週刊金曜日公式ブログ 週刊金曜日ニュース

韓国哨戒艦沈没は北朝鮮の犯行と断定―― 李大統領に吹いた北からの追風

 韓国と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が、新たな緊張の局面を迎えている。

 三月に発生した韓国海軍哨戒艦の沈没をめぐり、韓国軍と民間専門家による合同調査団は五月二〇日、原因について「北朝鮮製の魚雷による水中爆発」と結論付けた。これを受けて、李明博大統領は二四日に「国民向け談話」を発表。沈没を「北朝鮮の武力挑発」と断言し、今後も同じような行動を繰り返した場合、軍事的対応も辞さないとの考えを示した。

 さらに同日には、韓国の外交通商相(日本の外相に相当)、統一相、国防相が共同記者会見を開き、北朝鮮への具体的な対応策について発表。軍事的な警戒レベルの強化や南北経済協力の大幅な見直しを行なうなど、韓国政府が北朝鮮に対して強硬な姿勢で臨む考えを鮮明にした。さらに韓国政府は、北朝鮮への追加制裁を求めて国連安全保障理事会への問題提起を行なう方針で、李政権は哨戒艦沈没で北朝鮮に対して一歩も譲歩する気配を見せていない。

 これに対し北朝鮮は、国防委員会が調査結果について「でっち上げ」と反発。北朝鮮の調査団派遣を認めるよう韓国側に迫るとともに、報復行為や制裁に対しては「全面戦争を含む強硬措置で応える」と主張し、双方の主張が真っ向から対立している。

     浮かび上がる疑問点
     北朝鮮の軍事能力は

 沈没では乗組員一〇四人のうち、二〇歳代前半の若い兵士を中心に四六人が死亡・行方不明となる惨事となった。「北朝鮮による攻撃」と調査結果を得た韓国政府は、国際社会を巻き込んだ「対北朝鮮包囲網」の形成に乗り出している。だが、韓国政府が北朝鮮に対して拳を高く振り上げる一方で、哨戒艦沈没をめぐってはいくつかの疑問点が浮かび上がる。

 第一の疑問は、なぜ北朝鮮は哨戒艦を攻撃できたか、という点だ。

 哨戒艦が突然爆発したのは三月二六日午後九時二二分(日本時間同)のことだった。現場は朝鮮半島西部の黄海にあり、北朝鮮に近いペンニョン島の南西二・五キロ地点。現場海域は、韓国が黄海上の軍事境界線と位置付ける北方限界線(NLL)付近で、過去に南北艦艇による銃撃戦なども起きた「海の火薬庫」(韓国メディア)。昨年一一月にも同島付近で銃撃戦が起きている。

 韓国軍や在韓米軍にとっては、北朝鮮という「敵」と対峙する最前線であり、海域ではNLL侵入に対して常時、厳しい監視態勢が敷かれているはずだ。その網をかいくぐって、北朝鮮はまんまと哨戒艦の撃沈に成功したことになる。日本の防衛省関係者は「海上や上空からの監視に加え、水中ではソナーを使って潜水艦の探知も行なっており、簡単には攻撃などできないはず」と首をかしげる。別の防衛省関係者も「北朝鮮が予想より高い軍事能力を持っていたか、または韓国軍の防衛能力が低かったということで、いずれにせよ韓国軍当局の衝撃は相当に大きいはずだ」と指摘する。

 調査結果では小型潜水艦二隻が魚雷発射に関わったとされ、沈没の二~三日前に北朝鮮の軍港を出港し、韓国軍などの探知を避けるために黄海を大きく迂回。動きを捕捉されないようにしながらNLLを越えて、そのうちの一隻が現場海域に近づいたとする。小型潜水艦は、「致命的な打撃を与えるため」(調査発表)日が暮れるまで海底に身を潜め、闇夜に乗じて哨戒艦に近づき魚雷を発射。約三メートルの至近距離で爆発させ、その衝撃波で哨戒艦の船体を真っ二つにした。二隻の小型潜水艦は、同じルートをたどって、沈没の二~三日後に出発した港に帰還したとされる。

