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【石坂啓の風速計】 まだあわてなくていいか

 ハロウィンではあまり商戦にならないのだろう、一一月になるとすぐ一週めから街のデパートにはクリスマスツリーが飾られる。東京はまだポカポカ陽気。一年の六分の一がクリスマス気分、……というのも何だかなア。

 しかし私も月刊誌で仕事をしていた頃は季節感がデタラメだった。一二月号は一一月はじめの発売になる。カラー原稿はその一カ月前がシメキリ。で、いつも九月は残暑の中クーラーをかけながら、サンタさんや雪景色の絵を描いていた。マンガの中でもクリスマスの設定はお話が作りやすいというのが実は本音で、あまりデパートのことを笑えない。

 しっかりと商売にものせられている。若い頃は恋愛相手に何をプレゼントしようか毎年浮かれて散財し、シャンパンを飲んだりハデな服を着たりフラフラとイルミネーションに吸い寄せられたり。BGMはワムの『ラストクリスマス』か「きっと君はこな~い~」の山下達郎。

 子どもができてからはさらにハズすことのできないイベントと化し、満員のオモチャ売り場に並ばされるわチビッコのパーティーにつきあわされるわ。わが家にやってくるサンタさんは絶対に姿を見せず、息子が心の中で願っているプレゼントをピタリと正確に当て、こっそりと部屋に贈り届けてくれる。息子は大喜びだがこちらのおもてなし準備も大変であった。

 考えてみるとクリスマスにウキウキしないというのは、そのまま「トシをとった」に直結している気がする。ちょっと悔しい。でもまあ今さらチキンやケーキをムシャムシャ食いたい訳でもないし、夫とシャンパンを飲みたい訳でもない。街の背景はこの際思いきって若者たちに譲ろう。

 さほど浮かれていない、むしろ沈うつな気もちで年の瀬を迎えようという大人たちが今年は多いことだろう。イラク戦争が始まった年も小泉さんが圧勝した年も「おめでとう」の賀状を出す気には全然なれなかったのだが、今年はどうしよう。

「新年、脱原発」……直球すぎるか。「明けまして、閉じよう原発」……同じか。駅ビルのツリーの横ではとっくに年賀状を販売している。郵便局の人たちが街頭に立つのも恒例の光景になった。

 まだあわてなくていいか、と思う。今年はゆっくりと一年を考える必要がある。

(11月18日号)

原発「あり」「なし」双方を検討――上関で「地域ビジョン検討会」

 中国電力の原発計画予定地をかかえる山口県上関町で一一月二二日、「地域ビジョン検討会」の初会合が開かれた。東京電力・福島第一原発の事故をうけ、原子力財源が不透明な状況となる中、「原子力財源あるなしにかかわらず選択の道を幅広くもっておく必要がある」と、六月議会で柏原重海町長が答弁。この日の初会合となった。

 参加したのは、町の執行部一五人と全町議一二人、コンサルタント会社の社員一人の計二八人。原発財源がない場合の歳入予測について総合企画課課長の説明を受けた後、将来の上関町をどういうふうにしたいか、各議員が意見を述べたという。

 約二時間半に及んだ検討会は非公開。「町民を入れる予定はない」というのが町側の姿勢である。

 一方で町外からの参加者となったのが、東京のコンサルタント会社の担当者だ。上関原発計画が浮上して以来ずっと町に関わっており、柏原町長が原電対策室長だった頃からの繋がりだという。町の基本計画や総合計画をつくった際にもきていたが、一〇年近く姿を見せていなかった。今の基本計画の主たる財源である電源開発促進対策特別会計が厳しくなり、久方ぶりの来町という。

 原発「あり」「なし」両方の場合を考えようと始まった検討会。「結論を出さず、みんなで意見を出しあう場にしたい」というのが町長の意向で、「勉強会のような性格」(担当課)だという。だが「原発ありの場合についてはずっと考えてきており、すでに計画もある。なしの場合のことを考えようと言っとるのに、議員のあいだで状況認識にバラつきがある」と語る議員もおり、検討会の今後は注視を要する。次回は来年一月に開催予定。

