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アンパンの経済学(浜矩子)

開いた口がふさがらず、顎がはずれて地面に着きそうになった。道徳教科書の検定結果に関するニュースを聞いてのことである。小学校の道徳教育は、2018年度から正式に「教科化」される。それに対応して出版各社が作成した教科書に関する検定が行なわれた。

検定意見を受けて「パン屋」が「和菓子屋」に差し替えられることになった。お散歩の途上で、おじいさんに連れられた小学1年生がパン屋に立ち寄る。この想定が、「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつこと」という学習指導要領が示す「内容項目」に合致しない。そういうことらしい。

一体どんな人たちが教科書検定にたずさわっているのだろうか。多くの審議会委員たちが、明治の富国強兵時代からタイムスリップして来ているのかもしれない。全国津々浦々のパン屋さんたちは、今、どんな気持ちでいるだろう。自分たちは、子どもたちが愛着を持つべき対象として認知されない。子どもたちの愛着の対象となってはいけない。そんな風に考え込んでしまわないといい。

一方で、「グローバル人材の育成」などということがやたらに言われる。このことと、パン屋は×で和菓子屋なら○だという発想の間には、いかなる脈絡があるのか。少し考えればすぐ解る。上記の「グローバル人材の育成」とは、視野がグローバルな人々を育てるとか、多様性を包摂できる感性を育むことを意味してはいない。目指されているのは、グローバル競争に勝てる人間軍団の育成だ。愛国的グローバル戦士だ。この「愛国」の部分を担当するのが、道徳教育だということなのだろう。

このおぞましきニュースが、どうも、今場所の大相撲のイメージと重なってしまう。「○○年振りの日本人横綱」という言い方が飛び交う。大奮戦した手負いの新横綱、稀勢の里関に拍手を惜しみはしない。だが、この間、相撲人気を支えてきた外国人力士たちは、今、どんな思いでいるだろう。それが気になるのだ。

ところで、本欄は「経済私考」である。だから、このパン屋問題も、経済的観点から考えておく必要がある。呆れるばかりの道徳教育の結果、日本の「文化と生活」の中からパン屋さんたちがいなくなったらどうなるか。端的にいって、和菓子業界も大いに打撃を受けることになるだろう。

なぜなら、世の中からアンパンが消えるからである。アンパンは芸術品だ。和と洋の絶妙なフュージョン。奔放な折衷コラボが生み出した至高の作品だ。残念ながら、筆者は甘い物が大苦手だ。その意味ではアンパン・ファンだとは言えない。だが、アンパンの経済効果は解る。アンパンから、子どもたちを和菓子の世界に誘導することだってできるだろう。

相異なる物たちの出会いが新たな創造につながる。多様なる人々の相互包摂が、新たな文化を生み出すのである。経済活動は、画一化と平準化が進めば進むほど、停滞する。人間社会は、多様性が低下すればするほど、消滅に近づく。これくらいのことは、教科書検定に当たるタイムスリップ人たちにも解ってほしい。筆者の顎の健康のためにも。

(はま のりこ・エコノミスト。3月31日号)