 現場海域の水深は五〇メートルほどで、韓国軍関係者は「操縦に加えて魚雷発射まで行なうのは、海底の地形を知り尽くしたベテランでないとできない離れ業。船の構造上、最も弱い中央部分を正確に狙っている」と驚きを隠さない。

 一方、哨戒艦の内部では、沈没の直前まで乗組員が恋人や家族と携帯電話で連絡を取り合っていたことも発覚。日本のベテラン自衛隊員は「艦内での携帯電話使用は、機密保持の観点からも通常は考えられない。まして最前線の海域ではなおさらのこと」と話す。韓国軍当局は「軍に『緩み』があったことは否めない」と、苦渋の表情を浮かべ、内部の規律などに問題があったことを認める。

 哨戒艦沈没によって、徴兵制を敷く韓国での「国防意識」の形骸化が浮き彫りになるとは、なんとも皮肉としか言いようがない。

     決定的証拠発見は
     調査結果発表五日前

 第二は、調査結果そのものへの信頼性だ。

 合同調査団は海底から哨戒艦の船体を引き揚げ、四月には切断面の形状などから「外部爆発が原因」との見解を示し、金泰栄国防相は魚雷攻撃の可能性に言及した。韓国メディアも、船体から魚雷に使われる火薬が発見されたことなどを連日報道し、北朝鮮による攻撃説が高まった。だが、いずれも「北朝鮮の関与を推測できる」との状況証拠のみ。韓国政府当局者は「北朝鮮と国名を入れず『共産主義圏の国家が関与したと見られる』といった玉虫色の表現で発表せざるを得ない状況だった」と打ち明ける。

 だが、合同調査団は五月一五日に海底から魚雷のスクリュー部分などの部品を発見。回収した部品は、北朝鮮製武器紹介資料に掲載されているCHT―02Dと一致したほか、魚雷の推進体内部で見つかった「1番」というハングル表記は、北朝鮮製魚雷の表記と一致したと説明。「北朝鮮の攻撃を示す決定的証拠」(調査発表)と自信を示した。

 実際の証拠を示しながら、約二時間にわたって行なわれた調査結果の記者会見は、内容に一定の説得力はある。だが、発表の五日前に「決定的証拠」が発見されるというタイミングとともに、調査結果ではそれまでなかったとされていた「爆発による水柱」も、一〇〇メートルの高さまで達していたと軌道修正。魚雷爆発の衝撃で消失したとされていた船底の一部も、結果発表の数日前に引き揚げられたが、その調査結果は一切盛り込まれていないなど、不自然さがぬぐえない点も散見される。

 そうした違和感と関連し、沈没をめぐる最大の疑問点が、韓国政府による「政治的意図」の有無だ。調査結果が発表された二〇日は、李明博政権の中間評価と位置付けられる統一地方選挙が本格的な運動期間に突入した最初の日。同選挙は二〇一二年に行なわれる大統領選の前哨戦としても注目され、与党ハンナラ党が厳しい結果となれば、李大統領にとっては残り二年半の政権運営が厳しくなることは必至だ。調査結果の発表日と選挙戦の本格スタート日が重なったことに、最大野党・民主党の丁世均代表は「(沈没を)統一地方選に利用しようとする意図が明らか」と批判した。

 韓国では、選挙前に北朝鮮情勢で変化が起きることを「北風が吹く」と呼び、今回は北朝鮮脅威論を背景に、与党ハンナラ党にとって有利な「北風」が吹いたとされている。対北朝鮮融和政策をとってきた金大中、盧武鉉両政権の流れをくむ民主党にとっては強い「逆風」となり防戦に追われている。

