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8・6の反核闘争の時期を狙ってか――三里塚のシンボルを強制撤去

 八月六日午前三時すぎ、千葉県成田市の三里塚芝山連合空港反対同盟が所有する天神峰現地闘争本部(以下、現闘本部)に対し、千葉地裁は強制撤去に着手し、同日中に撤去は完了した。8・6ヒロシマ反核闘争に支援勢力が総出している留守を狙い、土曜未明、反対同盟の立会いのない状態で執行した。

 現闘本部は反対同盟の所有物だったが、一九九〇年に成田治安法によって封鎖され、以後二一年間、使用されていなかった。

 現闘本部は、三里塚闘争のシンボル的位置にある。また、隣接する敷地内農民の市東孝雄さんの畑とともに、誘導路をへの字に曲げているが、現闘本部を撤去しても、市東さんの畑がある限り空港は完成しない。今回の強制撤去も市東さんに威迫を加える意図があるようだ。空港会社は市東さんの農地を取り上げるための民事裁判を起こしているが、訴状における畑の位置が実際の位置と違っているなど、論拠が破綻しているからだ。

 撤去に先立つ五月二〇日、東京高裁(井上繁規裁判長)は、成田空港会社の求めに従い現闘本部撤去の判決を下し、最高裁判決を待たずに撤去できるという仮執行宣言をつけていた。そして、裁判所に出動を要請された警察は、裁判所構内で抗議していた反対同盟と支援者五〇人を「不退去罪」で逮捕。三八人が二二日間勾留されたが、全員が不起訴釈放になるという不当弾圧だった。この時、筆者も一緒に逮捕され、二二日間勾留された。その顛末は共生舎ホームページに詳しい。〈http://homepage3.nifty.com/kyouseisha/newpage43.html〉。

 この裁判は異例ずくめで、千葉地裁も東京高裁も、原告の空港会社側の最重要証人に対する反対尋問を認めず、証拠は現闘本部そのものであるにもかかわらず、それを調査しなかった。国家的要請の前に真実を隠す国策裁判と言われても仕方があるまい。

 国際的にはローカル空港に陥った成田を、ハブ空港へと浮上させるという国家的至上命題に、裁判所も拘泥したのではあるまいか。

(高見元博・ライター、8月19日号)

「なぜ検定で盗用を見抜けないのか」――教職員ら50人、文科省交渉

 学校での「君が代」強制や教育委員会による不当処分撤回の裁判を闘っている全国の教職員と、これを支援する保護者ら市民約五〇人が八月一二日、衆院第二議員会館で文部科学省交渉を行なった。

 まず、「つくる会」系の自由社歴史教科書が、東京書籍版の年表をほぼ全て盗用していた問題は六月一三日、市民団体の教科書ネットが記者会見で公表してから二カ月もたつ。市民側が「なぜ文科省は盗用を検定で見抜けなかったのか」と追及すると、教科書課の鈴木宏幸課長補佐は「検定制度は内容の適否を審査するものであり、著作権等、権利関係まで審査できるものではない」としつつ、「検定では盗用に気付きませんでした」と、教科書課や教科書調査官の瑕疵を認めた。

 次に、大阪府の橋下徹知事率いる府議会「大阪維新の会」の賛成多数で六月三日に可決された「学校行事での君が代斉唱時、教職員は起立により斉唱を行うものとする」という条例について、市民側が「違憲・違法であり差し止め措置を採るべき」と要求。初等中等教育企画課の篠田智志課長補佐は「この条例は一般的規範であり義務付けではない。教育委員会から疑義が出れば、文科省として相談に応じる」と開き直った。

 続いて教育課程課の黒沼一郎課長補佐が「国旗国歌はあくまでも教育指導上の課題として指導を進めていくが、指導を受け入れたくない生徒がいたら仕方がない」と政府見解に沿い発言。東京の市民らが「多くの都立高校校長が君が代不起立の生徒がいたらマイクを使い数回起立を促せ、という卒業式等の進行表を作っており強制がひどい。高石邦男・元事務次官が始めた文科省による卒業式等の国旗国歌全国調査が元凶だ」と反論すると、黒沼氏は「実施率が一〇〇%になったので、調査は数年前やめた」と答えるに留まった。

