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ローハイ!(小室等)

映画音楽の巨匠ディミトリー・ティオムキン、といっても今の若い人たちは知らないよね。僕たちの世代だと、まずは一九五九年から六五年にかけて放送されたアメリカのテレビ西部劇「ローハイド」、そうカントリー・シンガーのフランキー・レインが歌う、♪ローレン ローレン ローレン ローハイ! 日本では「伊藤素道とリリオ・リズム・エアーズ」が歌っていた。日本中知らない人はいないほどヒットしたんだけどな。

余談だが、準主役のクリント・イーストウッドは直後に出演したマカロニ・ウェスタンの映画『荒野の用心棒』が当たってスター街道をはしっていくことになる。

話を戻そう。ティオムキンは、作曲家として三〇年代から六〇年代にかけてハリウッド映画音楽の一翼を担った大巨匠である。アカデミー賞は、五三年に『真昼の決闘』(監督:フレッド・ジンネマン、出演:ゲイリー・クーパー、グレイス・ケリー。このときは歌曲賞も)、五五年に『紅の翼』(監督:ウィリアム・A・ウェルマン、主演:ジョン・ウェイン)、五九年に『老人と海』(監督:ジョン・スタージェス、主演:スペンサー・トレイシー)の三つ。そのほかノミネートは無数。

それらの中で三九年の『スミス都へ行く』(主演:ジェームズ・スチュアート)など、社会派の映画をいくつも担当していてそれはよいのだが、問題は六〇年の『アラモ』だ。

総指揮、監督、主演のタカ派俳優ジョン・ウェインが求める、あるべきアメリカの姿を示す映画で、五七年後の今日、それを地で行くのがトランプだとすれば、『アラモ』は長~い時間をかけたトランプ・プロパガンダ映画だったとも言える。

なんとわれらがフォークグループ「ブラザース・フォア」も、主題歌「遥かなるアラモ」の歌唱でそのお先棒を担いでいる。僕はと言えば、映画館の暗闇の中でスクリーンを食い入るように見つめ、ブラフォーのその主題歌を好きで口ずさんでいたのだから文句を言えた立場ではないのですがね。

そのあとの六三年、これもタカ派俳優チャールトン・ヘストン主演の『北京の55日』。義和団事件を扱っているが、史実を都合よく脚色し結局アメリカは偉かったという映画で、ここでもブラフォーがちゃっかりティオムキン作曲の主題歌担当。

さてさて、強いアメリカン・メッセージのお手伝いをしたティオムキンはといえば、ロシア帝国領ウクライナで一八九五年に生まれ、一九二五年にアメリカに移住。アメリカ国民の多くがそうであるように、ティオムキンも移民だ。トランプも移民の血筋だよね。

(こむろ ひとし・シンガーソングライター、2月10日号)

『世界最悪の旅』の新訳完成(本多勝一)

2017年1月に刊行された中田修氏訳の『世界最悪の旅』(左)と、本多勝一の『アムンセンとスコット』。(撮影/『週刊金曜日』編集部)

世界の諸言語の中で日本語に訳されている文献は、古典から現代文まで膨大な量になろうが、理科系の手引き書とか古典的文学作品の類は別として、いわば“普通の”「本」として日本語に全訳されている例は、案外すくないのではなかろうか。

ここでとりあげるチェリー=ギャラードの著書『THE WORST JOURNEY IN THE WORLD』(By Apsley Cherry-Garrard)にしても、日本語版全訳『世界最悪の旅』(中田修訳、オセアニア出版社、税別7000円)は今年の1月15日刊行だが、原書(英語版)が出たのは1922年12月だから、こんどの全訳日本語版発行はその95年後ということになる(注)。

そして、二段組み760頁にもなるこの古典的大著の翻訳書が、今年の始めに中田修氏ご自身から新刊書として送られてきたとき、私は快挙に感激してすぐ中田氏に電話したものだが、まもなく同氏からこんなハガキがとどいた――

「お電話を有難うございました。うれしくてのぼせ上がり、わけのわからないことを言っていたようで失礼いたしました。原著に近い本をという小生の希望から、出版社と印刷所がはりきってくれて、よい本になりました。部数は五〇〇部です。次には少し手軽な安価な本にして、広く読んでもらえるようにできたらと思っております。」

中田氏は1929年生まれで、本多の2年先輩にあたる。『アムンセンとスコット──南極点への到達に賭ける』(教育社・1986年)は、私にとっては新聞記者になって以来はじめての書きおろし単行本だが、その「あとがき」の一部に次のような記述がある。

〈アムンセンとスコットというたいへん異なる個性が演じた「史上最大のレース」について、同時進行的に検証する方法を試みました。これまでどちらかというとスコット隊の悲劇があまねく知られ、しかも同情的・浪漫的に理解され、他方ではアムンセン隊がどのように成功したかが具体的には知られていなかった傾向があります。何よりの証拠に、人類として南極点に初到達したアムンセンの遠征記『南極』が、いまだかつて一度も日本語に全訳されていないのです(部分訳や抄訳はあったが)。一方、スコット隊の記録にしても、第三者(支援隊員)のチェリー=ギャラードによる分析の書『世界最悪の旅』は加納一郎氏による全訳があるものの、かんじんのスコット自身の長大な行動日誌はまったく訳されていません。つまり世界的古典としての両雄の原著作を、日本語で読むことは今だにできないのであります。これでは両隊について日本での認識が浅いのも、むしろ当然と言えましょう。〉

あらためて、中田修氏による大労作たるこの「全訳」の成果を祝いたいと存じます。

〈注〉『世界最悪の旅』の日本語版は、古い例としては加納一郎(故人)の訳書(1944年、 朋文堂)があり、朝日文庫版(1993年)にもなっているが、実質的な意味では「訳されていないところがときどきある(訳者あとがき)など、厳密には「全訳」とは申しにくいと思われる。日本語の「本」としては、このたび刊行された中田修・訳が真の全訳と考えられよう。
(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員、2月10日号)

いる、いる、まさに8頭──カナダ=エスキモー5(本多勝一)

