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「慰安婦」否定の歴史修正主義に日本政府が加担(山口智美)

カリフォルニア州グレンデール市の「慰安婦」少女像。右派による海外での「歴史戦」のシンボルとなった。

海外での「慰安婦」少女像設置の動きに対抗し、日本軍「慰安婦」強制はなかったとして設置に反対・抗議活動をする在外邦人の動きが北米で目立つ。しかもそれに日本政府が加担している。

6月30日、米ジョージア州ブルックヘイブン市の公園に「慰安婦」少女像が設置された。2013年に設置されたカリフォルニア州グレンデール市の少女像に続き、全米で2例目の公有地に建てられた少女像だ。ブルックヘイブン市の少女像は、地元の市民団体の働きかけにより、アトランタ市の公民権・人権センターで設置が予定されていたものだが、3月、突然不許可になった。背景には在アトランタ日本国総領事館からの圧力があったという。市民団体はその少女像を近郊のブルックヘイブン市に寄贈し、市が受け入れた。そして、総領事館は同市に対しても設置撤回を強く働きかけた。

日本人に「いじめ」被害?

6月23日付の地元紙『リポーター・ニュースペーパー』によれば、篠塚隆アトランタ総領事は、「歴史的事実として、『慰安婦』は性奴隷ではなく、強制されていない」「アジアの国々では家族を養うためにこの仕事を選ぶ女の子がいる」「(少女像は)日本への憎悪と憤りの象徴」などと発言。取材をした記者は、「総領事が『慰安婦』は売春婦だと述べた」とまとめた。

これに対し、市民団体のみならず、韓国政府も反発し、国際問題に発展した。その後6月29日には、市議会で市民が意見を述べるパブリックコメントの機会に、大山智子領事と、「テキサス親父」ことトニー・マラーノ氏、幸福の科学アトランタ支部関係者などが登場し、少女像建設に反対する意見を述べた。要するに、日本総領事館が表立って歴史修正主義に加担し、総領事自ら「慰安婦」否定の暴言を公の場で行なったのだ。

日本の右派による「慰安婦」碑の建設妨害の動きは今に始まったことではない。全米初の「慰安婦」碑が建設されたのは10年、ニュージャージー州パリセイズパーク市である。この碑に関して、12年5月号の『正論』(産経新聞社)に、ジャーナリストの岡本明子氏が「米国の邦人子弟がイジメ被害 韓国の慰安婦反日宣伝が蔓延する構図」と題する記事を発表した。

これ以降、北米の「慰安婦」碑への日本の右派による反対運動が目立ち始め、具体的な被害報告や証拠も提示されないままに「慰安婦」碑によって在米日本人に「いじめ」被害が出ているという説が右派の間で広がっていった。そして「慰安婦」問題の「主戦場」が米国だという言説が広がり始めた。

ニューヨーク州にある「慰安婦」碑(中央)。2012年6月に設立された。13年1月には同州議会上院が記念碑により「慰安婦」問題を記憶にとどめるとする決議も出した。

同年6月に全米で2番目に建てられたニューヨーク州ナッソー郡での「慰安婦」碑に対しては、「なでしこアクション」などの右派団体が抗議を呼びかけ、日本からの抗議メールが殺到した。それ以降、「慰安婦」碑の建設計画があるたびに右派が呼びかけ、日本からの抗議メールが殺到するパターンが続いている。

この6月、グレンデール市を訪れた。少女像がある公園と図書館ではその時期、1915年に起きたオスマン・トルコによるアルメニア人虐殺の展示が行なわれており、同じ公園に少女像と虐殺サバイバーの展示が同居していた。同市最大のマイノリティはアルメニア系である。同市にとって重要な意味を持つアルメニア人の虐殺の記憶と、「慰安婦」問題の共通性を見出したからこそ、市民が積極的に像を支援した面もあっただろう。

少女像のある公園では、地元アーティストのアラ・オシャガン氏らによるオスマン・トルコのアルメニア人虐殺のサバイバー(生存者)の展示が行なわれていた。植民地下の特定民族に対して行なわれた差別や暴力、加害国政府がいまだ責任を認めていないという意味で同様の意味をもつ。

グレンデール市が、「平和の少女像」を公園に設置したのは13年7月30日。このとき、戦前からの移民やその子孫である日系人の団体は、韓国系米国人団体と連携をとり、設置を支持した。戦時中の日系人収容政策や、それに対する公式な謝罪と個人補償の重要性と、元「慰安婦」の状況を重ね合わせた日系人たちがいたのである。