 翌一三日、約一五〇人が参加した全国学習討論集会では、これまでは「教育委員会が学校の教育課程に関することを管理・執行する」とした地方教育行政法第二三条を {根拠} に各教委が学校に介入してきたが、橋下知事は同法第二五条の「条例に基づく首長の管理・執行権」を利用し政治介入してきており要警戒、との指摘が出た。

(永野厚男・教育ライター、8月19日号)

菅直人から野田佳彦へ継承される消費税増税――勝財務省事務次官の筋書き通りか

福島原発事故の収束や被災地の復旧よりも、財政再建を優先する財務省。(撮影/石郷友仁)

まるで菅直人首相のライフワークのように見える「社会保障と税制の一体改革」こと消費税増税策。

さも、二〇一〇年七月参議院選挙の民主党・マニフェストで、菅首相が突如として唱えはじめたような印象になっている。しかしこれは正しい理解ではない。

説明しよう。麻生太郎政権時代に成立した、〇九年度税制改正法(〇九年三月三一日公布)の附則一〇四条には次のように明記されている。

「政府は、基礎年金の国庫負担割合の二分の一への引上げのための財源措置並びに年金、医療及び介護の社会保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する費用の見通しを踏まえつつ(中略)段階的に消費税を含む税制の抜本的な改革を行うため、平成二三年度までに必要な法制上の措置を講ずるものとする。この場合において、当該改革は、二〇一〇年代の半ばまでに持続可能な財政構造を確立することを旨とするものとする」

これはまさしく「社会保障と税制の一体改革」そのものである。そしてその法案整備時期を一二年三月までと指定しているのだ。

つまり、この一一年九月からスタートする臨時国会に提出されるであろう「社会保障と税制の一体改革」法案は、自公政権末期の麻生太郎内閣が時限爆弾として仕込み、それを菅・民主党政権が粛々と実行しているのである。

すなわち、民主党政権が「附則一〇四条」に従い、一二年三月までに消費税増税法(一〇%に増税)を提出→件の「附則一〇四条」自体は自公連立政権時代に成立した法律であり、消費税増税法案は「衆参ねじれ」にもかかわらず民自公の賛成多数で成立する――という流れが待っているのである。

これひとつとってみても「あの政権交代は、一体、何だったんだろう」と虚しくなる。

時に菅首相を批判する勢力――鳩山由紀夫前首相や小沢一郎元幹事長あたり――からは、消費税増税路線を「マニフェスト違反」と批判する声を聞くが、ならば、「小鳩体制」のときに、すみやかに「附則一〇四条」を削除すべきだったのではないか。

まさかお二方が「附則一〇四条」の存在を知らなかったわけがあるまい。つまり、彼らにとって消費税増税批判は、菅首相を批判するための材料にすぎないのではないか(ゆえに私は「小鳩体制」が続いていても、消費税増税に着手したのではないかと睨んでいる)。

とはいえ、菅直人は首相に就任して以来、まるで小泉構造改革の継承者のごとくふるまっている。

そして「菅は財務省のいいなりになった」「野田佳彦は財務省の操り人形」「仙谷由人はまるで財務省の手先だ」「与謝野馨は財務省の代理人だ」という比喩もよく聞くようになった。

「政治主導」の正体

このときいう「財務省」とは、具体的には勝栄二郎事務次官を指す。3・11以降、菅首相の支持率が低下し、政局的な危機が訪れても見捨てず下支えしてきたのが勝次官である(この人は小沢氏に冷や飯を食わされそうになった経験があることから、反小沢の立場と見られている)。たとえば第二次補正予算の編成や成立に尽力し、特例公債法案が野党の抵抗で店晒しにあり、政府の兵糧が尽きる中、資金繰りに動いたりしている。

