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打ち砕かれた経産省の「原発再稼働シナリオ」 菅首相は「脱原発」を貫けるか

ストレステスト実施の発端となった九州電力・玄海原発。しかし依然、先行きは不透明だ。(撮影/筆者)

突然、菅直人首相が打ち出した「原発のストレステスト(耐性試験)」について、政府は七月一一日に統一見解を発表した。「玄海原発」(佐賀県玄海町)など運転停止中の原発に対し、再稼働の可否を判断するために暫定的な「一次評価」を実施する一方、稼働中を含む全原発については本格的な「二次評価」によって運転継続か否かを判断することとした。

一次評価を短期間で行なうと言っても一定期間が必要となり、しかも菅首相が安全審査に慎重な姿勢を崩していないため、早期の再稼働は困難な見通しとなった。今夏の電力需要逼迫を”脅し”にして、なし崩し的な原発再稼働を進めようとした経済産業省の目論見は打ち砕かれることになったのだ。

一一日の統一見解発表に至るまでの政府の迷走に対し、「閣内不一致」「玄海原発の地元自治体は混乱」といった批判が与党内からも噴出したが、諸悪の根源は「経産官僚の”操り人形”になっている」(民主党関係者)と揶揄される海江田万里経産相だろう。

五月に浜岡原発停止を要請。六月一五日にも「再生可能エネルギー促進法案(固定価格全量買取制度法案)」の成立に政治生命をかけると発言するなど、菅首相は脱原発の姿勢を打ち出していた。ところが、こうした動きとは対照的に海江田氏は、原発の再稼働について「安全性に問題がない」との主張を繰り返し、六月二九日には玄海原発の地元・佐賀県を訪問して古川康知事や岸本英雄玄海町長と面談。原発を抱える地元自治体を説得する役を買って出ていた。

こうした原発再稼働方針の経産官僚のシナリオ通りに動く海江田氏に対し、菅首相はいったんは「大臣と同じ立場」と表明したものの、経産官僚主導から脱却する機会をうかがっていたとみられる。

そして六月二七日の首相記者会見で、「今回の事故を受けて、原子力発電所の安全性ということが極めて重要だということは国民の共通した理解」「定期点検中の原発についてもしっかりと安全性を確認をすることは当然行なわなければならない」と強調。その上で、自然エネルギーが十分に普及するまでの間、化石燃料の使用が必要になることや、”埋蔵電力”と言われる自家発電所の調査を指示したことについて説明をしていった。

経産官僚は「原発再稼働をしないと夏の電力需要を乗り切るのは難しい」という「電力ないない神話」(川内博史衆院議員・科学技術イノベーション委員長)で海江田氏を”洗脳”し、その一方で『産経新聞』などのメディアを使って原発再稼働キャンペーンを展開していた。「この動きに対して菅首相は反転攻勢に出たのです」と民主党関係者は解説する。

「記者会見やエネルギー・環境会議(国家戦略室)で菅首相は、安全性が最優先と強調しつつ、自家発電所の活用を口にした。資源エネルギー庁が約六〇〇〇万キロワット(後に約五三〇〇万キロワットに下方修正)と公表した『自家発電』を使うことで、『原発再稼働しないと電力需要が逼迫する』という経産官僚の嘘を打ち破ろうとしたのです。その上で、海江田氏にストレステストの検討を指示してハードルを高くして、夏前の再稼働を事実上、不可能とした。菅首相の作戦勝ちといえます」(民主党関係者)

菅首相に梯子を外された形となった海江田氏は怒り、辞任をにおわす発言をしたが、非は官僚の手のひらで踊ってきたことにある。ただし海江田氏に会った川内氏はこう話す。

「七日に海江田大臣に会って元気づけましたが、原発再稼働なしでも夏の電力需要のピークを乗り切れる『電力ないない神話』について説明したところ、頷いて聞いていました」

内閣支持率が一五%に低下したものの、再稼働の先送りで脱原発解散に不可欠なエネルギーシフトを目指す政策の一貫性は整いつつある。残る問題は、海江田氏。経産官僚の”洗脳”(情報操作)から目覚めて、多くの国民が望む原発の安全性最優先に方針転換をするのかが注目される。
(横田一・フリーリポーター、7月15日号)