だが右派の在米日本人らは積極的な反対運動を展開。7月9日に開かれた公聴会には、数多くの在米日本人が参加し反対意見を述べた。さらに14年2月、日本の右派論客や活動家と在米日本人らは「歴史の真実を求める世界連合会(GAHT)」を設立し、目良浩一(めらこういち)代表らがグレンデール市を相手取り、撤去を求め米国連邦地方裁判所に提訴。同年10月にはカリフォルニア州裁判所にも同様の訴えを起こした。16年12月、カリフォルニア州控訴裁判所はGAHTの訴えを棄却。SLAPP(恫喝的訴訟)と認定する判決を出す。17年3月には、連邦最高裁でもGAHTの敗訴が確定した。だが同年2月、州裁判所でSLAPP認定された訴訟にもかかわらず、日本政府は連邦最高裁にGAHTの上告が認められるべきとする異例の意見書を提出している。

また日本でも、14年の『朝日新聞』「慰安婦」報道検証記事をめぐり、右派の3団体が朝日新聞社相手に裁判を起こした。特に日本会議が全面支援する「朝日・グレンデール裁判」は、朝日新聞社の「誤報」により国際世論の誤解を生み、被害を受けたとする在米日本人を主要な原告として裁判を闘った(17年4月27日、東京地裁で原告敗訴判決。現在控訴中)。米日双方での裁判や運動への支持を広げるため、日本の右派は在米日本人右派を組織化し、GAHTの他、ロサンゼルスで「True Japan Network」、ニューヨークとニュージャージーで「ひまわりJAPAN」、カナダで「トロント正論の会」などの運動体が結成された。

政治家の無知発言こそ恥

在米日本人右派の運動が拡大する中で、問題も発生している。今年設置が予定されているサンフランシスコの「慰安婦」碑に関する公聴会では、在米日本人右派が「慰安婦」否定論を展開し、特にGAHTの目良代表は元「慰安婦」の李容洙(イヨンス)氏を目前にして「この人の証言は信頼できない」と発言。デイヴィッド・カンポス市議が「恥を知れ」と怒る1幕もあった。「慰安婦」碑の設置は全会一致で可決したものの、李氏が受けた精神的被害は相当のものだったろう。

13年の米カリフォルニア州ブエナパーク市やカナダのブリティッシュコロンビア州バーナビー市、15年の米カリフォルニア州フラトン市など、「慰安婦」碑の建設を見送った自治体もある。これらの自治体に対しても、日本政府は積極的に働きかけていた。ブエナパーク市長、エリザベス・スウィフト氏は筆者の取材に対し、日本総領事の自宅への招待、領事館からの書簡や関連資料が送られ、「慰安婦」碑を建立しないよう働きかけがあったと語った。サンフランシスコでも、設置をめぐって在サンフランシスコ総領事館が在米日本人のみならず日系人らにも圧力をかけていたと、小山エミ氏が共著の『海を渡る「慰安婦」問題』(岩波書店)で報告している。

安倍晋三首相自身が「慰安婦」強制はなかったとする歴史観であるからか、日本政府の歴史修正主義への加担が目立つ。批判すべき立場の民進党の蓮舫氏も、ブルックヘイブン市の少女像は日韓合意を守っておらず「極めて遺憾」と発言。米国の自治体が建てた少女像に日韓合意は無関係なのに、この問題への無理解を露呈している。「歴史に学ばない日本」像が海外に拡散されることこそ日本の恥であり、その実害は大きいことを一刻も早く認識すべきである。

(やまぐち ともみ・モンタナ州立大学教員。9月1日号、写真も)

「市場原理主義」トランプ大統領にFRBは抵抗できるか(佐々木実)

リーマン・ブラザーズが経営破綻したことを契機とした世界的金融危機は、時代を画する出来事だった。米国の経済学者ジョセフ・スティグリッツはつぎのように解説する。

〈2008年9月15日、リーマン・ブラザーズが破綻した日は、市場原理主義(束縛を解かれた市場は独力で経済的繁栄と成長を確実に達成するという考え方)にとって特別な意味を持つ日となる。ベルリンの壁の崩壊が共産主義にとって特別な意味を持つのと同じことだ。市場原理主義というイデオロギーが持つ問題点は、この日を迎える前にすでに知られていたが、この日以降は、誰もこのイデオロギーを本気で擁護できなくなった。〉(『フリーフォール』徳間書店)

