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やさしさがない安倍外交(西谷玲)

国会では森友学園問題が火を噴いている。野党は徹底的に追及すべきだ。外交に目を転じれば、トランプ米大統領と安倍晋三首相は先月の訪米で蜜月関係を築けたという。トランプの無茶苦茶にはまるで意見せず、「Trumpabe」(トランペイブ、トランプ=安倍)の様相である。

さて、外交のもう一つの懸案、安倍政権の行き当たりばったり、戦略のないさまがよく表れているもの……それは、日韓関係である。

「慰安婦」問題で象徴として建てられた少女像をどうするのか、解決が見えていない。昨年末に釜山の日本総領事館前にも少女像が設置された。日本はそれに抗議して、この1月に駐韓大使と釜山総領事を一時帰国させた。

その後どうなっているかと言えば、韓国外相が、少女像撤去を要請する文書を釜山市や同東区に送っている。が、何の効果もないどころか、今月1日の、日本統治下での大規模な独立運動の記念日である「3・1節」には、各地で新たな少女像の設置、除幕式が続々と行なわれた。さらに、今計画中のものもあるという。こんな状況で大使と総領事をまた派遣させるわけにもいかず、日本政府はまさに振り上げたこぶしのやり場に困ってしまっている状況である。

ご存知の通り、朴槿恵大統領はスキャンダルで弾劾訴追され、4月にも退陣、6月にも新たな大統領を選ぶ選挙が行なわれそうである。つまり、国政の混乱状況がずっと続いており、それまで現政権は当事者能力をとても持ちえない状態なのだ。しかも、次の大統領選では文在寅氏をはじめとして、野党の候補が勝つであろう可能性が高い。文氏は「慰安婦」問題に関する日韓合意を批判しており、少女像問題に対しても撤去の必要はないという意見である。

このような情勢のなか、大使と総領事を帰国させてしまったら、その後の落としどころに困ると予測するのは容易だっただろう。それなのに確固たる戦略もなく、行き当たりばったりで対応するからこんなことになるのである。

ある元外交官が言った。「安倍外交にはやさしさがない」。

こんな状況を生んだのは、まさにこのことに起因するのではないだろうか。毅然たる、決然たる、断固たる……そんな勇ましい言葉ばかりが躍る安倍外交。しかし、外交とは何枚腰、そして硬軟両様の使い分けが必要。さらに、人の心の重さをどう考えるか、どう見えるかがとても大切だ。外交だけでなく、政治全般がそうなのだが。

元「慰安婦」の人たちが何に怒っていて、何が赦せないかといえば、突き詰めていけば、やはり心の問題ではないだろうか。やさしさ、思いやり、心の底から悪かったと思う気持ち……。それが安倍首相に見えないというのである。

「慰安婦」問題について、歴代の首相はずっとお詫びの手紙を書いてきた。確かに一昨年末の日韓合意で日本は政府から10億円を拠出することに合意した。それは画期的には違いない。いつまで謝ればすむんだ、という声もわからないでもない。首相には「嫌韓」な人々の支持が多い以上(森友学園を見よ)、あそこまで譲歩したのも画期的であるともいわれる。それも理解したうえで、でも、心が必要なのだ。これは政治家でなければできないし、一流の政治家だったらできることだ。

(にしたに れい・ジャーナリスト。3月10日号)

森友学園の異様さに(雨宮処凛)

国会では安倍晋三首相への追及が続き、「第二の森友学園」疑惑が浮上するなど「アッキード事件」は広がっていくばかりだ。

そんな森友学園が運営する塚本幼稚園の映像が連日テレビに映し出されている。

教育勅語の暗唱、運動会で「安倍首相、頑張れ!」「安保法制国会通過、良かったです」などと言わされる園児たち。

塚本幼稚園の映像を見て思い出したのは、今まで5回訪れた北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)だ。