3人のエスキモーたちは、ひと昔まえの望遠鏡でカリブーをさがす。狩猟のリーダー格は右端のイスマタ。その左にムーシシとカヤグナ。(『朝日新聞』1963年7月の連載「カナダ=エスキモー」第20回目、藤木高嶺記者写す。)

エスキモーたちは天測をするわけでも無論なく、吹雪か曇り日が続くこのころでは、沈まぬ太陽がどこにあるかも分からない。地形の記憶で走りつづける。人間の形をした岩だの鳥のような岩だのは重要な目じるしだから、固有名詞がついている。

1時間ほど走って、イスマタはまた望遠鏡をのぞく。彼がカリブーをその視野に入れて固定してから、私たちものぞく。うん、見えた。3頭だ。靄のかかった灰色のシルエット。首を地表にたれている。それも動いたから分かったのであって、まだ遠い。2キロメートルはあるだろう。あとの5頭はすわりこんでいるらしい。肉眼では、いくら目をこらしても見えない。

さらに20分ほど走ると、小さな湖に滑りおりた。凍結した氷に穴をあけて、ソリ3台を綱でしばりつける。犬が勝手に走りださないためだ。

イスマタを先頭に、その湖をかこむ丘陵へ登る。と、イスマタがそっと指さした。カリブーが1頭だけ立っているのだ。約200メートル先。ここからではこれ以上ちかづきにくい。前こごみの姿勢で、やや低い窪地ぞいに左手へ。窪地と言っても、高度差は数メートル以下。

再び高みへ這い上がる。イスマタが「ここまで来て止まれ」と合図。そこで腹ばいになって頭をあげると、いる、いる、まさに8頭。(敬称略)

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。

同性婚をめぐる改憲論の壮大な罠(藤田裕喜)

結婚は「両性の合意のみ」に基づくと規定する24条を同性婚否定と捉える人もいる。しかし同性婚を禁じてはおらず、「両性」とは「両当事者」とする解釈もされている。つまり24条は同性婚の障害ではないが、そうみなすことで改憲へ導く思惑はないか。

「人権の問題で多様性の問題なので、政権与党の自民党がしっかりと取り組んで、LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー、の略)の方々の理解を促進していって、一つひとつの課題を解決していくことが重要だと思っている」

これは稲田朋美衆議院議員(当時は自民党政調会長)の発言である。2016年5月、性的少数者を中心としたパレード(東京レインボープライド)のイベント会場で、記者団の取材に対してこう答えた。かねてから「伝統的な家族」や「家父長制」を信奉し、ジェンダーやセクシュアリティをめぐる問題に対しても、保守的とみられていた人が、なぜこうした発言に至ったのか。この「変節」ぶりはにわかには信じがたい。

稲田議員の狙いとは?

この発言には前段がある。稲田議員は15年12月11日、ニュースサイト「ハフィントンポスト」に「LGBT:すべての人にチャンスが与えられる社会を」という文章を寄稿している。そこには「基本は、すべての人々が生まれながらに置かれた境遇や身体的状況によって差別されることがあってはならず、すべての人々にチャンスが与えられる社会を作らなければならないということ」などとあり、性的少数者であるかどうかを問わず、少なくない人びとが好意的に受け止めた。

ただ、本当に性的少数者をめぐる課題に取り組むべきと考えているのか、それとも新しい支持層を獲得したいとの思惑か、あるいはさらに別の狙いがあるのか、その真意は明らかではない。

一方、自民党は性的少数者の人権状況に関して、どう考えているのだろうか。16年5月、自民党は「性的指向・性自認の多様なあり方を受容する社会を目指すためのわが党の基本的な考え方」を発表。そして、翌6月には性的指向・性同一性(性自認)に関するパンフレットとQ&Aを公表し、「性的指向・性自認の多様なあり方をお互いに受け止め合う社会を目指す」として議員立法を含め、党としても性的少数者の課題に取り組むことを宣言した。

この中で同性婚については、現行憲法において婚姻が「両性の合意」により成立するものと定められており、「両性」は当然に「男性」と「女性」を意味することから同性婚は認められない、との立場を明らかにしている。また同性パートナーシップ制度についても慎重な検討を要するとしている。

「両性」とは「両当事者」だ

しかしながら、そもそも現行憲法において、同性婚の可能性は排除されていない。条文の「両性の合意」という文言は、明治期から続いた「家制度」を否定し、「戸主の同意」ではなく個人の自由な意思に基づいて婚姻ができることを意味する。「両性の合意」は「当事者間の合意」であり、この観点からは同性同士の婚姻についても、少なくとも禁止されておらず、その可能性も排除されていないと考えることができる。

憲法制定当時、確かに同性同士の婚姻については想定されていなかったかもしれないが、それは必ずしも同性婚ができないとの結論を導くものではない。また、憲法学においても、こうした理解がされており、現行憲法においても、同性婚が認められる余地・可能性は十分にある。

だが、同性婚を実現するためには、憲法の改正が必要であると主張する同性カップルもいる。ただし、憲法解釈をめぐる議論を踏まえた上での主張というよりは、たんに条文上、「両性」が「男性」「女性」を指すと考えられるため、同性婚が許容されていない、というある種の「誤解」とも言える根拠に基づく主張のように思われる。同性カップルの多数が共有する考え方だとも言えないだろう。

しかし注意しなければならないのは、こうした「当事者の声」があることだ。「当事者の声」は政治・政策を正当化するための常套手段であり、ポジティブにもネガティブにも利用される可能性を含んでいる点に注意しなければならない。すなわち、稲田議員の動きもあわせて考えるならば、「同性カップルの人たちが、同性婚のために憲法改正を望んでいる」と利用される可能性が浮上する。

現在の憲法改正をめぐる議論をみると、一度でも改正の実例を作っておきたいという改憲派の意図が見え隠れする。そしてその改憲の口実に同性婚が利用される可能性が出てきているのではないか。

