私は先の報道に接して、「国会待機の官僚は徹夜で待ち続けて、答弁を書いたのだ。野党の想像力はそこまで働かないのか」とツイートした(@azusayui)。すると某省に勤務する私のゼミの卒業生から「いいね!」が押された。

とはいえ、国会も官僚のブラック勤務に無関心だったわけではない。14年5月27日には 自民党、公明党、民主党、日本維新の会、みんなの党、結いの党および新党改革の7党が「国会審議の充実に関する申し合わせ」で合意した。その第6項には「充実した質疑と、国家公務員の過剰な残業是正等を行うため、すみやかな質問通告に努める」とある。公明党の伊佐進一衆院議員は「いまでも自公両党は、前々日の18時までに通告する態勢をとっています」と胸を張る(@isashinichi)。

これに加わらなかった野党の主張も聞こう。社民党は同日付で「談話」を発表した。「通告の遅れを名目に野党の質問権を制約しかねないことが懸念される。直前に日程が決まる場合(略)速記録や他委員会での答弁を確認して効果的な質問を組むということも難しくなる。審議方法の総合的な検討を抜きにした質問通告の前倒しでは審議の希薄化にすぎない」。

確かに一理ある。だが、私には答弁作成に携わった元官僚の次の告白が重く響く。「しつこい質問を繰り返してくる野党議員に対しては心底腹が立ったものだ。(略)また今夜も徹夜になっちゃうじゃないか……!?/そこには、そもそもその政策が本当に国のためになるものなのか? 彼の仕掛けてくる質問はなるほど妥当性のあるものなのか? そうした判断は一切差し挟まれていなかった。いまとなっては反省点とともに、あの時の自分を思い出す」(西村健『霞が関残酷物語』中公新書ラクレ)。

官僚に野党への憎悪感を募らせるばかりか、彼らを判断停止状態に追い込んでしまうのだ。野党が通告を遅らせ、官僚を疲弊させて溜飲を下げているとしたら、了簡違いもはなはだしい。せめて終電で帰れるくらいの配慮はすべきではないか。それでも「過労死ライン」は優に超えていようが。

(にしかわ しんいち・明治大学教授。12月8日号)

【憲法を求める人々】辻野晃一郎(佐高信)

『週刊文春』2015年10月1日号の辻野の連載コラム「出る杭は伸ばせ!」を読んだ時は、いささかならず驚いた。現代の日本に「戦争で儲ける国にしないために」と努力している経営者がいることを知ったからである。辻野はソニーに入り、グーグルの日本法人社長を経て独立起業した。

この連載は政治コラムではなくビジネスコラムだったが、「戦争と経済」について考えてみたいとして、同年秋、ロンドンで開かれた「国際防衛装備品展示会」に触れ、「残念ながら、歴史的に、戦争は、最先端の技術開発を促すと共に、市場拡大や需要喚起など、経済を拡大させる手段として位置付けられてきた」と指摘しながら、次のように結んでいる。

辻野はTBS系「サンデーモーニング」のファンで、その番組での私の発言がこのコラムを書く契機となったらしい。

「評論家の佐高信氏は、『戦争は一番確実に儲かって楽な商売で取りっぱぐれがない』と発言している。実際に、太平洋戦争の背後には旧財閥の存在があった。財界が経済活動拡大の為に戦争を要求するようになる構図が存在したのだ。戦後、平和憲法の下、戦争放棄をした我が国は、『軍産複合体』化した戦前の国家体質を反省し、軍事と経済活動を相容れないものとして切り分けてきた。いわゆる『死の商人』ビジネスとは一線を画してきたのだ。しかし、一連の安保関連法案成立の裏で、ついにその歯止めも取り払われた。(中略)
我が国を、戦争で儲ける国などに決してしない為、今を生き、未来に責任を持つ経済人の良識が問われている」