勝次官が懸命に菅首相を支えたのは、ひとえに財務宿願の消費税増税を実現させるためである。

官邸をよく知る者は現政権を「勝政権」と呼ぶが、それほどまでに菅首相は勝次官に依存し、官邸の重要事項を仕切らせている。

今年、一月一四日の組閣において与謝野馨氏を経済財政政策担当相、社会保障・税一体改革担当として入閣させたのも、勝次官の意向である。麻生内閣の財務大臣が菅直人首相のもとで消費税増税に血道をあげているのは偶然ではなく必然なのである。これが民主党の「政治主導」とやらの正体だ。

そして勝次官は、菅内閣での消費税増税法案を成立させることを目標にしてきた。それが菅政権がここまで続いてきたひとつの大きな理由といえる。つまり菅首相が辞任し、もし消費税増税慎重派が新代表に選出されたりしたら、もし消費税増税支持の代表候補がボロ負けしたら、もはや目も当てられない。財務省としては、またもや消費税増税を見送らなければならなくなる。ちなみに勝次官は幻の「国民福祉税」の細川護煕政権時代、官房長官秘書官を務めている。あのような悪夢は二度と見たくはないだろう。

「内閣府は一二日の閣議に、二〇二〇年代前半までの中長期の経済財政試算を提示した。社会保障と税の一体改革に沿って消費税を一五年度までに五%上げた場合でも、国と地方を合わせた基礎的財政収支(プライマリーバランス+PB)の赤字は二〇年度に一七・六兆~一八・三兆円にのぼる。政府が目標とする二〇年度の黒字化を達成するには、消費税換算でさらに七%程度の収支の改善が必要となる」(八月一二日付『日本経済新聞』電子版)

いまさら、何をか言わんや、である。そんなことはこの新制度を検討する前から分かりきっていたことではないか。

民主党「税と社会保障の抜本改革調査会」勉強会(二〇一〇年一一月開催分)配布資料「税と社会保障の抜本改革~スウェーデンとの比較の視点から~」(日本総合研究所調査部)によれば、一三年度までに消費税を三%引き上げ、一五年度までに二%引き上げ、さらに一九年度までに四%を引き上げることで、PB黒字化が達成するとしている。

つまり一五年度までの五%増では財源が足らず、さらにその四年後までに四%増、税率一四%にすることが求められているのだ。

野田財相が「正当後継者」

そう。そもそもこの消費税増税は「社会保障改革」をひとつの口実に挙げているが、真の狙いは「財政健全化」+PBの黒字化にある。ならば五%増税では全く足らないのである。

要するに、今回の消費税増税では、消費税率一〇%で何年持ちこたえられるのかの議論が一切なされていないのだ。ひとまず五%を増税して何年後かのさらなる増税が目論まれているのだとしたら、そしてそれが国民に隠されていたとしたら、それこそ「ペテン」に等しいのではないか。

政権に居座り続けた菅首相は、退陣三条件(「特例公債法案」「第二次補正予算」「再生可能エネルギー法案」の成立)が全て揃う八月二六日に退陣すると八月一〇日の衆議院財務金融委員会で明言した。これは菅首相本人の意思のみならず、勝次官からも退陣を了解されたとみるのが正しい。そして退陣が予定される二六日から中一日挟んだ二八日には新代表選挙(両院議員総会)が開催されるべく、調整がすすめられている。

そして菅首相の正当後継者として野田佳彦財務相が名乗りを挙げる。野田氏は八月一〇日発売『文藝春秋』に掲載の「わが政権構想」にて「政府・与党は、六月三十日に社会保障・税一体改革の成案をまとめました。(中略)私は、覚悟をもってこの一体改革を実現していきたいと考えています」と、菅首相の増税路線継承を明確に打ち立てた。

つまり、勝次官は野田氏を全面的に支えていくことになる。野田氏が負けた場合には全てが白紙に戻る可能性すら秘めているからだ。

今回の代表選挙は新総理大臣を選ぶ選挙であり、この消費税増税のみならずTPP(環太平洋戦略経済連携協定)や政権の枠組み(野党対策)に、〇九年マニフェストのありかたも議論されなくてはならない。

通常国会も終了するのだから、代表選の期間は八月二七日から九月の第一週ぐらいを充てても支障がないと思われるのだが、そうはならなかった。選挙期間が長くなればなるほど国民ウケが悪い「増税派」が嫌われるのは明らかだからだ。もしメディアで世論調査を実施して「増税候補不人気」などという結果が発表されたら、民主党で多数を占める一年生が、雪崩をうって「反増税」に流れる可能性があるからだ。

短期決戦あるのみ。そういう理解でいいですかね、勝さん?

