週刊金曜日公式ブログ 週刊金曜日ニュース

大阪市体罰自殺事件で学校を擁護する保護者も――橋下氏、教育への介入強化か

会見する大阪市教育委員会。弁明ばかりが目立っている。(撮影/粟野仁雄)

 顧問教諭の体罰を苦にした「死の抗議」だったのか。昨年一二月二三日、大阪市都島区の市立桜宮高校に通うバスケットボール部主将の二年生男子生徒A君(一七歳)が自ら命を絶った。

 淀川べりの同校で一月九日夜に非公開の保護者説明会が開かれた。問題の教諭は自宅謹慎だが三時間に及ぶ説明会は「生徒が死んでるんやぞ」「なんで体罰に気付かなかったのか」などと詰め寄られた佐藤芳弘校長らは謝罪するばかり。最後に部活の顧問教諭らが「体罰は絶対にしません」と誓った。別の場でテレビ局取材に応じたA君の父親は「彼が自ら命を絶ったのが心の叫びで、周りに伝えたかったメッセージです」などと話し、母親は「あの日はいつもより(私に話を)聞いてほしいという感じでした。そのままにしていたのが悔やまれます。冬休みになったのに勉強するのは変だと思った。まさか」などと声を絞り出した。遺書を書いていたようだ。

 通夜の終了時、母親が顧問教諭に「遺体を見てください。これは体罰ですよね」と腫れあがったA君の顔を見せた。「顧問教諭は土下座した」とする市教委に対し、父親は「謝罪はなかった」と食い違う。遺書は顧問教諭に触れていないが、顧問の体罰は「公然化」していた。

 同校では一昨年九月、部員への暴力でバレーボール部の顧問教諭が三カ月の停職処分を受けた。同じ頃、市に「バスケット部では顧問の激しい体罰で生徒がおびえている」との公益通報があったが、学校は生徒に聴取せず、各部の顧問教諭らに聴取するだけで「体罰なし」と市教委に報告した。永井哲郎教育長は「公益通報制度では情報を明らかにできない。生徒に聞けば説明しなくてはならないから聴取しなかったのでは」と弁明するが、自殺直後の生徒へのアンケートでは五〇人中四八人がこの教諭の暴力を目撃していた。生徒に聴取すれば体罰を報告せざるを得ない。「故意の不作為」だろう。

 豪華なジムも完備する同校はプロ野球選手も輩出する「公立のスポーツ校」。バスケットボール部は顧問教諭の「熱血指導」でインターハイにも三度出場した。二二日の練習試合でのタイムアウトで「なんでルーズボールを取りにいかんのや」とA君の顔面を平手打ちするのを男性と女性の若い副顧問の講師が目撃したが「恩師の顧問に口出しできなかった」と話す。一八年も転勤せず校長や教頭も口が出せない「主」だった。

「法的にはともかく体罰と自殺に因果関係がある。救えるはずの命を奪った行政の重大な誤り」と話した橋下徹大阪市長は一月一二日に遺族に二時間以上面談し謝罪。「あの齢で人生を終わらなくてはならないことはどんなに辛かったか」と涙顔で会見した。自らも高校ラグビー部で活躍、「クラブ活動でビンタもありうると思っている」など体罰容認の発言をしていた同市長は「自分の認識は甘すぎた」など反省の弁を述べた。

 こうした事件のたびに「生徒を動揺させず早く平常を取り戻したい」を最優先する学校や保護者が真に生徒に悲劇に向き合わさせないことが多い。そんな中、橋下市長は「仲間を失っているのに直後の生徒や保護者のアンケートではバスケットを早くやりたいとか、顧問に教えてほしいとかが並んでいた。これは異常な世界」と指摘した。市教委の対応の甘さゆえに、橋下市長の“日和見主義”的な発言が注目されてしまうのだ。

 保護者会では群がる報道陣に「この学校はしっかりした学校なんや」とある父親が大声を出したが彼らも大会で好成績を残すことで満足していなかったか。驚くことに学校が関与していないバスケットボール部員の「寮」まであるが、保護者たちが運営していたはずだ。