(山秋真・ライター、12月2日号)

「事故になれば福島の比ではない」――もんじゅ研究者が指摘

 福井県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」が火災事故を起こしてから一一月八日で一六年。現在も巨額の税金を垂れ流したまま稼働していない。衆院決算行政監査委員会(新藤義孝委員長)が、政府に対し中止を含む抜本的見直しを求める動きになった中、脱原発を訴える「京都大学六人衆」の一人で「もんじゅ」研究の第一人者、京都大学原子炉実験所元講師の小林圭二氏が大阪市内で講演した。

 小林さんは、世界初の発電用原子炉は米国の高速増殖炉だったが実用に至らず撤退していったという歴史を解説し、「もんじゅは燃料棒同士が非常に接近してブランケットでまとめられており、溶融すれば大きな塊となって暴走し、核爆発する危険が軽水炉よりずっと高い。そうなれば福島どころではない事態になる。琵琶湖も汚染され関西はだれも住めない」と、その危険性を説明した。

 もんじゅの「売り」は「新たな燃料を生み出す増殖」だ。しかし小林さんは「増殖は倍増時間(別の原子炉一基を動かせる燃料を生むのに必要な時間)、再処理のロス率や、燃料加工、新たな燃料装荷にかかる年数による。現在でもロス率が五・七%。仮に五%でも倍増には九〇年かかる。新たな燃料を生むなど夢のまた夢で、世界のどこでも実用化されていない」と指摘した。

 高速増殖炉「もんじゅ」には現在、維持費だけで年二三三億円かかっている。稼働できる見通しが立っていないにもかかわらず政府が存続に固執する理由について小林さんは「使用済み燃料の行き先がない」ことに加え、「核武装しやすいから」と指摘した。

(粟野仁雄・ジャーナリスト、12月9日号)

高校生の教育行政批判に騒ぐ育鵬社族――高橋史朗氏の根拠なき反論

 来年度から中学校で使用する公民教科書が今も決まらない沖縄県八重山地区において、高校三年生が投げたボールに、異様な反応を“大人たち”が見せている。

 教科用図書八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長)は八月二三日、教員の調査結果を反故にし、たった五分間の協議で「つくる会」系の「育鵬社」公民教科書を選定した。

 こうした実態に、米国留学中「ディベート」や「情報公開」「説明責任」が民主主義の要であると学んだ八重山高校三年の城所愛美さんは、九月一日付『八重山毎日新聞』に「八重山の民主主義の行方は?」と題する寄稿をした。

〈子どもは大人の背中を見て育ちます。しっかり「ディベート」してとことん話し合い、「情報公開」「説明責任」を果たす、「真の民主主義の姿」を大人は見せてほしいと思います〉

 高校三年生の正鵠を射た指摘に過剰反応したのが「育鵬社」推進勢力だ。自民党系の石垣亨市議は議会で、城所さんの寄稿を「恩師批判」だと主張。城所さんが留学した時の八重山高校校長が玉津教育長だったことを指してのことだが、「恩師を批判してはいけないのか」「そもそも本当に“恩師”かどうかは教えられた側が決めること」という呆れた声が住民の間に広がっている。

 中でも悪質だったのが明星大学の高橋史朗教授だ。『日本の息吹』一一月号で高橋氏は、玉津教育長が「この生徒の渡米費用などを苦心惨憺して留学させた」「(城所さんが)一方的な偏向報道をうのみにした」と言い放っている。