これを読んで私は、ああ、井深大のソニー・スピリッツは生きているんだな、と感慨深かった。

井深にインタビューした時、
「アメリカのエレクトロニクスは軍需によってスポイルされる」
と井深が言い切ったのが忘れられない。

生意気な奴を歓迎するというほど個を大切にするソニーに望んで入った辻野は、同期の新入社員が文系理系合わせて800人近くいることにガッカリした。

それで研修の時に人事の人間に
「何でこんなに大勢採るんだ? ソニーはそもそも少数精鋭なんじゃないのか」
と文句を言った。

そんな辻野が、みそぎ研修をやらせるような会社ファシズムの東芝や日立に入ったら、3日ともたなかっただろう。

“財界の鞍馬天狗”の異名をもつ日本興業銀行元会長の中山素平は、1990年に湾岸戦争への自衛隊派遣が論議されていた時、それに反対し、こう断言した。

「平和憲法は絶対に厳守すべきだ。そう自らを規定すれば、おのずから日本の役割がはっきりしてくる」

その系譜にある辻野に改めて憲法観を尋ねると、
「立憲国家にとっての憲法は、コンピュータでいうところのOSのようなもので、時代に合わせて見直したり変える議論はあるのがむしろ健全だと思いますが、それは100%国民の為でなければならないし、戦争放棄、平和主義、人権主義、国民主権など、不変であるべきところは絶対にいじってはいけない」
という答が返ってきた。

そんな辻野を松元ヒロの「憲法くん」のライブに案内したら、盛大な拍手を送っていた。シャレのわかる還暦青年である。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、12月1日号。画/いわほり けん)

日本の医療が陥っている危機とは(高橋伸彰)

この9月に厚生労働省が公表した「国民医療費の概況」によると、2015年度における75歳以上の高齢者の医療費は1人平均92.9万円と、65歳未満の同18.5万円の約5倍になっている。

75歳以上の人口は2015年10月1日現在で1632万人、日本の人口に占める比率は12.8%だが国民医療費に占める比率は35.8%、その金額も15.2兆円に達している。こうした数字をみる限り医療費増加の主因は75歳以上の高齢者にあるように見える。

事実、通院している人の比率は1000人あたりで75歳以上が728人(2017年「国民生活基礎調査の概況」)と全年齢平均の同390人の1.9倍、入院患者数に占める比率も5割(2014年「患者調査の概況」)を超えている。

だが、改めて医療費の動向を見れば老人医療の対象年齢が75歳以上に引き上げられた2007年度から2016年度にかけて、老人の医療費は総額で約44%増加したが、このうち75歳以上人口の増加による分は28.5%であり、残りは1人あたり医療費の増加が原因である。また65歳未満の医療費も同期間で人口が1億30万人から9323万人に7%減少したのに15.8兆円から17.2兆円に8.9%増加している。

政府は医療費増加の主因を高齢化に求め、高齢者の負担増で医療費の抑制を目論むが、かりに現行1割の自己負担割合を現役並みの3割に引き上げれば、自己負担の絶対額は65歳未満の5倍に膨らんでしまう。

実際、高齢者の外来および入院の受療率は負担増加にともない低下しているが、一方で疾患を抱える高齢者の有病率が上昇していることを見れば、必ずしも負担増で「無駄」が抑えられているとは言えない。むしろ負担増で必要な医療も受けられずに苦しむ高齢者が増えている恐れのほうが強い。

言うまでもなく医療費の増加をもたらしているのは人口構造の高齢化だけではない。高額な薬剤の投与や最新の医療機器による検査費の高騰で65歳未満の医療費も増加している。国民皆保険が制度化されている日本では体調がすぐれなければ、病院に行き診察を受けるのが本人にとっても、また家族にとっても安心できる最善の対応である。それに対してどのような検査や投薬あるいは治療を施すかは診察する医師の裁量に依存している。

ここで問われるのは、日本の診療報酬制度が医師に適切な医療のインセンティブを与えているか否かである。たとえば初診とは医師が患者と初めて対面し、その症状や過去の病歴、家族の既往症などを問診したうえで、どのような検査や治療が適当かを診断するきわめて重要な医療行為である。

その報酬が医師の経験や技量、問診の内容や時間にかかわらず一律に2820円と定められているのはなぜか。同じ報酬なら初診を簡単に済ませ、検査や投薬を多用する方が「算術」的には得である。それを医師の「仁術(医師の倫理)」でカバーせよと言うのは理想論であっても現実的には無理な注文だ。

日本の医療が陥っている危機は医療費の増加だけではない。高齢者の負担増や安価なジェネリック薬の勧めでは解決できない本質的な問題が、なお潜んでいることを見落としてはならない。

(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。12月1日号)