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獲物にみせる余裕な態度──カナダ=エスキモー4(本多勝一)

3人のエスキモーたちは、広大な雪面をはうようにしてカリブーたちに近づく。カメラを抱いて後を追うのは写真記者の藤木高嶺氏。

だがしかし、カリブーの一群を見つけたからと、すぐ追撃を始めるのは「エスキモー流」の態度ではない。獲物がリッパならリッパなほど、余裕のあるところを示さないと。まずはタバコ。次は雪をとかしてお茶だ。またタバコ。

3台のソリが追跡を始めたのは1時間あとだった。小高い丘から盆地状の低地へと、エスキモーたちは声をひそめるわけでもなく、いつものように犬をりつける。

突然、先頭のイスマタの犬ゾリが視野から消えてしまった。驚いて近づくと、10メートルほどの崖から墜落して、ソリが逆立ちしている。空と地平とが白一色で区別できないから、こんなことも起きる。イスマタは大笑いしながらソリを直し、そのまま走りだす。つづく2台は遠まわりして崖を避ける。崖のふちに、カリブーの足跡が点々と続く。

いったい、どの方角へ走っているのか。もはや磁針は北をささない。北磁極(磁石の示す北極)が、ここから僅か800キロメートルほど北西にあるためだ。その角度からすると、およそ東北東に進んでいる。

北磁極は、1831年にJ=C=ロスが発見した当時、ブーシア半島南西部の陸上にあったが、現在(1963年)は実際の北極から1600キロメートル南だ。年に8キロメートル(当時)ほど移動する。(敬称略)

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。

狩猟民族の眼の凄さ──カナダ=エスキモー3(本多勝一)

追いつめられたカリブー群の中で、負傷した1頭が動けなくなった。

カナダ北極圏メルヴィル半島のカリブー(トナカイの一種)は、地元のイニュイ(俗称エスキモー)たちにとっては重要な主食である。肉も狩猟動物の中で一番うまい。

この写真は1963年5月末の、北極圏としては比較的あたたかい日の“風景”だ。3人のエスキモーたちのカリブー猟に同行した私たち(『朝日新聞』の藤木高嶺記者と私)は、かれらの犬ゾリに乗ってメルヴィル半島の奥地へと進んだ。

40キロメートルほどはいった谷の丘で狩猟リーダーのイスマタが、18世紀の戦争を思わせるような古い望遠鏡で30分間ほどのぞいたけれど、カリブーは見えない。この日は谷間におりてテントを張った。気温はマイナス13・5度。

翌日はカリブーの凍った生肉で朝食をすませると、出発1時間後、小高い岩に寐そべったイスマタが、望遠鏡をのぞきはじめた。「タクビ(見えるか)?」と聞くと、彼は大きくうなずいた。「カシニ(何頭)?」──こんどは両手で8本の指を出し、ニヤリと笑った。
ところが、その方角を私がのぞいても分からない(私の視力は1・5)。イスマタもカリブーを望遠鏡の視野に入れて固定してくれたが、それでもダメだ。狩猟民族の眼の凄さは聞いていたが、こんなに差があるのか。(敬称略)

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。

日本政府・社会の異様しめす山城博治さんの長期勾留(黒島美奈子)

1月16日朝、山田親幸さん(83歳)から予期せぬ電話があった。「正午に那覇地裁前に行くから君も来ないか」と言う。名護市辺野古や東村高江での新基地建設・ヘリパッド建設への抗議活動を巡り逮捕された沖縄平和運動センター議長・山城博治さんが勾留されて3カ月を迎える。異議を示すため、何人かが声を掛け合い、裁判所前に集まるという。

沖縄県視覚障害者福祉協会会長の山田さんは、先天性の強度弱視で高校卒業ごろに視力を失った。県立盲学校の教師を務め、沖縄がまだ米軍統治下だった1960年代、沖縄県高等学校障害児学校教職員組合(高教組)の創立(67年7月)にかかわった。同じく創立メンバーの1人、元参院議員の山内徳信さん(81歳)からの連絡で、裁判所前に駆け付けたのだった。

山城さんは、山内さんの出身校の後輩だ。「勾留はあまりに理不尽。かつての同級生たちと何かできないか話した」という。それが釈放を求める署名活動だった。新年と同時に始まった署名はあっという間に広がり、この時点で約3万人分が寄せられた。