(小谷洋之・ジャーナリスト、8月19日号)

八ッ場ダム根拠資料の開示請求裁判――国は控訴できず、原告勝訴確定

 八ッ場ダム(群馬県長野原町)の根拠資料が一部黒塗りで開示された問題で、東京地方裁判所(定塚誠裁判長)は八月二日、国土交通省関東地方整備局長(以下、国交省)の非開示決定の取消しと、開示を求めた原告の全面勝訴判決を出した。控訴期限前日の一五日、国は控訴しない判断を明らかにし、原告勝訴が確定した。ムダなダム事業が進められてきた原因の象徴である根拠資料の秘匿性に一つの大きな風穴が開いた。

 問題となった黒塗り資料は、八ッ場ダム建設の根拠となる洪水予測を計算するためのデータのうち、「流域分割図」と「流出モデル図」の二枚。一都五県の八ッ場ダム住民訴訟での争点の一つが、ダムによる治水の必要性だったが、その根拠データが入手できずに、いわば「武器不対等」のまま裁判が進み、敗訴してきた。

 原告住民側弁護団長の高橋利明弁護士は「図面が開示されれば、(八ッ場ダムの不要性を示す)再現計算を行なうことができる」と次を見すえている。

 黒塗り裁判では、国交省は非開示の理由を「国の機関内部における検討結果に関する情報であって、公にすることにより国民の誤解や憶測を招き、国民の間に混乱を生じさせるおそれがある」と主張。図には構想段階中のダムの位置が描かれているから、公開すれば「補償金の支払を受けることを目的として建設予定地周辺での不適正な土地取引が助長」されるというものだ。しかし、この主張に対して判決は「被告が懸念するような土地の先行買収騒ぎが生じるほどの確度で特定できるとは到底考えられない」と断じた。

 八月五日の参議院決算委員会では大河原雅子議員の質問に対し、大畠章宏国交相が「今回の裁判においては国の主張が裁判所の十分な理解が得られませんでした」と官僚答弁の棒読みで答弁。これに対し、一二日に民主党の「八ッ場ダム等の地元住民の生活再建を考える議員連盟」(会長・川内博史衆議院議員)と超党派の公共事業チェック議員の会(会長・松野信夫参議院議員)が相次いで控訴断念と資料の全面開示を大畠国交相と江田五月法務相に要請した。秘密裏に進められてきた治水のあり方を根本から覆す画期的な判決となった。

(まさのあつこ・ジャーナリスト、8月19日号)

「反原発」にまで広がる「反核」運動――福島から始まった原水禁大会

毎年夏に世界大会を開いてきた原水爆禁止日本国民会議(原水禁)。被爆六六周年の今年は東京電力・福島第一原発事故が起きた福島が大会スタート地に選ばれ、この地で何が語られるのかが注目されていた。

七月末から福島・新潟は記録的豪雨となったが、三一日の開催日には全国各地から約八五〇人(主催者発表)がJR福島駅前にある辰巳屋ホテルホールに参じた。

大会実行委員長の川野浩一氏は「広島、長崎では(被爆から)六六年経った今でも原爆症に苦しむ人や、病に怯える生活がある。(福島でも)長い年月の闘いを覚悟しなければならない」と、被爆者である自身の体験を踏まえながら主催者挨拶をした。

地元の代表として挨拶に立った福島県実行委員会委員長の竹中柳一氏は「福島で水田がなくなりつつある。何百年にもわたって稲作をしてきた先人・先祖に対して、償いきれないほどの過ちを犯してしまったのではないか」と話した上で、「大地を取り戻そう」と呼び掛けた。

