週刊金曜日公式ブログ 週刊金曜日ニュース

新潟県知事選、自主投票の民進党は「怪我の功名」――再稼働に反対の米山氏が当選

新潟県知事選に当選した米山隆一氏(右から2人目)。(撮影/横田一)

新潟県知事選に当選した米山隆一氏(右から2人目)。(撮影/横田一)

東京電力「柏崎刈羽原発」再稼働が最大の争点となった新潟県知事選が10月16日に投開票され、再稼働に慎重な泉田知事路線の継承を訴えた米山隆一氏(49歳、共産・自由・社民推薦)が、前長岡市長の森民夫氏(自公推薦)に約6万3000票差で初当選をした。森氏は連合新潟の支持も受けて当初は「圧勝」と予想された。その後も、接戦の世論調査を受けて二階俊博幹事長(全国土地改良事業団体連合会会長)が土地改良関連団体や建設業者などの企業・団体を回り、石破茂・前地方創生大臣ら有名国会議員も新潟入りしたが、まさかの敗北を喫した。

安倍政権直撃の「新潟ショック」は首相の解散戦略に影響を与える一方、共産党の志位和夫委員長が「歴史的な勝利」と言えば、自由党の小沢一郎共同代表も「安倍政権打倒へ野党共闘を積極的に進める」と野党陣営は勢いづいた。

米山氏の選挙事務所も熱気に溢れていた。21時すぎに当確が出ると、歓声が沸き起こり、万歳後に米山氏は、「原発再稼働に関しては、皆さんの命と暮らしを守れない現状で認めることはできないとはっきり約束します」と明言。

続いて選対本部長の森ゆうこ参院議員が勝因分析。「原発問題を最大の争点とする選挙は今回の県知事選が初めて。それで『再稼働イエスかノーか』を問うことができ、『郵政民営化イエスかノーか』を迫った小泉元首相の郵政選挙と同じような構図に持ち込めた。全国に広めていきたい」。

「怪我の功名」とはこのことだ。7月の参院選新潟選挙区では、野党統一候補の森参院議員が接戦を制したが、原発推進の電力系労組が抱える連合新潟が支援に回ったこともあって原発問題は封印。それに対し、今回の県知事選では、民進党が自主投票を決めて支援団体の連合新潟が自公推薦候補の支持に回ったことから、米山氏は原発再稼働反対にまで踏み込み、原発推進の安倍政権との対立軸を明示した。そして小泉流郵政選挙に似た米山流原発選挙を展開、6割以上が再稼働反対の県民民意の受け皿となって猛追、奇跡の逆転勝利にこぎつけたのだ。

県連丸投げで指導力欠如の執行部に呆れた民進党国会議員有志が続々と新潟入り。超党派議員連盟「原発ゼロの会」の阿部知子衆院議員や近藤昭一衆院議員を皮切りに、代表選を戦った前原誠司・元国交大臣や松野頼久・前維新代表らも応援演説をすると、自主投票を決めた県連会長の黒岩宇洋衆院議員も米山氏の個人演説会で支援表明。遂に14日に蓮舫代表と江田憲司代表代行がそれぞれ大票田の新潟市と長岡市に入り、事実上の野党共闘態勢となったのだ。

こうして蓮舫代表は最終盤で米山氏勝利に関わることができたが、「新潟入りは代表としてではなく、個人的立場での応援」(蓮舫代表)。応援演説をした松野氏は馬淵澄夫選対委員長に「自主投票から推薦への格上げ」を提案していたが、組織決定に至らなかったためだ。

都知事選では都連が決めた候補を執行部が差し替えたように、県連の決定を党本部が変えることは可能。なぜ蓮舫代表の意向が組織決定(推薦への変更)に至らなかったのか。「選挙担当の野田佳彦幹事長と馬淵選対委員長が野党共闘に消極的であるため」という見方が有力。「共産党や小沢一郎氏嫌いで有名な野田氏が『小沢氏に近い森参院議員が決めた候補は応援したくない』『共産を含む野党共闘はしたくない』という感情に囚われたためだろう」(民進党国会議員)。