 最近は公立校でも、活躍した運動部の成果を校舎に横断幕で派手に掲げるが、学校や指導者の名誉が第一になっていないか。

 学校長の民間登用も実施した橋下市長は自らが教育委員会を指導できる条例制定を提案した。行政の教育への介入は要注意だが、悲劇を繰り返してはならない。

(粟野仁雄・ジャーナリスト、1月18日号)

安倍政権の民意無視の姿勢に危機感――「原発ゼロ見直し」は許されない

安倍政権の原発政策を批判する大江健三郎氏(左から2人目)ら。(撮影/編集部)

 安倍政権になって脱原発・原発ゼロの民意がないがしろにされていくのではないかという危機感が広がっている。お先棒を担ぐのは原子力規制委員会なのか――。

 第二次安倍内閣発足の翌日(昨年一二月二七日)、原子力規制委員会(田中俊一委員長)の「原子力災害事前対策等に関する検討チーム」の会合で示された原発事故の「緊急時における判断及び防護措置実施の基準」。避難基準を「年間二〇ミリシーベルト」とし、防災範囲(緊急防護措置準備区域)を原発から「半径三〇キロメートル」とするものだが、市民団体や環境団体からは「年間二〇ミリシーベルトは高すぎる。緊急防護の範囲も三〇キロメートルでは狭すぎる」との批判が出ている。

 一月一一日夜、原子力規制委の入る東京・六本木の高層ビル前での抗議行動で「原子力規制委員会を監視する市民の会」の阪上武さん(四八歳)はこう指摘した。

「二〇ミリシーベルトにするなら最低六〇キロの距離が必要。計画的避難区域とされた飯舘村は福島第一原発から四〇~五〇キロ離れていましたが、避難が遅れた。六〇キロ離れた福島市でも毎時二四マイクロシーベルトを記録した地点も。この基準は原発事故の実態をまったく踏まえていない。拙速な議論はやめるべきなのです」

 これに対し原子力規制委の担当者は「事務局案として提示しただけ。決定したわけではない」(一月一一日)としているが、基準を決定する原子力規制委員会(毎週水曜日開催)に近く提起されるのは確実で、この基準をもとに各自治体が三月までに防災計画を決める流れだ。

 政権発足直後に「民主党の原発ゼロ政策の見直し」を表明した安倍晋三首相だが、第一党とはいえ全有権者の二〇%にも満たない得票(自民党)の政権が、約半年前の「国民的議論」を経て決められた「原発ゼロ」方針をいとも簡単に変更することが許されるのか。

 国際環境NGO「FoE Japan」の原発エネルギー担当の吉田明子さんはこう指摘する。

「二〇一二年七、八月に実施された『国民的議論』では、わずか四〇日間に八万九〇〇〇件以上の意見(パブリックコメント)が寄せられ、その八七%が『原発ゼロシナリオ』を支持しました。政権が代わったからといってこのプロセスを無視するのは許されません」

 一月一〇日には東京都内で「さようなら原発一千万人署名 市民の会」の呼びかけ人である作家の大江健三郎さんや澤地久枝さんらが会見。大江さんは「あの事故は何でもなかった、もう克服されたものとして」原発再稼働の姿勢を見せる安倍自民や経団連の姿勢に「それは違う、根本的に間違っている」と突きつけた。評論家の立花隆氏が『文藝春秋』(二月号)で原発維持を表明していることについて、澤地久枝さんは「立花さんのような言説がまかり通っている」と怒りを込めた。落合さんは「原発事故などなかったかのような日々の中に逆戻りしていってしまうのか。平和利用とか技術という言葉で、自分たちの人生と、誕生前の命すらも、再びまやかしの中に引き込んでしまうのか」と語った。ルポライターの鎌田慧さんは「安全、電力不足、安いという破綻した論理を用いる政治力に対して、政治的に闘っていく」と述べた。同会は三月九日に東京・明治公園で、原発からの撤退を求める市民集会を開く予定だ。

