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「笹子トンネル」事故の原因は「設計ミス」(明石昇二郎)

 2012年12月に発生した中央自動車道笹子トンネル(山梨県)の天井板落下事故。死亡した9人のうち男女5人の遺族らが中日本高速道路(名古屋市)と子会社に対し、計約9億1200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が12月22日、横浜地裁(市村弘裁判長)で言い渡された。
 横浜地裁は同社側に約4億4000万円の支払いを命じた。市村弘(いちむらひろむ)裁判長は争点の過失責任について、「老朽化した設備の適切な点検を怠り、防げる事故を回避できなかった」と、ほぼ原告側の主張通りに認定した。
 だが、事故の原因について独自取材を進めると驚くべき事実が明らかになってきた。

中央自動車道上り線の「笹子トンネル」内で起きた天井板落下事故から3年が経過した。同事故では、道路管理者である中日本高速道路(NEXCO中日本)に対し、業務上過失致死傷の容疑で警察の家宅捜索が行なわれたものの、これまで誰一人として、逮捕も書類送検もされていない。いまだ「捜査中」(山梨県警本部)だという。

国交省事故調は責任を曖昧にした

2012年12月2日午前8時3分頃に発生した同事故では、トンネルの天井から吊り下げられていたコンクリート製の天井板が約140メートルの長さにわたって落下し、走行中の車両を直撃。9人が死亡、2人が負傷した。被害者側には何の落ち度もなく、事故を招いた責任はNEXCO中日本側にあることは明白だった。

同事故の発生を受け、国土交通省は事故調査委員会(トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会)を発足させる。事故から半年後の13年6月、国交省は事故調の報告書を公表した。

国交省事故調が打ち出した事故の再発防止策は、実に明快なものだった。高速道路か国道かを問わず、笹子トンネルと同じ仕様の吊り天井板は、
「可能ならば、撤去することが望ましい」
というものだ。

落下カ所のトンネル断面図

落下カ所のトンネル断面図

落下するものをなくしてしまえば、同様の事故の再発はありえない。コンクリート製の天井板をボルトと接着剤で固定して吊り下げるという設計(図参照)自体が最大の欠陥であり、事故原因だったことを、この再発防止策が示唆していた。

同時に国交省事故調は、天井板を撤去しない場合でも、天井板を固定しているボルトが抜けただけで多量の天井板が一気に落下することのないように、バックアップとして別の手段でも天井板を固定する対策を緊急に講じるよう、全国の道路管理者に求めた。

しかし、である。

国交省事故調は、最大の事故原因が「設計」の欠陥にあるとの判断を示すことはなかった。「材料の経年劣化」「施工」「点検・維持管理」のそれぞれにも問題があり、それらが複合して事故を招いた――というのである。

ならば、そうした問題に関わっていた全員が刑事責任を問われてもよさそうなものだが、そうなってはいない。明らかな過失によって9人もの死者が出ていながら、3年後の現在に至るまで、誰も刑事責任を問われないという異常事態に陥っている。

設計施工段階から事故要因を内在

国交省事故調の報告書はその前書きで、自らの役割を次のように規定している。(太字は筆者)

「落下の発生原因の把握や、同種の事故の再発防止策について専門的見地から検討することを目的として行うものであり、事故の責任の所在を明らかにすることを目的に行うものではない

ここで言う「事故の責任」とは、刑事責任と民事責任に関わるものである。これらの責任は、国交省や同事故調が勝手に不問に付すことのできるシロモノではない。にもかかわらず、わざわざこうした但し書きをすれば、警察や検察や裁判所に対し、
“立件する際の証拠として、この報告書は使わないでほしい”
と、政治的に牽制する意味を持ってしまう。そんな疑念を抱かれたくないのであれば、こんな書き方はしないことだ。

それ以上に気になるのは、事故調のこうした「責任不追及」方針が、調査をする上でどれほど有効であり、そうでない場合と比べてどんな成果を上げているのか、科学的な検証がこれまで一度もなされていないということである。

政府や官庁が設置した事故調が「責任不追及」の看板を大々的に掲げるようになったのは、2011年3月に発生した東京電力・福島第一原発事故の時からだ。同原発事故を受け、政府が設置した事故調査・検証委員会の畑村洋太郎委員長(東京大学名誉教授)が、
「(事情聴取で得た証言は)責任追及を目的として使うことはありません」
と明言。その理由は「言いたいことを言えるようにするためだ」とされた。

そしてこの時もまた、警察や検察によって逮捕・起訴された者は一人も出ていない。原発事故で被災した被害者らが、事故当時の東電経営者らを刑事告訴し、検察審査会での2度の審査を経てようやく、3人の元経営者が強制起訴に至る――というありさまだった。