同性婚実現のための憲法改正にあたって自民党がまとまるためのハードルは決して低くないと思われるものの、世界の趨勢や社会の変化を踏まえるならば、「自民党が同性婚を認めることなどありえない」などと高をくくってもいられない。可能性は低くとも、ないとは言い切れない。

「同性婚」が悪用される

そして、万が一でも、憲法改正のきっかけとして同性婚の容認が利用されるとすれば、それはもはや現行憲法の終わりの始まりを意味することになるだろう。なぜなら今日、性的少数者の権利拡大に資する(と思われる)制度の新設に対しては、反対の声を上げることすらも非常に困難で、議論する機会も十分にないからだ。

「あなたは同性婚に反対するのか(=性的少数者の権利拡大に反対するのか)」と「踏み絵」を迫られる事態を、すでに引き起こしつつある。同性婚を実現する必要性はあるかもしれないが、そもそも戸籍制度や婚姻制度が有している、さまざまな問題点を直視することなく、また、広くパートナーシップのあり方を含めて議論することなく、安易に賛成することなど到底できない。

そうした議論がないままに「踏み絵」を迫られるとしたら、さらなる社会の分断を深める結果をもたらすだけだろう。幾重にも仕組まれた、壮大な罠と言わざるを得ない。

また、万が一でも自民党による憲法改正が実現したら、その先に待っているのは「個人よりも国家を優先すべき」という社会であることは明白だ。自民党憲法改正草案の24条では家族のあり方に国が介入するだけでなく、前文や13条においても基本的人権が否定され、自由な個人の生き方が否定されている。「公共の利益」のため、国家のために個人が存在しているという社会が待っている。性的少数者が否定され、生きることすら許されない社会の姿も、容易に連想されるのではないか。

わずか70~80年ほど前、同性愛者は自分たちだけでは子孫を残せないことから「公共の利益」に資する存在ではないとして、ナチス・ドイツにより強制収容所に送られ虐殺された。現代に強制収容所は復活しないかもしれないが、決して極端な見方であるとは思わない。自らの生き方すら許されない社会であるならば、その存在自体が抹殺されているに等しい。だからこそ現行憲法を、いま守る意義がある。

同性婚の法制化が実現すれば性的少数者が尊重される社会になるとは限らない。むしろ重要なのは、依然として根強い誤解や偏見、差別に基づく、自死にも至るいじめや嫌がらせを、少しでもなくしていく地道な取り組みではないか。

「同性婚ぐらいできて当たり前だよね」などと、安易に憲法改正に賛成すると、取り返しのつかないことになりかねない。

*本稿の内容は筆者個人の見解であり、団体の見解ではありません

(ふじた ひろき・特定非営利活動法人レインボー・アクション代表理事・事務局長。1月27日号)

TOKYO MXが沖縄基地問題のデマを放送し波紋──保守系メディアの〝常連〟、取材なしで一方的な主張展開(『週刊金曜日』取材班)

東京の地域テレビ局地上波が年始の番組で、沖縄の米軍基地に抗議する人々についてのデマや差別的な言説を放送した件で、放送倫理・番組向上機構(BPO)は2月3日、人権侵害の申し立てをした市民団体「のりこえネット」共同代表の辛淑玉(シンスゴ)さんに、「まずは当事者同士で話し合ってほしい」と連絡した。辛さんは週明けにも東京MX側に話し合いを求める予定。番組のどこが問題なのか、あらためて報告する。

「ニュース女子」(YouTubeの公式番宣より)

「ニュース女子」(YouTubeの公式番宣より)

問題となっているのは、「東京メトロポリタンテレビジョン」(TOKYO MX)が1月2日に放送した「ニュース女子」という番組だ。「緊急調査!! マスコミが報道しない真実 沖縄・高江ヘリパッド問題の〝いま〟」とのセンセーショナルなタイトルを掲げ、番組冒頭から約20分にわたり、沖縄についての放送がされた。

番組は、沖縄の米軍普天間飛行場前で抗議する人々が「月曜から出勤」していて「週休2日」で、現在は高江のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)の建設地に「集中投入」されているようだとの主張を展開した。さらに、東京で配られていた「往復の飛行機代相当、5万円を支援します」とあるチラシを公開し、過去に普天間飛行場前で見つけたという「光広 2万」と手書きされた茶封筒も紹介。基地に抗議する人々には日当が配られているかのように報道した。

抗議する人々はお金で動員された活動家だ、という言説は、これまでにも保守系メディアで繰り返し主張されてきたことである。最近では、保守系のネットメディア「日本文化チャンネル桜」(以下、チャンネル桜)や日刊紙『夕刊フジ』などが断続的に報じてきた。沖縄の報道関係者はこう話す。

「何万円もの日当を払う資金力を備えた労働組合はありません。一部メディアは中国が資金援助しているのではないか、との憶測もばらまいています。日本にそのような外貨流入があればすぐ発覚してしまうでしょう。大学の研究者やジャーナリストなどで構成された沖縄米軍基地問題検証プロジェクトが16年に発行した『それってどうなの? 沖縄の基地の話。』という小冊子では、こうしたデマも明確に否定されています。それなのに、テレビ局が二番煎じの虚報に走るのは不可解でならない」

“オール保守系”の出演者

放送法には〈報道は事実をまげないですること〉〈意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること〉(4条)などとの規定がある。TOKYO MXも同趣旨の放送番組基準を掲げている。

沖縄の基地問題は、「意見が対立している問題」であり、多角的な観点を提供する公平、公正な報道が求められるのは間違いない。しかし「ニュース女子」はどうか。

防衛省・自衛隊沖縄地方協力本部が2016年11月21日に公開した迷彩服姿の井上和彦氏(左)と自衛隊員。(同地本Facebook公式アカウントより)

防衛省・自衛隊沖縄地方協力本部が2016年11月21日に公開した迷彩服姿の井上和彦氏(左)と自衛隊員。(同地本Facebook公式アカウントより)