 そもそも第一次安倍内閣時の二〇〇六年一二月、共産党の吉井英勝議員(当時)の「巨大地震の発生に伴う原発の危険」を問うた質問主意書に対して安倍内閣は、そうした事故の評価はしていないと突っぱね、「非常用ディーゼル発電機のトラブルにより原子炉が停止した事例はなく、また、必要な電源が確保できずに冷却機能が失われた事例はない」(同年一二月二二日付・答弁書)と答えていた。このときに巨大地震対策をしておけば、それから四年三カ月後の福島原発事故は防げたと指摘する声もある。安倍首相には自らが原発事故責任者の一人であるという自覚はまったくないようだ。

(本誌編集部、1月18日号)

鳩山元首相「中国とは好き嫌いを超えた関係を」

講演する鳩山由起夫元首相。(写真/赤岩友香)

 安倍新政権となり、東アジア諸国との関係悪化が懸念されるなか、民間の声を外交に反映させようという新たなシンクタンク、NGO・New Diplomacy Initiative(ND、事務局長:猿田佐世)が今夏に立ち上がる。その設立プレシンポジウム「新政権に問う 日本外交がとるべき針路は」が1月10日、参議院議員会館で開かれた。

 講演は、15日から訪中する鳩山由紀夫元首相。「中国とは好き嫌いを超えた関係」を作ることの重要性を訴えた。自らが掲げた東アジア共同体は決して米国を排除するものではなく、協力を仰ぐものであったことを述べ、米国には違うメッセージが届いてしまったことを悔やんだ。また、普天間基地の移設を「最低でも県外」としたが実現しなかったことについて、沖縄県民に対して謝罪の言葉を述べた。

 シンポジウムでは、ジョージ・ワシントン大学教授のマイク・モチヅキ氏が、東アジアに留まらず米国の『エコノミクス』や『ニューヨーク・タイムズ』も安倍首相の歴史認識に危機感を示していることを報告。藤原帰一・東京大学教授は「リベラルな外交は相手の国(の立場)から自分の国を見られるかどうか」だとした。

 なお、NDでは会員登録を募集中。詳しくは事務局まで(URL http://www.nd-initiative.org/)。

(赤岩友香・編集部、1月18日号)

年越し電話相談会に千三百件超――生活の苦しさ反映

「明るい正月を!年越し電話相談会」が昨年末、実施された。貧困問題に取り組む全国の法律家などが対応し、相談は二日間で一三〇〇件を超え、生活の苦しさや不安を訴える声が相次いだ。

「非正規雇用で働いてきたが仕事がない。高齢の親に頼ってどうにか生活しているが後ろめたい。何とかしたいが仕事が見つからない」(四〇代男性)。このように稼働年齢層では、非正規雇用など仕事が不安定・低賃金で、次の仕事も見つからない中で追い詰められているという相談が目立つ。「夫婦二人で月六万円の年金で借家住まい。医者にも行きたいが苦しい」(七〇代女性)など、わずかな年金収入で生活が立ちゆかなくなっているという高齢者からの相談も多い。最も多かった生活保護に関する相談では、自民・公明党政権が打ち出している生活保護基準一〇%引き下げなどの抑制策について不安を訴える声が多数寄せられた。

 二〇〇八年リーマンショック後、派遣切りの嵐が吹き荒れた四年前の相談会と比較すると、仕事と食と住を同時に失う人が一気に溢れるという激烈な形では現れていないが、ぎりぎりまで追い詰められた層がじわじわと広がっている。統計でも、貧困率は一六%、貯蓄ゼロ世帯も二九%、生活の苦しさを訴える世帯も六割を超え、いずれも過去最悪の状況にある。

 自公政権下、労働分野で非正規雇用への置き換えが進められ、社会保障が毎年切り縮められる中で、貧困と格差が拡大。その反省もないまま、政権は再び自民・公明党に戻り、生活保護が果たしてきた役割への積極的な評価もないまま、削減ありきで、生活保護がターゲットにされている。必要なことは、社会保障の穴を塞ぎ、特に「生存の最後の砦」である生活保護制度で人の命を支えつつ、非正規雇用の拡大など貧困と格差を拡大させてきた要因を除くことであり、これを同時に行なわなければならない。

 人間の尊厳の基盤である生存権の価値を、政治がどう実現するかが、今、問われている。

(猪股正・弁護士、1月11日号)