つまり、官製事故調が掲げる「責任不追及」方針には、事故の刑事責任を曖昧にしてしまうという副作用がある。ひどいケースでは、法的根拠のないまま、刑事責任が事実上免罪される“司法取引”まがいの話がまかり通ることにもなりかねない。「責任不追及」の風潮を放置すれば、刑事罰を受けていないことを加害者側が逆手に取り、被害者に対して居丈高な態度で臨む等、損害賠償請求の場面にまで悪影響を及ぼすことが予想される。

とはいえ、国交省事故調の報告書には、事故原因が「設計」にあったことを示す調査結果が詳細に記されている。難解な言い回しだが、その部分を順に紹介する。

当初設計では、隔壁板に作用する水平方向の風荷重がCT鋼に伝達され、CT鋼を変形させることにより天頂部接着系ボルトに生じる引張力が見込まれていなかった――」(同報告書17ページ)

笹子トンネルでは、落下した天井板の上を空気が通る構造になっていた。天井板の上は図のようになっており、隔壁板を境にして、片方がトンネル内にたまる自動車の排気ガスを吸い出す排煙用の道で、もう片方が新鮮な空気を送り込むための道だった。つまり、天井板の上部はまるごと排煙用のダクト(送風管)だったことになる。

そのため、トンネル内の換気を行なうたび、隔壁板に風圧がかかり、天井板を固定しているボルトには引っ張る力が働く。この力のことが、天井板の設計では何も考慮されていなかったというのだ。設計ミス以外の何ものでもない。

天井板に打設された接着系ボルトは、工事完成時点から所定の接着剤引抜強度が発揮されないものも含まれるなど、設計施工段階から事故につながる要因を内在していたものと考えられる」(同報告書37ページ)

天井板と隔壁板を吊り下げていたボルトは、トンネルの天頂部(天端)に打設されていた。天端は構造的に大変脆弱なことで知られる。国交省事故調から独立した立場で、笹子トンネル事故を検証した西山豊・大阪経済大学教授は次のように指摘する。

「笹子トンネルと似た設計でも、天井板落下が起きていないトンネルがある。ただ、天井板の固定の仕方が大きく異なります。中央自動車道の恵那山トンネルでは、天端を外して吊り金具を取り付けていた。また、関門海峡の下を通る関門トンネルでは、軽量の天井板を使用している上に、吊り金具を3本のボルトで支えていた。これに対し、笹子トンネルでは1本のボルトでした」

トンネル工事をよく知る業者や技術士からも、笹子トンネルの「設計」に対する疑問の声が聞かれる。まずは、元トンネル施工業者の西田稔氏が証言する。
「トンネル工事に限らず工事の現場では通常、ケミカルアンカーボルト(接着剤で留めるボルト)は真上に向かって穿孔する(穴を開ける)ような方法では使用しません。万一使う場合でも、ボルトが抜けないように真上に向かってではなく、せめて2本のボルトを『逆ハの字』に施工するべきでした。真上に向かって打てば、天井板は接着剤の力だけで支えることになるからです」

続いて、技術士の三宅勇次氏が指摘する。

「なぜ、コンクリートの打設時に吊り金具を埋め込む方式を採用せずに、『あと施工』という、固まったコンクリートにあとから穴を開けてボルトと接着剤で留める方式にしたのか。必然性がなく、不思議でならない」

前掲のとおり事故調報告書は、1977年の天井板完成時点で、すでに強度を得られていないボルトがあったと指摘している。さらに、ボルトを留めていた接着剤の耐久性については、
現在まで、長期耐久性について十分な知見が得られているとは言えない」(同報告書39ページ)
という。科学的知見や工学的知見が得られていないものなら、死亡事故が起きるまで接着剤の耐久性実験をしていたのと同じだ

「知見がなかったから」との理由で、責任を見逃すことはできない。そればかりか、知見がない接着剤の使用をなぜ、トンネル施工時の道路管理者である日本道路公団は許可したのかという、別の責任問題まで浮上してくる。これもまた、最大の事故原因が「設計」にあったことを端的に示す事例と言えるだろう。

「設計ミス」が事故の規模を拡大

笹子トンネルの天井板。(事故報告書より転載)

笹子トンネルの天井板。(事故報告書より転載)

天井板を固定していたボルトの強度が不十分な上に、接着剤の耐久性にも知見がないのであれば、せめて点検だけは通常以上の頻度と内容で行なう必要があったことになる。だが笹子トンネルは、天井板の点検がしづらいトンネルでもあった。設計で、点検のことが考慮されていなかったためだ。

天端に打設されたボルトは、天井板が邪魔をして路面上から目視することができず、点検するためにはダクトの中、すなわち天井板の上に人が上る必要があった。目視による点検だけでなく、ハンマーを使った打音点検(注)も実施しようと思えば、天井板の上にいちいち足場を組む必要があった。天井板から天端までの距離(高さ)が、短いところで約2・4メートル、長いところでは約5・4メートルもあったからだ。