 しかし、城所さんの渡米費用は「全額自己負担」で親が出しており、高橋氏が間違った情報を「一方的にうのみ」にして書いていることは明らかだ。

 このことを高橋氏に問うと「城所さんの件については何も話すことはない」と取材拒否。「説明責任」を果たすつもりはないようだ。ちなみに高橋氏は「親学」提唱者の一人。「親学」とは、周りに迷惑ばかりをかける親が増えているとして設けられた「親たちを対象に施す教育」なのだそうだが、高橋氏が本気で非常識な親たちを教育すると考えているのだとしたら噴飯ものだ。自らが率先して受講すべきだろう。

(野中大樹・編集部、12月9日号)

薬事法国賠で朝鮮総聨全面敗訴――東京高裁が政治弾圧容認の判決

 高齢の在日朝鮮人女性に薬事法違反の容疑をでっち上げ、在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総聨)の関連施設などを警視庁が家宅捜索した事件をめぐる国家賠償請求訴訟(「人権とメディア欄」七月二二日号等参照)。これについて東京高裁は一一月二九日、一部の違法を認めて被告・東京都に対し賠償を命じた一審判決を取消し、朝鮮総聨都本部など原告側の訴えを全面的に斥ける判決を言い渡した。

 昨年八月の一審東京地裁は、家宅捜索そのものの違法性を主張した原告の請求については認めなかったものの、令状で対象になっていなかった場所に捜索を強行したことや、当事者に交付した押収品目録に押収物の詳細を記録せず、「段ボール一箱」などと曖昧な記載で済ませたことなどの違法性を指摘。計六〇万円の損害賠償を支払うよう東京都に命じる判決を言い渡していた。

 しかし東京高裁の市村陽典裁判長、高野輝久、菅家忠行両裁判官らは一審判決で違法性を認めた箇所の指摘すべてを取消し、太田千尋や倉貫昭彦、馬場裕司各警部(いずれも当時)ら警視庁外事二課が行なった違法、不当な政治弾圧を全面的に追認した。中でも、押収品目録でのいい加減な記載について、判決は「刑事訴訟法上違法と評価される余地はある」と認めながらも、原告の権利や利益が侵害されてはおらず「国家賠償法に基づく損害賠償請求権の発生は認められない」と言い放ち、原告が捜索、差し押さえで受けた明らかな人権侵害に目をつむった。

 事件は、長年体調を崩している在日女性が、朝鮮民主主義人民共和国の親族を訪問する際、自らの体調管理のため栄養剤などを近所の医師から個人的に譲り受けただけだったにもかかわらず、「工作員」が工作活動のために輸出しようとしたとでっち上げられたもの。女性は裁判で無実を訴えたが、判決は一言も言及せず、起訴もされていない女性の冤罪を晴らすどころか、外事、公安警察ベッタリの朝鮮総聯敵視の姿勢を露わにした。

 判決後、原告や代理人の弁護士らからは「警察の暴走を誰が止めるのか。これでは裁判所は何のためにあるのかわからない。日本は法治国家といえるのか」と厳しい批判が相次いだ。原告らは上告を検討している。

(中嶋啓明・ジャーナリスト、12月9日号)

「自主的」避難者の経済的困窮を防げ――環境団体などが政府と東電に署名提出

 国際環境団体のFoEなど二団体は一二月五日、原子力損害賠償紛争審査会と東京電力に対し、福島原発事故で国が指定した「警戒区域」「計画的避難区域」外の市町村から県外に避難した「自主的」避難者について、避難費用の実費支払いを中心とした損害賠償の支払いを求める署名を提出した。

 東電への賠償額や支払い対象についての判定指針を策定する同審査会は、一一月二五日に開かれた会合で、「自主的」避難者と残留者を一律同額に賠償する方向で論議。さらに賠償金が支払われる期間についても、この一二月までという案が有力になっている。ちなみに東電側は結論を審査会の決定に預け、現在まで「自主的」避難者への損害賠償を拒否している。

 だが同二団体が九月から一〇月にかけてメールなどを使い実施したアンケート調査(回答者二四一人)によると、「自主的」避難者は引っ越しや交通費等で一家族平均約七二万円の出費を強いられていることが判明。さらに避難家族にとって退職・転職に伴う収入低下も、深刻な問題になっている事情が浮き彫りになっている。