17日の幹事長会見で野田氏にこの見方をぶつけると、「私も馬淵選対委員長も野党共闘に消極的ではない」「県連の自主投票決定を『誤ったもの』と決め付けるつもりはない」と反論。しかし自公に勝利した県知事選を最大限活用できない原因は、推薦決定をしなかった執行部2人(野田氏と馬淵氏)の職務怠慢にしか見えないが、野田氏は「執行部が総括をするつもりはない」と県連に責任を丸投げする姿勢。衆院補選で惨敗すれば、「総選挙で安倍政権に勝利するには2人の交代が必須」と声が出るのは確実だろう。

(横田一・ジャーナリスト、10月21日号)

 

 

寺島しのぶ主演で映画『小林多喜二の母』

映画にかける思いを語る寺島しのぶさんと山田火砂子監督(左から2人目)ら。(写真/片岡伸行)

映画にかける思いを語る寺島しのぶさんと山田火砂子監督(左から2人目)ら。(写真/片岡伸行)

治安維持法下、特高警察の拷問で虐殺された『蟹工船』作者・小林多喜二(1933年没)の母・セキを描く映画『母 小林多喜二の母の物語』の製作発表がこのほど東京都内で開かれ、主演の寺島しのぶさんらが作品にかける思いを語った。

三浦綾子原作の同名小説の初の映画化で、監督は国内最高齢の女性監督・山田火砂子さん(84歳)。満蒙開拓団をテーマにした映画『望郷の鐘』(2014年)に続き、「反戦平和」のメッセージを届ける。

会見で山田監督は「戦前のように、母から子どもを奪うような時代にならないことを願ってこの映画を作る」とし、「三浦綾子さんの住んでいた家を(映画で)使わせていただくことになった。亡くなった三浦夫妻も喜んでくれると思う。母の無私の愛を描きたい」などと語った。子育て中の寺島さんは「山田監督の人間性に惚れて、今の自分がやらなければならない役だと思った。理不尽な時代に生き、子どもにいっぱいの愛を捧げたセキの20代から80代までを演ずる役作りは難しいが、全身全霊で臨みたい」と意欲を見せた。多喜二役の塩谷瞬さん、多喜二の父・末松役の渡辺いっけいさんらも、作品への意気込みを熱く語った。

映画は多喜二の暮らした北海道小樽や秋田でのロケからスタート。12月に完成し、来年1月中旬以降公開の予定。現代ぷろだくしょん(TEL 03・5332・3991)。

(片岡伸行・編集部、10月14日号)

山崎博昭さん命日に講演会――運動を継続させるには

山崎博昭さんの命日に東京・弁天橋で行なわれた献花と黙祷。(撮影/赤岩友香)

山崎博昭さんの命日に東京・弁天橋で行なわれた献花と黙祷。(撮影/赤岩友香)

ベトナム戦争に反対する第1次羽田闘争で亡くなった山崎博昭さん。彼を追悼する「10・8山崎博昭プロジェクト」が山崎さんの命日である10月8日、講演会「羽田闘争とベトナム反戦から考える この国家どうする」を東京・四谷で開催した。

まず、翻訳家で元ベ平連の高橋武智さんが「ジャテック活動を今振り返って」というタイトルで講演した。ベトナム反戦運動において、脱走兵の支援から米軍基地内での米兵自身が行なう米軍解体運動へ移行していった過程を解説。その運動が「決定的に米国を敗北に追い込んだ要素だ」と語った。今年5月に広島を訪問したオバマ大統領についても、核兵器が持ち込まれた疑惑のあった岩国で日米同盟をより強固にするという趣旨の演説をしたあとに広島へ向かったことの欺瞞を追及した。

次に「さらにひどい国家 どうする?」というタイトルで講演したのは作家の中山千夏さん。自身が社会運動にかかわるようになった経緯を振り返り、沖縄米軍基地問題をはじめ、市民運動はまず「当事者が主導権を持つこと」が大切だと説いた。運動が大きくなると、必ず分断させようとする動きが出てくる。中山さんは、その一つが運動をする人を揶揄する「プロ市民」という言葉だと指摘。運動を広く継続させていくためには「団体の力には頼らず、個人が関心を持つことについて誘い合って解決していくこと。そのときどきで離散していい」とした。

また、同日は講演会に先立ち、山崎さんが命を落とした弁天橋近くで献花と黙祷が行なわれた

山崎さんが亡くなってから50年となる2017年には、ベトナム・ホーチミン市にある「戦争証跡博物館」で展覧会が開かれる予定だ。実現のための費用をクラウドファンディングで集めている。
詳細は URL readyfor.jp/projects/AntiVietnamWarMovementまで。

