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戦後三大謀略事件のひとつ――「三鷹事件」44年ぶりに再審請求

 戦後混乱期の国鉄(現JR)三大謀略事件のひとつ、三鷹事件の犯人として無念の獄死を遂げた死刑囚竹内景助氏の長男(六八歳)が、一一月一〇日東京高裁に四四年ぶりの再審を申し立てた。

 一九四九年七月一五日夜、国鉄中央線三鷹駅で七両編成の無人列車が突然車庫から暴走して六人が死亡し、二〇人が重軽傷を負った。

 共産党が大躍進した一九四九年夏に起きた国鉄をめぐる下山事件、松川事件、三鷹事件。背景に日本での共産主義勢力の台頭に強い危機感を抱いたGHQ(連合国軍総司令部)の思惑があり、捜査も事実上、MP(憲兵)が指導していた。

 警察は、国鉄で人員整理された二八歳の竹内景助氏らの、国鉄労働組合(国労)組合員一〇人を「共同謀議で仕組んだ犯行」として逮捕。検察は電車転覆致死罪などで起訴した。

 事件の翌日、吉田茂首相は「共産主義者の扇動による」と長大な声明を発表し、マスコミも「不安を煽る共産党」などと報道した。検察の執拗な取調に竹内氏は単独犯を虚偽自供してしまう。若気の義侠心で組合員を庇おうとしたようだ。

 東京地裁は翌五〇年、「共同謀議は空中楼閣」と竹内氏以外の組合員を無罪にしたが、「単独犯行」として竹内氏に無期懲役を言い渡す。組合員一〇人のうち、竹内氏だけは党員ではなかった。五一年、東京高裁で竹内氏は死刑判決に。最高裁大法廷は弁論を開かず八対七で上告棄却した。

 五六年に竹内氏が獄中から再審を申し立てると浅沼稲次郎、鳩山一郎、亀井勝一郎、谷崎潤一郎ら各著名人が立ち上がった。六六年、東京高裁の樋口勝裁判長は竹内氏の妻に会い、再審決定への手続きを告げたが、竹内氏の脳腫瘍は悪化していた。翌年一月に四五歳で獄死し、同裁判長は再審請求の終了を宣言した。

 再審にあたり、竹内氏の長男は記者会見や報告会にも出ず、「死刑囚の子どもとしてひっそり生きざるを得なかった。再審申し立ての支援に感謝しています」などのコメントを弁護団に託した。

 二年前に『無実の死刑囚』(日本評論社)を著した請求人主任弁護人の高見澤昭治弁護士(六九歳)は「三大事件の中で一番忘れられていた三鷹事件で必ず無罪を勝ち取りたい」と話す。

(粟野仁雄・ジャーナリスト、11月18日号)

年賀状の配達に混乱の恐れ――郵便事業会社が4万人を雇止め

 四万人を超える非正規労働者(ゆうメイト)を雇止めした郵便事業会社(鍋倉眞一社長)の支店や集配センターで、人手不足による業務の混乱が起きていることがわかった。このままでは年賀状の配達に影響が出る恐れもある。

 郵便事業会社は、国が一〇〇%株式保有する日本郵政(齋藤次郎社長)のグループ会社で、郵便や小包の配達などを行なっている。

 同社は昨年七月、日本通運と共同で設立したJPエクスプレス社(JPEX)を統合し、ペリカン便を承継した。だが、区分機の不具合や要員配置の甘さなどから、夏のお中元配達が大混乱。顧客離れを招き、営業赤字が膨らんだ。

 郵政労働者ユニオンの役員は、「会社はJPEX統合失敗のツケを非正規に転嫁した」と指摘する。

 郵便事業会社人事部の内部資料によれば、同社は六五歳以上の一万四一一〇人をはじめ、合計約四万六〇〇〇人の非正規労働者を雇止めすることで「三二〇億円の人件費削減」を計画。九月末から、“空前のクビ切り”が始まった。