山城さんは昨年10月17日、米軍北部訓練場の侵入防止のために沖縄防衛局が設置した有刺鉄線をペンチのようなもので切断したとして、器物損壊の疑いで現行犯逮捕された。その後、昨年8月の防衛局職員への傷害・公務執行妨害容疑、昨年1月の防衛局に対する威力業務妨害容疑が付け加えられた。

「被害者」はいずれも国または国の職員であり、どれも抗議活動の中で「発生した」とされる。三つの容疑の中で一般に重いのは傷害容疑だが、防衛局も県警も連日のように抗議活動を録画しているにもかかわらず、逮捕は発生から2カ月後だった。3番目に容疑に加えられた威力業務妨害は、発生から1年近く経過している。

現行犯は器物損壊だけという状況で、勾留が長引くにつれ、山城さんの逮捕は「政治的な意図によるものではないか」との不審が県民の間に広がっている。

「こんな内容の容疑による長期勾留は米軍統治下でも記憶にない。日本の人権問題や表現の自由は今、あの時代の沖縄より悪い」

裁判所前で山田さんと山内さんが声をそろえた。

復帰運動の盛り上がりと並行して立ち上がった高教組は、社会の問題に敏感に反応した。2人は米軍の圧政への抗議活動の最中、琉球警察や米軍との衝突を何度も経験したという。その2人をして「今の警察や司法より、米軍の方が物わかりが良かった」と言わしめる。黒人奴隷の解放の歴史やリンカーン大統領の名前を持ち出すと、米兵たちは「わかった」というように抗議活動への手を緩めたという。山内さんは「民主主義が何たるものか、米兵たちには実感があったんじゃないか」と振り返る。

米紙『ワシントン・ポスト』電子版は山城さんの長期勾留を「県民に沈黙を強いる異常事態」と報じた。国際人権団体アムネスティ・インターナショナル日本は、釈放を求める緊急行動を始めた。2人をはじめこの日裁判所に集まった100人近くが感じる異様さは、世界の感覚と通じるのだ。

それに対し気になるのが日本社会の沈黙だ。「政治はよく間違える。でも一番怖いのは、それをただす力がないこと」。2人の言葉が胸にささった。
(くろしま みなこ・『沖縄タイムス』記者、2月3日号)

TPP違憲訴訟、締結状況も示さず、突然結審。「日本の司法制度がここまで劣化したか」

1月16日、報告会で闘いの継続を訴える山田正彦氏。(撮影/高橋清隆)

環太平洋戦略経済連携協定(TPP)の違憲確認などを求める「TPP交渉差止・違憲訴訟」第7回口頭弁論が1月16日、東京地裁(中村さとみ裁判長)で開かれた。原告側が釈明を求めた締結状況は示されず、突然の結審だった。

昨年11月の第6回弁論で通知なく裁判長が変わっていたことを受け、前半は更新弁論に充てられた。続いて、2人の原告が批准による損害を証言した。

アジア太平洋資料センターの内田聖子事務局長は、TPP交渉の秘密主義を批判。「甘利―フロマンの交渉記録も開示されると真っ黒に塗られて出てきて、『外交上の秘密でお答えできない』と言う。国民の知る権利に対する大きな侵害がある」と指摘した。

経済学者の植草一秀氏は「TPPは憲法が保障する生命や自由、幸福追求に対する国民の権利を根底から覆す明白な危険を伴うとともに、国民と国家の主権を喪失させる」と指摘。憲法が最高法規であることを定めた98条に照らし、公正な判断を求めた。

原告弁護団はTPP協定の締結手続きの現状を明らかにすることを求めた。被告の国側は「批准していないから訴えの利益はない」と棄却を主張してきたからである。国は「締結はなされていない」と答える一方、閣議決定の必要性については「この場では回答できない」と言及を避けた。

準備書面の交換について協議し始めると、裁判長が「その必要性はない。審議は尽くした」と発言。5分ほどの休廷を挟み、裁判長は突然「弁論を終結したい」と告げた。退出する3人の裁判官に怒号が飛ぶ。

「ひどい」「これが裁判かよ」

元農水相で「訴訟の会」幹事長の山田正彦氏は、「日本の司法制度がここまで劣化したか」と嘆いた。

政府は1月20日、国内手続が完了したことを寄託国のニュージーランドに通報した。

(高橋清隆・ジャーナリスト、2月3日号)