出演者はチャンネル桜など保守メディアの“常連”が多く、ニュースにコメントを寄せる「女子」の面々も「おじさま」論客の主張に同調するだけ。1月2日放送回では沖縄現地取材者として、井上和彦氏が登場した。井上氏は「軍事ジャーナリスト(漫談家)」と称し、多数テレビ番組に出演している。「漫談家」として冗談交じりに話すこともあるが、実は別の“顔”もある。軍事装備ビジネスなどを展開する商社、双日エアロスペース㈱の正社員なのだ(本誌2015年12月4日号で詳報)。同社は戦闘機、ヘリコプターをはじめさまざまな〝武器〟を輸入・販売している。これを踏まえると、井上氏の姿は違って見えないか。

手登根安則氏は公認を受けた日本のこころを大切にする党「国政支部長」の肩書きを持つ。(同党公式ホームページより)

手登根安則氏は公認を受けた日本のこころを大切にする党「国政支部長」の肩書きを持つ。(同党公式ホームページより)

番組に「地元の人」として登場したのは、手登根安則(てどこんやすのり)氏だ。手登根氏はチャンネル桜の沖縄支局キャスターなどを務める一方、16年7月の参院選では日本のこころを大切にする党公認で立候補し、政界進出も目指していた。このときは落選に終わったが現在も同党国政支部長の肩書で活動中だ。

番組で「光広 2万」と書かれた茶封筒を紹介したのも手登根氏。だが同氏は、茶封筒が“発見”された日時や位置などは明らかにせず、画面からフェードアウトした。手登根氏は1月3日、自身のフェイスブックで〈沖縄のヘイワ運動の中には金貰っている奴らがいるということが暴露されました〉などと番組を紹介した。

我那覇真子氏(右)は自衛隊沖縄地方協力本部から委嘱され、昨年7月1日付で名護市の自衛官募集相談員にも就任している。(同地本Facebook公式アカウントより)

我那覇真子氏(右)は自衛隊沖縄地方協力本部から委嘱され、2016年7月1日付で名護市の自衛官募集相談員にも就任している。(同地本Facebook公式アカウントより)

ほかにも「地元の人」として登場したのは、我那覇真子(がなはまさこ)氏だ。我那覇氏もチャンネル桜のキャスターであり、地元内外で活動する「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」(15年4月結成)の運営代表委員だ。16年7月には自衛隊・沖縄地方協力本部の委嘱を受け、名護市での自衛官募集相談員にも就いた。我那覇氏は15年9月22日、スイス・ジュネーブの国連人権理事会に出席。翁長雄志沖縄県知事が行なった「人権侵害」演説を否定する発言を繰り広げた。同行した沖縄県石垣市の砥板芳行市議は旅費について、「彼女の政治活動を支援する方々から出た」と本誌に語り、砥板氏には「航空券が送られてきた」とした。

デマとヘイトに抗議声明

同番組では「韓国人がなぜ基地反対をするのか」として、反レイシズムの市民団体「のりこえねっと」の共同代表の1人である辛淑玉氏もやり玉に挙げられた。実は、「5万円を支援します」とのチラシを作ったのが「のりこえねっと」なのだが、これは「日当5万円」を意味するものではない。辛氏はこう説明する。

「まず、私も『のりこえねっと』も、この番組からは一度として取材を受けていません。取材もせずに公共の電波でデマを語ったのです。番組で取り上げられたチラシは、沖縄現地の状況をネットで発信するために特派員を募集し、その交通費として5万円を支援するとの内容で、日当とはまったく別物。カンパ金を捻出してやっと十数人派遣した程度のものです」

「のりこえねっと」は1月5日、「ニュース女子」は虚偽の報道と辛氏に対する誹謗中傷をしたとして、抗議声明を発表した。今後、あらゆる抗議をしていく構えだ。

この事態について、TOKYO MXの関係者は、「そもそも、問題の番組はDHCの持ち込み番組で、局が作ったものではないんです」と漏らした。さらに、「最近は、局で作っている番組でも、放送するハードルが低くなっているのは事実。ただ今回の件については個別の事実関係に間違いがあれば、局として訂正をするなり対応があると思います」と話した。

同番組はCSチャンネル「DHCシアター」と(株)ボーイズが共同制作し、放送している。前者は化粧品・健康食品大手DHCのグループ会社だ。「DHCシアター」は10~11年には野党時代の安倍首相が出演する番組も手がけた。当のDHCも、会長の吉田嘉明(よしだよしあき)氏が14年にみんなの党の渡辺喜美氏に8億円貸与したことを『週刊新潮』(新潮社)で暴露して波紋を呼んだ。吉田会長はまた、スラップ訴訟(恫喝訴訟)を提起することでも“有名”だ。訴訟を起こされたあるジャーナリストは、「吉田会長は、気に入らない記事に難癖つけて訴え、相手を黙らせてきました。『週刊文春』も過去に訴訟を起こされて550万円の賠償で確定している」と話す。

今回の番組放映には、現政権にすり寄りたいDHCの思惑があるのだろうか。TOKYO MXの放送倫理が問われることは間違いない。しかし同局は1月9日放送の「ニュース女子」でも、抗議声明を揶揄するなど居直り続けている。
(1月13日号、リードは新しくしました)

24条守るキャンペーン開始──LGBTの改憲利用注意

憲法24条改悪反対!――先の参院選で改憲勢力が3分の2以上の議席を獲得したことから、特に個人の尊厳と両性の平等を謳う24条の改悪を危惧する市民らが「24条変えさせないキャンペーン」を立ち上げ、9月2日に東京・上智大学でキックオフシンポジウムを開催。約180人が参加した。

自民党改憲草案の24条では「家族」は「助け合わなければならない」という義務規定を新設。「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」する現行憲法に対し、自民党草案では「両性の合意に基づいて」と「のみ」をとっている。

木村草太・首都大学東京教授と作家の北原みのり氏の対談で、北原氏が自民党の改憲草案をどう思うか問うと、木村氏は「言及する価値がない。問題外」と答え「今は親の同意がなくても婚姻届は受理されることが当たり前なので24条のありがたみが見えにくくなっている」と話した。北原氏は「私も以前は当たり前のことが書いてあると思ったが24条のない世界では女の人生は拘束されていた。それに『両性の合意のみに基づいて』の『のみ』があるからこそ結婚しないでいられるとなると、24条は結婚している人だけではなく結婚しない私にも関係がある」などと条文の意義を語った。