 今後、賠償金が残留者と一律同額になった場合、賠償の範囲がきわめて限定され、「自主的」避難者の経済的困窮がさらに深まることは確実だ。このため、短期間ながら二六一四筆集まった今回の署名では、(1)一律一括ではなく避難費用の実費がカバーできる賠償額とする(2)賠償期間は、最低二年間とする――の二点を求めている。

 署名が提出された五日には、衆議院第二議員会館で「自主的」避難者ら六人の記者会見が開かれた。そのうち福岡県に避難している主婦は、「夫を残したまま、子どもを被曝させないため母と子だけで福島を離れた。経済的に限界で、福岡に夫が月一~二度訪ねにくる交通費の負担も大きい。避難したくてもできないでいる多くの県民のためにも、適正な賠償額を決定してほしい」と訴えた。

 また、東京都内に「自主的」避難をした主婦は、「事故後、子どもが大量の鼻血を何度か出し、これでは被曝から守ることはできないと思って避難を選択した。家のローンも残っているが、子どもの命には代えられない。避難の必要経費は国と東電が支払うべきだ」と強調した。

(成澤宗男・編集部、12月9日号)

「エネルギーシフト」を骨抜きにする人事案――枝野経産大臣は官僚“操り人形”か

 枝野幸男経済産業相が一一月七日に国会に提出した「再生可能エネルギー促進法案」を骨抜きにする人事案が波紋を呼んでいる。

人事案とは、再生可能エネルギーの買取価格と買取期間を決める「調達価格等算定委員会」のことで、五人の委員のうち三人が買取制度に否定的な委員で占められていたのだ。進藤孝生新日鉄副社長、山内弘隆一橋大教授と山地憲治元東大教授のことで、進藤氏は委員長就任が有力視されている。

野田佳彦首相は「TPP(環太平洋戦略経済連携協定)交渉参加」から「参加に向けた協議に入る」に方針変更をしたが、宗像直子経済産業省通商機構部長はそれを反映させない文書だけを作成。枝野大臣はその文書を持ってAPEC(アジア太平洋経済協力)の交渉に臨み、米国側に「全物品・サービスを交渉のテーブルに載せる」という誤った方針を伝えた疑惑が浮上。しかも、この事実誤認の内容が米国のホームページに掲載されたままになっているのに、枝野大臣は訂正も求めていない。

 枝野氏は官僚の“操り人形”と化してしまったのだろうか。今回の人事案について青山学院大学の水野敏郎教授は「エネルギー多消費型産業の代弁者である進藤氏は利害関係者で、買取価格を安く抑える可能性があり、再生可能エネルギーを拡大させるという法律の本来の目標が達成できなくなる恐れがあります」と話す。

 菅直人前首相を支えた梶山恵司前国家戦略室内閣審議官もこう批判する。「枝野大臣の周辺は、再生可能エネルギー拡大や脱原発依存を望ましく思っていない官僚が事務局を固めています。今回の人事案も、官僚が水面下で動いた可能性は高い」。

「みんなの党」の渡辺喜美代表が行革担当大臣をした際、古賀茂明氏と原英史氏(両人とも元経産官僚)が脇を固め、政治主導で公務員制度改革基本法を通した。なぜ枝野大臣は、この例を参考に“チーム枝野”を作ろうとしないのか。「枝野氏は自信過剰で、一人で官僚をコントロールできると思っているのでしょう。しかし一人では無理です」(梶山氏)。

 学習能力のない枝野大臣は、自らが再生可能エネルギーの拡大を阻む存在になっていることにまったく無自覚のようだ。

(横田一・フリージャーナリスト、12月9日号)