初めて北朝鮮に行った時、連れて行かれたのは幼稚園だった。

そこには、幼稚園なのになぜかファンデーションをがっちり塗り、唇を真っ赤に塗るなどしたフルメイクの子どもたちがきらびやかなチョゴリに身を包まれていた。

私たち外国人が教室を訪れると、「うちのお父さんは主席から勲章をもらった」という歌を朗々と歌い上げたり、集団で一糸乱れぬダンスを披露してくれたりしたのだった。

また、幼稚園の先生が「この日はなんの日ですか?」と聞くと、「大元帥様のお生まれになった日です!」と全員が大きな声で唱和。子どもたちは可愛かったものの、歌ったり踊ったりするときの子どもらしさのまったくない作り込まれた表情に、なんとも言えない違和感が残った。

それから数年後、また北朝鮮を訪れた際、今度は小学生が芸術活動をする場所に連れていかれた。

やっぱり綺麗にメイクをして、琴のような楽器を弾いたりバレエをする子どもたちの表情は作り込まれていて、演奏やダンスはもちろん完璧だった。

そんな子どもたちを次々と見せられているうちに、一緒に行った男性の1人が突然泣き出した。混乱して、動揺して、とにかく何もかもが異様で、耐えられなかったのだという。彼が泣く姿を見て、「ああ、やっぱりこれって泣くくらいのことなんだよな」と、妙に冷静に思った。が、北朝鮮のガイドは、終始「わが国の子どもはこんなに素晴らしい教育を受けている」と自慢げだった。

そんな北朝鮮を彷彿とさせる森友学園が新設する「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長に、首相の妻である安倍昭恵氏が就任していたのだ(現在は辞任)。しかも、教育方針に感銘を受けたことを語っている。

森友学園の問題が発覚する数日前、あるヴィジュアル系バンドのコンサート会場で昭恵氏を見た。終演後、出口に向かう昭恵氏は満面の笑顔だった。布袋寅泰氏もそうだが、彼女は随分とミュージシャンが好きなようである。彼女には公費で5人の秘書がついているというが、あの時、秘書は同行していたのだろうか。

なんだかとても、気になる。

(あまみや かりん・『週刊金曜日』編集委員。3月10日号)

温かく“肉体的な”ツノ──カナダ=エスキモー8(本多勝一)

イスマタがカリブーの大腸を手づかみにして食べると、中の糞が外へ大量にこぼれ出た。

これまでの自分の知識とまるで違っていたことの第一は、カリブーのツノがふさふさとした毛皮でおおわれている点だ。やわらかくて、ビロードの縫いぐるみを撫でているみたい。

第二は、ツノが胴体と同じように温かいことだ。血液がかよい、まさに生き生きとしている。とりわけ成長中の先端は、まだグニャグニャである。ツノというものは、ツメや毛などよりも〝肉体的〟なのですね。よく飾りものにしてあるシカやトナカイのツノ。あれはツノの骸骨と言うべきものだろう。

この見事なツノに私はほれこんで、剝製にできないものかと思った。ともかく藤木さんに写真をまずとってもらおうと、イスマタに「ピオヨ(立派だね)」と声をかけたとたん、彼は「イー、ママクト(うん、うまいぞ)」と答えるなり、ツノの先端をナイフで切り落としてしまった。

あきれて見ていると、イスマタはバナナの皮をむくようにしてその毛皮を剝ぎ、ツノの中身をかじっている。「ネリヨマプンガ(俺も食いたいね)」と言って、私も別のツノを切って食べてみる。いくらか桃色がかった白い中身は、ナマコみたいにコリコリしていて、かなり甘味もある。生臭さはほとんどない。味はカリブーの脚骨の髄とよく似ている。
(一部敬称略)

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。

子牛ぐらいの6頭をうちとる──カナダ=エスキモー7(本多勝一)

カリブー8頭のうち6頭が倒され、解体される。

ところが、カリブー(トナカイの一種)の1頭は銃声とほぼ同時に立ちすくんだ。重傷らしい。あとはバラバラに逃げる。右へ2~3頭、左へ4~5頭。3人のエスキモーたちの銃口が次々と連発する。カリブーの肌に命中する音。同時に倒れる者、後脚をひきずって立ちどまる者。きわ立って大きくのびたツノの1頭は、50メートルと走らぬうちに1発で倒され、うずくまった。