 民営化前から働いてきた佐野支店(栃木県)の丹羽良子さん(六六歳)も九月末、雇止めにされた。唯一の理由が年齢だ。「いきなり仕事を奪われ、どう生きていけというのでしょう。それに、スキルのある人が減って速達が『遅達』になり、上司も『これで(業務が)回るのか』と不安そうでした」と話す。組合が行なったアンケート調査では、雇止め対象者の四割以上が「生活できない」と訴えた。

 船橋支店(千葉県)では、ゆうメイト八〇人が雇止めされた。支店のベテラン社員が明かす。

「辞めさせられたのは業務に熟達した人ばかり。今日配るべき郵便物を明日に回す『計画配送』や長時間残業で辛うじて何とかしていますが、今からこんな状態で、取扱量が急増する年末年始を乗り切れるとは、とても思えません」

 取材に対し郵便事業会社は「一方的な雇止めでなく、きちんと説明している。業務の混乱は承知していないが、問題があれば至急対応したい」(広報室)と回答した。

 おりしも国会では、「国が持つ日本郵政の株を売って復興財源に充てたい」との思惑も絡み、郵政改革法案の審議が動き出そうとしている。大規模な非正規切りの是正も、改革の重要な課題だ。

(北健一・ジャーナリスト、11月18日号)

【イタリア】脱税と税の未徴収が財政危機の最大要因――市場の暴走を新政権は制御できるか

 

 イタリアの抱える債務残高は一兆九〇〇〇億ユーロ(約二〇〇兆円)。米、日、独に次ぐ世界第四位の規模だが、ギリシャに端を発した欧州ユーロ危機を拡大させかねない、というEU(欧州連合)各国の危機感が先週末、ついにベルルスコーニ首相を退陣に追い込んだ。 

 相次ぐスキャンダルや裁判沙汰で恥辱に耐えてきた同国民の大半は、さしあたり歓声を上げている。  

 同氏に代わって財政再建という難題に取り組むのは、先日、終身上院議員に任命されたマリオ・モンティ元欧州委員会委員。経済学者でEUを最重要視する人物だけに、国際市場からは歓迎され、危機打開の手腕を期待する声も。 

 だが、そもそもこの「危機」は、ギリシャの場合に言われるような公務員の多さと特権、放漫財政に起因するものなのか。そして、打開策は、いわゆる行政サービスの削減などが主眼となる緊縮財政策以外にないのか。 

 長年、イタリアでフェアトレード普及に尽力してきた経済・環境ジャーナリスト、アルベルト・ゾラッティ氏に聞いた。 

――財政危機の最大の原因は? 

 年二〇〇〇億ドルに上るとも言われる脱税と、税の未徴収だろう。GDP世界第八位であるイタリアの産業を支えているのは中小企業。しかしそこから生み出される富を再分配する仕組み、税制の厳格さが欠けているために、芸術や自然の豊かさ同様、この国が誇れるはずの富は活かされていない。 

 こうした状況下で、倫理を失った投機の暴走が蔓延。もはや規制のなくなった市場が戦後最悪の世界的な危機をもたらした。そして、世界のリーダーたちの政策は、富を再分配するどころか、少数の富める者を貧しい大多数から守ることにのみ腐心し、危機に追い打ちをかけている。 

――EUの機能的役割は。 

 世界的金融危機が、ついこの間まで安全圏とされていたEUにも波及したのは、この地域が真の共同体というよりは共通の通貨を用いる地域にすぎず、規則や機能面での統一性を持たないからだ。 

 もしそうした政治的、制度的な統一性が存在していたなら、莫大な規模の脱税や汚職等、深刻な課題を解決する能力のないベルルスコーニ内閣にこれほど延命を許したりはしなかったはずだ。 

――EUの求める財政再建策は有効か。 

 脱税や非申告収入、汚職などの構造と、膨張し続ける軍事費、無駄な公共事業にメスを入れ、これまでどんぶり勘定だった失業保険と年金システムを分割するとともに富裕層からの税徴収を徹底する。こうした政策が必要だったのは、明らかだ。 