点検が面倒だったことの証拠に、打音点検は2000年を最後に事故発生までの12年間、実施されていなかった。こうした事実を踏まえ、事故調報告書は次のように書く。

維持管理の方法等の計画においてあらかじめ更新が確実かつ容易に行えるように配慮した設計とすべき」(同報告書43ページ)

今後は保守・点検がしやすい設計にしなさい――というのだった。笹子トンネルの設計では、そんな当たり前のことさえ満足にできていなかったのだ。

ようするに天井板の設計では、
(1)天井板を固定しているボルトを引っ張る力が繰り返し発生してしまうような設計をしていながら、そのことに気づいていなかった
(2)長期の耐久性に関する知見のない接着剤を使用してボルトを打設してしまった
(3)打設したボルトの点検もしづらくしてしまった
というミスを犯していた。設計上の問題点はほかにもある。

天井板は、その両隣の天井板と連結する形で設置されていた。ダクトの中仕切りである隔壁板も同様である。もし、連結させない構造で設計されていれば、天井板が一度に140メートルもの長さにわたって落下することもなかった。いわば「設計」そのものが、事故の規模を拡大させる方向に作用してしまったわけである。

そんな天井板の設計を担当したのは、建設コンサルタント企業のパシフィックコンサルタンツという。取材に対し同社は、
「守秘義務との関係上、お答えできない」
と回答した。

一方、天井板を施工したのは、「建設用アンカーボルトのパイオニア」を自任するケー・エフ・シー(旧社名・建設ファスナー)。トンネル工事全体の元請会社は大成建設である。が、両社ともノーコメントだった。

3年経っても警察は「捜査中」

国交省は事故から半年後の13年6月、NEXCO中日本の吉川良一専務を退任させた。旧日本道路公団出身の吉川専務は、道路の維持管理を担当しており、保全・サービス事業本部長を兼務していた。

同社の株式は政府(財務大臣)が100%保有しており、監督官庁の国交省が事実上、同社幹部の人事権を握っている。NEXCO中日本は笹子事故でいわば“国民の財産”を毀損してしまったわけで、この経営責任を明確にするための引責辞任だった。前の担当者だった中山啓一常務も同時に辞任させられている。その1年後には、同社の金子剛一社長も辞任した。

が、事故で詰め腹を切らされたのはこの3人くらいのものだ。国交省がNEXCO中日本や関係各所に対して言い渡した行政処分は、いまだない。

「警察による捜査の結論を待って、(行政処分を)行なっていくことになる」

こう語るのは、国交省道路局高速道路課の宮西洋幸課長補佐。国交省は、同省事故調の報告書と同様に事故の原因を、
「設計、施工と、経年劣化。それらが複数の要因となって事故が生じた」
と考えていた。

だが、「設計」に致命的な欠陥があれば、「施工」の段階や「経年劣化」の問題でどれだけ挽回しようと、抜本的な問題解決などできるものではない。まして、「施工」と「経年劣化」でミスの上塗りをしたからといって、「設計ミス」の大罪が薄まるわけでもない。

記者は宮西補佐に、
「その中でも、どれが最大の要因なのか」
と、繰り返し尋ねた。しかし宮西氏はあくまでも「複数の要因」だと、ひたすら繰り返すのである。宮西氏はどうしても、「最大の事故原因」を特定するのが嫌なように見えた。

そんな国交省は、徹底した「再発防止策」こそが最良の「事故の責任の取り方」であると強調する。ならば、事故を引き起こしてしまった「結果責任」は、誰が、どのようにして取るべきなのか。

「道路管理者が一義的に管理している。だから、その責任(結果責任)は、高速道路会社自らが負うものです」(宮西補佐)

当の「道路管理者」自身はどう考えているのか。そこでNEXCO中日本を取材すると、
「当社は現在も、捜査当局の取り調べを受けている立場なので、コメントできない」(本社広報室)
という。ただ、事故に関係した社員に対する減給や降格等の処分は、
「現時点では行なっておりません」(同広報室)
とのことだった。天井板の設計や施工をした会社に対し、賠償請求するかどうかも、今後の課題だという。

国交省の行政処分も、NEXCO中日本の社内処分や賠償請求も、警察が出す結論待ち――。捜査を担う山梨県警の責任は重大である。

その肝心の山梨県警からは、いつまで経っても「逮捕した」とか「送検した」との広報はない。そうこうしているうちに、事故から3年が経過してしまった。捜査を取り仕切る山梨県警の捜査1課に尋ねたところ、
「捜査中だとしか言えない」
という。つまり、いまだ捜査の結論は出ておらず、検察に送検してもいないことになる。

事故から半年後で調査報告書をまとめた国交省事故調と、3年過ぎても結論を出せない山梨県警。この違いは一体どこからきているものなのか。強制力を持った捜査ができる警察より、官製事故調の調査力が勝っているというのか。