3人はそこで立ちあがり、なおも逃げている4頭を追う。全8頭が全滅かと思ったが、2頭だけは雪原のかなたへ消えた。

うちとった6頭のうち、3頭は即死、あとは負傷のまま立ったりすわったり。後脚をやられた1頭に近づいたイスマタは、手にした石の一撃で倒すや、ナイフで首にとどめを刺す。ほかの2頭も、カヤグナとムーシシが石やナイフで息の根をとめた。ムーシシは、ナイフについたカリブーの血を、惜しそうに舐めている。

藤木さん・カヤグナ・ムーシシの3人が犬ゾリをとりに行った間に、イスマタと私は倒したカリブーを一カ所に集める。ツノや脚をつかんで2人で引っぱり、雪面をひきずる。かなり重い。日本の野生シカよりずっと大きくて、子牛くらいはある。この6頭はみんなオスだった。

そのツノを握ってみたとき、ツノについての私の知識が全く誤っていることを知った。(一部敬称略)

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。

ノッシノッシと逃げ始める──カナダ=エスキモー6(本多勝一)

銃声と同時に8頭のカリブーは一斉に立ちあがって逃げはじめた。(藤木高嶺記者写す。)

姿を見せた8頭のカリブーは、全頭すわりこんで悠然としている。あの位置まで約100メートルか。今年の新しいツノは、まだ成長の途中だから短いが、1頭はきわ立って大きくのびている。まるで大きなカンザシ(簪)みたい。白っぽい体毛で、均整のとれた姿態だ。

イスマタが前進の合図。ヒジだけで体をずらせる。銃を持つ3人は、いつでも発砲できる姿勢だ。私たちはもうカリブーと全く同じ高みにいるので、体をかくせない。げんに3~4頭がこちらを見ているではないか。ふしぎそうに、キョトンとしつつ……。藤木さんの構える350ミリ望遠レンズの焦点が、距離80メートルを示した地点でストップ。

三つの銃口が8頭の群れに向けられる。口径303(約7・7ミリ)の5連発。午後8時40分。イスマタの銃が第1弾を放つ。反響のない鈍い銃声。瞬間、同時に8頭が立ちあがった。

3人のエスキモーたちは一斉射撃するものと私は思っていた。だが、イスマタに続くカヤグナの第2弾は、カリブーの8頭が立ちあがって四散する態勢に移ってからである。さらに2~3秒してムーシシの第3弾。

カリブーの動きも意外だ。銃声と同時に横っとびで走りだすかと思いきや、ゆっくり、あわてず、ノッシノッシと逃げ始めた。(敬称略)

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。

稲田防衛相がすべきは制服組トップの処罰(佐藤甲一)

安倍晋三首相が任命した閣僚の適格性が問われている。いわゆる「共謀罪」をめぐる金田勝年法相のお粗末な国会対応の問題、さらに南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)への自衛隊派遣に関わる稲田朋美防衛相の一連の対応である。

両大臣の答弁をめぐってたびたび国会審議が中断する事態に及び、野党4党は2人の辞任を求めているが、今の国会の勢力図からみるとそこまで追い込むのは容易ではない。だが、ここに安倍政権にとっての構造的な問題が深層にあることに気がつかねばならない。

問題の本質は安倍政権という「一強多弱」政治が生み出した官僚機構の増長と、それを本来制御すべき「政治的抑止力」の劣化なのである。ならば単に担当大臣の資質が欠け、安倍首相の任命責任を問うという、俗人的な責任論を展開する民進党などの野党の追及は歴史的な視座からの問題意識に欠ける。

本稿ではより重大な自衛隊のPKO「日報」問題に絞りたい。この件では三つの問題が明らかになっている。(1)南スーダンでの活動を記録した「日報」の存在を隠していた、(2)「日報」に書かれていた「戦闘」という表現を憲法上の問題にかかわるとの判断から大臣答弁では「武力衝突」と言い換えた、(3)自衛隊当局が稲田氏に、「日報」に「戦闘」と書かれていたことを1カ月にわたり報告しなかった、の3点。いずれも極めて重大な問題である。