藤田裕喜・レインボー・アクション代表理事が「稲田朋美さんがレインボーパレードに登場したり、自民党がLGBT(性的少数者)を利用しようとしている。同性婚を実現するために改憲が必要と言い出したら現行憲法の終わりの始まり。これは壮大な罠であり、24条は変えさせてはいけない」と呼び掛けたほか、DV被害や虐待に取り組む団体やひとり親家庭などの立場からも24条の存在価値が語られた。これを受け木村氏は「自民党草案の批判にとどまらず、何が女性の権利や性的少数者のためになるかという議論が盛り上がっていけばいいと思う」と述べた。

同キャンペーンは今後も賛同人を募り、活動を展開する予定だ。

(宮本有紀・編集部、9月9日号)

正念場を迎えた「戦争賛美本」との闘い(編集部)

        日本会議、文科省も絡む教育右傾化の潮流

自民党や右派勢力は、育鵬社の歴史と公民の教科書を採択させようと自治体の首長を集めた「教育再生首長会議」を立ち上げるなど、これまで以上に攻勢をかけている。改憲や戦争立法に対する闘いと同様、この教科書の採択阻止が急務だ。

安倍晋三首相や下村博文文部科学相を筆頭とした政府・自民党、そして日本会議をはじめとした右派勢力は現在、育鵬社版の全国採択率4%を10%に拡大するため、かつてなく積極的な布陣を敷いている。

だが、育鵬社版教科書は教育現場での評価が極めて低い。先進国では常識の「教科書採択に当たっては教員の意見を尊重する」(ILO・ユネスコの『教員の地位に関する勧告』)という原則を破ってまでも、政治介入するしか方法はないのだ。

その具体的な現れが、自治体首長の抱き込みだ。2014年6月2日、「教育再生首長会議」(会長・松浦正人山口県防府市長)なる団体の設立総会が開かれた。これには下村文科相が挨拶に駆けつけたが、現在まで約90人にのぼる加盟首長を抱く自治体は、育鵬社版の採択が強行される懸念が持たれる。

        すべては育鵬社版採択へ

この「教育再生首長会議」の事務局が置かれているのは、「安倍晋三内閣が進める教育改革を民間の立場からサポートする」という、「教育再生をすすめる全国連絡協議会」なる団体。さらに同「全国連絡協議会」の事務局は、「日本教育再生機構」の内部に置かれているからだ。

この育鵬社の共同事業体ともいえる「日本教育再生機構」の理事長である八木秀次・麗澤大学教授は首相の有力ブレーンの一人で、首相直属の諮問機関「教育再生実行会議」の「有識者」委員にも任命されている。

さらに「日本教育再生機構」は顧問の11人中、3人が「日本会議」の幹部役員を兼任しているなど、両者は組織・運動面で密接な関係にある。「日本会議」は各自治体の教育委員会に対し、「新しい教育基本法の趣旨をふまえた教科書採択を求める」という名目の請願を提出し、暗に育鵬社版採択を要求する例がこのところ各地で目立つ。東京都江東区の区議会では、自民党議員などから「(育鵬社以外の教科書は)自虐史観に基づくもの」といった、明らかな政治介入を意図した発言が繰り返されている。

つまり、「教育再生首長会議」──「教育再生をすすめる全国連絡協議会」──「日本教育再生機構」(育鵬社)──「日本会議」のラインは、安倍・下村両氏の路線に直結し、すべては彼らの推す教科書採択に向けて動いているといえるだろう。

「教育再生首長会議」結成直後の同月13日、首長の教育行政への関与を強める地方教育行政法が改定された。「日本教育再生機構」側は施行された今年4月1日以降、「教育委員は各首長が定める『教育大綱』に示された方針に従って教科書採択をしなければならなくなった」と主張している。

だが文科省の小松親次郎初等中等教育局長は4月22日の衆院文部科学委員会で、教科書採択制度に関する共産党の畑野君枝議員の質問に対し、首長が「特定教科書会社、1社の教科書を採択するとしか解せないような方針」はとれないと答弁している。いずれにせよ「教育再生首長会議」に首長が加盟している自治体では、育鵬社版採択の動きが要注意だ。

一方で文科省は今年1月29日、都内で開かれた省主催の政令指定都市教育委員会・教育長協議会の席上、「教科書採択の留意事項について」と題した資料を配布。そこでは、「(教科書)調査員からの報告等を鵜呑みにしたり、教職員の投票によって採択教科書が決定されたりするなど、教育委員会の責任が不明確になるような採択の手続は適当ではありません」などという注意事項が明記されていた。

        政令指定都市があぶない

あたかも、「現場の意見などに耳を貸すな」と言わんばかりだが、これについて教科書検定制度に詳しい出版労連の寺川徹副委員長は、「教育委員の大半は教育の専門家ではなく、十分な検討ができないため、現場の教員を中心とした調査員の意見がこれまで重視されてきました。それなのに文科省がそのような資料をわざわざ配布したのは、何か不自然な意図を感じる」と指摘する。

「政令指定都市は川崎市を除いて教科書採択区が近年一区に統合されてしまい、人口が多いから横浜市のように採択されれば一挙に部数増につながります。当然、育鵬社版推進側は政令指定都市を狙っていますから、今回の資料もそれと無縁ではないのでは」

実際文科省は13年から14年にかけ、所属する沖縄県の八重山採択地区の決定とは別に、育鵬社版ではない別の公民教科書を採択した竹富町に対し、「違法だ」などとして執拗に育鵬社版を押し付けようとしたのは記憶に新しい。

このため、今回の教科書採択に当たっては、政令指定都市が焦点となっている。特に注目されているのは、橋下徹市長によって、(1)教科書調査研究の観点に「愛国心」の度合いを調査する項目が追加、(2)教科書に関する学校調査の事実上の廃止──といった、露骨な現場無視の施策が強行されている大阪市だ。