岸本玄海町町長が運転再開容認の意向表明――緊迫する玄海原発、再稼働問題

 佐賀県玄海町の岸本英雄町長が七月四日、九州電力の眞部利應社長と会談し、定期点検中の玄海原発二、三号機の運転再開への同意を伝えた。東京電力・福島第一原発の事故後、原発が立地する自治体が定期点検中の原発再開への同意を正式に伝えたのは、全国初。

 佐賀県の古川康知事は福島第一原発事故直後の三月一五日には、国の原子力行政や原発自体の「信頼は大きく損なわれた」として国に耐震基準や防災計画の見直しを求める考えを示していた。しかし同時に、定期点検停止中の二号機、三号機の再稼働については延期要請は検討していないとも述べていた。実際には今日に至るまで両機とも停止したままだが、古川知事も再稼働に向けての本格的な地ならしに入っていた。

 六月二六日に県は経済産業省主催の「説明番組」(当初、説明会と称した)を誘致したが、住民やメディアから「密室」「不十分」と評され、これを再稼働への通過儀礼とする知事の目論見は崩れた。すると知事は間髪を入れず、新しい「説明会」を七月八日に県主催で実施すると発表。人数は五五〇人だが、市、町ごとに定員数を定め、超えた場合は抽選というもの。原発に近い玄海町と唐津市がそれぞれ五〇人で、それ以外は市が二〇人、町が一〇人となっている。同じ市でも最大の佐賀市と最も小さな多久市とでは人口に一〇倍の開きがあるので県都の住民は軽く見られている。

 また「説明番組」に対するメールを九電が関連会社の社員らに送るよう指示していた実態を『しんぶん赤旗』が暴露した。

 このイベントで説明が「終了」し、一一日に予定されている県議会の「原子力安全対策等特別委員会」でもストップがかからなければ、その後は急速に再稼働へと進むと思われる。

 海江田万里経産相は六月二九日、玄海町役場と佐賀県庁を訪問し、町長、知事とそれぞれに会談した。県庁での会談後、知事は「安全性の確認はクリアできた」と話し、残るのは玄海町と県議会の意向だけだとした。わずか三〇分の会談で原発という複雑極まりないシステムの安全性がどう確認できたのか全く不可解だが、知事の「再稼働の三条件」の中に「県民の意向」が入っていないことにも驚かされる。また、知事の「安全性クリア」発言についても「大臣がわざわざ来て安全性に国が責任を持つと言ったから」といういい加減さが、知事自身の口から表出した。

 一号機の老朽化問題では、知事は「脆性遷移温度に関するデータの提出を九電に要請する」と答弁。原子炉容器の危険性にかかわるこの重要データの詳細については地元の住民団体が以前から九電に公表を要求していたが、九電は九八度という結果の数字だけしか公表していない。知事の要請となれば簡単には断れないだろうから、この点は大きな前進と言える。

 一日の特別委員会での質疑でも問題になったが、玄海原発の耐震性は福島原発が津波の前に地震でも損傷を受けたかどうかということと関連する。知事の判断は県が調査を依頼した専門家の、津波到達前まで原発に重大な損傷はなかったとの意見に依っている。しかし依頼された九州大学の工藤和彦、出光一哉の両氏はいずれも原発推進派で、しかも工藤氏は九電から受託研究費を受け取っているため「第三者」としての資格に欠ける。

 このような国と県の動きに対し地元の市民団体は再稼働阻止のために意気高く活動している。筆者も原告の一員である「玄海原発プルサーマル裁判の会」の中心メンバーは日夜東奔西走の状態。裁判の会は、九電管内という広域性から従来別々に活動していた福岡と佐賀のグループが初めて一体化して結成された。さらに六月二六日の「説明番組」への抗議行動以後は団体の垣根を越えての行動も活発化している。またしても再稼働のための単なる舞台装置となる八日の県の「説明会」に対抗して佐賀駅近くのメートプラザでオープンな「市民がつくる玄海原発説明会」を同時刻に開催する予定だ。

(豊島耕一・佐賀大学教授、7月8日号)

築地・東卸理事長に山崎治雄氏が当選 移転反対派の巻き返しなるか

 築地市場の豊洲移転に固執する石原慎太郎東京都知事にとって、実におもしろくない事態が起きた。六月一七日、組合員七三一事業者を擁する築地市場最大の組合である東京魚市場卸協同組合(東卸)の理事長に、豊洲移転反対派の山崎治雄氏が選ばれたのだ。
 これまで東卸理事長は、移転賛成派の伊藤宏之氏が五期一二年にわたって務めてきた。ところが今年一月二八日に行なわれた理事選挙(定数三〇)で伊藤氏がまさかの落選。これで理事長選挙は、移転反対派の山崎氏と賛成派の伊藤淳一氏との闘いとなった。