「事故の責任の所在を明らかにすることを目的に行うものではない」
という官製事故調のエクスキューズに、またしても警察の捜査が翻弄されているのだとすれば、被害者は浮かばれない。

〈注〉所定のハンマーを使って対象構造物を叩き、その際に出る音によってボルトに緩みが見られないか、構造物がはがれていないか等を調べる点検方法。

(あかし しょうじろう・ルポライター。2015年12月18日号に一部加筆)

高田健さんらが韓国「第3回李泳禧賞」を受賞

第3回李泳禧賞を共同受賞した高田健さん(左)とキム・ヒョスンさん。(韓国・ソウル。写真/弓削田理絵)

第3回李泳禧賞を共同受賞した高田健さん(左)とキム・ヒョスンさん。(韓国・ソウル。写真/弓削田理絵)

12月3日、韓国・ソウルで「第3回李泳禧賞」(主催・李泳禧財団)授賞式が開かれた。故・李泳禧氏は、行動する言論人として、韓国の軍事独裁政権を批判するなどし、5回の投獄、記者、教授職を計4度解職されながらも闘い続けた。

同賞は「真実を明らかにし、時代の偶像を打破することに生涯を捧げた」李泳禧氏の精神を継承・実践することを目的として創設。本年は、高田健さん(「許すな!憲法改悪・市民連絡会」事務局長)とキム・ヒョスンさん(『ハンギョレ新聞』元論説委員)の二人が共同受賞。高田さんは、自身「2015年安保闘争」と呼ぶ、戦争法案反対運動をはじめ、20年以上にわたる護憲運動が評価された。

「自分がこの賞をいただいていいのか?」と戸惑いながらも、受賞は韓国市民社会との“連帯の証”と、知人から背中を押されて韓国に来たという高田さん。先日、事務局長を務める「九条の会」がノーベル平和賞候補に挙がりながらも、受賞に至らなかったことに触れ、「李泳禧賞をいただくことは、ノーベル平和賞をもらうよりも、本当にうれしい」と述べると会場からは、笑いがこぼれた。

キム・ヒョスンさんは、著書『祖国が捨てた人々―在日同胞留学生スパイ事件の記録』(日本未出版)で、軍事政権時代に引き起こされた日韓をまたぐ冤罪事件の真実を暴いたことなどが受賞理由。

(弓削田理絵・編集部、12月11日号)

秘密保護法成立から2年、各地で廃止訴える集会――保阪正康氏「孤立するな」

“国民を押し込める四角形”に注意を促す保阪正康氏。(12月6日、東京・渋谷。撮影/林克明)

“国民を押し込める四角形”に注意を促す保阪正康氏。(12月6日、東京・渋谷。撮影/林克明)

特定秘密保護法の成立から2年の12月6日、東京の日比谷野外音楽堂で開かれた大集会など、全国各地で同法や戦争法(安保法)廃止を求める集会やデモが行なわれた。

東京・渋谷の千駄ヶ谷区民会館では、『「秘密保護法」廃止へ!実行委員会』主催による集会が行なわれ、「秘密法と戦争法がつくる『準戦時体制』とは何か」と題して、日本近現代史研究者の保阪正康氏が基調講演した。

思想や政治的立場を超えて昭和の戦争を吟味し後世に伝えるにあたり、①軍事が政治を完全に支配し、勝つまでやる戦争を遂行しようとしたのは日本だけ。②特攻と玉砕に見られる極度の人命軽視、の二つは欠かせないと保阪氏は強調した。歴史に学ばない安倍政権は「立法と司法を蔑ろにする行政独裁体制を進めている」と批判。

保阪氏はまた、現状を図形で示して次のように解説した。「情報の一元化・教育・暴力・弾圧立法の四辺で構成される四角形の中に国家は国民を押し込めようとし、その枠をどんどん狭めていく。四つの辺のうち一つにでも国家が手をつけたとき、その小さな変化に声を上げなければならない。秘密保護法はさしずめ、情報統制の部分にかかる。そして客観的証拠が必要なく自白さえさせれば罪に問える」と、秘密保護法は、戦前の治安維持法のように思想犯を生み出す恐れがあると指摘する。

今後の打開する運動として、永井荷風が書いた戦中の日記『断腸亭日乗』をひき、「こうしたニヒリズムに陥ってはならず、自分にできることをやること」と言う。『毎日新聞』の取材に応えて保阪氏は、「家族や共同生活者を持つこと。愛着を感じる共同体をもつこと。孤立するな」と根本を解く。共同体から疎外され孤立したときに情念的で過激な言動に引かれるからだ。この指摘は、秘密保護法と戦争法を廃止し、この時代を生き抜く基本かもしれない。

(林克明・ジャーナリスト、12月11日号)