土壌汚染「解決」でなく、「見たくない」思惑――警戒区域の調査を避ける文科省

 一二月一日付『朝日新聞』が、「東京電力福島第一原発から半径一〇〇キロ圏内の土の中に放射性セシウムがどこまで浸透しているかを政府が調査した際、半径二〇キロの警戒区域を調べていなかったことがわかった」と報じている。

 この調査は除染作業に役立てるため、東京大学や大阪大学など九四機関の協力で、今年六月から約一カ月間かけて行なわれた。福島第一原発事故で放出されたセシウム137の半減期は約三〇年で、同じ放射性物質であるヨウ素131の約八日に比べても格段に影響を与え続ける期間が長い。それだけに厳密な調査と、それに基づく念入りな除染が必要とされる。

 にもかかわらず、調査を行なった文部科学省は警戒区域を対象から外していたのだ。警戒区域は事故を起こした原発に近く、それだけ汚染もひどいと予想されため、いっそうの調査と除染作業が必要とされるはずだ。文科省はまったく逆のことをやっていた。

 そもそも福島第一原発事故発生以来、問題の本質から目をそらし、過小に評価したがる姿勢が文科省には目立つ。福島県内で校舎・校庭利用を許可する放射線量の基準を年間二〇ミリシーベルトとし、「あまりにも高すぎる」と大批判されたのは、その典型といえる。

 その「二〇ミリシーベルト」問題では、文科省は原子力安全委員会の助言が根拠であると説明していたが、原子力安全委員会は否定。国会議員の面前で両者が “大人げないケンカ” を演じる醜態までさらしている。

 さらに、東京都内でも住民による自主的な放射線測定が広まりつつある中、本誌の取材に対して文科省原子力災害対策本部事務局(EOC)は、「東京は心配するレベルではない。福島県外で安全基準を示す予定はありません」と断言した。しかしその後、東京都内では次々とホットスポットが発見され、大きなニュースとなっている。

 都内のホットスポットについては、住民からの要請に抗せなくなって独自に放射線測定を実施する区も少なくない。とはいえ、その調査も細かく行なわれているわけではない。一つの学校について校庭の中心や砂場など、数カ所を測定しているにすぎない。

 その理由を、ある区役所の担当者は「ホットスポットを探しまわることになって、作業にキリがありません。それだけの人手も予算もありません」と説明する。そして住民が自主的に除染作業をやることについても、「一カ所でやると、飛び火して際限がなくなります」と否定的だ。

 いくら住民が自主的にやるといっても、それを区が黙って見ているだけ、というわけにもいかない。実際に除染作業をやるとなれば、それだけの人手と予算が必要になってくる。

「つまり、余計な人手や予算はかけたくないのが本音。それは、文科省とて同じはずです」

 除染問題を取材するあるジャーナリストはこう説明する。

 二〇ミリシーベルト問題も同じところに根がある。学校利用の基準を厳しくして学校が使えなくなれば、子どもたちや教員を他に移動させなければならない。その手間や費用は莫大な額にのぼるはずだ。さまざまな責任も発生することになる。

「それらをすべて回避するためには、基準を甘くしておく必要があったんです。基準以下なら人もカネも必要ありませんからね」(前出のジャーナリスト)。

 今回の警戒区域での放射性セシウム未調査問題についても、同じ見方ができる。調査をすれば、高いセシウム値が発見される可能性は高い。その対策には人手も費用もかかるだろうし、国や自治体が躍起になっている住民を元の家に戻すというプランにも大きな障害になるはずだ。できれば “蓋” をしておきたい文科省の気持ちもわからないではない。

 とはいえ、それが人の健康に害をおよぼすことになれば元も子もない。自己防衛も大事かもしれないが、行きすぎると害毒にしかならない。文科省をはじめとする役所には、自己防衛より住民の安全を最優先する発想を期待したい。

(前屋毅・ジャーナリスト、12月9日号)