「リーマン・ショック」による未曽有の金融危機の教訓が「ドッド・フランク法」だ。金融危機を防ぐため、金融機関の監督強化やリスクの高い金融取引を禁じることなどを定めた金融規制改革法で、オバマ政権が2010年に成立させた。

ところが、世界的金融危機から10年も経たないうちに、震源地となった米国が再び金融の規制緩和に舵を切った。トランプ大統領は就任早々、金融規制の緩和に関する大統領令に署名、ドッド・フランク法を抜本的に改正する方針を打ち出している。

米連邦準備制度理事会(FRB)は金融界を監督する立場にある。FRBのジャネット・イエレン議長はトランプが大統領に就任する前から、ドッド・フランク法は金融危機を防止するために重要であり、「時計の針を戻したくない」と議会で明言していた。8月下旬にワイオミング州ジャクソンホールで講演した際も、金融規制の見直しは「緩やかであるべき」とのべた。金融界への対応をめぐり、大統領とFRBの足並みは乱れている。

FRBは今月はじめ、イエレンを支えるスタンレー・フィッシャー副議長が10月に辞任すると突然発表した。副議長の任期は来年6月までなので任期途中での辞任だ。トランプ大統領には辞任の理由を「個人的な理由」と伝えたというが、フィッシャーもイエレンと同じく金融規制の緩和には批判的な立場である。

トランプ政権はフィッシャーの辞任表明前、もうひとりのFRB副議長に元財務次官のランダル・クオールズを指名していた。上院の承認を受ければ副議長となるが、金融規制緩和に積極的と見られている。一方、来年2月に任期を終えるイエレン議長の後任候補と目されていた、ゴールドマン・サックス前社長のゲーリー・コーン国家経済会議(NEC)委員長は人種差別問題でトランプ大統領を批判したため、FRB議長に指名されない公算が大きいと伝えられる。

フィッシャー副議長が辞任すると、7人の枠があるFRB理事(議長、副議長を含む)は4人が空席という異常事態となる。FRB幹部人事と連動する形で、金融規制の行方も先が見通せない状態だ。

トランプ政権らしい混乱ともいえるが、米国政府の金融界への対応は米国にとどまらない影響を及ぼす。ドッド・フランク法の改正は、その内容如何では、息の根を止められたはずの「市場原理主義」というイデオロギーを蘇生させる可能性もある。

(ささき みのる・ジャーナリスト。9月22日号)

米ロにはねつけられた安倍首相の対北外交(佐藤甲一)

2月、トランプ米大統領との首脳会談を終え帰国した安倍晋三首相は首相公邸に親しい記者を集め、祝宴を開いた。大統領との親密な関係が構築できたことを誇示する首相に対し、記者たちからはプーチン露大統領との度重なる首脳会談も念頭に、今や「世界のアベ」と呼ぶに相応しいという「お追従」の声も上がったという。

だが、その「世界のアベ」も今や見る影もない。そこにあるのは、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の相次ぐミサイル発射や核実験に翻弄され、その場しのぎの外交に終始する滑稽な姿である。

北朝鮮の核・ミサイル開発に対する安倍政権の姿勢は「対話のための対話はしない」という「圧力外交」であった。とはいえ、日本が北朝鮮に対して独自かつ有効な「圧力」を加える手段があるわけではない。あるのは米国の対北朝鮮政策に沿って、それを忠実にサポートすることだけだ。その方針に変化があったのは、前回8月25日号本欄で明らかにした田原総一朗氏からの「冒険」の誘いであり、北朝鮮への安倍首相の訪問も含めた「直接外交」だった。その結果はどうだったのか。

8月29日、日本上空を飛び越えて太平洋に落下した北朝鮮のミサイル発射を受け安倍首相はトランプ大統領と電話会談を行なった。この中で安倍首相は「北朝鮮に対話の用意がないことは明らかであり、今は圧力をさらに高めるとき」との認識を伝えた、と外務省の公式発表ではされている。「実はその言葉が、アメリカに言われたことそのものだ」と政府関係者は明かす。

8月15日のトランプ大統領との電話首脳会談、その後の日米安全保障協議委員会(通称・2プラス2)などを通じ、北朝鮮との対話の試みを提案する日本側を、米国側ははねつけたというわけだ。8月末の北朝鮮のミサイル発射、それに続く6回目の核実験という北朝鮮の行動を見れば、「安倍訪朝」の試みなど、緊迫が続く国際外交の流れからすればまったくの的外れな提案だったのだ。