こうしたなか、育鵬社版教科書が使用されている横浜市で5月28日、教科書採択にあたっては教員や専門家、市民の意見を尊重し、政治が介入するのを止めるよう求めた「教科書で始まっている戦争できる国づくり」と題する集会が、約700人の参加で開かれた。

さらに広島市でも5月30日、「迫る!中学校教科書採択! 子どもたちを戦争にみちびく教科書はいらない!」と銘打った県民集会が開かれ、約220人が参加。今後の取り組みとして、教育委員会の傍聴と会議録の開示請求等による、不公平な採択が行なわれないための監視──等が確認された。

大阪市でも6月6日、名古屋市で13日に現場の意向を反映した公平な教科書採択を求める集会を予定。6月19日から2週間、各地での教科書展示会が開かれた後、8月いっぱいにかけて採択が行なわれるが、安倍首相が強行可決を狙う戦争法案と並び、教育現場で今夏、「子どもたちを戦争にみちびく教科書」を阻止する闘いが、正念場を迎えようとしている。
(2015年6月5日号)

育鵬社版の中学校社会科教科書を読んでみた

横浜と大阪両市の教育委員会が選んだ、2016年度から市立中学校で使う社会科教科書(歴史、公民)はどのような内容なのか検証する。

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歴史──衣の下の鎧、「大国主義」を遂に押し出してきた(高嶋伸欣)

育鵬社版の見本本が、日本教育再生機構を通じて販売されている。以前のように市販本の体裁を取らず、見本本そのものを販売するという、新たな手法だ。この点について、同機構の八木秀次理事長は「今回からそのようなことが可能になった」と強調している。「育鵬社版歴史・公民教科書出版記念&採択に向けた集い」(5月13日)の冒頭発言でだ。

文部科学省による採択向け活動の規制では、教育委員会関係以外の公立学校教員への見本本の無料配布を禁じている。一方で、見本本の販売を禁止する規定がないことが以前から判明していた。その盲点を今回突いた形だ。

だが同時に、これで同機構は見本本の販売・普及活動の当事者となり、独占禁止法による公正な販売競争の規制対象に含まれることになった。4年前の採択直後から機関誌『教育再生』を通じて「次の採択戦はすでに始まっています」と会員に呼びかけ、他社本批判を繰り返してきた事実がある。これまで「同機構は販売・普及活動の当事者ではない」としてきた公正取引委員会の見解も、今回は通用しない。公取委が試される番だ。

八木氏たちの不用意さはそれだけではない。歴史教科書本文に、そのことが表れている。同書は全6章、85テーマで構成されていて、その最終テーマ「日本の現状とこれから」の本文末尾が、新たに次のように締めくくられているのだ。

「世界の中の大国である日本は、これからもすぐれた国民性を発揮して、国内の問題を解決するとともに、世界中の人々が平和で幸せに暮らしていけるよう国際貢献していくことが求められています」と。

   原始・古代から日本は“大国”だった?

「世界の中の大国である日本」などという表現が、とうとう登場した! 同書31・33頁にはコラム「世界最大の墓・大仙古墳(仁徳天皇陵)」「古墳は『語る』」がある。面積では、クフ王のピラミッドや始皇帝陵よりも仁徳天皇陵が上回っているという。すでに現行版から登場している記述だ。まるで「世界一長い海苔巻を作ってギネス登録に成功した日本はスゴイ!」と自慢しているようなもの、と笑われていたものだ。ピラミッドや始皇帝墓のような立体的な構造物を築く技術が未熟で、平面の規模を大きくするしかなかったことは、小学生でも容易に気付く。

その物笑いの記述が、今回さらに強調した形で再登場した。日本は古代から「世界の中の大国」であったのだ、と印象づける意図が読める。

さらにその意図を増幅させているのが、縄文時代を、「世界4大文明」に匹敵するものとイメージづけしている記述だ。現行版の2頁分が6頁に拡大された。八木氏も、5月13日の集会で「今回は縄文時代が一つの特徴だ」としている。金属器の使用が遅く、記録も中国などの文字史料などに依存するしかない時代を、ここまで無理に誇示している。原始の時代から日本は「世界の中の大国」だった、と思わせたいためだろう。

26頁の「文明のおこり」では、本文冒頭に「わが国が縄文時代の時を刻んでいるころ、アフリカ・アジアの大河の流域では」云々とある。紀元前3500年頃を語るのに早くも「わが国」としている。現行版では「日本が」だがどちらでも、国家意識丸出しであることに変わりはない。

それでも、八木氏は「縄文時代から日本の文明が始まっている」とした上で「外から文化や文明を受け入れて」いる、と先の集会で発言した。海外からの進んだ文化や指導を受け入れて進歩が生まれた、と認めたものだ。しかし、同書215頁には「三・一独立運動」の写真に「女学生がソウルで行ったデモ行進」との説明をつけている。現行版にもあるこの写真説明に対して、韓国の市民団体から、「女学生ではなくキーセンのインチョン(仁川)での行進」であるというのが現在の韓国歴史学界の結論、という参考資料が育鵬社に昨年中に渡されている。

韓国などからの働きかけを「韓国の圧力」視によって、切り捨てての誤記継続だろう。ここにも「世界の中の大国である日本」のおごりの一端が垣間見える。衣の下に隠されていた鎧の「大国主義の歴史観」を表に遂に掲げるまで増長したのが育鵬社版歴史教科書だ。

安倍政権の「戦争法」制定と軌跡を一にした同書の普及、採択は世論の力で食い止めたい。
(たかしま のぶよし・琉球大学名誉教授。文部省の検定の違法性などを問う「高嶋教科書訴訟」(1993~2005年)の原告。2015年6月5日号)

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公民──憲法改正に向けての動きを作り出すツール(山口智美)