双葉地方原発反対同盟の石丸小四郎氏は現地報告として「屋外の活動を禁止された子どもたちが一〇万人もいる。子どもたちがいる学校や、夏休みの原風景が失われてしまった」と、大人の責任を問うた。また、原子力ムラをはじめとする原発推進勢力は「われわれ世代の男たち(が主)」と指摘し、“男性中心社会”の弊害を訴えた。

全国各地の原発を取材してきたジャーナリストの鎌田慧氏は、「原発の危険性を前から訴えていた人は私を含めて多かったが、事故を防ぐ力には成り得なかった。こんな事故が起きる前に、どうしてもっと力を込められなかったか」と悔恨の念を示し、「原発体制を越えて 人間の未来へ」と題する講演を行なった。鎌田氏は「白河以北・一山百文」という言葉を紹介。明治維新を遂げた薩長土肥勢力が東北地方を侮辱して用いた用語で、「この白河以北に日本全体の半分の原発がある。中央政治はこの地域を虐めて虐めて虐め抜いてきた」とし、原発問題は差別問題であると説いた。また、放射能に汚染され作物を作るという営みができなくなった福島の地について、自然科学者レイチェル・カーソンの言葉を引き「“沈黙の春”になってしまった」と例え、「社会を変えなければ(人間は)生きていけない」と語気を強めた。

小雨の福島市。20代がデモの先頭を歩いた。(撮影/編集部)

年配層が中心にいたこれまでの「反核」運動だったが、今大会では若い世代の参加も目立った。同日、世界大会の前に実施された福島県民大会でのデモには約一七〇〇人(主催者発表)が集まったが、先頭は地元港湾で働く組合「全日本港湾労働組合」青年部で、メンバーはほぼ二〇代。リーダーの鈴木雅史さん(二五歳)は二歳と〇歳四カ月の子の父親だ。被災後、妻と逃げるべきか話し合ったが、結局留まり、三月一六日に地元いわき市で二人目の子が誕生した。「この子らへの放射能の影響が一番心配。妻ともいつもその話をしている」という。デモでは「核のない平和な世界を」と旗を掲げた。

原水禁と同じ反核平和運動を展開してきた原水爆禁止日本協議会(原水協)でも、八月三日から世界大会が始まっている。

(野中大樹・編集部、8月5日号)

原発の是非は主権者が決めるべき――今井氏ら「国民投票」訴え

「国民投票は民主主義をより完全なものにする」と話す、今井一・事務局長(右)。(撮影/編集部)

原発を今後どうするのかについて、立法府である国会や行政府である官僚に任せるのではなく、主権者である国民が直接投票して賛否を問うべきではないか――という呼びかけをする市民グループ「みんなで決めよう『原発』国民投票」が七月七日、参議院議員会館で会見を開き、「原発」国民投票を実現するための法律制定を訴えた。

同会事務局長の今井一氏は「間接民主主義を否定するものではない。主権者が国民投票で答えを出し、その答えを反映させる形で立法府が法の制定や改正をする、そういう形にしてほしい」と話した。

立法府の権限の侵害だという指摘があることについて呼びかけ人の一人、井口博氏は「政治家の役割は国民の意思を汲み取ること。そこで示された意思を実現するのが政治家」と、国民投票の意義と政治家の役割について語った。

民主党憲法調査会長の前原誠司氏が『朝日新聞』(七月六日付)上で、「白か黒か」単純化するのは危ういと疑義を呈していることについて今井氏は、「スウェーデンやスイスで行なわれた原発国民投票の設問を見てほしい。イエスかノーではない。設問の条文が長く、非常に複雑」と反論した。

菅直人首相が「脱原発解散」をちらつかせていることについては「民主党が党議拘束を外して、個々の議員が自らの主張を鮮明にすることはない。そうした中で脱原発解散などできるわけがない」(今井氏)と一蹴した。

同会の呼び掛け人には、飯田哲也氏(環境エネルギー政策研究所所長)、宮台真司氏(社会学者)、山本太郎氏(俳優)、落合恵子氏(作家、本誌編集委員)、鈴木邦男氏(一水会顧問)などがいる。