 また、韓国政府は、国連安保理に追加制裁を求めて問題提起することを表明したが、実際には中国やロシアの賛成を得られるのは困難とみられ、日米韓の連携をアピールする「政治的ショー」(韓国政界関係者)との見方も根強い。韓国の一部メディアは「六月上旬にも安保理へ問題提起」と報道するが、統一地方選挙の投開票は六月二日。対北朝鮮の世論を盛り上げ、自らの政党に有利な状況をつくろうとする手法は、いつぞやの安倍晋三氏を連想してしまう。

 ある韓国政府当局者は、声を潜めてこう話した。

「日本も拉致問題で北朝鮮への強硬姿勢を示したが、自民党が支持を高めた効果はあっても、問題の解決には至らなかった。『安保政局』が続けば、韓国も同じ轍を踏むことになるだろう」

(北方農夫人・ジャーナリスト)

表現の自由に重大なインパクトもたらす都の青少年条例改正案

 東京都は、三月四日、児童ポルノに関わる性表現規制を拡大強化する青少年条例の改正案を都議会に上程したが、マンガ家などをはじめとする強力な反対などもあり、三月議会では採択が見送られ、改正案は継続審議となったことは読者もご存知と思う。改正案の審議は六月議会で改めて行なわれるが、当初の改正案がそのまま進められるのか、修正が施されるのか、またそれらに対してどういう形の決着が図られるのか、現段階では不透明で、予断を許さない。今回の改正提案は、この国の表現の自由のありようにきわめて重大なインパクトをもたらすことが危惧される。

 児童ポルノ法の改正をめぐっては、昨年六月に衆議院の法務委員会で参考人を呼び論議するなど国会でも審議され、そこでは自民、公明両党が単純所持罪を導入し、マンガ等の創作物規制も調査研究する規定を設ける法案を準備してきた一方、民主党は現行の児童ポルノの定義を狭め、限定化するとともに、有償ないし反復の取得罪を新設するなどの法案を提示してきた。修正協議の動きもあったが、その間に政権交代もあり、現時点では法改正に向けて直ちに進むという状況にはない。

 そういうなか、都が提出したのが、青少年条例を改正し、
(1)知事が、一八歳未満の「非実在青少年」による性交等を描写した創作物を新たに不健全図書に指定でき、販売業者等は、青少年への販売・頒布等をしてはならず、包装や区分陳列も義務付けられる、
(2)何人も児童ポルノを所持しない責務をもつ、などをはじめ、
(3)発行業者や販売業者は、関連の創作物については青少年の閲覧等に不適当である旨の表示、青少年への不販売等、包装や区分陳列などに努める、
(4)官民一体となって、児童ポルノの根絶や関連の創作物のまん延を抑止し、青少年の閲覧等がないように努める、
などを含む一連の措置だ。

 今回の提案は、早い話、国のレベルで自公が企図しようとしてなお実現できていない単純所持罪とマンガなどの創作物規制を中核とする児童ポルノ法改正の実質化であり、その恰好の呼び水であり、先駆けに他ならない。都条例がそのまま改正されれば、現行法でもあいまいで広範な青少年条例の規制枠組みに、創作物規制と単純所持規制が加わることにより、青少年の性をめぐる創作の自由や、自由なアクセスと闊達な議論は著しく狭められことになる。これを機に、他の自治体も追随し、ひいては児童ポルノ法の改正にも重大な影響をもたらしかねない。

 児童ポルノや性表現は表現の自由と無関係な問題ではまったくない。人々の道徳や内面にも深くかかわる事柄だ。言論表現の自由への抑圧や介入が、エログロ表現批難を口実に強められ、広げられた戦前の教訓を忘れるべきではない。それにしても、都条例や児童ポルノ規制を表現の自由の問題として正面から受け止めず、伝えられないメインストリームのメディアは本当にジャーナリズムの担い手たり得るのだろうか。

(田島泰彦・上智大学教授)