借り上げ住宅追い出しに変化――神戸市が懇談会設置へ

 阪神・淡路大震災で住居を失った人たちが暮らす借り上げ復興公営住宅からの追い出し問題を一月一一日号で報じたが、神戸市の対応に変化が見え始めている。

「入居期限二〇年の満了を前に退去を迫るが、法的根拠は薄弱。高齢者、障がい者など転居困難者も多い住民の権利を守ろう」という運動が、効果を表し始めたもので、神戸市は一月一〇日、専門家ら五人に意見を求める懇談会の設置を表明。今秋の市長選を前に、自民党など与党四会派の要望に応える形をとるが、委員の人選、議事内容、資料など一切が非公開。このため「一歩前進」の評価の一方、「密室論議での対象者の線引き、分断」へ警戒感が強まっている。

 神戸市借上公営住宅入居者連絡協議会は一月一一日に声明を発表し、「すべての入居者に転居を求めることに固執」した公開質問状への期限遅れの回答に遺憾の意を表するとともに、当事者である入居者や住宅オーナー代表らを、懇談会メンバーに加えるよう求めた。

 一方、越年していた兵庫県の検討協議会(同じく非公開)は、一月中旬に開催とみられ、二月議会での方針表明が注目されている。

 借り上げ公営住宅は当初、県と市の合計で約六〇〇〇戸とされ、二〇一五年度以降、順次「二〇年期限」を迎えるが、これを前に、“住み替え斡旋”と称する追い出し攻勢で、五〇〇〇戸を割る現状だ。民間の兵庫県震災復興研究センターは一月一五日、入居者の不安解消を優先すべきとして「希望者全員の入居継続への明確な方針転換」を骨子とする請願書を兵庫県と神戸市に提出。三月一七日にはシンポジウムを計画している。

(たどころあきはる・ジャーナリスト、1月18日号)

福岡県篠栗町議会で会期最終日に可決――携帯基地局の設置条例が廃止

福岡県篠栗町の携帯電話基地局。住民には最低限の情報開示も許されないのか。(撮影/加藤やすこ)

 携帯電話基地局をめぐる紛争が多発する中、住民の知る権利を保障するものとして注目を集めていた、福岡県篠栗町の「携帯電話中継基地局の設置に関する条例」が、わずか六年で幕を閉じた。

 同町では二〇〇六年一二月に、携帯基地局の設置計画の周知と事前説明会を事業者に求める「携帯電話中継基地局の設置に関する条例」を制定し、翌年二月から施行していた。しかし、町議会で九人の議員が条例廃止を提案し、昨年一二月一七日、圧倒的賛成多数で可決されたのだ。

 同町議会事務局に取材を申し込んだが、「慎重に対応すべき問題でもあり、正・副議長の決裁が必要」という理由で締め切りまでに回答を貰うことはできなかった。

 同条例は、紛争防止と安心・安全なまちづくりが目的で、基地局の設置を禁止してはいない。条例制定後に町内に基地局が何基設置されたのか建設課に尋ねたが、「デリケートな問題であり、(記事で)どう扱われるか不明なので回答できない」という。

 そこで、総務省電波利用ホームページで検索すると、同町では二〇〇九年以降だけで、五七基地局が免許を受けている。

 市民団体「OFF電磁波ささぐりの会」のメンバーは、「条例があっても基地局は建っており、中止になったのはわずか。今までは条例があったから意見しやすかった。今後は、設置情報もこなくなるだろう」と不安を訴える。

 同町では条例を制定・改廃する場合などに、パブリックコメントを募集することになっている。「今回も当然、意見を募ると考えていた」と、〇六年に条例制定を提案した村嶋秀樹・元町議は言う。

 また、町と町議会側の動きについて「本来なら、条例廃止は町執行部から提案されるべきだが、パブリックコメント募集を避けるため、議員からの提案として出し、可決したのではないか」と指摘している。

(加藤やすこ・環境ジャーナリスト、1月11日号)

特別支援学校生徒の修学旅行での死亡事故――態度“豹変”の新潟県教委

 新潟県立はまぐみ特別支援学校高等部三年の修学旅行で、体調を崩した女子生徒Aさん(当時一七歳)が死亡した事故で、当初責任を認めていた新潟県教育委員会の“豹変”が問題となっている。