(1)は自衛隊組織の「隠蔽体質」が明らかになっており、(2)では、南スーダンへの派遣は憲法違反の疑いがあることを自ら語っているのに等しく、直ちに派遣を取りやめるかどうかの判断を下さなければならないはずである。そしてなにより不可解なのは(3)だろう。

稲田大臣は(1)が明らかになった段階で、自衛隊トップに公開を指示していた。調査に手間がかかるとの理由で自衛隊幹部が公開せず、大臣に1カ月も報告もしていなかったことは明らかに「抗命」といえまいか。自衛隊内部の「抗命罪」であれば、内規によって相応の処分で済ませることであろうが、事は文民の大臣と制服の自衛隊組織トップの間での「抗命」である。旧帝国陸海軍の暴走という戦前の反省に立ち、戦後日本が武力組織である自衛隊を創設するにあたって定めた根本原則である「文民統制=シビリアンコントロール」に明らかに抵触する。

そのことに気づかないのなら、稲田大臣はまさに資質に欠ける。本来なら制服組トップを処罰したうえで、統制力欠如の責任をとって辞任すべきだろう。国会での野党の追及を逃れれば済むという次元ではない。その点では、世論がこの問題に注ぐ関心の薄さもまた、深刻である。

安倍政権の下では菅義偉官房長官らが霞ヶ関の高級人事を動かすことで、官僚機構を把握しているともいわれている。だが水面下では、力不足の大臣の眼を掠め、官僚組織の勝手な「自己保全」が行なわれていると思わざるを得ない。文部科学省の「天下り問題」しかりである。圧倒的多数を占めているとはいえ自民党に量に見合った質の伴った政治家が揃っているか、といえば疑わしい限りである。盤石に見える安倍政権も一握りの練達な政治家に支えられているにすぎず、一歩誤れば、「砂上の楼閣」になりかねない。

(さとう こういち・ジャーナリスト、2月24日号)

ローハイ!(小室等)

映画音楽の巨匠ディミトリー・ティオムキン、といっても今の若い人たちは知らないよね。僕たちの世代だと、まずは一九五九年から六五年にかけて放送されたアメリカのテレビ西部劇「ローハイド」、そうカントリー・シンガーのフランキー・レインが歌う、♪ローレン ローレン ローレン ローハイ! 日本では「伊藤素道とリリオ・リズム・エアーズ」が歌っていた。日本中知らない人はいないほどヒットしたんだけどな。

余談だが、準主役のクリント・イーストウッドは直後に出演したマカロニ・ウェスタンの映画『荒野の用心棒』が当たってスター街道をはしっていくことになる。

話を戻そう。ティオムキンは、作曲家として三〇年代から六〇年代にかけてハリウッド映画音楽の一翼を担った大巨匠である。アカデミー賞は、五三年に『真昼の決闘』(監督:フレッド・ジンネマン、出演:ゲイリー・クーパー、グレイス・ケリー。このときは歌曲賞も)、五五年に『紅の翼』(監督:ウィリアム・A・ウェルマン、主演:ジョン・ウェイン)、五九年に『老人と海』(監督:ジョン・スタージェス、主演:スペンサー・トレイシー)の三つ。そのほかノミネートは無数。

それらの中で三九年の『スミス都へ行く』(主演:ジェームズ・スチュアート)など、社会派の映画をいくつも担当していてそれはよいのだが、問題は六〇年の『アラモ』だ。

総指揮、監督、主演のタカ派俳優ジョン・ウェインが求める、あるべきアメリカの姿を示す映画で、五七年後の今日、それを地で行くのがトランプだとすれば、『アラモ』は長~い時間をかけたトランプ・プロパガンダ映画だったとも言える。