なぜこのような“失態”となったのか。身内びいきに過ぎることが指摘されてきた安倍首相特有の「人間関係観」にあるのではないか。大統領選挙当選後から続くトランプ大統領の厚遇に、国益を背負って相対する北朝鮮をめぐる外交の厳しさを見落とした。「親しい関係」レベルの発想に基づいた提案や交渉では、緊迫する外交には立ちゆかないのである。

思えば、度重なる失言にもかかわらず稲田朋美元防衛大臣をかばい、結局稲田氏が南スーダンPKOの日報隠蔽問題で引責辞任に追い込まれたことを思い出す。とどのつまりは同じ類いの政治的失態である。

安倍首相は9月7日、ウラジオストクでプーチン露大統領と19回目の首脳会談に臨んだ。過去18回にも上る首脳会談で築いた信頼関係を基に、プーチン大統領に北朝鮮への「最大限の圧力をかけることが重要だ」と働きかけ、国連の制裁決議に懐疑的な同大統領を説得することを試みた。

だが結果は「核問題の解決は政治・外交的手段によってのみ可能だ」という真逆な言葉を引き出してしまった。個人的な信頼関係など、こと首脳会談においてはまったく意味をなさないことをここでも突きつけられた。安倍首相の安直な首脳外交によって、日本は米ロ両国からの嘲笑を買ったのではあるまいか。

(さとう こういち・ジャーナリスト。9月22日号)

英国の野党が示す大人っぽさ(浜矩子)

日本の半歩先を行く英国。折りに触れてこのイメージが頭に浮かぶ。日本からほんの少し先行して、やってはいけないことをやらかしてくれる。だから、日本が賢ければ、英国の振りをみて我が振りを直せる。その意味で、英国は日本にとって格好の反面教師だ。ところが、せっかく目の前で英国がダメな例を示してくれているのに、日本はまっしぐらに進んで、同じ落とし穴に落ちる。こういうことが、どうも、よくある。

1990年代後半、労働党トニー・ブレア政権の下で、英国は規制緩和と民営化の道をひた走った。その結果が格差拡大と貧困の深化だった。何もかもが民営化されていく中で、労働環境の劣悪化と賃金への下押し圧力が人々を襲った。

ブレア政権に遅れること、まさに半歩という感じのタイミングで、日本では自民党小泉政権が誕生した。構造改革の看板を振りかざす彼らの下で、「民に出来ることは民へ」の方針が打ち出された。その実情は、官がやるべきことさえ民に丸投げするというやり方だった。まさしく、ブレア政権の民営化路線を半歩遅れて踏襲した観が濃厚だった。その結果、日本でもまた「下流社会」や「ブラック企業」や「失われた中間層」が問題になる展開となった。

半歩先の反面教師が犯してくれていた失敗を、もう少し真剣に注意深く見つめていればよかったものを。当時、つくづく、そう思ったものである。

ところが、このところ、少し肌合いの違うイメージが出現してきている。今この時、珍しく、英国が日本にとって反面ならぬ「正面」教師になってくれているかもしれない。そう思える動きが出ている。

目下、英国の保守党メイ政権が、EU離脱問題を巡ってなかなかの醜態をさらけ出している。現実的な離脱シナリオをなかなか提示できない。「潔い離脱」を振りかざすばかりで、離脱に向けての移行をどう切り盛りするつもりなのかが一向に見えてこない。離脱後の対EU関係についても、「特別で深い関係」を構築すると言いながら、そのために英国側がどのような対応をするつもりがあるのかを明示しない。EU側も、英国のこの煮え切らないというか、内容空疎で突っ張りばかりの態度に苛立ちを隠さない。

ここまでだけなら、英国の姿勢は、やっぱり反面教師的だ。だが、話はこれからである。

ここにきて、野党労働党から、独自のEU離脱シナリオが出た。彼らいわく、移行期間をゆっくりとらせてもらったらいい。その間は、従来通りEUとの単一市場関係を維持したらいい。今まで通りの日常を、とりあえず続けさせてもらう。そのために必要なコストは受け入れる。この状態で、時間をかけながら、双方納得できる離脱の形に辿り着けばいい。

これは、大人の提案だといえる。頭に血が上った感じがない。肩肘を張っていない。英国らしさがある。この提案で党内世論を結集させることができた点も、重要だ。 この良識ある雰囲気を保ち続けることができれば、労働党は次の総選挙に勝てる可能性が大きい。半歩先で英国の野党が示した大人っぽさ。これを日本の誰に学んでほしいか。それは言わずもがなだ。

(はま のりこ・エコノミスト。9月1日号)

オスプレイ隠しは政府の意図だった(黒島美奈子)