同会はすでに「国民投票の実施手続き市民案」を作成し、衆参両議院の政策担当者に要請文を提出しており、今後も勉強会などを重ねていく方針だという。

(野中大樹・編集部、7月15日号)

朝日レッドパージの会 61年目の集い

今後、「会の存続」も切実な問題になる。(写真/片岡伸行・編集部)

朝鮮戦争(1950年6月25日勃発)を背景に共産党員とその同調者らが公職・職場から一方的に追放・解雇されたレッドパージから61年目の夏。「朝日RP(レッドパージ)の会」の集いが7月28日、東京都内で開かれた。

レッドパージは、GHQ(連合国軍総司令部)の指令と政府・企業による大規模な思想・言論弾圧事件で、全国で公務員や民間企業の労働組合員ら少なくとも1万人余がクビを切られた。マスコミの中でNHKに次いで解雇が多かった朝日新聞社では、50年7月28日を皮切りに計104人が職場追放された。朝日RPの会は30周年の80年に開いた集いをきっかけに発足。以来毎年、解雇を宣告された7月28日に集いを催してきた。当初は数十人の参加者があったものの高齢化とともに参加者も減り、昨年は12人、今年はついに一ケタの7人となった。

集いでは、闘争時に毎晩ガリ版刷りで発行していた新聞『国民と共に』などの資料や写真を見ながら、故人となった人や闘争時の思い出などを語り合った。

車椅子で参加の土屋実さん(84歳)は「61年経ったが戦争はなくならないし、原発事故でこの国も政党政治も行く先がわからなくなっている」と話した。また、高齢化や参加者減少に伴い、「会の存続」も話題になったものの、「もう少し様子を見る」ことに。連絡先は北野照日さん(TEL 03-6411-1992)。

(片岡伸行・編集部、8月5日号)

上関原発の建設反対署名――100万筆を経産省に提出

海江田万里経産相より、はるかに長い時間を島民は「忍」んできた。(撮影/東条雅之)

「交付金を出さんようにしてください。アレ出さんかったら『(原発)もってきてくれ』言うのはおそらくいない。アレのおかげで祝島は何十年も……」

八月一日、経済産業省の一室で「上関原発を建てさせない祝島島民の会」の男性の一人がこう訴えた。祝島で農漁業を営む男性はこの日、上関原発の建設中止を求める署名を提出すべく朝四時半に島を発ち、同省を訪れていた。二〇〇九年四月から集めはじめた署名は、目標とした一〇〇万筆を今年七月一六日に突破。〇九年の第一次提出分(約六一万筆)と一〇年の第二次提出分(約二四万筆)につづく今回の一五万八〇三九筆で、一〇〇万筆を超えるという。

計画浮上から三〇年の同原発は、〇一年に国の電源開発基本計画に組みこまれ、〇八年一〇月に建設予定地の埋立免許がだされた。しかし地元の合意形成は進まず漁業補償も拒まれたまま。にもかかわらず建設が進められ、「埋立工事にあたっては住民を巻き込んだ大混乱も引き起こし」ていると、「原発に反対する上関町民の会」などが計画中止を求め全国で署名を集めてきたのだ。

署名を受理した中山義活・経産省政務官は、「(山口)県議会からも何度もお話にこられ、厳しい書類を受けとっています」と応じた。山口県では、県内一九の自治体のうち上関町を除く同町周辺一三市町の議会と県議会が、上関原発計画の中止・凍結を求める意見書を採択している。

「私たちはああいうもの(原発)欲しくありませんから」。一一〇二回を数える祝島の週一デモで初回から先頭を歩いているという八一歳の女性が最後、政務官にそう言って、計画の中止を求めた。

(山秋真・ライター、8月5日号)

仲井眞県政の方針転換になるか――オスプレイ配備に怒る沖縄

 開発過程で墜落事故が頻発し三〇人以上が死亡している垂直離着陸機MV22オスプレイ。沖縄配備について「米軍から報告を受けていない」と沖縄防衛局は否定し続けてきたが、六月六日、ついに配備の方針を認めた。それ以降、沖縄では抗議の声がやまない。