(赤岩友香・編集部、10月14日号)

「トモダチ作戦」の健康被害裁判で東電支持の日本政府――米国兵補償で国内影響懸念

原告のひとり、スティーブ・シモンズ元海軍大尉(前)。(提供/エィミー・ツジモト)

原告のひとり、スティーブ・シモンズ元海軍大尉(前)。(提供/エィミー・ツジモト)

本誌9月9日号で、「トモダチ作戦」に参加した米国兵士が、東京電力に健康被害への賠償を訴えた、米国の高等裁判所における第1回口頭弁論(9月1日)で、日本政府が「法廷助言人」として書面を提出していた事実に触れた。

ラテン語でAmicus(友)・Curiae(法廷)と呼ばれる「法廷助言人」とは、法廷訴訟に直接参加はしないが、訴訟の内容に関わる特定の見解を有する者が、裁判官に対し助言となる見解を書面陳述するもの。日本政府はこの法廷助言人の立場で、東電の主張を支持する陳述を行なった。日本国内の裁判にもかかわる重要な陳述なので、少し詳しく内容を紹介する。

日本政府はまず、東京電力の主張に沿って、米国内での裁判の必要性を認めないとする。米国で裁判が行なわれると、米国の判決が日本の原発補償制度と異なる結果となり、「補償問題」に矛盾が生じる可能性を懸念するというのだ。具体的には補償金額や内容に「相違」が生まれた場合、日本政府などが3・11以後に設立した「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が維持できなくなる可能性があると述べる。

陳述が示す日本政府の懸念の一つは、福島原発事故による放射能放出と健康被害との因果関係の認定であり、もう一つは、それに伴う損害賠償補償額の増大である。

たとえば、日本政府はいまだ3・11後のがん発症と低線量被曝との因果関係を否定する。このため、すでに7人の死者を出した「米兵」たちの遺族に対する「賠償」を認めた場合、日本で因果関係・損害賠償を認めていないこととの矛盾が生じることになるのである。

一方、原告側は、東電と日本政府が主張する日本での裁判管轄権が決定すれば、訴訟は事実上、終結してしまうと反論する。450人以上の兵士のうち7人はすでに死亡、残る多くが様々な病状に苦しむ中では、訪日どころか滞在できる身体的な余裕はない。しかも長引くであろう裁判を考えれば、とても費用捻出の余裕などあるはずもないのが現状だからである。

【日本の裁判は原告に不利】

この「法廷助言人」としての日本政府の陳述に対して、原発裁判に数多く関わる河合弘之、海渡雄一両弁護士が、第1回口頭弁論後、ただちに米国原告弁護団に「親書」を送付。訴訟が日本の裁判所に提起された場合に起こる日米の訴訟制度の相違と問題点、長期に及ぶ裁判がもたらす結果などについて客観的に記述した。

具体的には、(1)賠償額に比例して多額の印紙代が必要となる、(2)原告側の「原告らの治療のための基金を設立せよ」との請求も、日本の法律に「基金を設立せよ」といった定めがないため、日本ではあり得ない判決、(3)現在の原告団の代理人弁護士は日本での弁護士資格がない、(4)日本での裁判は訴状から始まりすべてが日本語で行なわれる、(5)日本の裁判制度にディスカバリー(証拠及び情報開示制度)もデポジション(弁護士事務所等での証言録取制度)もない、(6)米国には「米国の原発の事故による損害賠償請求訴訟は米国の裁判所に提起しなければならない」という法律があるが、同様の法律は日本にはないため、国際法上の相互主義の効力が及ばない、などである。――明らかに、原告団に不利なことばかりで、公平・公正な裁判が保証されない。

いうまでもなく、原告弁護団が日本の裁判所でのこうした諸事情を知るはずもない。それを承知で東電は、あくまでも日本での裁判を主張、それを支持する日本政府。実に誠意のない対応であり、ここには、「トモダチ作戦」への敬意も謝意もまったく見出せない。

小泉純一郎元総理が、「トモダチ作戦」参加時の被曝によって若者の生命と健康が蝕まれている現状に心を痛めて、米国を訪問したことは記憶に新しいが、その行動への批判の声があるという。なぜフクシマではなく米国なのか、と。

日本の人々は元総理の誠意ある行動を、なぜ、日本自身に危機を告げる「炭鉱のカナリア」への支援として理解できないのか。その先見の明なき偏狭な心に、身のすくむ思いがする。