 今回、金融市場と欧州中央銀行(ECB)の要請でEUが介入するに至ったのは、なすべき改革を怠ってきたイタリア政府の実行力のなさの代償だと言える。 

 危機は、対応策次第で改善と変化への好機になり得るものだと思う。だが、EUの求める財政再建策はあくまで市場の要請に応えるためのものにすぎない。労働市場の安定を破壊し、農地や水など公共の資源を民間に払い下げ、医療など社会の基幹サービスを管轄する地方公共団体への財源をカットするといった形をとるだろう。 

 本来なら財政の危機は行政内部の可視化によって乗り越えられるべきなのに、「節約・緊縮」が大義名分となり、一般市民の生活を危うくしかねない施策を通すためのアリバイに利用されるのだ。まさにナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』(=大惨事につけこんで実施される過激な市場原理主義改革)の実践になりかねない。すでにイタリア社会の格差は過去五〇年で最悪のレベルに達しているのだ。 

――マリオ・モンティ新内閣に期待できるか。 

 マリオ・モンティは、真面目な欧州主義者で、ドイツ連邦銀行の指針と完全にマッチする立場の持ち主だ。つまり、市場の最優先なのだ。だが、市場の過去二〇年間の歴史は失態の連続だった。はたして彼は、その歴史から何かを学んだのだろうか。 

(齋藤ゆかり・在イタリア翻訳家、11月18日号)

新聞業界衰退がからむ読売巨人軍の内紛劇――ナベツネ氏告発の背景に部数減

 読売巨人軍の清武英利代表が一一月一一日、文部科学省で記者会見を開き、巨人軍の人事をめぐる渡邉恒雄会長の独断を批判する声明を発表した。内部告発である。記者会見はインターネットで放映され、瞬く間に波紋が広がった。

声明によると、内部告発の発端は、巨人軍の一軍ヘッドコーチ・岡崎郁氏の留任が首脳陣の合意で決定していたにもかかわらず、契約書を交わす二日前になって、渡邉氏が独断で江川卓氏を起用するように要求したことである。

渡邉氏は今年の三月にもプロ野球の運営をめぐって独善ぶりを露呈している。東日本大震災の影響を配慮して、リーグ戦の開幕を遅らせる動きが現れるなか、セ・リーグの開幕を予定通り三月二五日にするよう強硬に主張したのだ。

 さらに四月には渡邉体制下で、読売新聞社の内山斉元社長が健康上の理由によって日本新聞協会会長を辞任する急変劇が起こる。その後、内山氏は読売の社長も辞した。

 こうした状況の下で新聞業界の内外に、内紛説をはじめさまざまな憶測が流れた。それを敏感に受け止めたのか、渡邉氏は七月八日に開かれた全国の読売新聞販売店(YC)店主が集う「読売七日会・東京読売会」の合同総会で、自らが読売新聞社の最高責任者であることを改めて宣言した。その内容が物議を醸した。

「内山君の病気のこともあるので八五歳という最高齢で、事実上の最高経営責任者であるわたしの健康状態について報告しておきます。今月、慈恵医大病院で、世界的な血管外科の大家として知られる大木隆生先生に、全身の内臓検査をしてもらいました」と、前置きした後、主治医の報告書を読み上げたのだ。その中には、「最も素晴らしいことは、八五歳と高齢であるにもかかわらず、脳に萎縮がまったく見られないことです」の一文も含まれていた。「この世には小生が早く往生することを願っている人も少なくないようですが、その人達は失望されても仕方のないことです」とも、述べた。

今回の内部告発の背景には、単なる感情論を超えて、新聞産業の衰退が引き金となった焦りがあるのでは、との見方もある。『毎日新聞』の元運動部記者でスポーツ・ジャーナリストの大野晃氏は「読売内部の人事問題なので、外部の者は真相を知り得ません」と前置きして、次のように推測する。

「読売ジャイアンツは読売グループの中では最優良企業です。読売新聞社はジャイアンツの記事を書き、ジャイアンツを盛り上げることで新聞拡販を有利に展開してきました。ところが今年、ジャイアンツのホームゲームでの観客動員数は前年に比べてマイナスになりました。リーグ優勝を逃した上に、ドラフトでも希望する選手を取れなかった。新聞離れが急速に進む中、読売の経営も決して楽ではないと推測されます。こうした状況下で、渡邉氏のワンマンぶりがエスカレートし、不協和音が広がった結果かもしれません」