なんとわれらがフォークグループ「ブラザース・フォア」も、主題歌「遥かなるアラモ」の歌唱でそのお先棒を担いでいる。僕はと言えば、映画館の暗闇の中でスクリーンを食い入るように見つめ、ブラフォーのその主題歌を好きで口ずさんでいたのだから文句を言えた立場ではないのですがね。

そのあとの六三年、これもタカ派俳優チャールトン・ヘストン主演の『北京の55日』。義和団事件を扱っているが、史実を都合よく脚色し結局アメリカは偉かったという映画で、ここでもブラフォーがちゃっかりティオムキン作曲の主題歌担当。

さてさて、強いアメリカン・メッセージのお手伝いをしたティオムキンはといえば、ロシア帝国領ウクライナで一八九五年に生まれ、一九二五年にアメリカに移住。アメリカ国民の多くがそうであるように、ティオムキンも移民だ。トランプも移民の血筋だよね。

(こむろ ひとし・シンガーソングライター、2月10日号)

いる、いる、まさに8頭──カナダ=エスキモー5(本多勝一)

3人のエスキモーたちは、ひと昔まえの望遠鏡でカリブーをさがす。狩猟のリーダー格は右端のイスマタ。その左にムーシシとカヤグナ。(『朝日新聞』1963年7月の連載「カナダ=エスキモー」第20回目、藤木高嶺記者写す。)

エスキモーたちは天測をするわけでも無論なく、吹雪か曇り日が続くこのころでは、沈まぬ太陽がどこにあるかも分からない。地形の記憶で走りつづける。人間の形をした岩だの鳥のような岩だのは重要な目じるしだから、固有名詞がついている。

1時間ほど走って、イスマタはまた望遠鏡をのぞく。彼がカリブーをその視野に入れて固定してから、私たちものぞく。うん、見えた。3頭だ。靄のかかった灰色のシルエット。首を地表にたれている。それも動いたから分かったのであって、まだ遠い。2キロメートルはあるだろう。あとの5頭はすわりこんでいるらしい。肉眼では、いくら目をこらしても見えない。

さらに20分ほど走ると、小さな湖に滑りおりた。凍結した氷に穴をあけて、ソリ3台を綱でしばりつける。犬が勝手に走りださないためだ。

イスマタを先頭に、その湖をかこむ丘陵へ登る。と、イスマタがそっと指さした。カリブーが1頭だけ立っているのだ。約200メートル先。ここからではこれ以上ちかづきにくい。前こごみの姿勢で、やや低い窪地ぞいに左手へ。窪地と言っても、高度差は数メートル以下。

再び高みへ這い上がる。イスマタが「ここまで来て止まれ」と合図。そこで腹ばいになって頭をあげると、いる、いる、まさに8頭。(敬称略)

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。

狩猟民族の眼の凄さ──カナダ=エスキモー3(本多勝一)

追いつめられたカリブー群の中で、負傷した1頭が動けなくなった。

カナダ北極圏メルヴィル半島のカリブー(トナカイの一種)は、地元のイニュイ(俗称エスキモー)たちにとっては重要な主食である。肉も狩猟動物の中で一番うまい。

この写真は1963年5月末の、北極圏としては比較的あたたかい日の“風景”だ。3人のエスキモーたちのカリブー猟に同行した私たち(『朝日新聞』の藤木高嶺記者と私)は、かれらの犬ゾリに乗ってメルヴィル半島の奥地へと進んだ。

40キロメートルほどはいった谷の丘で狩猟リーダーのイスマタが、18世紀の戦争を思わせるような古い望遠鏡で30分間ほどのぞいたけれど、カリブーは見えない。この日は谷間におりてテントを張った。気温はマイナス13・5度。

翌日はカリブーの凍った生肉で朝食をすませると、出発1時間後、小高い岩に寐そべったイスマタが、望遠鏡をのぞきはじめた。「タクビ(見えるか)?」と聞くと、彼は大きくうなずいた。「カシニ(何頭)?」──こんどは両手で8本の指を出し、ニヤリと笑った。
ところが、その方角を私がのぞいても分からない(私の視力は1・5)。イスマタもカリブーを望遠鏡の視野に入れて固定してくれたが、それでもダメだ。狩猟民族の眼の凄さは聞いていたが、こんなに差があるのか。(敬称略)