中労委が不当労働行為認定――塩田さんに勝利命令

 中央労働委員会(中労委)は一一月二九日、旅行添乗員派遣会社(株)阪急トラベルサポート(以下、HTS)が派遣添乗員・塩田卓嗣さんに対して出した事実上の解雇通告を「不当労働行為」と認定し、同社に対して塩田さんのアサイン(仕事割り当て)停止の解除とバックペイ支払いを命じた。

 HTSは二〇〇九年三月一八日、全国一般東京東部労組HTS支部委員長である塩田さんのアサインを停止(事実上の解雇)。本誌〇九年二月二〇日号で、塩田さんが旅行添乗員の置かれた過酷な労働の実態などを証言したことがその理由だ。この記事についてHTSは「虚偽の事実」としてアサイン停止の理由としたが、現在まで本誌への抗議はない。

 塩田さんを狙い撃ちにした「組合つぶし」「言論の自由への挑戦」として、組合は〇九年五月、東京都労働委員会(都労委)に不当労働行為の救済を申し立てた。今年二月四日、都労委は塩田さんへのアサイン停止を労組法で禁じる不当労働行為と認定。添乗業務に復帰させることをHTSに命じた。

 HTSはこの都労委命令を不服とし、上級審である中労委に「再審査申し立て」を行なっていた。

 組合は命令交付当日、記者会見を行なった。塩田さんは「会社がこの命令を守り、一日も早く業務に戻りたい。これを機に他の訴訟問題も含めて解決すべき」と述べ、職場復帰の決意を表明した。組合は「二度までも不当労働行為を断罪された以上、ただちに塩田さんを職場に戻すべき」と話している。

 HTSは組合との間で未払い残業代をめぐる三つの訴訟も争っており、組合側勝利の判決が出ている(会社は上告)。

(菅野存・東京東部労働組合、12月2日号)

【佐高信の風速計】 傍若無人

 日本の社長は自分で自分を選ぶ。九州電力では社長ではなく会長に人事権があるらしいが、ともかく実質的なトップが取締役を選び、その取締役たちによってトップが選ばれるのである。だから、自分で自分を選ぶことになる。

 それをチェックする株主総会をはじめ、監査役、労働組合、そして消費者運動等がほとんどこの国では機能していない。原発震災で露呈したように、メディアも批判精神を失っているから、日本の社長は何も恐くないのである。

 私は、日本の会社は江戸時代の藩であり、トヨタ藩や東京電力藩と呼んだ方がいいと言ってきた。社長に世襲が多いこともその理由の一つである。だから、大王製紙のように信じられないバカ殿が現れることにもなる。

 二〇年ほど前、名古屋から帰る新幹線で、通路をはさんで四人組の紳士と一緒になった。大阪から乗ってきたのか、酒とつまみで大分できあがっている。話の様子では、一部上場企業の会長、社長、それに専務か常務といった顔ぶれらしい。途中に、ガハハハという高笑いをまじえ、会社の人事の話を傍若無人にしゃべる。まさに、傍に人無きがごとしで、聞く気がなくても、声が“侵入”してくるのである。表面的な紳士顔とは違って、その四人には社会性や公共性はまるでなかった。

 貸し切りでもないのに何だ、と腹が立ったが、皮肉な目で観察を始めると、これほどオモシロイ漫画もない。

 テープレコーダーに録っておいて聞かせてやりたいようなお世辞のやりとり。会長と社長の間に散る微妙な火花。

 しばらくして、会長がトイレに立った。すると社長が、

「会長にも困ったもんだ」

 という話をし、他の二人が同調する。

 次に社長が席をはずすと、待ってましたとばかりに、会長が社長の悪口を言って、二人がうなずいた。

 彼らは、隣にいる私はもちろん、自分たち以外の人間のことは考えられないらしい。つまり、「会社」がそのまま新幹線の中でも飛行機の中でも移動しているのである。

 私は社長選挙制を提案して猛反発を食らったことがあるが、封建的なこの国の会社を民主化するのは容易なことではない。