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「慣行」無視の最高裁人事(西川伸一)

2017年2月27日9:38PM

今年1月13日午前の官房長官記者会見で、菅義偉内閣官房長官はこう述べた。

「本日の閣議で決定した最高裁判事の人事について申し上げます。最高裁判所判事、櫻井龍子及び大橋正春の両名が定年退官をされることに伴い、その後任として、弁護士・早稲田大学大学院教授、山口厚氏及び元英国駐箚特命全権大使、林景一氏を最高裁判事に任命することを決定をいたしました」

15名の最高裁裁判官の出身枠は、職業裁判官6、弁護士4、学識経験者5と慣例的に決まっている。櫻井氏は学識経験者枠(行政官出身)、大橋氏は弁護士出身なので、この2件の人事で出身枠比率は維持されたように見える。

最高裁裁判官の定年退官日は70歳の誕生日1日前である。そこから逆算して、後任人事は進められる。弁護士枠の場合、日本弁護士連合会(以下、日弁連)は「日本弁護士連合会が推薦する最高裁判所裁判官候補者の選考に関する運用基準」を定めている。日弁連は昨年11月に、これに従って選ばれた7名の候補者を順位を決めて最高裁に推薦している。最高裁はそれを内閣に伝えたはずである。

もちろん、憲法により最高裁裁判官の指名・任命権は内閣にあるので、内閣は最高裁や日弁連の意向に縛られる法的根拠はない。ただし、泉徳治元最高裁判事によれば、「歴代内閣は、最高裁長官の意見を尊重してきたと思います。内閣の任命権と司法の独立を調和させるという考えから、こういう慣行ができてきたのだと思います」(『一歩前へ出る司法』日本評論社、2017年)。

実は山口氏はこの7名には含まれていなかった。「調和」の「慣行」を無視して「官邸主導」で山口氏を充てたのだろう。この異例の人事は、13年8月の内閣法制局長官人事を思い起こさせる。

菅官房長官は上記のとおり、山口氏を紹介するにあたって「弁護士」を先に出している。だが、山口氏は著名な刑法学者で、昨年8月に弁護士登録をしたばかりである。開業の経験はない。菅氏は弁護士枠での起用を強調し、日弁連に気を使ったのかもしれない。一方、弁護士出身者が実質的に減らされたことについて、日弁連から問題視する声は聞かれない。弁護士枠は保たれたと安堵しているのか。だとしたら楽観的すぎよう。人事権を用いて介入してくるのは、この政権の「手口」だ。

その意味で、竹﨑博允前最高裁長官が定年日より3カ月前の14年3月に「健康上の理由」で依願退官したのは示唆的である。当時、内閣法制局長官人事で政権の「手口」を学習した最高裁が、後任人事で政権につけこまれないように機先を制したのではとの観測がなされた。それは正しい見立てだったと思えてくる。

また、櫻井氏の後任に男性を就けたことで、女性最高裁裁判官は3名から2名に減った。13年2月に鬼丸かおる氏が任命されて以降、三つある小法廷に女性判事が1名ずつ配属されていた。ジェンダーバランスの点で後退である。

アメリカでは、トランプ大統領の強引な政策に司法が立ちはだかっている。司法の独立こそ権力の暴走を食い止める最後の安全弁だ。政権による「慣行」無視の最高裁人事は、それを脅かす布石としてゆるがせにはできない。

(にしかわ しんいち・明治大学教授、2月17日号)

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