高遠菜穂子リポート〈米軍の「残虐性」直視を〉

高遠菜穂子リポート「破壊と希望のイラク第16回」

米軍の「残虐性」直視を――ファルージャから沖縄へ、ワセックさんの思い

「あの米軍がこの美しい島から来ていたなんて想像もしなかった」

 イラク最激戦地ファルージャから来日したワセック・ジャシムさんは、沖縄の辺野古の海岸でそうつぶやいた。鉄条網の向こう側は、ファルージャ総攻撃の主力部隊、米海兵隊キャンプ・シュワブ。それにまつわる記憶はあまりにも残酷なものであったため、この五年は彼の心の奥底に封印されていた。

 ワセックさんは、「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」の招聘で来日し、全国五都市(名古屋、広島、東京、大阪、沖縄)を回るスピーキングツアーを行なった。彼の映像と体験談は、イラク戦争を検証する上で非常に貴重な証言となった。

米軍とアルカーイダの二重苦
 ファルージャの混乱は、市内に侵攻してきた米軍の学校占拠をきっかけに始まる。これに抗議して、市民二〇〇名ほどがデモを行なったのだが、米軍は市民の訴えに耳を貸さず、いきなり銃を乱射し始めた。〝ピースウォーク〟は死者二〇名・負傷者七〇名以上を出す流血の惨事となった。この事件の三日後に、ブッシュ大統領(当時)が「大規模戦闘終結宣言」を出すのだが、ワセックさんたちイラク人にとっては「本当の戦争の始まり」だった。

 その後、〝武装勢力〟がこのファルージャを中心に台頭する。イラク人は〝武装勢力〟をきっちり分ける。イラク戦争以後、米軍の攻撃によって肉親を殺された遺族から成り、イラク市民を標的にしないのが〝レジスタンス〟。戦争以後、外国から流入し、イスラム原理主義を唱え、イラク市民を標的にするのが〝アルカーイダ〟。ワセックさんはファルージャの状況を「米軍とアルカーイダの二重苦だった」と説明する。

 二〇〇四年、ファルージャは大規模な総攻撃を二度も受け、その名を広く知られることになる。

 三月末日、ファルージャ市内で〝米民間人〟四名が殺害され、遺体が橋に吊り下げられるというショッキングなニュースが世界を震撼させた。ファルージャは一気に〝テロの巣窟〟と位置づけられ、米国内ではファルージャへの報復を支持する世論が盛り上がった。

 では、ファルージャ市民にとって〝米民間人〟はどう映っていたか。ワセックさんは言う。
「彼らは軍服を着てはいないが、重武装をして米軍に同行し、その残虐性は米兵と何も変わらない」

 ワセックさんは米軍に拘束された経験がある。手錠をされ、頭に黒い袋を被せられた状態で炎天下に二時間近く晒された。その間ずっと米兵は歌を歌いながら、彼に石を投げつけていたという。尋問官には椅子を投げつけられ、鉄製ワイヤーでむち打たれ、武装勢力メンバーだと自白するよう強要された。ワセックさんの友人の場合、これが米兵ではなく民間傭兵によるものだった。

「広島・長崎」をイメージ
 ワセックさんは、二度目の総攻撃の直前(二〇〇四年一一月六日)までファルージャ市内に住んでいた。自力で避難できない人たちの救助活動の後、自身も郊外の村に出た。物資の調達や配布などの緊急支援をそこで行なったが、攻撃はその村にまで及んだ。支援物資を運ぶトラックやボートはアパッチヘリの攻撃を受け、道路は封鎖され、村は孤立した。

 攻撃初日から七日目。米軍は、ファルージャの市民調査団が遺体確認のため市内の一部に入ることを許可した。ワセックさんはカメラマンとして同行したが、ビデオ撮影は禁じられたので写真撮影だけをすることになった。凄まじい破壊の様子を目にした時、「ヒロシマ・ナガサキをイメージした」と彼は言う。悲しみと怒りが入り混じった感情を持て余すが、目の前では米兵たちが、路上の遺体をミートフックでひっかけ、装甲車で引きずり、黒い遺体袋に詰め込んでいた。その光景を目の当たりにして彼の怒りは憎しみとなり、本気でレジスタンスになろうと思ったという。しかし壮絶な葛藤の後、武器ではなくカメラを持つと決める。