 実際、読売新聞社の広告収入は、ここ一〇年で約七〇六億円も減少(四七%の減)している。さらに東日本大震災の影響で、読売の看板「一〇〇〇万部」を割ってしまった。これを回復すべく、前出の合同総会では、一〇〇〇万部の復活が方針にあがった。また、総会に先立つ六月人事では、「販売畑」を歩いてきた宮本友丘専務が副社長に抜擢されている。

 渡邉氏の部数への執着は並々ならぬものがあり、一九九一年に社長に就任した際には、販売第一主義を宣言した。そして景品を使った新聞の乱売により、一〇〇〇万部を達成し、部数を背景に政界を動かすようになる。新聞拡販において球団のPRが重要な役割を果たしてきたことは論をまたない。

 ところが新聞産業の衰退が顕著になり、読売の「顔」、ジャイアンツも精彩を欠いてきた。そこで渡邉氏は新聞社の人事を再編し、YC店主を激励し、ジャイアンツの人事にも強いこだわりを見せたのではないか。今回の内部告発を通じて、球団を組み込んだ新聞社経営の弱点が浮き彫りになった。

(黒薮哲哉・ジャーナリスト、11月18日号)

「原発いらない全国の女たち」アクション7日間

 一〇月二七日~二九日の「原発いらない福島の女たち」の活動(先週号本欄参照)を三〇日から「全国の女たち」が引き継ぎ、経済産業省前の座り込みと総務省、内閣府、厚労省へのアピールなどのアクションを一一月五日まで行なった。参加者は延べ一八七九人。

 二日には玄海原発再稼働を決めた九州電力の東京支社に抗議したが「(原発は)電力の安定供給、エネルギー安全保障、地球温暖化対策のために必要」という返答だった。「全国の女たち」事務局の堀田千栄子さんは「まだ言うか、という返事で唖然。もう通用しないから、そろそろ対応マニュアルを新しくした方がいいんじゃないかと思う」とあきれていた。

 四日には霞ヶ関周辺と東京電力前を回るデモを実施。平日の昼間だが一〇〇人超の参加者があり、「省のためでなく一個人として考えて行動してください」などと訴えながら省庁をめぐり、東電前では「早く賠償しろ」などと声をあげた。

東電本社前で「嘘をつくな」「女は原発いらないぞ」などと声をあげる女性たち。(写真/宮本有紀)

 この日は福島県から一一人が参加。三春町から来京した庄司郁子さんは「全国の方が引き継いでくださって本当に嬉しい。メッセージが世界中から届いたので、これだけの人が応援してくれていることを福島で分かち合いたい。福島の女たちの経産省への申し入れ(原発廃炉、再稼働させない、子どもの避難、電源三法交付金の廃止)への回答が一一日にされる予定なので回答次第でまた活動を考えたい」などと話した。

 女性たちは今後も緩やかな繋がりを続ける。活動は http://d.hatena.ne.jp/onna_suwarikomi/ 参照。

(宮本有紀・編集部、11月11日号)

「三菱は原発でなく商船の建造を」――神戸での造船継続望む地元

「黒字なのに商船建造を止め、原発と潜水艦の製造に特化するという三菱重工に抗議し、平和の港・神戸を海から見よう」という「港めぐり」イベントが一一月三日、「神戸の造船を残そう連絡会」など有志の企画で行なわれた。

「非核神戸方式」で知られ、平和のイメージが強い神戸だけに、「造船所で原子炉を製造していたとは知らなかった」という人など、他産業の関係者も含めて多数の人が駆けつけた。

 日本一の軍需産業といわれる三菱重工が「神戸造船所の商船建造部門を長崎と下関に移管、神戸は原発と潜水艦に特化・拡充」の合理化計画を発表したのが、昨年七月。矢田立郎神戸市長も「神戸の象徴としての造船の継続を」と二度にわたって要請し、関連する労働者だけでなく、地元商店街や地域住民なども陳情や署名運動などに立ちあがっている。

