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ローハイ!(小室等)

映画音楽の巨匠ディミトリー・ティオムキン、といっても今の若い人たちは知らないよね。僕たちの世代だと、まずは一九五九年から六五年にかけて放送されたアメリカのテレビ西部劇「ローハイド」、そうカントリー・シンガーのフランキー・レインが歌う、♪ローレン ローレン ローレン ローハイ! 日本では「伊藤素道とリリオ・リズム・エアーズ」が歌っていた。日本中知らない人はいないほどヒットしたんだけどな。

余談だが、準主役のクリント・イーストウッドは直後に出演したマカロニ・ウェスタンの映画『荒野の用心棒』が当たってスター街道をはしっていくことになる。

話を戻そう。ティオムキンは、作曲家として三〇年代から六〇年代にかけてハリウッド映画音楽の一翼を担った大巨匠である。アカデミー賞は、五三年に『真昼の決闘』(監督:フレッド・ジンネマン、出演:ゲイリー・クーパー、グレイス・ケリー。このときは歌曲賞も)、五五年に『紅の翼』(監督:ウィリアム・A・ウェルマン、主演:ジョン・ウェイン)、五九年に『老人と海』(監督:ジョン・スタージェス、主演:スペンサー・トレイシー)の三つ。そのほかノミネートは無数。

それらの中で三九年の『スミス都へ行く』(主演:ジェームズ・スチュアート)など、社会派の映画をいくつも担当していてそれはよいのだが、問題は六〇年の『アラモ』だ。

総指揮、監督、主演のタカ派俳優ジョン・ウェインが求める、あるべきアメリカの姿を示す映画で、五七年後の今日、それを地で行くのがトランプだとすれば、『アラモ』は長~い時間をかけたトランプ・プロパガンダ映画だったとも言える。

なんとわれらがフォークグループ「ブラザース・フォア」も、主題歌「遥かなるアラモ」の歌唱でそのお先棒を担いでいる。僕はと言えば、映画館の暗闇の中でスクリーンを食い入るように見つめ、ブラフォーのその主題歌を好きで口ずさんでいたのだから文句を言えた立場ではないのですがね。

そのあとの六三年、これもタカ派俳優チャールトン・ヘストン主演の『北京の55日』。義和団事件を扱っているが、史実を都合よく脚色し結局アメリカは偉かったという映画で、ここでもブラフォーがちゃっかりティオムキン作曲の主題歌担当。

さてさて、強いアメリカン・メッセージのお手伝いをしたティオムキンはといえば、ロシア帝国領ウクライナで一八九五年に生まれ、一九二五年にアメリカに移住。アメリカ国民の多くがそうであるように、ティオムキンも移民だ。トランプも移民の血筋だよね。

(こむろ ひとし・シンガーソングライター、2月10日号)

いる、いる、まさに8頭──カナダ=エスキモー5(本多勝一)

3人のエスキモーたちは、ひと昔まえの望遠鏡でカリブーをさがす。狩猟のリーダー格は右端のイスマタ。その左にムーシシとカヤグナ。(『朝日新聞』1963年7月の連載「カナダ=エスキモー」第20回目、藤木高嶺記者写す。)

エスキモーたちは天測をするわけでも無論なく、吹雪か曇り日が続くこのころでは、沈まぬ太陽がどこにあるかも分からない。地形の記憶で走りつづける。人間の形をした岩だの鳥のような岩だのは重要な目じるしだから、固有名詞がついている。

1時間ほど走って、イスマタはまた望遠鏡をのぞく。彼がカリブーをその視野に入れて固定してから、私たちものぞく。うん、見えた。3頭だ。靄のかかった灰色のシルエット。首を地表にたれている。それも動いたから分かったのであって、まだ遠い。2キロメートルはあるだろう。あとの5頭はすわりこんでいるらしい。肉眼では、いくら目をこらしても見えない。

さらに20分ほど走ると、小さな湖に滑りおりた。凍結した氷に穴をあけて、ソリ3台を綱でしばりつける。犬が勝手に走りださないためだ。

イスマタを先頭に、その湖をかこむ丘陵へ登る。と、イスマタがそっと指さした。カリブーが1頭だけ立っているのだ。約200メートル先。ここからではこれ以上ちかづきにくい。前こごみの姿勢で、やや低い窪地ぞいに左手へ。窪地と言っても、高度差は数メートル以下。