「国際テロ情報収集ユニット」でてんやわんや――官邸に“ビクビク”の外務省

パリで起きた同時多発「テロ」を受け、安倍官邸は12月8日、テロ情報を収集する新組織「国際テロ情報収集ユニット」を創設した。トップには前警察庁外事情報部長の滝沢裕明内閣審議官がついた。警察庁、外務省、防衛省、内閣情報調査室、公安調査庁などの審議官級が省庁横断的にユニットを結成し、中東、北西アフリカ、南アジア、東南アジアの計4地域の情報を収集、分析する。

しかしこのユニット、「機能しないだろう」という声が今から漏れ始めている。外務省内からだ。 ユニットが設置されるのは外務省の総合外交政策局(秋葉剛男局長、1982年入省)内。ところが同省にはすでに国際情報統括官(岡浩・統括官、82年入省)があり、両組織の役割の違いははっきりしない。さらに、ユニットは当初、来年5月の伊勢志摩サミット前の設立をめざして準備が進められていたにもかかわらず、官邸の一存で年内創設が決まり同省は慌てふためいた。パリの事件を受けてとはいえ、「官邸の思いつきに、外務省が振り回されてしまっている」(外務省担当記者)。

官邸の“思いつき”は沖縄対策にもあらわれた。4日、菅義偉官房長官とケネディ駐日大使が官邸内で会談し、普天間飛行場(宜野湾市)の一部など計7ヘクタールを前倒しで返還することで合意。同日夕刻に共同会見を開いた。

会見で菅氏は「沖縄の負担軽減のため」と語ったが、前々日の2日は、沖縄県前知事の辺野古埋め立て承認を取り消した翁長雄志知事に対し、国は代執行訴訟の第一回口頭弁論だった。露骨すぎるタイミングに翁長氏が不快感を示したのは当然だが、共同会見前日の3日、記者レクを受けた記者団から「なぜ、このタイミングで?」と問われた外務省北米局も、かんばしい返事ができなかったという。

人事権を握る官邸に、外務省が“ビクビク”している。

(野中大樹・編集部、12月11日号)

外務省が集会参加予定の中国人12人にビザ発給せず――細菌戦被害者ら入国拒否

外務省のビザ発給拒否で中国人12人が参加できなかった11月27~29日の集会チラシ。

外務省のビザ発給拒否で中国人12人が参加できなかった11月27~29日の集会チラシ。

外務省がおかしい。ますます強権的体質を露骨にしている安倍晋三首相の意に沿うかのように、このところ首をかしげるような対応が目立つ。その一つが、11月後半に開催が予定されていたシンポジウム「戦争法の廃止を求め 侵略と植民地支配の歴史を直視し アジアに平和をつくる集い」に出席を予定していた、中国の発言者らに対するビザ発給の拒否だ。

この集会は、「アジアと日本の連帯実行委員会」が主催し、東京都内で3回開催された。これには太平洋戦争中、工作機械メーカーの不二越(富山市)が「女子勤労挺身隊」として約1600人の朝鮮人を自社の軍需工場で働かせた問題で、賠償を訴えている韓国人女性ら3人が参加し、当時の日本での過酷な生活を証言した。

だが当初、日本軍が中国大陸で展開した細菌戦について報告を予定していた浙江省の被害者遺族二人と、同遺族を支援している弁護士ら12人に対し、外務省はビザ発給を拒否。このため、集会への参加は不可能となった。

韓国から来日する際にビザは不必要で、日本から訪中する場合も同様だが、外務省は中国からの来日者に対してはビザ取得を義務づけている。これまで日本で開催された戦争責任や歴史認識に関する集会に、中国からの来日者が参加・発言する例は珍しくなかった。だが今回のように、ビザ発給が拒否されたケースは初めてという。

中国側の参加予定者がビザ発給を申請した北京と上海の日本領事館は、「本省の指示」として発給を拒否。これについて外務省の外国人課は、「個別のビザ発給に関する判断理由は答えられない」と説明する。だが『東京新聞』11月28日付朝刊によれば、「シンポジウムの趣旨への政治的な判断は一切ない」と回答している。

この問題で12月3日、国会内で、主催側の「アジアと日本の連帯実行委員会」が記者会見を開いた。席上、一瀬敬一郎弁護士がこれまでの外務省の一連の対応を説明。さらに省に対し、「歴史を直視し、安倍首相の戦争に向かう動きにどう対抗するかという集会を妨害した。あってはならない事態だ」と強く批判した。

また、「村山首相談話を継承し発展させる会」の藤田高景理事長は、「外務省が初めて拒否したのは、シンポジウムのタイトルに『戦争法の廃止を求め』という文言が入っていた以外に考えられない」と述べながら、「戦争法は『国策』だから認めないということか。民主主義に反するやり方だ」として、今後訴訟も含めた外務省への抗議を考えていることを明らかにした。