腹の中を何かにえぐられるような、奇妙な爆音に気付いて空を見上げた。しばらく眺めていたら頭上を巨大な黒い物体が通過した。それが、初めて目にしたオスプレイだった。

主翼の両端に角度が変わるプロペラを有し、ヘリコプターと戦闘機の両方の特徴を備える軍用機。独特な構造のせいで開発段階から事故が相次ぎ、1990年代には試作機がたびたび墜落。運用が本格化した2000年代に入っても不具合が見つかって使用停止になったり、乗員が死亡する事故が発生している。

そんなオスプレイの沖縄配備が取り沙汰されるようになったのは20年以上も前、日米両政府が米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を発表した直後だ。1997年1月『沖縄タイムス』は、普天間配備のCH46の後継機として、米軍が移設と同時期に導入を計画していると報じている。

国会議員としてこの事実を最初にただした1人が、今年8月に亡くなった上原康助元衆院議員(享年84)だった。98年5月、辺野古の新基地にオスプレイ36機を配備する計画を明記した米国防総省の文書を入手し公表した。ところが、同年6月の衆院予算委員会で橋本龍太郎首相(当時)は「(文書を)見たこともない」と答弁。配備を真っ向から否定した。

99年に嘉陽宗儀県議が、オスプレイ沖縄配備は2005年予定とする米海兵隊の資料を入手。05年には普天間へ12年に配備することが「米海兵隊航空機計画」に明記されていることが報じられた。何しろ米軍関係者は99年にすでに「普天間が移設されてもされなくてもオスプレイを沖縄に配備する」と言及。沖縄配備が既定路線であることは誰の目にも明らかだった。

これに対し日本政府の対応が異様だった。2000年時点も河野洋平外相(当時)は「米側から具体的な予定は存在しないとの回答を受けている」と沖縄配備を否定。続く小泉純一郎政権も第1次安倍晋三政権もまったく同じ答弁書を閣議決定し続けたのである。配備の可能性に触れるようになったのは民主党政権の09年になってから。報道の通り、米軍は2012年、沖縄に配備した。

この間には、96年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告草案ですでに、沖縄へのオスプレイ配備が明記されていたことがわかっている。当時の米公文書からは米側が「即座の情報開示を求む」と日本側に配備の情報公開を要請していたことも明らかになった。

オスプレイ隠しは政府の意図だったのだ。沖縄配備から5年、オスプレイは横田をはじめ在日米軍基地へ広がり始めている。今年8月には、北海道での自衛隊との共同訓練直前にオーストラリア沖で墜落し、日本国内での運用を危ぶむ声が各地で上がった。

だが、そんな国民の懸念に向き合う政府でないことは過去が示している。小野寺五典防衛相は米軍に「自粛」を要請してみせたが、米軍は応じず沖縄での飛行を続けた。オスプレイを巡るごまかしの歴史をみれば、そんなやりとりもポーズにすぎないことがわかるというものだ。

平気で国民をだまし続ける政府が、名実ともに軍隊を有するための改憲を画策している。その不気味さはオスプレイの比ではないかもしれない。

(くろしま みなこ・『沖縄タイムス』記者。9月1日号)

モザンビーグ政府、国際会議参加予定だったNGO職員へのビザ発給拒否

8月24日と25日、アフリカのモザンビークでTICAD(アフリカ開発会議)閣僚会議が開催される。TICADはアフリカの開発をテーマとする国際会議で、1993年以降に日本政府が主導し、国連やアフリカ連合委員会、世界銀行と共同で開催している。

今回の会議には河野太郎外務大臣が参加するが、派遣団メンバーとして外務省に登録された渡辺直子さんに対し、駐日モザンビーク大使館はビザ発給を拒否した。

渡辺さんはNPO法人「日本国際ボランティアセンター」(JVC)の南アフリカ事業担当として、長年HIV陽性者支援に携わり、モザンビークでもJICA(国際協力機構)のODA事業「プロサバンナ」計画について現地農民と共に調査と提言活動を行なってきた。

同計画は、同国の北部約1400万ヘクタールを農業開発し農産物輸出を目指すものだが、渡辺さんらは、計画には農民の参画がない、つまり受益者が不明であり、同時に、多くの農民の土地が収奪されることを指摘してきた。

現地農民も数回にわたり来日し、外務省やJICAに計画見直しを訴え、今年4月には農民団体の代表11人が、政府からの弾圧や脅しを怖れ、匿名で計画への異議申立を行なった。JICAの環境社会配慮ガイドラインにJICAが組織的違反をしていると訴えたのだ。