(エィミー・ツジモト・米国在住ジャーナリスト、10月14日号)

衆院補選は、東京も福岡も「小池劇場」の再現か――際立つ二階氏と菅氏の老獪さ

衆議院補欠選挙が10月23日投開票され、東京10区は自民公認の前職、若狭勝氏(59歳)=公明推薦=、福岡6区は無所属新顔の鳩山二郎氏(37歳)がそれぞれ当選した。自民は鳩山氏を追加公認し、事実上2勝となった。その背景を探った記事(10月14日号)を配信する。

グリップを握ったのは、自民党の二階俊博幹事長と菅義偉官房長官だ。

東京10区は東京都知事選に立候補した小池百合子知事の後任を決める選挙で、自民党は元検事の若狭勝衆院議員(比例東京)を後任候補とした。

若狭氏は都知事選で党の決定に反して小池氏の応援に立ったことで二階氏から厳重注意処分を受けていた。一時は党内で「除名だ」という声まであがっていたことに鑑みると軽微な処分に終わったと言える。背景には保守党時代に行動をともにした二階氏と小池氏のあつい信頼関係があっただけでなく、衆院補選を見据えた「抜群の政局観」(政治部記者)がなしたと見る向きが強い。

対する野党は、民進党新人の鈴木庸介氏を共産、社民、生活の4党が支える。参院選で実現した野党共闘の形を維持することは叶ったものの、情勢は若狭氏に水をあけられている。鈴木氏の応援に入る都内の民進党地方議員は「東京では野党共闘の実績がほとんどなく、どうしてもぎこちなくなる。悔しいのは、都知事選でたたかった小池氏と自民党ががっちり連携できていることだ」と嘆き節をこぼした。

都知事選後、自民党内に残った小池氏や若狭氏への不満を「撃ち方やめ」と制した二階氏の老獪さはこのあたりにあろうか。

【安倍超長期政権を見据える】

「二郎氏の闘いは厳しい。だって公認を取れなかった。他人事ではありません」「(東京都知事選と)だいたい図式は似たようなもの」。

10月10日、福岡でマイクを握ったのは一躍時の人となった小池百合子都知事その人。6月に死去した鳩山邦夫前衆議院議員の弔い合戦となる福岡6区で、邦夫氏の息子・鳩山二郎氏の応援演説に立ったのだ。

二郎氏の事務所が小池氏に応援を要請したのは、情勢が苦しいからではない。福岡で「小池方式」を印象づけるためである。

同区について小誌は9月2日号で、蔵内勇夫・自民党福岡県連会長が自身の息子である蔵内謙氏を強引に公認候補者にしようとした無理筋ぶりを書いた。そこに麻生太郎副総理兼財務相ものっかっている事実も指摘した。補選では二郎氏、謙氏ともに自民党は公認しないことが決まった。二階氏がバランスをとったのだ。

二郎氏陣営の戦略は、会長の息子を押し込もうとする福岡県連の横暴ぶりを東京都連の姿とダブらせることにある。都連の“ドン”たる内田茂氏と、福岡県連の“ドン”蔵内勇夫氏のイメージを重ね、メディアにその構図を煽らせるのだ。自民党地方組織の旧態依然ぶりに清新な候補者が斬り込むという「小池方式」である。

他方、 内心ほくそえんでいるのが菅義偉官房長官だろう。菅氏は、邦夫氏死去後の今年7月28日、邦夫氏が結成した派閥横断型グループ「きさらぎ会」の顧問に就任。行政府の側にいるため表だった動きはしないものの、福岡6区で二郎氏を応援していることは周知の事実。自民党関係者によれば、国会議員会館の菅事務所内には二郎氏のポスターが堂々と貼ってあるという。

菅氏が二郎氏を応援することは、安倍政権内でともに中枢にいる麻生氏に公然と弓を引くことを意味するが、そのことについて最近、周囲に不敵な笑みを浮かべながらこう言ったという。

「また週刊誌に『菅vs.麻生』なんて書かれてしまうんだなあ。ハッハッハ」

メディアに「菅vs.麻生」と書かれることをどうとも思っていない菅氏は、麻生氏を邪険にしている節すらある。

見おとせないのは120人規模を誇る「きさらぎ会」が安倍政権を徹底的に支えるかまえを見せていることだ。党内基盤が弱い菅氏にとって、安倍政権が続けばその分だけ自身の立場も安泰となる。 菅氏が二郎氏を応援するのは、言うまでもなく、自民党安倍総裁の「3期目」を実現し、安倍超長期政権を見据えているからだ。