 理事長は理事会での選挙で決めることになっているが、四回も選挙を繰り返したものの、一五対一五のまま決着がつかない波乱の展開となった。その選挙の裏話と移転反対へ向けた決意を、山崎新理事長へのインタビューで聞いた。
「正直に言えば、まさか私が勝てるとは思っていませんでした」
 開口一番、山崎理事長は言った。そんな選挙を制することができたのは、相手側の”焦り”とも思える行動がきっかけだったという。

「四月一一日に臨時総代会が開催されたんですが、そこで移転賛成派が理事長選挙を抜き打ち的にやったんです。私たち反対派には選挙をやるなんて通知はなかったので、会が長引いたこともあって帰る総代も少なくなかった。それで選挙をやったときには、総代の定員一〇〇人のうち六八人しか残っていなかった。そして選挙の結果は、伊藤氏が四〇票で私が二五票、白票三でした」
 この選挙結果が有効なら、伊藤氏が新理事長となっていたはずだ。しかし、そうはならなかった。
「理事会で決まらなければ総代会にはかることが定款で決められています。しかし、その結果は理事会の承認を得なければ正式な決定とはされないことになっています。もちろん五月二三日に開かれた理事会で、『抜き打ち的な選挙は無効だ』と私は主張しました。私だって知らされていなかった、突然の選挙だったんですからね。
 ただ反対するだけでは先に進まないので、再度、総代会で理事長選挙を行ない、その結果に理事会も従う、という提案をしました。その採決をとったら一六対一四で可決された。強引なやり方に納得できない移転賛成派の一人が、こちら側に票を投じたんでしょう」
 そして六月一七日に総代会が開かれ、理事長選挙の投票が行なわれた。結果は山崎氏が五二票、対する伊藤氏は四七票、白票一。この日開かれた理事会では、事前に総代会の結果に従うという申し合わせがあったため反対もなく、山崎氏の理事長就任が決まった。
 山崎氏に豊洲への移転に反対する姿勢を問うと、「変わらない」と前置きした上で、こう語った。
「東京ガスの工場跡地である豊洲は、(国の基準値の一五〇〇倍の有害物質ベンゼンが検出されるなど)日本最大級の汚染地です。三月一一日の東日本大震災では液状化も起きている。そんなところに生鮮品を扱う市場をもっていこうと考えるのが間違いです。安全を考えれば絶対に賛成できない。東京都は『きれいにできる』と言っているが、納得のいく説明はしていない。私たちも専門家の話を聞いてきているが、完全な対策は無理という意見ばかりです。
 それでも都が『安全だ』というのなら、せめて私たち独自の土壌調査くらいさせるべきです。それは絶対やらせない。厳しく監視して、豊洲の泥すら私たちには持ち帰らせないんですよ。移転させて何かあれば、原発事故と同じで都は『想定外』で逃げるに決まっている。とても信用できませんよ」
 移転反対派の理事長になって築地市場の雰囲気は変わったか、という質問に、山崎理事長は自信たっぷりに答えた。
「理事長になってから市場内を歩くと、『がんばってください』とあちこちで声をかけられます。これまで賛成派の理事長だったから反対を言えなかった人が多かったんだと思います。私は、命をかけて反対を貫きます」
 今月一日、自民党都議の一人が死去し、民主党都議の寝返りで一時優勢だった都議会の知事側勢力が再び劣勢となった。山崎理事長の就任とあわせ、築地移転反対派の巻き返しとなるか、注目される。

(前屋毅・フリーライター、7月8日号)

再燃する論議――児童ポルノ禁止法案提出

 幾たびも議論が繰り返されてきた児童ポルノ禁止法改正案が国会会期延長のドサクサに再び提出されようとしている。

 一九九九年の制定以来、児童ポルノ禁止法に、「単純所持の禁止」とマンガ・アニメなど創作表現への規制拡大を行なうべきか否かをめぐる論争は止まない。所持を禁止し「児童ポルノ」の範囲を拡大すれば警察権力による濫用、冤罪の危険は避けられない。一方で、所持の禁止が「ジュニアアイドル」という形の児童虐待を止める有効な手段と主張する人々もいる。