 この日、米軍は市民に七七体の遺体を返還した。郊外の空き地に集まった数百人の市民が、ブルドーザーで集団墓地の穴を掘りながら、身内かもしれない遺体を待った。到着したトラックの荷台から漂う腐臭は一キロ先まで届いていたという。黒い袋のジッパーを開けると、全身にウジがわき、真っ黒に焼け焦げ、犬に肉を食い尽くされた遺体が現れ、大きなショックが人々を襲った。「神は偉大なり!」という叫びと泣き声は、次第にアメリカへの報復を誓う怒号に変わっていった。ワセックさんは、その一部始終をビデオカメラに収めた。映像を公開した二〇〇五年当初は名前を伏せていたが、世界に「本当のファルージャ」を伝え、米軍の違法性と残虐性を明らかにしたことは間違いない。

 撮影を終えた夜、彼は一晩中泣いたという。一カ月間、食事が喉を通らず、眠れない日々が続き、臭いを消そうと何度も手と身体を洗ったそうだ。今回、五年ぶりに封印を解いたわけだが、記憶と共に強烈な臭いが蘇ったらしい。

抑止力から恨みの標的に
 冒頭のつぶやきを聞いた時は、せつなかった。ファルージャ市民を沖縄に連れて来たのは酷だったとも思った。けれども、「オキナワ」が残虐なイメージのまま帰ってほしくなかった。

 ワセックさんの沖縄訪問は大きな意味があった。沖縄にはイラクと同じようにたくさんの家族が住み、イラクと同じように米軍に苦しんでいることを知ってもらえた。県民大会で、米軍に抵抗する九万の群衆を見たことも大きい。ファルージャ市民には、「群衆は撃たれる」というトラウマがあるが、武装闘争以外の可能性を感じてくれたと思う。沖縄の学生たちと今後も交流を続けるという約束も交わした。互いにエールを交換していけたらと思っている。

 もう一つ重要だったのは、私たちに在日米軍の本来の姿を認識させたことだ。それは、〝イラク復興支援〟などではなく、明らかに殺戮の〝加害行為〟だということだ。そして、私たち日本人は加害の〝後方支援〟をしていた。私はこのことを理由に在日米軍基地にNOと言い、わが国のイラク戦争支持と〝イラク復興支援〟にNOと言う。

 時代は変わった。〝抑止力〟のはずの米軍基地は、もはや世界のあちこちから恨みを買う〝標的〟となりつつあることを私たちは知るべきだろう。

(高遠菜穂子・イラク支援ボランティア)

改正環境アセス法案 防衛省が求めた米軍基地の除外

 防衛省が、改正環境アセス法案を巡る省庁協議において、日米安保に基づく米軍施設と日米地位協定に基づく自衛隊施設について、今回新たに加わる戦略的環境アセスメント(SEA)の適用除外を求めていたことが、情報公開法に基づく開示請求で分かった。開示された協議文書によれば、同法案に関する省庁協議は、二月二三日に開始、三月一八日に終了。法案は翌一九日に閣議決定されている。

 この間、防衛省は四回にわたり、「構想立案段階において、自治体や国民に防衛施設の整備に関する情報を提供した場合、様々な反対運動が起こることが想定され、防衛施設の整備にこれまで以上の支障が出ることが予想されるが、法案を適用したことに伴い生ずる支障について、どのような見解をお持ちか」等の「質問」を繰り返した。三月に入ると、「意見」として米軍施設と自衛隊施設のSEA適用除外を求め、さらに「今後予定される普天間飛行場移設およびFCLP(陸上空母離着陸訓練)施設の建設計画が制限を受けないようにしたい」と、その詳細を政令に定める旨を環境省に求めていた。