再び高みへ這い上がる。イスマタが「ここまで来て止まれ」と合図。そこで腹ばいになって頭をあげると、いる、いる、まさに8頭。(敬称略)

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。

狩猟民族の眼の凄さ──カナダ=エスキモー3(本多勝一)

追いつめられたカリブー群の中で、負傷した1頭が動けなくなった。

カナダ北極圏メルヴィル半島のカリブー(トナカイの一種)は、地元のイニュイ(俗称エスキモー)たちにとっては重要な主食である。肉も狩猟動物の中で一番うまい。

この写真は1963年5月末の、北極圏としては比較的あたたかい日の“風景”だ。3人のエスキモーたちのカリブー猟に同行した私たち(『朝日新聞』の藤木高嶺記者と私)は、かれらの犬ゾリに乗ってメルヴィル半島の奥地へと進んだ。

40キロメートルほどはいった谷の丘で狩猟リーダーのイスマタが、18世紀の戦争を思わせるような古い望遠鏡で30分間ほどのぞいたけれど、カリブーは見えない。この日は谷間におりてテントを張った。気温はマイナス13・5度。

翌日はカリブーの凍った生肉で朝食をすませると、出発1時間後、小高い岩に寐そべったイスマタが、望遠鏡をのぞきはじめた。「タクビ(見えるか)?」と聞くと、彼は大きくうなずいた。「カシニ(何頭)?」──こんどは両手で8本の指を出し、ニヤリと笑った。
ところが、その方角を私がのぞいても分からない(私の視力は1・5)。イスマタもカリブーを望遠鏡の視野に入れて固定してくれたが、それでもダメだ。狩猟民族の眼の凄さは聞いていたが、こんなに差があるのか。(敬称略)

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。

アパホテル、南京虐殺否定本の撤去は拒否(岩本太郎)

南京大虐殺を否定する書籍が客室内に置かれていることを指摘する動画がインターネットで流れ、国内外から批判を浴びるアパホテル。一企業の信用問題ですむはずもなく……。

ホテルチェーンのアパホテル(本社・東京)に宿泊した米国人と中国人の大学生2人が、東京都内の同ホテルに宿泊した際の経験から「このホテルのCEOが執筆した、南京事件を否定する内容を含む内容の本が全客室に置かれている」と報じる動画を「KatAndSid」のハンドルネームで中国のSNS「微博」に投稿したのは1月15日の夕刻のことだった。

英語と中国語でレポートされたこの動画は猛烈な勢いで広まっていった。微博をチェックしていたユーザーによると、動画の再生数は翌1月16日の昼過ぎには2000万回を突破したという。同日午後には中国共産党機関紙『人民日報』の国際版『環球時報(the Global Times)』もこの問題を取り上げた。

日本のネット媒体の「IT mediaニュース」によると《動画は17日午前11時半までに6800万再生を超えた。「いいね」は32万以上、コメントは2万9000以上投稿されており、「客観的なリポートをありがとう」「このホテルには泊まらない」などの声が寄せられている》という凄絶な規模にまで拡散された。

アパグループといえば、代表の元谷外志雄氏が安倍晋三首相の後援会の副会長を務めたり、公益財団法人アパ日本再興財団主催の懸賞論文に田母神俊雄氏が受賞して航空幕僚長更迭のきっかけになったことでも有名。また、妻であるアパホテル社長の元谷芙美子氏の独特なキャラクターもネット、あるいはCMなどマスメディアでもおなじみだ。

そうした意味では、同ホテルの客室に置かれた外志雄氏の著作が外国人宿泊客の目に触れたことをきっかけに起こった今回の問題を「起こるべくしてついに起きたか」と受け止めた日本のネットユーザーも多かったのではなかろうか。 アパグループ側は今後も同書を客室に置き続ける旨の見解を公式サイトで発表したが、同ホテルを応援する書き込みがネット上に溢れている今の風潮からすれば、むしろアパグループの対応は予想通りの展開といった感すら受ける。