育鵬社版の公民教科書は、国家に貢献できる人材づくりを目指したものだ。そして、前回検定版にも増して、改憲に向けての動きを作り出そうという狙いが明白な作りである。

冒頭で「グローバル化」を扱うが、そこでは国の歴史、伝統、文化を踏まえた存在こそが「グローバル人材」であると定義づけられる。その主張を強化するために、曽野綾子氏の「よき国際人であるためには、よき日本人であれ」という文章が掲載されている。他の章でも、愛国心や国家への意識の重要性が強調されている。

日本国憲法の解説として「国民主権と天皇」と題された節があるが、その中に「国民としての自覚」という項目を新設。「国民」の(権利ではなく)義務と責任を強調している。同項のコラムには、東日本大震災の被災地で黙祷する天皇皇后の写真とともに、「日本の歴史には、天皇を精神的な支柱として国民が一致団結して、国家的な危機を乗りこえた時期が何度もありました」と書かれている。別の東日本大震災についての頁も「自分を犠牲に住民守った公務員」や「感動与えた日本人の秩序」など、国家への自己犠牲を賞賛し、ナショナリズムを煽る内容だ。

改憲に関連する記述が多いことも特徴だ。「憲法改正のしくみ」については、今回「主な国(二院制)の憲法改正要件の比較」という表も追加された。基本的人権に関しても、社会秩序を優先し、個人の権利や自由の行使が制限されることもあるとし、集会・結社の自由の制限などの例を挙げる。また、新たに「政府の仕事」に追加された「国民を守る防災・減災」では、災害時の危機管理システム構築の重要性が強調される。現在改憲派の最優先項目といわれる「緊急事態条項」の導入に直結した内容といえるだろう。

また、環境権などの新しい人権を憲法に明記すべきという考え方があるとも書く。さらに国防の義務が日本国憲法にないことが珍しいということも、繰り返し主張され、「平和主義と防衛」という節では、有事への備えが現在の法律では不十分と述べ、中国や北朝鮮の軍事的脅威が強調される。改憲派が主張していることがもれなく盛り込まれている。

   さながら“安倍晋三ファンブック”

育鵬社の宣伝誌『虹』によれば、今回の教科書の最大の特色の一つが「人生モノサシ」という図だ。「学校教育の時代」「社会人の時代」(結婚を含む)「親の時代」(出産・子育て・家庭教育を含む)「高齢期」という人生のモノサシが示されている。結婚や出産、子育てが前提となった画一的なモデルだけが提示され、多様な生き方という視座はない。

執筆陣は全員男性だ。男女共同参画社会の説明は、基本法の定義とは乖離。「男女のちがいというものを否定的にとらえることなく、男らしさ・女らしさを大切にしながら……」という記述もあり、「夫婦同姓制度も家族の一体感を保つはたらきをしていると考えられています」と説明されるなど、家族の一体感や維持の重要性を強調。改憲派の提案する「家族保護条項」に直結した内容だ。

領土問題については、約4頁にもわたり日本の立場のみが詳細に示される。辺野古への米軍基地移転は地元への「負担軽減」という解釈も、政権の立場に偏った記述だ。

また、人権や差別問題に弱いという本教科書の特徴は、「人種差別」を海外の問題と位置づけ、「社会権」は外国人に保障されるものではないなどとの定義づけにも。ニートは「学校に通わず就職もしない」と自己責任であるかのように描かれ、社会構造の問題という視点も非常に弱い。

他にも、たとえば村上和雄氏の「遺伝子の世界と『サムシング・グレート』」と題するコラムが残ったが、これは反進化論「インテリジェント・デザイン」論と近い考え方で、非科学的という指摘もある。ちなみに、史実にはないとして保守陣営内からの批判もある「江戸しぐさ」は、検定合格後に削除されたという。

「日本がもっと好きになる教科書」を謳うが、あくまでも安倍政権が理想とする「日本」を好きになれ、というものでしかない。そして、これは「安倍晋三をもっと好きになる」ための教科書だ。掲載された安倍氏の写真は15枚に及ぶ。「安倍晋三ファンブック」と化している本教科書だが、政権の目指す改憲のためにはこの上ないツールと見なされるだろう。この動きは止めなくてはならない。
(やまぐち ともみ・米国モンタナ州立大学 社会学・人類学部教員。専門は文化人類学、フェミニズム。2015年6月5日号)

育鵬社教科書の影に首相グループ──安倍晋三氏の異常な執着(池添徳明)

 横浜、大阪両市の教育委員会は8月5日、2016年度から市立中学校で使う社会科(歴史、公民)の教科書に育鵬社版を選びました。大阪は初めてで、横浜は4年前に続く決定です。育鵬社の教科書が「勢いを増している」背景には安倍晋三首相グループの影があります。『週刊金曜日』6月5日号に掲載した特集「誰が教科書を殺すのか」をネット配信します。

 

育鵬社の最新版教科書の出版記念集会が今年5月13日、東京・六本木ヒルズで開かれた。集会のキャッチコピーは、「あなたのまちにも育鵬社教科書を」「『日本がもっと好きになる!』教科書を全国の子供達に届けよう」。

登壇した日本教育再生機構理事長の八木秀次・麗澤大学教授は、「育鵬社の教科書は学習指導要領を徹底するだけでなくその先を行っている。人物に焦点を当てて歴史を描いている。公民は、国家とは何かを中学生に理解させたい思いで執筆した。天皇や安全保障は他社を圧倒している」と胸を張った。

その上で、「今回は新しい教育委員会制度でのはじめての採択。首長のもと総合教育会議が設置され、教科書採択の方針について話し合うことができる。前回の採択で育鵬社は業界5位で4%のシェアを得た。神奈川県では52%~53%だ。一つでも多くの自治体で採択されるように協力をお願いしたい」と檄を飛ばした。

        安倍内閣のもとで結果を

4年前に同じ場所で開かれた育鵬社教科書の出版記念集会で、安倍晋三氏(当時野党)は、「改正教育基本法の趣旨に最もかなっているのが育鵬社の教科書です」と誇らしげに語った。しかし今年の関係者の高揚感は、この時とは比較にならないほど大きかった。