 協議文書では、環境省が三月一日までは防衛省の要求に応じず、同日、外務省からも「在日米軍施設・区域の提供に悪影響が及ばないよう」との連絡を受けた後に屈し、閣議決定の三日前、三月一六日に法案に除外規定を書き加えて各省に連絡を行なっていたことが示されている。

(まさのあつこ・ジャーナリスト)

都条例・非実在青少年とは? 表現の自由を侵すと専門家らが多角的論議

5月17日、「非実在青少年」規制などの問題点を話し合う集会が開かれた。

「(これで東京都と規制反対派の)どちらが誤解を広めているのかはっきりしたと思います」――司会の藤本由香里さん(明治大学准教授)が集会をこう締めくくると、東京・豊島公会堂を埋めた約一〇〇〇人から盛大な拍手がわき起こった。一七日夜に開かれた集会「どうする!? どうなる? 都条例――非実在青少年とケータイ規制を考える」では、弁護士や日本書籍出版協会、作家、憲法学者、法社会学者など、さまざまな専門家が、東京都青少年健全育成条例改正案(改正案)の問題点を多角的かつ具体的に論じた。

 改正案は、三月議会に上程され継続審議となったが、六月議会で再び審議される。六月中の成立、一〇月施行の可能性も考えられる。

 作家や業界団体などから強い批判が高まったことを受けて、東京都は四月二六日、「質問回答集」を発表、「創作活動を萎縮させるものではない」などとしている。

 これに対し、集会では「解釈でどうにでもなるから、都の質問回答集は無意味」「新聞・テレビは、表現の自由の危機との認識がなく思考停止状態に陥っている」「警察幹部に知人が多いが、この改正で青少年の健全育成ができると思っている人はゼロ」「出版社ですでに自主規制が始まっている」などの発言が相次いだ。
(伊田浩之・編集部)

自民ではなく民主から 参院選出馬表明の谷亮子氏とトヨタ

 谷亮子氏が一〇日、次期参院選で民主党公認候補として出馬することを表明した。実は谷氏には以前から政界進出が噂されていた。
 
「谷は麻生政権時にスポーツ省創設に関わるなど自民党と近かった。だから自民党から出馬するのかと思っていた」(週刊誌記者)

 その「政治力」に期待されて谷氏は三月一日に「トヨタ問題を考える有志の会」のメンバーと小沢一郎民主党幹事長を訪ね、リコール問題で揺れるトヨタ自動車の支援を求めている。この時、谷氏だけ幹事長室に通されたため、出馬を打診されたのかと囁かれた。

 オリンピックで二個の金メダルと二個の銀メダル、一個の銅メダルを獲得した谷氏の知名度は抜群で、出馬すれば支持率低迷に喘ぐ民主党の救世主となるに違いない。

 一方、谷氏が出馬を決意したのは四月末のこと。しかしその一カ月前には、勤務していたトヨタ自動車に辞表を提出している。出馬会見で「トヨタにはこれからも応援してもらう」と明言した谷氏だが、思惑通りにいくかどうか……。

「次期参院選ではトヨタ労組出身の直嶋正行経済産業大臣も比例区から出馬する。となれば谷を応援するのはトヨタの経営陣か。だが、豊田彰男社長は政治に関心が低く、年間数億円と言われる谷の支援を嫌がったという話もある」(前述週刊誌記者)

 当選後もロンドンオリンピックに出場して金メダルを目指すと意気込む谷氏に、「国会議員の仕事は片手間でできるほど呑気なものだと思っているのか」との批判もある。いずれにしろ、彼女の笑顔ほどその前途は明るくない。

(天城慶・政治ジャーナリスト)

