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南西諸島での“国民保護”は二の次のズサンさ──陸上自衛隊の配備に前のめりな安倍政権の無責任(内原英聡)

2016年9月23日4:43PM

宮古島市と同じく粗雑な「避難のイメージ」を掲載する石垣市国民保護計画。(撮影/内原英聡)

宮古島市と同じく粗雑な「避難のイメージ」を掲載する石垣市国民保護計画。(撮影/内原英聡)

他国からの武力攻撃で生活の場が戦場と化したとき“日本国民”の生命や身体、財産はどのように“守られる”のか――。防衛省が陸上自衛隊の配備を計画している奄美や宮古・八重山など南西諸島の住民の間では、この問題がいま深刻に危惧されている。なぜなら自衛隊は国民保護を“最優先任務ではない”としているからだ。

例年通り2016年版の『防衛白書』にも〈自衛隊は、武力攻撃事態においては、主たる任務である武力攻撃の排除を全力で実施〉とあり、〈国民保護措置については、これに支障のない範囲〉でのみ取り組むと記されている。住民の安全確保は“自己責任だ”というのか。

この点をカバーするかのごとく政府は2004年、「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」(国民保護法)を成立させた。同法に従い都道府県も「国民保護計画」を策定したが、市区町村単位では4カ所が未作成となっている。今年3月に160人規模の陸自沿岸監視隊が配備された沖縄の与那国町も、このうちの一つだ。

天候の条件がそろえば台湾も見渡せる「日本最西端」「国境」の与那国島。しかし人口は年々減少するなど、住民は厳しい町運営を強いられてきた。そうしたなか08年頃に浮上したのが陸自配備計画だったが、これまでの過程では筆舌に尽くしがたい苦悩を迫られた。住民は陸自配備を“経済活性”とみなす誘致推進派と、島へのリスクを増大させるとした計画撤回派に分断され、いまも溝は埋まっていない。さらに強引かつ急ピッチで進められた基地の建設工事により、大量の土砂が海へ流出するなど環境汚染も甚大だ。自衛隊配備に拙速な国側の失態といえる事態が相次ぐなか、大前提となるはずの「国民保護計画」さえ整っていない。

約10年も具体的な避難計画を放置

しかし、その「国民保護計画」が策定されても有事に役立つ担保はない。会派「沖縄の風」の伊波洋一参議院議員は8月3日、「国際人道法違反の宮古島への自衛隊配備に関する質問主意書」を政府に提出。08年策定の宮古島市国民保護計画について、(1)「避難実施要領のパターンの作成」、(2)「島外避難における備え」、(3)「避難実施要領の策定」の進み具合を質問した。同市の計画によると「避難実施要領のパターン」とは、市が〈関係機関(中略)と緊密な意見交換を行いつつ、消防庁が作成するマニュアルを参考に、季節の別、観光客や昼間人口の存在、混雑や交通渋滞の発生状況等について配慮し、複数の避難実施要領のパターンをあらかじめ作成する〉(32頁)というものだ。

かりに自衛隊が配備されれば“標的の島”になるおそれがある。それで攻撃を受けたとき国民保護計画が機能しなければ、住民の危険はさらに高まるだろう。だが行政は約10年間も具体策を放置している――。伊波議員の質問に対して政府は8月15日、〈宮古島市は、平成二十八年八月三日時点において避難実施要領のパターンを作成していないと認識している〉と他人事のように答弁した。

一方、宮古島市の下地敏彦市長は6月20日の市議会で、市への陸自配備「受け入れ」を表明している。同市国民保護計画では有事の際、飛行機や船で住民約5万人を島外避難させるイメージ図もある。だが市職員の一人はこう漏らす。「その乗り物が狙われたらどうするか、といったことも(市では)議論していません」

内閣官房と総務省は責任を回避

国民保護計画を所管する内閣官房と総務省消防庁に“責任の所在”を問い合わせた。内閣官房の担当は、「市町村の国民保護計画については都道府県がチェックしており、国側が直接タッチしているわけではない」と回答した。総務省消防庁の担当も「私どもでお答えするのは難しい。自治体ということになるのではないか」と国側の責任をはぐらかした。

陸上自衛隊は「富士総合火力演習」(総火演)で“離島奪還作戦”を過去5回実施したというが、今年8月28日の総火演では島民の存在すら想定していなかった。『八重山毎日新聞』(本社石垣市)は9月3日の社説で、総火演では〈「国民保護法」に基づく住民避難はなかったという。これはなかったのではなく、できないというのが本音だろう。(略)「島民の存在は想定されていない」という演習など税金の無駄遣いである〉と批判した。弾薬だけで約3億9000万円もの税金を投入し、隊員約2400人が参加したという演習でさえこの状況だ。石垣島の住民はこのように不安を明かす。

「昨年10月に突然、石垣島自衛隊配備推進協議会という団体が発足しました。彼らは配備候補地の近接地区にパンフレットを配布し、〈部隊配備は、住民の命と平和な暮らしを守り抜きます〉と強調しました」。このパンフレット「石垣島への自衛隊配備の魅力」を主に作成したのは地元の砥板芳行市議だ。住民はこう続ける。「しかしパンフには具体策への記述が見当たりません。陸上自衛隊の配備計画は他国の脅威を煽る半面、住民のコミュニティや生態系をこわす危険性が大いにあります。候補地に近接する各集落は、配備への断固反対を表明しています」

宮古島市内では昨年10月22日、自民党主催の「平和安全法制セミナー」が開かれた。登壇した“ヒゲの隊長”こと佐藤正久参議院議員は、国民保護計画の所管は「総務省系統」であり、「各県や自治体が作る」と説明した。また自衛隊の配備によって「空港と港、そういうインフラっていう部分も整備しやすくなります」と宣伝したが、その前段では「宮古島から約5万人を避難させるというのは生半可じゃない」と本音を吐露している。

集団的自衛権の行使容認が閣議決定された2014年7月1日、安倍晋三首相は「いかなる事態にあっても国民の命と平和な暮らしは守り抜いていく」と豪語していた。しかしこの発言とはかけ離れた行政運営により、南西諸島はいま混迷をきわめている。
(うちはら ひでとし・編集部)

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