 原子力部門は福島第一原発事故後に「仕事が減少」し、また原子力に代わる発電燃料としてLNG(液化天然ガス)が脚光を浴びている。輸送用船舶は世界で一〇〇隻が必要とされているだけに、「平和・成長産業とされる商船建造の継続」を望む声が強い。

 三菱重工の原子炉製造は神戸に集中しており、これまでに納入した原発プラントは、全国五七基(日本原電の四基を含む)のうち二四基。うち北海道電力(泊原発の三基)、関西電力(美浜原発の三基、高浜原発の四基、大飯原発の四基)、四国電力(伊方原発の三基)、九州電力(玄海原発の四基、川内原発の二基)を三菱系で占めており、日本原電の敦賀二号機も三菱重工が手掛けている。

 友人に誘われて参加した女性は「造船の火が消えれば街の灯も消える」としんみり。遊覧船の発着場では若い男性従業員が「造船所に船がなくなれば何を見せるのか」と、商船建造の存続を求める署名用紙を何枚も受け取った。

(たどころあきはる・ジャーナリスト、11月11日号)

国内外から激しい批判続出――原発輸出で日越政府合意

 一〇月三一日、日越政府は「ベトナムの原子力発電所建設に係る協力」に関する文書を取り交わした。

 菅直人前首相のトップセールスで原子炉二基の建設に合意したのが昨年。(1)事業化調査、(2)融資、(3)安全・先進的な技術の提供、(4)人材育成、(5)使用済み燃料及び廃棄物管理、(6)燃料供給の六分野で協力を行なうとしたが、福島第一原発の事故後は協議が止まった。

 ところが、野田佳彦首相は合意を見直すどころか、原子力の平和的利用や原子力損害賠償に関する法整備、事業地決定、環境影響評価をベトナム政府が行なう約束を取りつけ、国内外からの批判を浴びている。「原発いらない全国の女たちアクション」は原発輸出方針の転換、実施中の実行可能性調査の打ち切りなどを求める署名を一日で六六〇〇筆以上集め、枝野幸男経済産業相らに提出した。 

 ベトナムの隣国、タイからも続々と異論が届いた。「東北タイ資源・環境ネットワーク」は、「日本政府と東京電力の責任ある行動を待ちわびている最中に原子力技術を確約することは、恥ずべき行為」であると断じた。タイにも一七カ所の原子力発電所計画があり、ベトナムと国境を接しているので他人事ではない。「原子力監視ネットワーク」は「日本政府の行動は、ベトナム周辺国の国民に対するテロ計画にも匹敵する」との批判を野田首相に送った。

 メコン川流域を対象に活動する環境NGOメコン・ウォッチの松本悟顧問は、「今回事故を起こした福島第一原発の一号機と二号機は、一九六〇年代に米国輸出入銀行の融資で建設された。米国の原発輸出政策で建設され、四十数年後に大惨事を引き起こしたわけです」と驚くべき事実を指摘する。

 松本氏は「ベトナムへの原発輸出にはおそらく国際協力銀行の融資が充てられる。米国でさえスリーマイル島の事故で政策を大転換させたのに」と呆れている。

(まさのあつこ・ジャーナリスト、11月11日号)

【米国】堪忍袋の緒が切れた「99%」の連帯――メガ銀行から信用組合に乗り換え

 米市民のメガ銀行への静かな反乱が起こっている。ネット上に立ち上げられた「メガ銀行口座を解約、信用組合や地方銀行へお金を移そう」という「バンク・トランスファー・デイ」運動がそれである。約一カ月で一〇〇万人が大手銀行口座を解約。一一月五日には全米各地で、市民が大手銀行へ向けてデモ行進し気勢を上げた。

 この運動の創案者は、ロサンゼルスで画廊を経営するクリスティン・クリスチャンさん(二七歳)。九月末フェイスブックで友人に呼びかけたのが、またたく間に全米各地に広がった。