世田谷国公法弾圧事件控訴棄却  表現の自由解釈分かれ最高裁へ

 二〇〇五年の衆議院議員選挙期間中に共産党の機関誌を配ったとして、国家公務員法違反に問われた元厚生労働省職員の宇治橋眞一さんの控訴審判決が一三日、東京高裁(出田孝一裁判長)であった。
 公判開始前から傍聴券を求め、裁判所に並ぶ支援者ら。午前一〇時一〇分、法廷内に入りきれなかった支援者らが裁判所前で待つなか、裁判長の主文読み上げ直後、弁護団の一人が「不当判決」を告げに地裁前に出てくると、集まった支援者からは落胆ともつかない声が漏れた。

 判決は、国家公務員の政治活動を全面禁止にした猿払最高裁判決(一九七四年)を踏襲。被告人の宇治橋眞一さんに罰金一〇万円とした東京地裁判決を支持し、被告人の控訴を棄却した。

「これは裁判ではない。裁判長は全く聞く耳を持たなかった。公務員労働者への偏見と思い込みでもって判決を出した。必ず最高裁で表現の自由を勝ち取る」。裁判後、支援者らを前に弁護団団長の菊池紘弁護士は語気を強めた。また、宇治橋さんは、「判決は猿払最高裁判決をなぞっただけか、それより悪い。裁判長を始め三人の裁判官の頭の中は三六年前でとまっているのではないか。これは、裁判官の質の問題。最高裁にはそれなりの裁判官がいると思う」と述べ「必ず逆転無罪を勝ち取る」と語った。

 今年三月には、同様に国家公務員法違反に問われていた堀越事件の東京高裁判決で、国家公務員の勤務外の政治活動を規制するのは、憲法二一条違反との判決が下されたばかり。国家公務員法違反に問われた二つの高裁判決は、猿払最高裁判決後の社会をどう見たか、という点で見解が分かれた。

 堀越判決では、公務員の政治活動を禁じる国家公務員法(国公法)一〇二条及び人事院規則(規則)一四の七を憲法違反とはしなかったものの、「国民の法意識」の変化を上げ、国家公務員の職務外の政治活動を規制することについては憲法二一条違反としていた。また、国家公務員の政治活動の自由について、世界標準という視点から立法機関へ見直しの必要がある、との付言をつけた。一方、この日の判決では、国公法、規則による公務員の政治的行為の規制が「行政の中立的運営(行政の中立)と国民の信頼」の点から、たとえ職務・勤務時間外で、内密に行なわれたとしても、規制を受けることは合憲とした。また、社会の変化については、「諸外国の例が日本と政治的な関係や諸条件が異なる」として参考にできないとしている。

 堀越事件の弁護団の一人である鈴木亜英弁護士は、堀越事件についてまずは、検察の上告棄却で勝利判決を確定させることが優先としながらも、「東京高裁で二つに意見が分かれたということは、この問題についての認識が裁判所でも一つになっていないということ。今は国家公務員の市民的自由をめぐって二つの潮流がぶつかり、いわば葛藤の状態にあると思う。猿仏最高裁判決を認めるのか否かです。世田谷国公法弾圧事件に限れば最高裁は事件を大法廷に回付し、弁論を開き、正面から、国家公務員の政治活動の自由、また言論・表現の自由を認めるべき」と語った。

 最高裁で審理されることになる二つの事件だが、元最高裁裁判官である園部逸夫弁護士は、「世田谷国公法判決は従来の正統的な考え方に基づいている。一方、堀越事件のような判決は、おそらく一〇年前だったら出なかっただろう。今の時代に、同様の事件が同時期に出てきたことは象徴的。もし、二つの事件が審理された場合には、最高裁でも意見が分かれると思う。裁判官の出身などの構成、猿払最高裁判決への考え方、また堀越判決への臨み方などがさらけだされる。その時代の中庸の考え方を出すのが裁判所。二つの高裁判決は猿払最高裁判決の適用で見解が分かれたわけだが、今の時代の国民の法意識をふまえながら、猿払最高裁判決を考えたらどうなるのか。これは時代の試金石になるだろう」と話した。

 今の時代をどうみるのか。最高裁の判断が注目される。

(ゆげたりえ・編集部)