 仲井眞弘多知事は配備について「反対」を繰り返し明言し、県議会は七月一四日、与野党全会派一致で配備反対決議を採択した。

 そんな中、七月三一日に東村高江区公民館で「高江オスプレイパッド建設反対集会」が開催された。建設予定のヘリパッドはオスプレイ対応のものだと住民側は指摘し続けてきたが、今回の「正式伝達」を受け、これまでの「ヘリパッド」という名称を「オスプレイパッド」と呼び替え、改めて、建設反対を県民運動として取り組もうと呼びかけた。

 緊急の開催だったにもかかわらず、地元住民をはじめ全島から約二〇〇人が参加した。

 住民の会を代表して挨拶した伊佐真次さんは、「沖縄防衛局は(国の特別天然記念物・ノグチゲラの営巣期の終わる)七月から工事を再開すると公言していたが、一カ月間動けない状況。六月一五日、工事再開に向けて重機を搬入しようとしたが、緊急連絡で(住民)七〇人が集まり、村内にも入れさせなかった。私たちの力で工事を阻止していることを確認し、断念させるまで頑張ろう」と訴えた。

 工事をストップさせているのは住民・支援者による二四時間体制の監視座り込みと、全県・全国に広がった支援の取り組みの成果と言え、普天間基地の県外移設を明言しながらも高江ヘリパッドは容認してきた仲井眞県政が、オスプレイ配備を機に方針転換する可能性を示唆しており、今後、オスプレイパッド反対の県民世論が大きく盛り上がっていくだろう。

 国が高江住民を「通行妨害」で訴えたスラップ訴訟(司法を使った住民弾圧)も八月に山場を迎える。裁判勝利と建設阻止の実現に向けて目が離せない。

(浦島悦子・フリーライター、8月5日号)

「こんなことやっている場合か」――自民党議員3人が韓国で入国拒否

日本人観光客から「こんなことやっている場合か」というヤジも飛んだ。(提供/AP・AFLO)

 日韓両国が領有権を主張する竹島(韓国名・独島)北西の鬱陵島を視察する目的で、自民党所属の国会議員三人が八月一日、ソウルの金浦空港に降り立った。だが、迎えたのは、数百人のデモ隊による抗議のシュプレヒコール。三人は韓国政府によって入国不許可となり、強制的に帰国させられる異例の事態となった。

 鬱陵島を視察しようとしたのは、自民党の新藤義孝、稲田朋美両衆院議員と佐藤正久参院議員。竹島を「固有の領土」として実効支配する韓国では、七月に視察計画が発表された段階から市民団体などが強く反発。混乱を懸念した韓国政府は、新藤議員ら三人を出入国管理法の「公共の安全を害する行動を起こす恐れがある」ケースに該当すると判断し、入国不許可に踏み切った。

 金浦空港に到着した新藤議員らは、入国審査前に空港職員によって別室に案内され、入国不許可を伝えられた。だが、受け入れられないとする新藤議員らは、根拠の提示などを求めて約九時間にわたって別室にとどまることとなり、最終便で帰国した。

 韓国紙は、佐藤氏が韓国併合を正当化したり、稲田氏が靖国神社参拝に積極的な姿勢などを取り上げ「右翼的政治家」と批判。渡航前から、韓国政府は「(三人の)入国許可は一〇〇%有り得ない」(外交通商省当局者)と強い姿勢で臨むことを示していた。一方で、日本政府も入国不許可に抗議するなど、日韓の外交摩擦に発展する様相を見せた。

 韓国では八月一二日から国会の委員会が竹島で会合を開く予定で、三人の国会議員はそれを牽制する意図があったと思われる。だが、日韓両政府に共通していたのは「これ以上、事を荒立てたくない」との思いだ。日本側は「北朝鮮問題を抱える以上、韓国との連携が重要」(外務省筋)とし、韓国側も「不毛な論争は無意味」と切り捨てる。

 韓国政府当局者は「ひと昔前の自民党ならこうした議員の行動を許さなかったはず」と嘆いた。

(北方農夫人・ジャーナリスト、8月5日号)