 きっかけとなったのは、バンク・オブ・アメリカ(以下、バンカメ)が来年からデビットカード利用者に月額五ドルの手数料を課すと発表したことだ。対象となるのは、当座・普通預金口座の預金額が計二万ドル(約一五六万円)未満の顧客。クリスチャンさんは「労働者階級を食い物にする銀行には我慢ならない」と運動を起こした動機を語っている。

 バンカメは、二〇〇八年のリーマンショック時に政府から救済された銀行の一つ。今年第3四半期で、六%増の収益が見られた。だがリーマンショック後も米経済は立ち直れず、市民の生活は逼迫している。デビットカード手数料導入に、大手銀行に不満を募らせてきた市民の堪忍袋の緒が切れた。

 この市民の動きに合わせて、信用組合側は「非営利で収益は会員に還元される」と強調し、新規口座開設キャンペーンを始めた。信用組合全米協会によると、九月二九日から四週間で六五万人が新規に口座を開設。これは昨年一年間の新規開設六〇万を上回る。

 一方、口座解約の広がりを受けてか、バンカメは一一月一日、デビットカード手数料案を撤回。同様に手数料を考慮していたJPモルガン・チェース、ウェルズ・ファーゴも見送る方針を決めている。 

(マクレーン末子・ジャーナリスト、11月11日号)

極秘訪問の目的は何だったのか――前原政調会長“不意打ち”で訪沖

 一〇月末から政府の外務・防衛担当大臣ら重要閣僚の来県が相次ぐ沖縄で一一月四日夕方、衝撃が走った。

「前原誠司氏が沖縄にいる」

 この情報は四日午後、全日空(ANA)の飛行機で偶然前原政調会長と乗り合わせた民主党沖縄県連代表代行の喜納昌吉氏ら民主党県連関係者から伝えられたものだった。

 本誌取材班にも午後六時半頃に情報が入った。その後、「どこに向かうのか」「誰と会うのか」「県知事と会食している」などの憶測が飛び交い、政界関係者やマスコミ各社を一時騒然とさせた。

 前原氏は同日昼過ぎに東京で「幹事連絡」として記者クラブを通じて「沖縄訪沖は中止」と発表していただけに、突然の訪沖は「極秘訪沖騒動」となり沖縄県内を駆け巡った。

 仲井眞弘多・沖縄県知事と会食していたとされる那覇市内の料理店には大勢のマスコミが駆け付けたが、最後までその姿は確認できなかった。前原氏の目撃情報は、四日午後五時頃に那覇空港で地元テレビ局クルーが確認したのが最後だった。

 前原氏は那覇空港に到着後、巧みにマスコミ各社の取材網をかわし、翌五日の午前中に東京に帰ったとみられる。地元テレビ局は那覇空港から前原氏を乗せたハイヤーの番号も控え、その足取りを追ったが、行く先を特定できなかった。また、那覇空港到着時には沖縄防衛局長の田中聡氏らしき人物も目撃されている。空港から嘉手納方面に向かった可能性もある。

 前原氏は当初、一一月五日から六日にかけて訪沖し、中谷元・元防衛庁長官らと共に米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を容認する島袋吉和・前名護市長らを中心とする名護市の野党市議や本島北部の業界関係者(いわゆる「辺野古組」)、沖縄県政に影響力のある経済界関係者、さらに仲井眞知事らと面談するとされていた。

「知事と極秘に会談」との情報は県外移設を明確に打ち出している仲井眞知事らを支える県庁幹部や政界関係者も困惑させた。

 前原氏の「極秘訪沖」の目的が何だったのかは不明だが、少なくとも県内の政界関係者の間に「政府は裏で何でもやる」ことを強く印象づけたのは間違いない。

(本誌取材班、11月11日号)

東京・墨田区、江東区、渋谷区で強制排除の動き活発化――路上越冬を強いられる野宿者増

「地域住民の要望」という大義によってホームレス排除がなされている。(提供/山谷労働者福祉会館)