(野中大樹・編集部、10月14日号)

朝鮮外務省日本担当者らが異動――対日政策後退の表れか

『朝日新聞』(10月7日付)は複数の日朝関係筋の情報として、日朝両政府関係者が9月3日~4日に、中国の大連市内で接触したとみられると報じた。日本側から外務省アジア大洋州局の参事官ら3人が出席、と具体的だ。しかし岸田文雄外務大臣と菅義偉官房長官は同日、この秘密接触を否定した。

「福岡県日朝友好協会」は、今月5日に宋日昊朝日国交正常化交渉担当大使と平壌市内で面会。日本との交渉責任者が交代していないことが確認された。ところが筆者の朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)取材で、外務省日本担当者が次々と人事異動になったことが分かった。

6月1日に、外務省の趙炳哲日本担当研究員を単独インタビューした。部下の許成哲さんの、北京の朝鮮大使館への異動を明らかにし、外務省の日本担当者が減少していることを嘆いた。その2カ月後、趙研究員も日本担当から外れて他の部署へ異動していることが判明した。

この2人は2012年からの日本人埋葬地への調査・墓参団受け入れを担当し、14年5月のストックホルム合意や日朝のさまざまな交渉に関わるなど重要な役割を果たしてきた。この異動が意味することは、日本人調査のための「特別調査委員会」が今年2月に解散し、当面は日本との積極的な交渉をしないということだ。

筆者は8月25日に「朝鮮対外文化連絡協会」の孫哲秀日本局長に単独インタビューをした。局長は「日本当局の朝鮮に対する独自制裁措置が撤回されない限り、朝日関係の改善は考えられない」と語り、日本政府が検討している独自制裁のさらなる強化を牽制した。

これが朝鮮の今の、日本への基本姿勢であることは間違いないだろう。そのため、日朝秘密接触が行なわれていたとしたら、朝鮮側は制裁撤回を交渉の前提として提示したものと推測される。

(伊藤孝司・フォトジャーナリスト、10月14日号)

中国残留孤児問題を忘れないで

帰国者らによる舞踏劇や歌、中国民族楽器演奏なども披露された。(写真/渡辺妙子)

帰国者らによる舞踏劇や歌、中国民族楽器演奏なども披露された。(写真/渡辺妙子)

戦争の記憶が風化していく中、中国残留孤児問題を忘れてほしくないと、10月2日、東京都内で「中国残留孤児問題フォーラム」が開かれた。午前と午後の2部構成になっており、午前の部は残留孤児の肉親捜しに奔走した山本慈昭の生涯をたどる映画『望郷の鐘』の上映。午後の部では元孤児でNPO中国帰国者・日中友好の会理事長の池田澄江さんのあいさつ、同じく元孤児で同フォーラムの呼びかけ人である中島幼八さん(本誌2015年9月18日号で紹介)の基調報告に続き、大久保明男・首都大学東京教授の司会のもと、4名のパネリストが残留孤児問題が忘れられていく危惧や、養父母への支援の必要性などを語った。

白西紳一郎さん(日中協会理事長)は「二度と国のウソにだまされてはならない」と強調、寺沢秀文さん(満蒙開拓平和記念館専務理事)は「残留孤児の身元を見ると、多くが満蒙開拓団の子弟。日本がアジアで何をしてきたかを知り、次の世代に伝えていかなければならない」、羽田澄子さん(映画監督)は「憲法9条を守り、絶対に戦争をしてはいけない」、安原幸彦さん(中国「残留孤児」国家賠償訴訟弁護団幹事長)は「中国人配偶者と結婚している残留孤児も多い。養父母はもちろん、配偶者を支援する制度作りも今後の課題」と、それぞれの視点から発言した。

(渡辺妙子・編集部、10月7日号)

障がい当事者が厚労省と交渉――相模原事件の検証に異議

障がい当事者から厳しい追及を受ける厚労省の担当者たち。(撮影/山村清二)

障がい当事者から厳しい追及を受ける厚労省の担当者たち。(撮影/山村清二)

神奈川県相模原市で起きた障がい者施設殺傷事件から2カ月。その間、厚生労働省は、「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」(以下、検討チーム)による検証を実施、9月14日、「中間とりまとめ~事件の検証を中心として~」を公表したが、障がい者からすれば納得のいく内容ではないと、9月29日、東京・千代田区の参議院議員会館で、障がい当事者と厚労省が話し合う場が持たれた。