 六月二一日には、衆議院第一議員会館で、所持の禁止を訴えてきた市民団体「エクパット・東京」の主催で「子供たちを守れ! 児童買春児童ポルノ禁止法改正に向けた緊急集会」が開催され十数名の議員が参加した。

 冒頭、小宮山洋子厚生労働副大臣は、一昨年に国会に提出された改正案が会期末の時間切れで廃案になってしまったことの悔しさを語り「まもなく、今の仕事も終わるので、こっちに専念できる」という発言まで行なった。この日出席した議員のスタンスは「表現の自由が児童の権利より上になっている」ことを批判する点で一致しており、公明党の富田茂之衆院議員は、単純所持に反対する議員を「国賊」と批判。自民党の平沢勝栄衆院議員は「覚醒剤だって持っていれば犯罪。なんで単純所持が権力の濫用なのか、さっぱりわからない」と、規制強化に慎重な枝野幸男官房長官を批判した。

 所持の禁止を行なった場合、問題になるのは「児童ポルノ」の基準だ。この日も「G7で単純所持を規制していないのは日本だけ」という発言があったが、それらの国でも問題は絶えない。米国では離婚訴訟中の妻が親権獲得を有利にするために夫のパソコンに「児童ポルノ」を仕込んだ事件も起こっている。規制を進める人々は「意図的に所持していたか否かは取り調べや裁判で明らかにできる」と主張するが、日本の司法がそこまで信頼できるものとは思えない。

(昼間たかし・ジャーナリスト、7月8日号)

微粒子の飛散で内部被曝拡大――環境省が放射性廃棄物焼却の方針

 環境省は、東京電力と国による福島第一原発事故、汚染水の海洋投棄に続き、第三番目の大きな過ちとなる放射能汚染廃棄物(=がれき)の焼却処理を決める方針だ。この非常識な焼却処理は、一般廃棄物の処理権を持つ市町村が選択すれば進められてしまう。

 収束できない福島第一原発から今も放出されている放射性物質は、福島県内だけでなく三〇〇キロ離れた神奈川県足柄の茶畑を汚染し、各地に高濃度放射能汚染区域=ホットスポットをもたらし、汚染が拡大している。事故の早期収束は待ったなしである。

 ところが環境省は、福島県内における放射能汚染がれきを市町村の清掃工場で焼却したり、埋め立て処分したりし、放射性物質の発生源を増やそうとしている。

 放射性物質も他の物質と同様、焼却して消えるわけではなく、焼却すると微粒子と排ガスになって、煙突から大気中に飛散する。焼却炉には、有害物の飛散を抑えるためにバグフィルター等の除去装置が付けられているが、すべて取りきれるわけではない。実際、東京都内の清掃工場でも除去できるはずの水銀が、自主規制値を超えて排出され工場の操業が止まった。清掃工場の煙突から吐き出された放射性物質は、大気中を広がり、体内に入ると内部被曝をもたらす。

 がれきの焼却が始まれば、放射性物質は福島第一原発だけでなく、県内各地の清掃工場から多発的に放出されることになる。これを看過すれば、福島県は今以上に子どもを安心して育て、農業や畜産を営む場所ではなくなる。

 なぜいま焼却か? 地震と津波によって発生したがれきは、福島県は二八八万トン。岩手県、宮城県のそれぞれ四九九万、一五九五万トンに比べると量は少ないが、原発事故の放射性物質に汚染されたため処理の方策が決まらず、避難区域や計画避難区域のものはそのままにして、それ以外のものは、県内一三六箇所の仮設置き場に分散配置してきた。しかし放射能で汚染されたがれきを住宅地や学校などのそばに積み重ねたのでは、近隣に住む人にとって大迷惑で、子どもを疎開させた人もいるという。

 焼却は、仮設置き場に置いたがれきを早く片付け、かさを減らすのが目的という。しかし焼却や除染なしの埋め立ては、二次被害の要因となる。仮設置き場のがれきを撤去するのなら東電と国の責任で、原発の避難区域に移し、シート等で覆い、原発の収束を待って洗浄等によって除染の上で、安全策を考えて処理する必要がある。