 都市再開発に伴い野宿者の居住地域や共同炊事の拠点が危機に晒されている。特に問題となっているのは、東京都墨田区の荒川河川敷堀切橋周辺、江東区の竪川河川敷公園、渋谷区の美竹公園である。この年末も多くの野宿者が路上での越冬を余儀なくされる可能性が高いが、行政は福祉対策よりも排除・追い出しに熱心なようである。

 荒川河川敷の堀切橋周辺は、一〇~二〇年という長期の野宿者も少なくない。ところがこの秋から、この生活空間を脅かす工事が始まった。担当の国土交通省荒川下流河川事務所および小名木川出張所によれば、「墨田自然再生工事」「小名木川管内除草及び維持工事」というもので、この八月、当該エリアの当事者に対して、「一〇月から工事」「九月末までに退去するように」と通告してきた。

 一〇月二四日には小名木川出張所で、二七日には河川敷で当事者を交えた話し合いが持たれたが、出張所長は「公有地である以上、勝手に家は建てられない。放置すれば河川敷中が家だらけになる」「自然再生工事は地域住民の長年の要望だ」と強弁した。この「地域住民の要望」というのは、「ホームレスが密集していて一般住民が河川敷に入りづらい」「安心して散歩ができるように環境を整えてほしい」といった差別と偏見に満ちたものだが、実は行政サイドでも、地域住民向けのアンケートに「ホームレスへの不安」の有無をあえて質問の選択肢に入れるなど、たくみに排除を正当化するための道筋をつくってきた。かつて隅田川沿いでも続発した少年たちによる野宿者襲撃も、こうした差別・偏見の土壌の上にあることは何度も指摘されていることだ。

 国交省側は話し合いが平行線のままにもかかわらず、工事予定地を囲うフェンスづくりに乗り出し、小屋のすぐ近くまで重機を入れ、作業を強行している。一一月四日には、支援者らが現場で出張所の職員を問い質すやいなや警察に通報。三〇人の制・私服警察官が職員を引き離し、話し合いを妨害した上、弾圧の構えで恫喝してきた。〈お互いに支え合う「人にやさしいまち」の実現〉という同区の理念はどこへいったのか。

 七月二二日号本欄で報告した江東区・竪川(一部有料のスポーツ公園としてリニューアル)も状況は緊迫している。一〇月七日には、江東区水辺と緑の課長が区職員や私服警察官とともに、警告書をもって強圧的に通告を行ない、翌日、区役所に抗議に訪れたメンバーに対して、「行為は適切だった」「言いがかりだ」「誰がそういうことを言っているのか教えろ」と、それまでの話し合いの姿勢が豹変した。

 東京スカイツリーのオープンが来春に迫り、山谷をはじめ野宿者の比率が高い東部圏では野宿者への排除・排斥の動きがさまざまな所で起きている。共通するのは、行政の姿勢が高飛車になり、警察の監視が強まっていることだ。

 一方スカイツリーとは関係ないと思われる渋谷では、宮下ナイキパークのオープンに加え、児童会館改修工事を名目とした野宿者の夜間のみの寝場所・毎週土曜の共同炊事の拠点つぶしが画策されている。

 都の施設である児童会館は九月二七日、「地震被害調査の結果、近々耐震工事を行う。そのために仮囲いを行う」と通告してきた。しかし、調査結果によれば、耐震工事が必要なのは会館の外壁とホールの天井のみで、工事終了後も仮囲いを撤去しないなど、一連の経緯は疑問だらけ。「のじれん」(渋谷・野宿者の生存と生活をかちとる自由連合)は、会館側や渋谷区福祉保健局とのやりとりで何度も疑問をぶつけたが、「専門家の判断だ」の一点張りであった。

 そして一一月一日朝、職員やガードマン、警察官も動員され児童会館玄関前が全面封鎖され、公園の一部にはバリケードも新設された。連日の監視・抗議行動を通じて、ここでも行政の聞く耳を持たない姿勢に憤激の声が高まっている。震災から八カ月、野宿を強いられる人々の居住・生存権をないがしろにして、なにが復興なのか。

(藤田五郎・山谷労働者福祉会館活動委員会、11月11日号)