 旅行は二〇一一年六月一日、教頭を含む教員、校医の計一〇人が生徒五人を引率し出発。バス移動中、脳性マヒ障がいで車イスのAさんは吐き気が数回あったが、学校側は十分に休憩させなかった。

 群馬県の宿泊先に到着後、発熱し食事もほとんど摂れないAさんに学校側は十分な水分補給をせず、翌二日未明から嘔吐。当初、教員だけで対応したが、午前四時に胆汁も吐き体調が悪化。養護教諭が対応したが、校医に連絡せず、診察は同五時半頃に。

 水分摂取量を養護教諭は記録せず、校医は「水分補給の点滴は不要。救急車で近隣の病院に運ぶと環境ストレスになる。保護者に迎えに来させ、主治医のいる新潟の病院で受診を」と診断し、養護教諭が七時、教頭が七時半になって、保護者に迎えに来るよう連絡した。

 車で二時間以上かかる高速を往復した保護者は午後二時前、病院に娘を搬送したが、すでに「点滴する血管が確保困難」の重症。翌朝、「脱水性ショック」で死亡した。

 県教委の佐藤昇誠・義務教育課室長は同年一二月一二日の検証作業会議で「責任は教委にある」と謝罪したが、補償問題の出た一二年三月頃から態度が変化。一〇月二日には中島秀晴・新室長が保護者らに「県費の補償なし。日本スポーツ振興センターの見舞金のみ支給」と告げた。一二月二六・二七両日、筆者の電話取材に中島氏は、(1)補償なしは新潟大の専門医らの意見聴取で「教員や校医の対応は死亡と直接的因果関係なし」との見解が出たから(2)だが教員らは十分に対応しておらず、降格した教頭を含む四人は懈怠と判断し訓告措置にした(3)道義的責任は大、管理責任もあるが、賠償責任はノーコメント――などと答えた。

 保護者らは一二月一八日、上京し「いじめ自殺以外の学校管理下での死亡事故等発生時も、第三者委員会を設置し、公平公正な検証を行うよう教委に働きかけを」と文科省に要望。林剛史・初等中等教育企画課係長らは検討する考えを示した。保護者らは近く新潟地裁への提訴を検討中だ。

(永野厚男・教育ライター、1月11日号)

福島県の児童養護施設に2年連続で募金

募金が贈られた養護施設。(提供/矢野あかね)

「福島の子どもたちを忘れない」と、給食の放射能汚染防止や子どもたちの被曝防御に取り組んでいる東京の「世田谷こども守る会」は昨年末、福島県の二つの児童養護施設に募金活動で集めた約72万円を持参して訪れ、「クリスマスプレゼント」として手渡した。

「サンタProject For 福島キッズ」と銘打ったこの活動は、福島原発事故が起きた一昨年からスタート。この年は、同会が約70万円を福島県と自主避難者が多い山形県の養護施設など計6カ所に振り込んだ。

 事故から2年目となった昨年は、「これからも末永く支援を続けるために、お互いに顔の見える関係を作りたい」として、同会事務局の矢野あかねさんが福島市といわき市の養護施設を直接訪れ、手渡したもの。支援金は、ベッドの購入や子どもたちの短期保養の費用に使われる。

 一児の母親でもある矢野さんは、「『3・11』から時間が経てば経つほど世間の福島への関心が薄れていくのに、県内の子どもたちの被曝の危険性は逆に高まっている」と指摘。「親の虐待などで家庭にいられなくなった養護施設の子どもたちは、今度は原発事故による放射線リスクの懸念にさらされ、大人が作った社会の犠牲者だ」として、会として引き続き子どもたちの支援を呼びかけていくと語っている。

(成澤宗男・編集部、1月11日号)