 がれきの汚染濃度は一メートル離れたところで、一・一~二〇・八ミリシーベルト/年もの放射線量があった。放射性物質の指標値としてきたクリアランスレベル〇・〇一ミリシーベルトの一一〇倍~二〇八〇倍である。直接測ればもっと高い。

 世界のどこも行なっていない高濃度放射性廃棄物の清掃工場での焼却処理。放射性物質による汚染の拡大に歯止めが必要な時に逆に汚染源を増やす。これは犯罪行為に近い。

 たとえば、各地に降り積もった放射性物質は、雨によって下水に流れ、下水処理の過程で汚泥に濃縮され、江東区では汚泥廃棄物の焼却処理によって周辺に高濃度汚染が生じている。ところが、高濃度放射性廃棄物である汚泥は、すでに燃やし始めている自治体もあるものの、焼却が罰せられることはない。現状の環境基本法や廃棄物処理法では、放射性物質とその汚染物を有害物とせず、禁止や規制対象から外しているからだ。明らかに法律上の不備である。

 環境省は現行法の不備を直さないまま福島のがれき焼却を進めようとしているが、これは福島での放射能汚染の拡大のみならず、東日本各地の自治体での汚泥などの放射性廃棄物の焼却に拍車をかけ被害を広げることになる。

 国と環境省に焼却撤回の声を集める必要がある。がれき焼却の詳しい情報は「ごみ探偵団」のブログ(http://gomitanteidan.blogspot.com/)と、環境総合研究所・鷹取敦氏の見解(http://eritokyo.jp/independent/takatoriatsushi-col1.htm)を。

(青木泰・ジャーナリスト、6月24日号)

いまだ遺骨が掘り出される沖縄――66回目の「慰霊の日」

 六月二三日、沖縄では六六回目の慰霊の日を迎えた。糸満市摩文仁の平和祈念公園では県主催の式典が開かれた。出席した菅直人首相は沖縄の基地負担軽減について触れたが、普天間飛行場の辺野古移設の方針は変わらず、県外移設を訴えた仲井眞弘多県知事とは大きな隔たりを見せた。

 同市米須にある魂魄之塔前では二八回目となる国際反戦沖縄集会が同実行委員会により開かれた。この集会は一九八四年当時、保守県政の下で、県主催の慰霊式典が英霊賛美になろうとしていた中で反戦平和の決意を新たにするため、一坪反戦地主が集会を始めたのがきっかけ。今は多くの住民運動や平和運動に携わる人たちが実行委員会を結成して行なっている。

 遺骨収集の活動を続けるガマフヤーの会の具志堅隆松代表は、「国は遺骨のDNA鑑定を行ない身元特定をする義務がある」と語り、近く要請行動をすると報告。また、遺骨収集の計画が組み込まれないまま開発が進む激戦地跡地の現状に触れ、「開発をする時、宜野湾市嘉数以南は遺骨が出てくるかもしれないという認識を県民や各自治体は持ってほしい」と語り、不発弾同様に工事前には遺骨収集の計画を組み込む必要性を訴えた。

 遺族らが靖国合祀取り下げを求め続いている裁判の原告の一人で、彫刻家の金城実さんは、「原告側の信教の自由を認めたら靖国の信教の自由を脅かすことになる」と裁判官が語ったことに触れ、「これは天皇に危害を加えない範囲で信教の自由を認められた明治憲法と変わらない。司法は腐っている。だが、諦めるわけにはいかない。子どもたちに受け継がれていく抵抗の力が進化するよう、希望を持っている」と訴えた。

 魂魄之塔は、一九四六年に沖縄の人々によって初めて建立された慰霊塔。身元の特定ができない遺骨約三万五〇〇〇体が納められている。この日も、多くの遺族が訪れ、線香や花をそなえ、手を合わせていた。

(江藤直樹・ライター、7月1日号)

福島原発「廃炉」の声を集約 東電と内閣府へ第三次署名提出

「福島第一原発の廃炉を求める有志の会」が六月二二日、東京電力と内閣府に、福島原発全基の廃炉を求める署名と要望書を提出した。四月一四日、五月一八日に続く三回目の提出で、東電向け一万四○八四筆、内閣府向け一万四○八七筆、それぞれ総計九万五一○七筆、九万六一八三筆もの署名が全国から集まった。