この申立には、今後の文献調査と現地調査を経て、11月までにJICA理事長に答申が提出される。

渡辺さんへのビザ発給拒否について、駐日モザンビーク大使館は「理由は開示はできない」と表明するが、渡辺さんは「TICADで市民社会がプロサバンナ計画に声をあげるのを阻止したいのが狙いなのでしょう」と推測する。

JVCは、ビザ発給拒否について、外務省がモザンビーク政府の責任を追及しないことを指摘する。TICADでは発足当初から市民団体の自由な討議が尊重されてきただけに、極めて残念な事態だ。

(樫田秀樹・ジャーナリスト、8月25日号)

安倍首相は「火中の栗を拾いにいく」のか(佐藤甲一)

「冒険」とは、成算の少ない一種の賭けでもある。

7月28日午後、評論家の田原総一朗氏が首相官邸を訪れ、安倍晋三首相と面談した際に用いたとされるのが「冒険」という言葉である。その後思わせぶりにメディアの取材に応じた田原氏だが、安倍首相に「政治生命を賭けた冒険」を進言したことを明らかにしたものの、内容については言及を避けた。

巷間、その「冒険」とは北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)訪問であるとか、消費税の引き下げ、などと憶測が飛び交い、その後8月3日に行なわれた内閣改造の後は、この問題は大きく取り上げられることなく、推移してきた。

一方で、安倍首相は8月15日の「終戦記念日」にトランプ米大統領と北朝鮮問題で電話会談。北朝鮮がグアム島周辺へのミサイル発射計画を明らかにし、これにトランプ大統領が警告するなど米朝間の緊迫が高まる中での会談だったが、その晩には山梨県鳴沢村の別荘近くで森喜朗、小泉純一郎、麻生太郎の3元首相らと約3時間にわたり会食。新聞などでも特に大きく報じられることはなかったが、この15日の動きこそ「冒険」の中身と関わっているという。

安全保障政策に関わるある政府関係者は、7月末の田原氏との会談後、首相は熟考を重ねてきたのだと説明する。導いた結論、つまり安倍首相がいまできうる「冒険」とは「安倍訪朝」以外にない、というものだった。15日のトランプ氏との電話会談、そして同じ晩の3首相経験者との会食の主要議題こそ「安倍訪朝」の内諾、そして訪朝経験者を招き、何がなしうるかの検討会だったというのだ。

政府関係者は、その直後の17日に行なわれた日米の外交・防衛担当閣僚による「日米安全保障協議委員会」、いわゆる「2プラス2」では安倍訪朝に関する米国側との具体的なすり合わせが隠された主要議題だった、と指摘する。米朝の対立が一度は頂点に達し、金正恩氏の「米国の様子を見守る」発言でいったん緩和したかのように見える米朝関係の陰で、日本を軸にした、対話のための工作が進行している、というわけだ。

しかし、先の政府関係者に「日本が持っていけるものは具体的にあるのか」と尋ねると、案の定「それはない」という。それでも、この訪朝が期待されるのはなぜか。マティス米国防長官の選択の中に北朝鮮への武力行使は絶対にない、韓国に人的被害が出ることは、市民を巻き込むことは軍人として軍歴の汚点となることだけに、「ありえない」という。ならば残された選択は対話しかないが、米国が直接関わることになれば、失敗は許されない。その前にどうしても北朝鮮の出方を探る必要がある。その「火中の栗を拾いにいく」のが安倍首相、ということか。

有効な交渉のカードもなく敵地に赴くのは「冒険」ではなく「無謀」である。まして、この訪問が安倍首相にとって唯一の利点と見ることができる「拉致問題」解決のきっかけにつながる見込みは、今のところ見いだしえない。

政権浮揚の有効な手立てもなく、悲願とする憲法改正の実現はすでに「黄信号」が点っている安倍政権。訪朝の模索は真夏の「怪談」なのか、それとも東アジアの安定をもたらす歴史的な試みが水面下で進んでいるのか。「2週間前後で、その姿は見えてくる」というのだが。

(さとう こういち・ジャーナリスト。8月25日号)

日本の司法の異常性を問い続ける基地問題訴訟(黒島美奈子)

ちょうどこの原稿の締め切り日となる7月24日、名護市辺野古の新基地建設を巡り、沖縄県が国を提訴した。基地問題について県と国が法廷で争うのは、1996年に国が法廷で故大田昌秀知事(当時)を訴えた代理署名訴訟が初めて。これまで県側が勝訴した事例はなく、沖縄県は劣勢に立たされている。