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。

アパホテル、南京虐殺否定本の撤去は拒否(岩本太郎)

南京大虐殺を否定する書籍が客室内に置かれていることを指摘する動画がインターネットで流れ、国内外から批判を浴びるアパホテル。一企業の信用問題ですむはずもなく……。

ホテルチェーンのアパホテル(本社・東京)に宿泊した米国人と中国人の大学生2人が、東京都内の同ホテルに宿泊した際の経験から「このホテルのCEOが執筆した、南京事件を否定する内容を含む内容の本が全客室に置かれている」と報じる動画を「KatAndSid」のハンドルネームで中国のSNS「微博」に投稿したのは1月15日の夕刻のことだった。

英語と中国語でレポートされたこの動画は猛烈な勢いで広まっていった。微博をチェックしていたユーザーによると、動画の再生数は翌1月16日の昼過ぎには2000万回を突破したという。同日午後には中国共産党機関紙『人民日報』の国際版『環球時報(the Global Times)』もこの問題を取り上げた。

日本のネット媒体の「IT mediaニュース」によると《動画は17日午前11時半までに6800万再生を超えた。「いいね」は32万以上、コメントは2万9000以上投稿されており、「客観的なリポートをありがとう」「このホテルには泊まらない」などの声が寄せられている》という凄絶な規模にまで拡散された。

アパグループといえば、代表の元谷外志雄氏が安倍晋三首相の後援会の副会長を務めたり、公益財団法人アパ日本再興財団主催の懸賞論文に田母神俊雄氏が受賞して航空幕僚長更迭のきっかけになったことでも有名。また、妻であるアパホテル社長の元谷芙美子氏の独特なキャラクターもネット、あるいはCMなどマスメディアでもおなじみだ。

そうした意味では、同ホテルの客室に置かれた外志雄氏の著作が外国人宿泊客の目に触れたことをきっかけに起こった今回の問題を「起こるべくしてついに起きたか」と受け止めた日本のネットユーザーも多かったのではなかろうか。 アパグループ側は今後も同書を客室に置き続ける旨の見解を公式サイトで発表したが、同ホテルを応援する書き込みがネット上に溢れている今の風潮からすれば、むしろアパグループの対応は予想通りの展開といった感すら受ける。

     海外メディアも大々的に

とはいえ、そこはあくまでも日本国内における話である。海外では先の『環球時報』のような中国語のメディアに限らず、BBCなど欧米発の国際ニュースネットワークも、この問題については当初から連日大々的に報道している。

たとえば英国に拠点を置く『ザ・ガーディアン(the Guardian)』は1月18日の記事「Japan hotel chain angers China over book’s denial of Nanjing massacre(日本のホテルチェーンが南京虐殺否定本で中国を怒らせる)」の中で、昨年10月に国連の教育科学文化機関(ユネスコ)が南京事件に関する資料を世界記憶遺産に登録した際、日本がユネスコへの拠出金(3400万ポンド以上)の支出を留保した(ユネスコが審査過程見直しを発表した後の12月になって一転支払いを了承)件も併せて報じている。

すなわち海外ではこの問題をきっかけに「やはり日本は過去の戦争責任を認めない国なのだ」といった見方を強めかねない報道が出ているのだ。

一方、来月に札幌で開幕する冬季アジア大会の組織委員会が、選手団の宿泊先となっているアパホテルに対し、当該本の撤去などの対応を打診するという具体的な影響もすでに出てきている。しかし、ネット上で「アパホテル、がんばれ」と意気盛んな一部のネットユーザーたちにはそれが日本の国際的立場を悪くすることへの想像力が働かないらしい。

ネットの普及により情報が国境を超え瞬時に世界に広まるようになった反面、こうした日本の内と外とでの意識の乖離には何とも歯がゆさを禁じえない。
(いわもと たろう・ライター。1月27日号)