     海外メディアも大々的に

とはいえ、そこはあくまでも日本国内における話である。海外では先の『環球時報』のような中国語のメディアに限らず、BBCなど欧米発の国際ニュースネットワークも、この問題については当初から連日大々的に報道している。

たとえば英国に拠点を置く『ザ・ガーディアン(the Guardian)』は1月18日の記事「Japan hotel chain angers China over book’s denial of Nanjing massacre(日本のホテルチェーンが南京虐殺否定本で中国を怒らせる)」の中で、昨年10月に国連の教育科学文化機関(ユネスコ)が南京事件に関する資料を世界記憶遺産に登録した際、日本がユネスコへの拠出金(3400万ポンド以上)の支出を留保した(ユネスコが審査過程見直しを発表した後の12月になって一転支払いを了承)件も併せて報じている。

すなわち海外ではこの問題をきっかけに「やはり日本は過去の戦争責任を認めない国なのだ」といった見方を強めかねない報道が出ているのだ。

一方、来月に札幌で開幕する冬季アジア大会の組織委員会が、選手団の宿泊先となっているアパホテルに対し、当該本の撤去などの対応を打診するという具体的な影響もすでに出てきている。しかし、ネット上で「アパホテル、がんばれ」と意気盛んな一部のネットユーザーたちにはそれが日本の国際的立場を悪くすることへの想像力が働かないらしい。

ネットの普及により情報が国境を超え瞬時に世界に広まるようになった反面、こうした日本の内と外とでの意識の乖離には何とも歯がゆさを禁じえない。
(いわもと たろう・ライター。1月27日号)

「虹の戦士号」辺野古沖寄港を却下した日本政府――反対運動への注目恐れる

那覇新港に停泊する「虹の戦士号」。(提供/グリーンピース・ジャパン)

那覇新港に停泊する「虹の戦士号」。(提供/グリーンピース・ジャパン)

国際環境NGOグリーンピースの船「虹の戦士号」が申請していた、沖縄県名護市辺野古沖への寄港申請について、国の沖縄総合事務局は4日までに却下した。

米海兵隊新基地の建設作業に対する反対運動が国際的な注目を集めることへ、国が異常に神経をとがらせている様子が浮き彫りとなった。

外国船籍の同船は、開港されている港以外の場所に寄港する際には国の許可が必要。グリーンピース・ジャパンは10月28日に申請書を提出しており、1週間も待たされた挙句に却下された形だ。

グリーンピース・ジャパンで広報担当の土屋亜紀子氏は「通常は1~2日で許可が出る。虹の戦士号が2005年と07年に辺野古沖へ寄港した際には、即日で許可が出た」と話す。同船は辺野古沖で、工事にともなう制限区域の外側に停泊する計画だった。同NGOで海洋生態系問題を担当する小笠原和恵氏は「調査ではなく、辺野古に世界の注目を集めるのが目的だ」と説明した。

沖縄総合事務局は4日、決定前の時点で取材に「国交省と調整中」と述べ、今回の申請が「本省扱い」であることを示唆していた。

国は却下の理由として「同海域に混乱が生じやすくなるため、安全確保ができない」と説明。これを受けて6日、那覇新港に停泊する「虹の戦士号」で会見が開かれた。マイク・フィンケン船長は「安全上の支障はない。却下は別の理由によるものだ」と日本政府を批判した。グリーンピース・ジャパンの佐藤潤一事務局長も「詳細な情報を事前に海上保安庁に提供していた。全ての行動が危険に値しないことは海保が一番知っているはずだ」と述べた。

却下を受けてNGOは6日、国に不服審査請求を行なった。一方、名護漁港沖への寄港は9日に許可。滞在期限を見越した国の「時間稼ぎ」に対し、船は台湾への出発を遅らせて名護港へ向かう。

(斉藤円華・ジャーナリスト、11月13日号)