【国際人権基準軽視の日本】

一方、国連は12月に、こうした日本の表現の自由・人権の現状について調査するため、ディビッド・ケイ特別報告者(米国)を派遣し、国内の人権NGOや政府機関からの聞き取りを予定していた。外務省も国連との間で公式訪問受け入れに合意していたが、ケイ特別報告者は来日を予定していた12月1日の2週間前になって突然、ジュネーブの国連人権委員会日本代表部から「政府関係者へのミーティングがアレンジできない」という理由で、キャンセルを通告された。同時に、「来年秋まで受け入れは困難だ」と示唆されたという(小誌11月27日号「金曜アンテナ」参照)。

今回の調査では、特定秘密保護法の運用や、最近相次いでいる政府のメディアへの介入といった問題が対象になるものと予想されていた。日本は「国境なき記者団」が毎年発表する世界の報道の自由度ランキングで見ると、2010年の民主党政権時代は11位だったが、今年は61位まで大きく後退。頻繁に外遊を繰り返し、そのたびに自分を売り込むためか海外援助資金等を気前よくバラまいてきた安倍首相にとって、こうした国内の表現の自由・人権の急速な悪化状況が世界に知られるのを避けようとしているのは自明だろう。

これについてアムネスティ・インターナショナル日本ら人権団は、11月25日に発表した声明で「日本政府の国際人権基準を軽視する姿勢の表れと国際社会から受け止められ」ると指摘している。

(成澤宗男・編集部、12月11日号)

海洋保護区求める署名で判明――防衛省のお粗末な認識

署名を手渡すタマラ・スターク氏(中央)と小松原和恵氏(左)。(撮影/斉藤円華)

署名を手渡すタマラ・スターク氏(中央)と小松原和恵氏(左)。(撮影/斉藤円華)

「ジュゴン以外の絶滅危惧種に関する環境省との情報交換は、これから行ないたい」。沖縄県名護市辺野古沖で国が進める米海兵隊新基地建設をめぐり、防衛省担当者から驚くべき言葉が飛び出した。

国際環境NGOのグリーンピース・ジャパンは11月25日、安倍晋三首相に宛てた国際署名「辺野古・大浦湾を海洋保護区に」2万8759筆を防衛省本省へ提出。新基地建設を扱う普天間代替推進グループの担当者に手渡した。

大浦湾ではジュゴンやアオウミガメやベニアジサシなどの絶滅危惧種262種が生息。署名提出に続き、同NGOで海洋生態系担当の小松原和恵氏が「ジュゴン以外の絶滅危惧種の保全について環境省と情報を共有しているのか」と問い質したところ、担当者が冒頭の回答を行なったのである。

一方、米国防総省が今年3月に米連邦議会に提出した報告書では、大浦湾にジュゴンが現れると米軍の訓練に影響を与えるとの記述があることを『沖縄タイムス』が11月23日に報じた。同報道によると、ジュゴンの出現により海兵隊が接近回避のために戦術の変更などを迫られているという。

ところが、沖縄防衛局がまとめた環境影響評価(アセスメント)では、新基地によるジュゴンへの影響はないなどとしており、米側と認識が食い違う。この点についても防衛省側は「米側文書に関しては担当が異なるため承知していない」。お粗末な認識に質疑後、小松原氏は「新基地建設を担当していながら『部署が異なる』との回答は許されない」と語った。

環境影響評価をめぐっては、グリーンピースほか環境団体がかねてより「基地建設ありき」と指摘している。提出に同席した同NGOプログラム・ディレクターのタマラ・スターク氏も「ジュゴン以外の絶滅危惧種について関知しないならば、署名は報われない」と防衛省の対応を批判した。

(斉藤円華・ジャーナリスト、12月4日号)

埼玉朝鮮学園、補助金不支給問題で、全国初――弁護士会が県に「警告」

埼玉弁護士会記者会見の様子。11月25日、埼玉県内にて。(撮影/金宥羅)

埼玉弁護士会記者会見の様子。11月25日、埼玉県内にて。(撮影/金宥羅)

11月25日、2010年度から埼玉県が埼玉朝鮮学園に対し補助金の支給を中止している問題で、埼玉弁護士会(石河秀夫会長)が県の上田清司知事に対し「人権侵犯救済申立事件に関する決定(警告)」を出した。

県は、同校に1982年~2009年度まで補助金を支給してきたが、10年~12年度は「財務の健全性に問題がある」として支給を凍結。13年度以降は「拉致問題・ミサイル発射問題・核実験問題」なども理由にし、予算計上を行なわなかった。

弁護士会は県の補助金不支給に対し、▼すでに学園の財務の健全性の回復がなされている▼拉致問題等の解決と補助金不交付における目的と手段の間に合理的関連性がない、ことを挙げ、日本国憲法14条1項(平等原則)に違反するだけではなく、県が積極的に差別を助長しかねない極めて重大な人権侵害であるとし、人権侵犯救済申立事件における「警告」の理由とした。