主催は、「『骨格提言』の完全実現を求める大フォーラム実行委員会」(横山晃久実行委員長)。同実行委の古賀典夫氏が、前述の中間とりまとめなど政府検証は、「措置入院後対応・対策のみの議論」「(これは)容疑者の言動を『精神障害者ゆえの言動』と決めつけている」ものと批判、「(容疑者の)考え方がなぜ形成されたのかを検証しないのか」などと質問したが、厚労省障害保健福祉部精神・障害保健課の九十九悠太課長補佐は、4カ月程度とされる「鑑定留置」(被疑者の刑事責任能力を問えるかどうか、精神・心身の状態を鑑定するため病院などの施設に留置すること)の判断との回答。

しかし、検討チームによる「再発防止策」のとりまとめは、「秋頃を目途」としており、容疑者の犯行の理由が解明されないままの再発防止策とりまとめには、参加者から、「事件を契機に、予防拘禁につながる措置入院の強化や、精神保健福祉法の改悪の意図があるのではないか」などと疑問の声が続出した。

古賀氏はまた、現場となった施設の実態も問うたが、厚労省原雄亮福祉サービス係長は、「研修などを確認した」などとするのみで、利用者の処遇などの実態は明らかにされず、さらなる検証を求めた。

交渉では、障害者総合支援法の改定に伴う政省令の改定、「障害者」の定義と難病者排除の問題などのテーマも話し合われ、同実行委は、10月27日に、東京・日比谷野外音楽堂にて、大フォーラムを開催する予定。

(山村清二・編集部、10月7日号)

1人あたり123万円でスリランカへ――“予算消化”で強制送還か

9月末に宇都宮で開かれたNPOの無料難民医療相談会。難民と認められないと医療が受けられないなどの問題も。(写真/本誌取材班)

9月末に宇都宮で開かれたNPOの無料難民医療相談会。難民と認められないと医療が受けられないなどの問題も。(写真/本誌取材班)

法務省入国管理局は9月22日、日本に非正規滞在するスリランカ国籍の男女30人をチャーター機で強制送還した。非正規滞在といっても、なかには、スリランカで家族が政治抗争に巻き込まれて殺されたが難民と認められなかった人や、日本に家族を持つ人もいた。

入管は「訴訟や難民申請中の人は含まれない」としているが、「仮放免者の会」によると、訴訟する間もないまま突然強制送還された人が半数以上含まれる。難民不認定処分に対する異議申し立てをしていたが、強制送還前日に申し立ての棄却が通知され、そのまま送還されたというわけだ。本来は、棄却後も6カ月以内であれば難民不認定処分の取り消し訴訟を起こすことができる。しかし、ある送還者は、訴訟をする意思表示をしたが聞き入れてもらえず、羽田空港に連れて行かれ、そのまま送還されたと証言している。同会顧問の指宿昭一弁護士は、「裁判ができるのに、その権利を奪っている」と訴えた。

強制送還は「大量に、確実に、安価に」を名目にして2013年から開始され、今回で5回目となる。同会顧問の高橋ひろみ弁護士によると、難民はチャーター機に乗せられる前までは腰縄を、降りるまでは手錠をされるなど、人道上の問題も多くある。10年には強制送還中にガーナ人男性が死亡する事件が起きた。今回の送還者には、数カ月にわたり体の不調を訴え、治療を受けていた人もいた。

さらに今回の強制送還費用は3700万円で、1人あたり約123万円の計算だ。9月23日付『産経新聞』(電子版)は、「1人あたりの費用は個別送還の場合と大きくは変わらない」との入管の主張を載せた。だが、同会の宮廻満さんは「当初は年3000万円で200人の送還が予定されていた。1人あたり15万円の計算。今回は123万円で、入管の掲げる『安価に』という部分が果たされているのか疑問。予算消化のための強制送還はやめるべき」と話した。

(本誌取材班、10月7日号)

ジャカルタ事件の城崎氏、日本での裁判が始まる――公判で揺らぐ検察側証言

「日本大使館砲撃は赤軍の犯行」と城崎氏実名報道の当時の地元紙。(撮影/浅野健一)

「日本大使館砲撃は赤軍の犯行」と城崎氏実名報道の当時の地元紙。(撮影/浅野健一)