政府開発援助、11年半ぶりの見直しで“他国軍支援”可能に――テロ誘発懸念高める安倍首相

日本の政府開発援助(ODA)に関する基本的な考え方をまとめた「開発協力大綱」(新大綱)が2月10日、閣議決定された。従来の「ODA大綱」(1992年策定、2003年改定)を約11年半ぶりに見直して名称を変更したほか、これまで認めてこなかった他国軍への援助も可能としているのが特徴だ。国家安全保障との関連で、ODAの「積極的・戦略的活用」を打ち出す安倍晋三首相の意向を色濃く反映している。軍と関係しない民生分野に限った支援を続けてきた日本のODA政策にとっては大きな転換だが、他国軍への支援によって日本国関係者への「テロ行為」を誘発するリスクが高まる――との懸念も根強い。

新大綱では、災害支援などの人道支援やインフラ整備といった非軍事的協力を基本とし、軍事や国際紛争を助長する支援は除外するとしている。ここだけを見れば従来の姿勢と変わらないが、新大綱は「軍や軍籍を有する者が関係する場合には、その実質的意義に着目し、個別具体的に検討する」との一文を書き加えた。内容が「非軍事的協力」であれば軍当局であっても支援を認めるとし、従来の原則を180度転換したのだ。

だが、他国軍への支援の基準となる「実質的意義」を、どのように「個別具体的に検討」するかについての具体的な記述はない。外務省国際協力局は「支援対象が軍に関係するものであればケース・バイ・ケースでしっかり見極める。軍事的用途に使用されないと判断された場合のみに支出する」と説明するが、それは原則論を述べているに過ぎない。また、どの省庁が最終的に判断し、責任を持つかについても不透明だ。

そもそも、他国軍が支援物資や資金をどう運用しているか把握するのは難しい。「軍事」と「非軍事」の線引きは容易ではなく、非軍事として行なった支援がいつの間にか軍事転用される、といった事態も考えられる。他国から見れば軍事支援と変わらず、国際的にはODAが軍事援助と同様に位置づけられてしまう可能性もある。ODAのあり方を国会がチェックする仕組みは整っておらず、実施した援助の使途を検証することができないとの批判も出ている。

【新大綱による損失も】

こうした動きに、国際NGO団体からは、活動に制約や誤解が生じかねないとの憂慮の声が出されている。現地事務所の代表として、02年から4年間アフガニスタンに駐在した経験を持つ「日本国際ボランティアセンター」(東京都台東区)の谷山博史代表は、日本がアフガニスタン本土に軍隊を派遣していなかったことから「住民からの信頼は高かった」と振り返る。戦禍で荒れる世界の紛争地を見ながら、現地で安全に活動するには「現地の人に受け入れられることが鉄則。武器を持たないことによる信頼が安全を保障する大きな力になる」と話し、新大綱の姿勢は「ODAが軍事戦略の一環ととらえられかねない。日本にとって失うものの方が大きい」と警鐘を鳴らしている。

一方、新大綱には「我が国の平和と安全の維持、さらなる繁栄の実現(中略)といった国益の確保に貢献する」と、初めて「国益」との文言が盛り込まれた。この背景を、政府関係者は「軍備増強を続ける中国の警戒感はアジア太平洋地域で共通のもの。ODAを使って、海洋安全保障での東南アジア諸国との連携を強化する必要がある」と説明する。中国の脅威論を傘に、集団的自衛権の行使容認、武器輸出三原則撤廃と安全保障の方針転換を進め、その一環としてODAの活用を図ろうとする安倍政権の思惑がにじむ。

政権が「軍事優先」に舵を切る中で、ODAは日米同盟と中国との勢力均衡を維持するため、日本と危機意識を共有する国への「有効活用」のために使われようとしている。だが、目先の経済的利益のために世界の貧困解消に貢献するとのODAの本旨がおろそかにされてはならない。新たな態勢づくりの議論が急務だ。

(北方農夫人・ジャーナリスト、2月20日号)

『文春』、大高未貴氏による“でっちあげ”報道を韓国人教授が告発──安教授の当惑「みなさんとても悪い人ですね」

1990年代に行なわれた「慰安婦」の聞き取り調査について、韓国人教授が誤りを認めたとの記事が今年4月、『週刊文春』に掲載された。だが教授は「事実を歪曲された」としている。

問題となっているのは、『週刊文春』4月10日号に掲載された大高未貴氏執筆の記事。「現地直撃5時間 慰安婦『調査担当』韓国人教授が全面自供!」との見出しで、4ページにわたり掲載された。