今年の集会には、安倍首相の盟友中の盟友と言われる参議院議員の衛藤晟一・首相補佐官も登壇し、次のような趣旨を述べた。

「安倍政権は、日本の前途と歴史教育を考える議員の会(教科書議連、1997年~)の議員が中心になって誕生させた。第三次政権の中核は議連メンバーが占める。安倍首相と『慰安婦』問題を追及し教育基本法を改正した。もう一つが教科書だ」

「この素晴らしい育鵬社の教科書を採択できるように努力したい。私どもの考えと近い首長を選んで、そこで教育行政がきちんと行なわれるように、その意思を受けた教育長が選任されなければいけない。教育長と首長がどういう教科書を採択するか、決める権限がある。いよいよ本番だ。教科書採択にかかっている」

安倍首相と安倍政権を支える議員たちが、いかに「教育改革」に執着し執念を燃やしてきたか、実によくわかる発言だ。

士気は高まる一方だ。『朝日新聞』が、「従軍慰安婦」の一部記事を取り消し謝罪したのも大きい。八木氏はこう述べて参加者を鼓舞した。

「虚構は暴かれた。これまで扶桑社・育鵬社の教科書を採択しようとする自治体や学校は、中国や韓国の圧力に屈してきた。だが圧力は効かなくなった。制度も変わった。大きな変化の後に迎えるはじめての採択だ」

「安倍内閣のもとで教育再生をどんどん進めている中で、結果を出さなければ恥ずかしい。育鵬社の教科書がどれだけ採択されるのかによって、安倍内閣の教育改革の真価が問われる」

         理念骨抜きの教委制度

育鵬社の教科書は、「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍政権の主張と、見事に合致した内容で貫かれている。

育鵬社は、従来の歴史教科書を「自虐史観だ」と批判する「新しい歴史教科書をつくる会」(つくる会)から分裂した「教科書改善の会」や、日本教育再生機構理事長の八木秀次氏らが支援する。八木氏は育鵬社教科書の執筆者で、安倍首相の私的諮問機関・教育再生実行会議の委員でもある。

一方、つくる会の創設者である藤岡信勝氏らは、自由社から歴史と公民の教科書を出している。

つくる会系のメンバーが執筆した歴史・公民の教科書(扶桑社版)は出版当初、「あまりに右寄り過ぎる」としてほとんど採択されなかった。経営的に厳しい状況が続いたが、横浜市の大量採択で息を吹き返したと言われる。

今年4月に導入された新しい教育委員会制度では、名実ともに首長の権限が強まる。教育委員会制度の見直しは、安倍政権が推進する「教育改革」の目玉の一つだ。新制度では教育委員長と教育長を一本化。事務局トップの教育長に権限を集中させ、その上で首長に教育長の任免権を与える。

教育委員会は、教育が国家にコントロールされた戦前の苦い経験を反省して生まれた。しかし安倍教育改革は、政治的中立と独立を守ってきた教育委員会制度を、根本から否定するに等しい。

今後は教育委員会の理念が骨抜きにされ、教育に政治が土足で踏み込むことになりかねない。教科書採択にも、政治家の意思がこれまで以上に反映されるだろう。

        管理統制と支配着々と

安倍政権の「教育改革」の方向は一貫している。国による教育の管理統制や支配だ。

第一次安倍内閣(06年~)で安倍首相はまず、教育基本法を改正し、愛国心を教育の目標として盛り込んだ。さらに、教員免許に有効期限を設けて、更新研修を義務付ける免許更新制を導入した。

第二次安倍内閣(12年~)では教育委員会制度を見直したほか、道徳の教科化を実現。教科書検定基準を改定し、政府見解に基づいた記述をすることなどが追加された。

今年5月には、安倍首相の私的諮問機関・教育再生実行会議が、教員採用試験の共通化を提言。現在は都道府県や政令指定市が独自に実施している採用試験を、国と自治体が共同で行なうという。

一方、自民党の教育再生実行本部は同月、教員免許の国家資格化を提言。国家試験を行ない、一定の研修を経て国が免許を与えることを検討しているという。現在は大学の教員養成課程を修了すれば、都道府県が免許を与えている。

いずれも国が教員の資格と採用に深く関与し、管理統制する方向で動いているのは明らかだ。

        苦悩する現場教師たち

育鵬社の歴史教科書を使い、公立中学校の教師が模擬授業する様子を取材したことがある。

日露戦争の勝利はアジア諸国民に希望を与え、韓国併合で朝鮮は発展したことが授業を通して淡々と刷り込まれていく。教科書の記述を先生の話術と問いかけでわかりやすく説明するが、実際には一面的・断定的で、雰囲気に飲み込まれる授業が展開される。戦争で疲弊する国民の描写はなく、他社の教科書にある「帝国主義」「植民地」の言葉は一切出てこない。

「強制した」「奪った」という言葉は使わない。文献から都合のいいところを引用し、生徒に深く考えさせず、強引に一方的な結論へ導く授業だった。

「子どもたちが教科書の影響を受けているのがよくわかる」と現場の教師。支配を正当化するのが育鵬社教科書の特徴だという。

育鵬社採択地区の教師は、「間違った歴史を教えているのではと思いながら授業をしている。教え子を再び戦場に送らないと言える自信がない」とこぼす。

「これまで30年間の教師生活の中で、今ほど教材研究をしている時はありません」。なんとか工夫して、まともな授業をしようと苦悩する現場の言葉が重い。

それでも育鵬社の教科書を反面教師的に使い、他社と比較して、子どもたちに考えさせることは可能なのでは。教師の力量で工夫した授業はできないのか。

そんな質問を公立校の教師にぶつけてみたら、事態はずっと深刻だった。副教材やプリントはすべて管理職に提出し、事前に許可を得なければならない。新聞記事を使った教材さえ「偏っている」と言われることがあるという。

「そもそも最近の若い先生は、与えられた指導書に忠実な授業をするので、教科書に疑問を持ったりしないんですよ」

生徒は試験前になると教科書の指定範囲を熟読する。教科書の影響力は想像以上に大きい。

(いけぞえ のりあき・フリージャーナリスト。2015年6月5日号)

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