袴田巌さんの死刑執行停止を 超党派議員連盟、千葉法相に申し入れ

千葉法相(左から3人目)に袴田巌さんの死刑停止を申し入れる議連メンバー(撮影/筆者)

 刑事訴訟法四七九条「死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によつて執行を停止する」を適用し、袴田巌さん(七四歳)の死刑執行をただちに停止すべき――冤罪の死刑囚、袴田さんを救援する超党派の議員連盟が四月二二日発足した。計六〇人の衆参国会議員の代表五人が七日、死刑の執行停止を千葉景子法相に申し入れた。

 議連会長の牧野聖修衆院議員(民主党、静岡一区)によると、申し入れを受けた千葉法相は「前から関心を持っており、関係者の考えもよく理解できるので、前向きに検討したい」と述べたという。

 袴田さんは、旧清水市(現静岡市清水区)で一九六六年に起きた、みそ製造会社の専務一家四人が殺害された事件で逮捕され、最高裁で死刑が確定した。三〇歳で逮捕されてから四三年以上の拘束で、拘禁性の精神障害を患っている。

 支援者らによると、炎天下のなか平均一二時間、最長一七時間に及ぶ苛酷な取り調べで「自白」させられたことが明らかになっており、冤罪の証拠も数多い。

 議員連盟の設立総会で、袴田さんの姉、秀子さん(七七歳)は「巌との会話はとんちんかんのまま。もう残されている時間はあまり多くないと思います。せめて死刑執行への不安な毎日を過ごすことからだけでも変えていただけたら、と思います」と話している。
(伊田浩之・編集部)

ある「伝統」の終焉(田中優子)

『ザ・コーヴ』を見た。この映画については、すでに昨年本誌でルイ・シホヨス監督へのインタビューをおこなっているが、その後この映画はアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞その他五つもの賞を取っている。評判どおりの、スリリングで深い問題提起のある映画だ。

 信じがたいのは、日本のマスコミや政治団体や地元の「反日」と感じるその感性である。私がもっとも心に残ったのは、日本のことなどではなく、リック・オバリーの生き方だった。『わんぱくフリッパー』は当時、私も何の疑いもなく見ていた番組である。動物を使うエンターテインメントはいくらでもあり、それに携わる人々も非常に多い。その中でスター級だったオバリーが自分の仕事に疑問をもち、その全てを棄てて活動家になった。私は「人間にとって仕事とは何か」「人は自分の生を支えている仕事にどう対するべきか」を、考えさせられた。人間が自然の恵みの中で生きている、という感覚を失ってから、仕事とはカネを稼ぐことになった。カネしか目に入らなければ、いかなる収穫物も必要を超えて多い方がいい、ということになる。節度がなくなる。いま地球に起こっている問題は、そのような人間のあり方に起因する。

 オバリーの生き方もこの映画を作ってきたスタッフたちの意識も、私自身に生き方を問うものだった。そこにはこの映画と「私」の関係がある。私と世界との関係がある。「反日」という国家意識が入り込む余地はない。それどころではない。海全体の水銀汚染をも、つきつけているのだ。

 ありがたかったのは、日本学を仕事とする私が、太地町の漁師たちの罵倒を聞くことができたことだ。五月三日の憲法記念日には、日の丸を掲げて都心を走る街宣車の罵倒をたっぷり聞かせてもらったが、漁師たちの罵倒の言葉は、それにそっくりだった。『カムイ伝講義』で日本の農漁林業の職人気質のすごさを書いた私にとって、それは目が覚める体験だった。「退廃」という言葉が浮かんだ。自分の日々の仕事の意味を見失った人間に残されるのは、退廃なのかもしれない。その退廃を、「伝統」という言葉で糊塗する人たちがいる。

 五月九日、環境省は太地町の住民の毛髪から全国平均の四倍を超える水銀濃度を検出したと発表した。「伝統」と表現されたクジラ・イルカ漁は、これで終焉を迎える。