人権侵犯救済申立事件では弁護士会の判断で要望、勧告、警告という形がとられるが、「警告」は一番厳しい意見表明として位置づけられており、朝鮮学校への補助金不支給問題でこの決定が下されるのは全国初となる。

これは13年4月に同校からの申立を受けた、弁護士会の人権擁護委員会の調査に基づき発せられたもの。人権擁護委員会の平原興委員長は記者会見で「今回の問題の本質は、合理的関係性のない問題と朝鮮学校を結びつけて支給しないという県の制限理由にあり、積極的に差別を是正すべき行政の責務を果たしていない」と指摘した。

また、同校の高石典校長は今回の弁護士会の決定を「学園と関係者の5年間にわたる補助金再支給を求める活動の正当性を裏づけるものだ」と歓迎し、「この決定を学校関係者及び支援者、国際社会に向け拡散し、子どもたちの教育の権利を守っていきたい」と語った。

(金宥羅・『朝鮮新報』記者、12月4日号)

「ブラック企業大賞2015」にセブン-イレブン――全国の加盟店を長年搾取

「ブラック企業大賞2015」発表記者会見。11月29日、都内会場。(撮影/古川琢也)

「ブラック企業大賞2015」発表記者会見。11月29日、都内会場。(撮影/古川琢也)

過重労働やパワハラなど、働く者の権利を侵害する企業に括弧付きの「表彰」をする「ブラック企業大賞」の第4回(2015)の授賞式が11月29日、東京都内の会場で開催され、ノミネート6社の中からセブン-イレブン・ジャパンが「大賞」に選ばれた。

同社は、フランチャイズ加盟店の権利である「見切り販売」を妨害していたことなどからノミネートされていた。「大賞」受賞の決め手となったのは、本部に一方的に有利なフランチャイズ契約をタテに加盟店を長年搾取し続けた構造の根深さに加えて、その「負の連鎖」が全国のアルバイト従業員にまでおよぶ影響の大きさだった。

従業員を不当に懲戒解雇し、顔写真付きの「罪状」なる書面を全国の店舗に掲示、それに抗議した労働組合を恫喝するなど目に余る対応が目立った引越社関東(アリさんマークの引越社)は「アリえないで賞」を受賞。同社は一般からの投票数で決まる「ウェブ投票賞」では終始独走し、2冠となった。

その他、個別指導学習塾最大手ながら賃金未払いが常態化している明光ネットワーク(明光義塾)は、ブラックバイトの象徴として「ブラックバイト賞」が、19歳の新入社員をパワハラの末に自殺させた福井県の防災機器販売会社・暁産業には「特別賞」が授与された。

講評では、実行委員の竹信三恵子和光大学教授が「社員にベアをしているセブン-イレブンは一見良い会社に見えるが、実際はシワ寄せが加盟店にきている。日本の労働市場がもつ『二重構造』だ」と指摘。

同じく委員の佐々木亮弁護士は、「過労死を自己責任で片付ける言説は十数年前ならまかり通っていたが、いま経営者がそのような発言をしたら『炎上』する。依然として酷い企業はたくさんあるが、それでも少しずつ状況は良くなっている」と語った。

(古川琢也・ルポライター、12月4日号)

女子大生に性的関係を要求――アイシンAW幹部が退職

小誌11月6日号でジャーナリストの成田俊一氏が執筆した記事「トヨタ系列企業幹部による就活女子大生セクハラ事件」に関して、採用と引きかえに女子大生に肉体関係を要求していたアイシン・エィ・ダブリュ株式会社(川本睦社長、以下アイシンAW)の参与兼製造本部副本部長の豊田理彰氏が、11月16日付で同社から処分をうけ、同日付で退職していたことがわかった。

成田氏がアイシンAWに電話取材をした10月20日、同社は成田氏に「(豊田氏)個人のことであり、会社とは一切関係ありません」と答えていた。しかし他メディアでも報じられ大きな話題になって以降の11月30日に小誌が聞くと、「(成田氏から電話をうけた時点では)内容を把握していなかった。その後、調査をしたところ、豊田理彰の言動は就業規則等に明らかに違反しており、社内ルールにもとづいて11月16日付で処分を下した」のだそうだ。自主退職か懲戒解雇かについて聞くと「処分の内容は言えない」のだという。

豊田氏は、アイシンAWの入社試験を受けている女子大生A子さんに肉体関係を要求し、A子さんがそれを断ると、LINE上でこんなメッセージを送っていた。

〈僕と関係がもてない以上、僕もあなたを自分の親類として会社に入れることはできませんので、最終は諦めてください〉

アイシンAWによると、豊田氏に人事権は一切なかった。

関係者によれば、豊田氏はトヨタ一族の直系だという。トヨタグループ創業者の豊田佐吉(1867~1930年)は大叔父にあたり、理彰氏は佐吉の弟・佐助の孫に当たるそうだ。