1986年にジャカルタで起きた日米両大使館への手製金属弾発射事件(昨年9月4日号参照)で殺人未遂罪などに問われた城崎勉さんの裁判員裁判が9月21日から11月1日まで東京地裁(辻川靖夫裁判長)で開かれている。21回の公判で、インドネシアのホテル従業員や米連邦捜査局(FBI)の捜査官を含め23人が証言する。

米大使館事件で米国の裁判を受け、98年に有罪となり17年間服役、昨年2月に日本へ送還された城崎さんは「一度も日本赤軍に入ったことはない」と断言している。新聞などが城崎さんを「日本赤軍メンバー」と報じているのは誤報だ。

ジャカルタ事件は、86年5月14日に在ジャカルタの日米両大使館へ金属弾が撃ち込まれ、カナダ大使館前の車が爆破された事件。起訴状によると、城崎さんが「氏名不詳の共犯者」と両事件を起こしたとされている。しかし、この起訴は一事不再理(憲法39条)に反している。また、砲弾が発射されたとされるプレジデントホテル827号室の電気スタンドと飲料缶に残された指紋2点と、ホテルとレンタカー会社従業員の目撃証言以外に証拠はない。

城崎さんは初公判で「まったくのでっち上げです。無罪です」と起訴内容を否定した。弁護団(川村理・上杉崇子・酒田芳人各弁護士)は「城崎さんは事件当時、レバノンにいた。指紋は捏造された可能性があり、目撃証言は信用できない」と主張した。

初公判では、事件当時、通産省(現経産省)から出向して一等書記官だった島田豊彦氏(元・日揮取締役)が「3階にあった経済班の部屋には現地職員も含め12人いた。普通の窓ガラスだったので、命中したら死んでいた」と証言。航空自衛隊から出向し警備責任者の仲山裕司氏(一等空佐、弘済企業株式会社へ再就職)も「人事担当もしたのでわかるが、計画的に信念を持ってやっている方は、塀の中では変わらないので非常に危険」と述べた。弁護団の反対尋問では「(砲撃弾は)花火に毛が生えたようなもの」と説明した。

【記憶が曖昧な証言者たち】

26日(第2回)に出廷したのはホテルのフロント係のパレンティア・アグスタディ氏。彼女は、「キクチ・シンスケ」名義の旅券でチェックインした男性は、「ハンサムだったので覚えている」と証言。事件1週間後に、フロント裏のボードに貼っていた国際手配写真のポスターにあった城崎さんがキクチとよく似ていると上司のアフド・タルミジ氏に話したという。

29日(第4回)は、タルミジ氏が「彼女は『シロサキに似ている』と言ったが、旅券名と違うので取り合わなかった。ところが、6月21日、(地元紙の)『コンパス』に、砲弾の犯人は赤軍のシロサキだと報じているのを読んで驚いた」と証言したが、弁護団の尋問では「彼女の指名手配ポスターのことは、97年に米国でハートマン検事の事情聴取で聞かされて、初めて思い出した」と証言するなど記憶が曖昧。ホテル8階の客室係長だったコマルディ・スカンダ氏は検察官の尋問に、「827号室の客に変圧器を貸し出す際、ドア越しに一瞬、顔を見た。普通の人で、たぶん日本人だと思った」と答えたが、酒田弁護士が尋問で「韓国・中国人と日本人は似ている。なぜ日本人と思ったのか」と聞くと、「30年前のことなので覚えていない」。

30日の第5回公判では、米国経由で届いた指紋写真と警視庁にあった城崎さんの指紋を照合した警視庁鑑識課の松丸隆一副主幹が証言した。その後、ジャカルタ警視庁鑑識課のジョモマルドノ氏が事件翌日の5月15日に電気スタンドの支柱にあった指紋を採取した経緯を証言した。ジョモマルドノ氏が同僚2人と、写真担当のエフェンディ氏と作業したのは5時間。「部屋に入ってすぐにスタンドの支柱に指紋があると分かった。10分で採取した」と述べた。堀内健太郎・左陪席裁判官が「電気スタンド以外の、窓枠、壁、浴室などは調べなかったのか」と聞くと、「自分の分析で、最初からスタンドと決めていた」と答えた。

税金を使い異国から召喚した検察側証人の証言が揺らいでいる。

(浅野健一・ジャーナリスト、10月7日号)