だが、過去の結果が示すのは、県側敗訴という事実だけではない。国民主権や基本的人権など憲法の理念を保障することにおいて、日本の司法制度の大きな課題を露呈している。

たとえば、代理署名訴訟は、「駐留軍用地特別措置法」で定められた米軍用地の強制接収手続きの違憲性を争うものだった。特措法は米軍用地への土地の強制接収を拒否する地主に代わり、知事が契約を代行することを定めている。当時の大田知事は、沖縄だけに集中する基地負担に異議を唱え、知事として初めて代理署名を拒否。これを問題視した国が、署名拒否の違法性を問い、知事を提訴した。

これに対して最高裁は、「駐留軍基地が沖縄に集中していることにより、沖縄県および住民に課せられている負担が大きい」と基地による負担を認めながらも、特措法の合憲性を認定。知事の署名拒否は、「著しく公益を害する」として国が勝訴した二審の判決を支持した。

驚くべきは、この時、補足意見で述べられた見解だ。園部逸夫裁判官(当時)は「裁判所が国の高度の政治的、外交的判断に立ち入って本件使用認定の違法性を審査することは、司法権の限界を超える可能性がある」とした。つまり、「行政(政治)の権限に司法は及ばない」と責任を放棄したのである。特措法の合憲判断は、そうした司法の限界の結果として示されたのだった。

沖縄の基地問題に関するすべての司法判断には、この無責任な見解が通底している。

米軍機の飛行差し止めを求める嘉手納や普天間の爆音訴訟はその最たるものだ。日常的なひどい騒音が住民に健康被害をもたらす大規模な公害問題にもかかわらず、裁判所は、公害解消について国の責任を免罪し続ける。裁判所の判断を支える論理は、前述の補足意見とまったく同じだ。すなわち「外国軍のなす行為に日本国の権限は及ばない」と。かくして沖縄の基地負担解消は、行政だけでなく司法でも門前払いが続く。

そんな司法の態度を見ると、新基地建設を巡り、県知事の許可なく岩礁破砕行為に及ぶのは違法として、沖縄県が国を提訴した今回の訴訟も、県側に不利な情勢がうかがえる。管轄する水産庁はすでに、許可必要とした従来の見解を覆し、国にお墨付きを与えているほどだ。そうした状況に応じて都合よく解釈を変える暴挙でさえ、「行政の権限に司法は及ばない」とする無責任な態度の前ではまかり通ってしまうに違いない。

けれども、こうした日本式司法は国際社会では決して普遍的とは言えない。米国ではトランプ政権が打ち出した移民の入国制限という行政判断について、各州の裁判所が差し止めを命じたことは記憶に新しい。

日本の司法の異常性を問い続ける。基地問題訴訟は図らずもそんな役目を担っている。

(くろしま みなこ・『沖縄タイムス』記者。7月28日号)

共謀罪にトンチで対抗(雨宮処凛)

「共謀罪」法が成立した。

いつも通り、反対の声など鮮やかに無視するという方法で。

そんな共謀罪に関して、「素人の乱」(東京・高円寺周辺の暇で貧乏な人たちの集まり)の松本哉氏が「【必勝!】共謀罪対策!」というブログを書いている。まだ成立前に書かれたものなのだが、これがいちいち馬鹿馬鹿しくて素晴らしい。

たとえば「共謀しないでいきなり実行に移す」とか「自民党員と共謀する」とか、「なんとかだまくらかして政権を奪い、共謀罪で自民党や金持ち階級を弾圧しまくる」とか。さすが「トンチの神様」松本氏である。

そう、これから私たちがすべきなのは、「権力とのトンチ合戦」だと思うのだ。

そんなことを考えていて思い出したのは、2年前、安保法制反対運動が盛り上がる中、「素人の乱」界隈の人たちと開催した「アジア反戦大作戦」だ。

アジア各国との対立ばかりが煽られる中、アジアの人たちと「反戦」というキーワードで繫がろうという企画だ。これには韓国や台湾やフランスの人々が賛同し、同時多発的に世界各国でデモなど反戦アピールをしたのだが、東京の人々は、デモでの道路使用許可ではなく、「映画の撮影」ということで道路使用許可を取った。なぜか。デモだといろいろ警察がうるさいに決まってるからである。

が、「映画の撮影」ということであればおそらく自由にできるはず。しかも「撮影」開始時間を、高円寺阿波踊り初日の、まさに阿波踊りが始まる時間にぴったり合わせた。阿佐ヶ谷は、高円寺の隣。杉並警察署は阿波踊りで大忙しで、ちょっとやそっとのことでは阿佐ヶ谷に来られないだろうという計算だ。