アイシンAWは「女子大生にご不快な思いをさせてしまったことや世間を騒がせてしまったことを重く受け止める」としながらも、女子大生本人に謝罪する予定はないという。

(本誌取材班、12月4日号)

植村隆氏、韓国の大学に招聘で“北星問題”決着だが――問われる日本の「正義」

記者会見する植村隆氏(右)と田村信一学長。(11月26日、札幌・北星学園大学内にて。撮影/長谷川綾)

記者会見する植村隆氏(右)と田村信一学長。(11月26日、札幌・北星学園大学内にて。撮影/長谷川綾)

「慰安婦」問題を書いた20年以上前の記事を理由に勤務先の北星学園大学(札幌市)を「辞めさせないと爆破する」などと脅迫されていた非常勤講師の元『朝日新聞』記者植村隆氏(57歳)が、韓国の私立カトリック大学に招かれ来春、北星大を去ることになった。北星大は1年間、雇用を守ったが、日本社会全体で脅しから守りきったとは言えない結末となった。

植村氏と北星大の田村信一学長が11月26日、同大で開いた記者会見によると、植村氏は来年3月から1年間、東アジア言語文化学部日本語日本文化学科の招聘教授(客員教授)として、ソウルの隣町、富川市のキャンパスで週1、2回、日韓交流史などを韓国語で講義する。

カトリック大から打診があったのは10月下旬。同大は医学部を持つ総合大学で、北星大と交換留学協定を結んでいる。2012年から植村氏が北星大で教えてきた国際交流特別講義を受講したカトリック大の学生も多い。この9月には、教え子のカトリック大生が中心となり、雇用継続を求める917人の署名を韓国で集めた。

植村氏は、マスコミに名乗り出る元日本軍「慰安婦」がいなかった1991年、ソウルで元「慰安婦」が市民団体の調査に応じたという記事を書き「『慰安婦』問題の火付け役」として昨年、否定派から追放運動を起こされた。学生を痛めつける、高校生の長女を殺す、などの脅迫、抗議が殺到。北星大はいったん雇用打ち切り方針を発表したものの、世論に後押しされる形で「脅しには屈しない」と雇用継続を決めた。しかし、教職員の間では、3000万円を超すとされる警備費や疲労感を理由に来年度の雇用継続には反対の声が強く、田村学長は9月までに植村氏へ「雇用継続は厳しい」と伝えていた。

会見で、植村氏は「警備に大変な費用と人員をあて、学生、教職員に迷惑をかけたことが心苦しい。私が新たな一歩を踏み出せるのも、北星が一緒に闘い、多くの人たちがこの闘いを支援してくれたからだ。日韓の過去を知り、未来を考えるような講義をしたい」と述べた。田村学長は「学内に多様な意見があり、学長として悩んだのは事実。だが雇用に関する学内手続き、決定は何もしていない」と強調。北星大脅迫を「日本の大学のあり方に対する挑戦だ」として今後、(1)植村氏とはシンポジウムの講師や特別講義などの形で連携する(2)大学にきた攻撃、応援のメールや手紙、声明をなるべく早く全部収集・公開し、広く社会に事件を問う――方針を示した。

【他大学の姿勢、日米でも差】

会見後。ネットでは「ついに日本に居場所を失ったか」などと韓国行きを「評価」する「慰安婦」問題否定派の書き込みがあふれた。

実際、北星大は安保法制反対運動の先頭に立つ教員もいるなどリベラルな学風だが、学内情勢は「招聘がなければ雇用打ち切りは確実」(北星大幹部)だったという。在日コリアンの人権問題に長年取り組んできた北海道大学元講師の山本玉樹氏(86歳)は嘆く。「われわれ日本社会の力が足りなかった。戦争法(安保法制)と北星問題は民主主義を守るという点で地続きなのに、切り離して議論していた」。

象徴的なのが他大学の姿勢だ。植村氏を最初に講義に招いたのは、シカゴ大学、UCLAなど米国の6大学。その後から日本の上智大学、北大、明治学院大学が続いた。支援の声明も、明治学院大など教員有志のものはあるが、大学としてはない。植村氏を雇おうという動きもなかった。

カトリック大の朴永植総長は、軍事政権下、韓国の民主化運動を支えて国民の尊敬を集めた故・金寿煥枢機卿の元秘書だ。昨年、韓国紙『東亜日報』の「10年後、韓国を輝かせる100人」に選ばれるなど、大学経営も「やり手」で知られる。その朴総長が、植村氏を招く理由としてこう語ったといわれる。「Justice(正義)」。

かつて植民地支配をした韓国からいわば救いの手が差しのべられた形での決着に今、日本の「正義」が問われている。

(長谷川綾・新聞記者、12月4日号)