 東京電力では広報担当者二名が対応。前回、録音の用意をしていなかったことを「不誠実」と詰問されたためか、ICレコーダーの録音のほか、書記一名が同席した。

 被災地の原状回復、汚染除去、被災住民の健康管理・救済・補償、農漁業者・中小企業等への補償、原発作業員の労働環境の改善・放射線防護・健康管理など、多岐にわたる質問に対して、自社サイトやプレス向け資料をもとに説明。下請け労働者の健康管理については「個々の協力会社や元請業者がやっている」と回答。一方で、事故直後、長靴を履かずに作業し、高濃度の汚染水で足を被曝した男性のその後については把握していなかった。数年後に発症する晩発性放射線障害については「文科省の原子力損害賠償紛争審査会で審議中のため、まだ確定していない」とした。

 内閣府では前回と同様、大臣官房総務課の三人が応対。有志の会のメンバーらが被曝実態の把握や放射線汚染地域への対応、東電への指導の徹底などを要望した。

 発起人である古荘斗糸子さんは「福島の人々の東電への怒り、恨みを痛いほど感じる。(東電と内閣府の)今後の動きを注視していきたい」と語った。

(佐久間真弓・フリーライター、7月1日号)

被災女性のホットライン DV・失業など243件

 大震災で被災した一人親世帯を支援し、困難を抱えた女性たちのホットラインを実施しているNPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむが六月二五日、中間報告を行なった。四月一九日から六月二一日までの相談件数は二四三件。

  相談内容は「夫が震災で死亡。夫の実家に身を寄せていたが義母から『お前のせいで死んだ』と責められ、身体的暴力を受ける。『孫はこちらと養子縁組をし、離縁する』と言われた。弁護士と相談したい」(岩手県)、「母乳に放射能が含まれていると聞き心配。自分の母乳を調べてもらうことは可能か」(福島県)、「被災し会社は休業状態。このまま仕事がなくなれば学費に困る」(母子家庭、宮城県)、「夫が震災からあばれだした。突然怒鳴る。テーブルをひっくり返す」(秋田県)、「子どもが小さいので福島をでるかどうか悩んでいる。彼女も死んだ。寂しくて生きる気力もでない」(父子家庭、福島県)などさまざま。精神を病んだという相談も多い。

  しんぐるまざあず・ふぉーらむ福島からは「DV被害者は、加害者の夫も同じ所に避難していて安心できない。しきりがなくて若い女性のそばに寝てにやにやしている男性もいる。また乳幼児のいる世帯は邪魔者扱いされて母親が疲れている。そのため女性専用スペースが必要だと設置を求めて郡山市のビッグパレット・ふくしま内にある合同災害対策本部に要望書を四月に提出したが、回答がこないので相談コーナーをつくった。その後、五月一日にやっと男女共生センターの委託という形で設置された」など、被災者が支援活動をしている実態も報告された。

  いわき市から三人の子どもをつれて都内に避難している三四歳の母親は「避難した後のケアがない。働きたくても保育所にも入れず、仕事も探せない。なぜそういうことを行政は考えてくれないのか。いずれ福島に帰ると思っているのか」と不安と怒りを表明した。

  同団体は、避難所における女性用の下着や生理用品などの配り方の工夫、学費の援助、仕事の創出、県外避難者に対する育児支援と就業支援などのワンストップ窓口等の必要性を指摘。今後行政などへの要請も考えている。

(宮本有紀・編集部、7月1日号)

動き始めた児童ポルノ法改正――表現規制を許すな

 児童ポルノ法改正へ向けた動きが慌しくなってきた。この問題をめぐっては、二〇〇八年以来、自民、公明両党は、単純所持罪を導入し、創作物規制も調査研究する規定も設ける法案を準備してきた一方、民主党は現行の児童ポルノの定義を限定化するとともに、有償ないし反復の取得罪を新設するなどの法案を提示してきた。

 そういうなか、自公は今国会でも法案を衆院に提出したが、民主党も先月末に児童ポルノ法検討ワーキンググチームで今国会に議員立法で提出する方針を確認した。

 〇九年、自公と民主の間の修正協議で単純所持罪が合意されたものの衆院解散で廃案となった経緯を考えると、今回改正が実現する可能性は決して少なくない。

 そもそも、現行の児童ポルノ法の枠組み自体が過剰な規制に傾いている。とくに、児童ポルノの定義として「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」という規定が置かれていて(二条三項三号)、これは規制対象が大変広く、また客観的とはいえない主観的要件も含んでいるなどの結果、いわゆる一般的なポルノや猥褻などだけでなく、それとかけ離れた単純なヌード、いわゆるソフトヌードと言われるような表現までも広く規制されてしまっている。