「日本財界のフィクサー」が早期釈放の可能性も――許永中受刑者が韓国に移送

 戦後最大の経済事件イトマン事件で逮捕され、「日本財界のフィクサー」と呼ばれていた許永中氏(六五歳)が二〇一二年一二月中旬、服役していた栃木県黒羽刑務所を出て、韓国に移送されていたことがわかった。韓国への移送は、許受刑者の希望で、国際受刑者移送法により、祖国である韓国で刑に服することが認められたもの。同法は、滅多に適用されることがないため、軽犯罪者ならともかく日本を揺るがした大事件の受刑者に適用されたことは異例と言えよう。

 許受刑者は、大阪府の商社イトマンを舞台にした不正な絵画取引などで総額三〇〇〇億円が闇に消えたといわれるイトマン事件と、一七九億円の手形詐欺事件である石油卸商社・石橋産業事件で有罪となり黒羽刑務所に服役中だった。戦後の在日韓国人差別の中で次第に山口組と関係ができ、やがては代議士との親交まで囁かれる裏経済のフィクサーとして認識されるようになった人物だ。

 許受刑者には持病の心臓病があり、石橋産業事件の二審判決時(二〇〇六年一月)に、意識混濁に陥り、裁判が一時休止されるというハプニングがあった。病状を危ぶむ声がある一方で、本人はエコや環境問題に取り組み、ビジネスでもう一旗あげたいと周囲に述べたという。夢を熱く語るときは非常に意気軒昂であると日本国内で面会していた関係者は語る。

 この年末年始を、韓国・仁川の収容所に一時留め置かれた状態で過ごした許受刑者は、今後収監される韓国国内の刑務所が決定するのを待つ。

 日本では、二〇一四年九月に刑の満期を迎える予定だった。しかし、国際受刑者移送法には「裁判国と執行国の双方が特赦、大赦、減刑ができる」とする規定(二五条)がある。執行国となる許受刑者の祖国・韓国で、規定に基づいた早期釈放という目が出てくるかもしれない。

(編集部、1月11日号)

借り上げ住宅追い出しに矛盾――強硬姿勢の神戸市

 一九九五年一月の発生から一八年を迎える阪神・淡路大震災。被災者向け借り上げ復興住宅からの追い出しを許さず、住み続ける権利を守ろうという住民運動が高揚する中、兵庫県や神戸市などの自治体が矛盾を深めている。

 筆頭は神戸市。神戸市借上住宅入居者連絡協議会からの公開質問状に、回答期限の一二月二五日になっても回答を出さず、ついに越年に至った。神戸市は、“住み替え斡旋”と称して、「二〇年の期限満了で退去」と強硬姿勢だが、住民は入居時にその説明を聞いておらず、大半が「寝耳に水」状態。当局が二〇〇〇年に発行した阪神・淡路大震災「神戸復興誌」にも、「全戸長期借上方式」が明記されている。

 〇八年の神戸市すまい審議会・安心な住生活部会の議事録でも「期間延長その他の方法を検討せざるを得ない」などの幹部答弁が随所に登場し、当局の基本姿勢が、ここ数年で急転換したことを自己暴露している。

 これらの矛盾は、第二次マネジメント計画で市営住宅の七〇〇〇戸削減方針を打ち出し、市営住宅扱いである借り上げ住宅の住民追い出しを軸に乗り切ろうとしたことが根本原因。弁護士団体の自由法曹団兵庫県支部も、「法的に問題あり」とする見解を発表し、関係方面に送付している。

 借り上げ公営住宅は、神戸市営で約三〇〇〇戸、兵庫県営で約一九〇〇戸。一五年度から順次、二〇年の「期限」を迎えるが、貸主側のUR(旧住宅公団)や民間オーナーの多数が契約延長・再契約を望み、国も補助金の継続を表明していることも、大きな特徴だ。

 高齢化率は五割をはるかに超え、目の不自由な方をはじめ障がい者も多く、「転居は、今さら無理」の声が大半。継続入居を求める住民組織は、神戸市の灘、長田、兵庫、東灘の各区に広がり、西宮、尼崎などの周辺都市にも波及している。

 議会への請願、陳情も相次ぎ、兵庫県知事は昨年末、継続入居の一部容認を表明、詳細は検討協議会(非公開)の答申を待つ考えだが、自治体間の矛盾も表面化した。

(たどころあきはる・ジャーナリスト、1月11日号)