そうして2015年8月29日午後5時、「映画の撮影」は始まった。監督役の「スタート!」のかけ声とともに駅前にやってきた迷彩柄の車(ミサイルを模したものを搭載している)に私たちは群がり、「戦争はやめろー!」「安倍はやめろー!」などと叫びながらブッ壊しまくったのだ。駅前で、「暴徒」のような集団が車を破壊しまくる。普通であれば、逮捕者が出たっておかしくない状況だ。

が、これはあくまでも「映画の撮影」。ちゃんと許可だって取っている。そうして破壊された車の前で「安倍はやめろ!」「戦争法案反対!」などと存分にアピールし、「映画の撮影」は終わった。ちなみに車は「この計画は歴史に残る! ぜひ自分の車を壊してほしい!」という有志の提供を受けたのだった。

共謀罪成立で、萎縮する、自由が奪われる、なんて声がある。だけど、自由は時に「トンチ」によって勝ち取れることもある。ゲームの難易度が上がった今、どんな作戦を立てようか、ワクワクしている。

(あまみや かりん・『週刊金曜日』編集委員。7月7日号)

中国の多面性を見よ(西谷玲)

東京都議会選挙(7月2日投開票)では自民党が歴史的大敗を喫した。この結果がいかに国政に影響するかどうかが当面の焦点だが、ここではちょっと違う話題にふれたい。中国の話である。

今月1日に香港の中国返還20年を迎え、記念式典で演説した習近平国家主席は、独立を容認しない考えを強い表現で示した。これに見られるように昨今の中国には、人権についての厳しい姿勢が目立つ。ノーベル平和賞を受賞した人権活動家、劉暁波氏ががんに侵され、海外での治療を希望しているとされるが叶わない(編注:7月13日死去)。ネットの統制を強める「インターネット安全法」も施行された。中国では以前からグーグルもフェイスブックもツイッターも使えない(それに類する中国独自のものはあるが)。

だが、中国の社会はこれだけが事実ではない。たとえば、今年4月に本誌で麻生晴一郎氏も指摘していたように、中国では今、多くのNGO(非政府組織)が台頭しつつある。こちらでも人権系のNGOは規制され、海外のNGOとつながる団体には「境外NGO管理法」が施行されて監視も強化されているものの、他方では政府はNGOとの連携も強化しているのである。というのは、環境悪化や都市と地方の格差、貧困問題、教育など、中国は社会的課題が多すぎて、もはや政府の力だけでは対応できないのだ。NGOの力を必要としているのである。

しかも、都市部を中心に豊かな環境で育ってきた若者たちや、若くして事業で成功して富を得た人々がいる。経済的には満ち足りた彼らが、社会的課題の解決に興味を持ち、NGO活動に流入してきているのだ。ビジネススキルやノウハウを持ち、それを社会的課題の解決に生かす。しかも、資本も持っている。これはこの業界に大きな進歩と変革をもたらす可能性がある。日本でも同様の現象はあるが、はるかに中国のほうが速い。人数も多い分、変化がダイナミックなのである。

彼らは政府に対して、いろいろ思うところはあるものの、正面きっては歯向かわない。それをどう評価するかは別だが、いわば面従腹背的な活動で、目の前の社会的課題の解決をめざしている。政府も彼らの活動に頼っている側面があり、これは体制にもいずれ変化をもたらすかもしれない。

そして、テクノロジーの進化もカギである。IT(情報技術)の進歩で、コストをかけずに多くのことが可能になっている。たとえば、NGOではないが、今、北京で大はやりなのが乗り捨て自転車。シェアリングエコノミーの一種でレンタルサイクルなのだが、ITで管理をして、そこに自転車があればどこから乗ってもいいし、どこにでも乗り捨て可能なのだ。日本でもレンタルサイクルは普及しつつあるが、どこでも乗り捨て可能、というわけではない。

こういった中国の側面を理解しなければ、日本は置いていかれるだけである。ほかにもある。北京や上海といった都市部では、ベンツやBMWなど、高級外車が走っている率は日本より高い。しかも、若者はおしゃれである。一見しただけでは、中国人だか日本人だかわからない。そして、大学教育を受けた人々は当たり前のように英語を話す。我々は、自分たちの見たい中国の部分だけ目を向けていないだろうか。

(にしたに れい・ジャーナリスト、7月7日号)