 この点、少なくとも、欧米では、規制は詳細なポルノ的行為ないし猥褻的なものに限り、また芸術等の例外も許容して、ソフトヌードのような単純なヌードまで過度に規制されていないことがわかる。

 日本では過度に広すぎる現行規制に単純所持罪や将来の創作物規制が加わるとどういうことが想定されるか。

 まず、市民の誰もが規制対象になるおそれがある。家族のアルバム写真、ヌードを含む写真集、雑誌のグラビア、家族・恋人の写真、本人の写真、さらにはメールで送り付けられた画像や悪意で送付された写真などの所持が広く処罰されかねない。

 また、芸術活動も広く規制の網にかけられるおそれがあり、作家や表現者の性をめぐる創作の自由は大幅に制約されることになる。

 さらに、書店や出版社には児童ポルノ的な本は少なからず置いてあり、それらが摘発されるおそれがある。また、児童の裸を含む膨大な書物が整理、処分、引き上げられることになる。

 この規制のもとで、恣意的、政治的な捜査機関の権限濫用も懸念される。対象がきわめて広く、主観的な曖昧な要件(「みだり」など)が多いからだ。また、起訴や処罰ができなくとも、逮捕や捜索などの捜査権限や、さらには行政的権限行使もフルに活用される可能性がある。

 過剰な規制を含む現行法をそのままにし、単純所持罪を新設したり、創造物規制の導入を図ったりする改正案は表現の自由への重大な侵害に他ならず、民主党は自公案に安易に擦り寄る修正に応じてはならない。

(田島泰彦・上智大学教授、7月8日号)

国労組合員の採用差別事件が終結――JR、最後まで雇用の責任取らず

 最高裁で昨年、金銭和解が成立し、JRへの雇用問題が最後の課題となっていたJR採用差別事件は、JRが採用を強硬に拒否したため、大部分を占める国労組合員が六月下旬、これ以上の闘争継続を諦めた。一九八七年の国鉄分割・民営化の際、所属組合を理由にJRに採用されず、最終的に旧国鉄(国鉄清算事業団)から一〇四七人が解雇された戦後最大の不当労働行為事件は、国鉄を実質的に引き継いだJRの責任は問われないまま終結することになった。

 この事件をめぐっては二〇一〇年四月、民主、社民、国民新の連立三与党(当時)と公明党が政治解決に向け①旧国鉄の法人格を継承した独立行政法人の鉄道建設・運輸施設整備支援機構に解雇撤回などを求めた原告に一人平均二二〇〇万円を支払う、②政府はJRに雇用を要請し、JR以外の雇用でも努力すること、で合意に達した。これに基づき同年六月、最高裁で和解が成立。同機構が国労組合員ら九〇四人に総額一九九億円の解決金を支払い、決着した。

 こうした政治解決のための交渉を担ってきたのは、〇二年に同機構に対して解雇撤回を求めて提訴した約三〇〇人の原告団を支援してきた国鉄闘争共闘会議(二瓶久勝議長)。最高裁での和解後も二瓶議長が与党への働きかけを行なったが民主党の動きは鈍く、今月になってようやく重い腰を上げた。民主、国民新、社民の三党は一〇日、国土交通省に一八四人の採用希望者についてJRが雇用で協力するよう要請。同省は一三日にJR七社へ三党の意向を伝えた。

 しかし、JRの態度は頑なで、要請を受けると同時に「すでに解決済みで採用を考慮する余地はない」との見解を国交省に提出。その後、水面下の交渉でもJR側は国鉄改革に反対した当事者に反省や陳謝を求めるなど強硬な態度は変わらなかったという。

 この結果、交渉は決裂。二三日に四つの原告団と共闘会議、国労などの四者四団体が集まり、二瓶議長が経過を報告した。五八人の全動労争議団は闘争を続けるが、それ以外は闘争の終結を了承した。二瓶議長は「これ以上やっても展望がなく、当事者も高齢化しており、第二の人生のためにもいつまでも長引かせるわけにはいかない」と苦渋の決断を語った。

(荒木健次・ジャーナリスト、7月1日号)