この記事の要は、ソウル大学名誉教授の安秉直氏(78歳)による証言だ。安氏は、90年代初めに韓国で行なわれた日本軍「慰安婦」たちへの聞き取り調査に参加した中心人物の一人。調査は韓国の挺身隊研究会が主体となった。調査結果は『証言 強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち』(明石書店、93年11月)にまとめられている。記事では、同書が元日本軍「慰安婦」たちの被害について世界各国でロビー活動をする「反日活動家」たちの“バイブル”になっているとし、「こじれにこじれた慰安婦問題の“原点”」と位置づけている。

記事の中で、安氏は「慰安婦」の証言について「今思えば、本当に事実かどうか自信がありません」「当時の調査方法は、反省してみますと、全然ダメです」と語っており、安氏が「実質的な“調査失敗”を認めた」と記事では解釈されている。また安氏の発言を引き合いに、記事では元軍「慰安婦」の証言に基づく河野談話は根拠が薄弱だとの主張が展開されている。

さらに、「強制連行」について、「性奴隷、奴隷制度といった言葉は、手錠、足枷をかけて強制連行したようなイメージが浮かびますが、それはありえません」などの発言や、韓国の“活動家”が自身の運動に、「慰安婦たちを利用している側面があるかもしれません」との安氏の見解も掲載された。

寝耳に水の『文春』記事

『文春』記事をめぐる事件の流れ 調査当事者が、これを否定する発言をしたとのセンセーショナルな記事は、関係者の話題を集めた。

だが、安氏は「そもそもこういう趣旨の発言をしていない」と事実関係を否定。「証言の聞き取りは相手の恥ずかしい部分を聞き出すことで、大変だし時間もかかる。そうした面での調査の苦労話や問題点を語っただけで、『実質的な“調査失敗”』を認めただなんてまったくの捏造です」としている。

安氏は取材時、「性奴隷という表現についてどう考えるか」との質問に対し、「奴隷にも限定された範囲内での自由はあるのだが、自由に『慰安婦』をやめることができなかった点で性奴隷だ」という趣旨の回答をしたという。しかし記事では、安氏が「慰安婦」の強制連行を否定する意味合いで、奴隷制を語ったとされている。

運動団体が「慰安婦」を利用しているとの発言については、「そういう発言は確かにしましたが、記事では、運動体がもっぱら『慰安婦』を利用しているかのように拡大解釈をしています。私の発言の文脈を無視している」とした。

安氏によると、記事の元となる取材が行なわれたのは今年1月16日。安氏はソウル郊外の喫茶店で、大高氏と同行の日本人男性O氏、現地コーディネーターの韓国人男性S氏の3人と会った。

その後、4月10日号の発売日である4月3日が過ぎてから、大高氏が掲載を知らせる短いメールを送ってきたと安氏は記憶しているというが、怒りでメールを削除したため正確な日時はわからないという。さらに、知人からの指摘で記事の内容を知り、「驚きと怒りで頭が真っ白になった」と話す。

安氏はこうも抗議する。

「私は、もともと『慰安婦』の証言について“慎重派”の立場を取ってきました。ですが、昨年に日本軍慰安所の管理人の日記を発見してからは、これまで語られてきた『慰安婦』の実態について確たる証拠をつかんだとの思いに至りました。そのため昨年からは、日本のとくに右派メディアからの取材には慎重に対応するようにしていました。私の発言を都合良く切り貼りし報道してしまうためです。

ですが1月の取材は、『文春』という媒体名を出さずに個人名で、取材目的もぼかして面会要請があったため、『報道しないことを前提』に、S氏を介してメールで二度も念を押してから会ったのです」

安氏は現在、大高氏らと『文春』を詐欺および名誉毀損で司法当局に告訴することも検討している。

「結論」ありきの取材

安氏への取材をめぐっては、「結論」ありきの姿勢が見て取れる。

安氏によると、安氏との面会を希望する日本人がいると昨年末にS氏から複数回電話がきたため、目的を知らせるよう要請したという。すると、「慰安婦問題を長年取材して」いると言う「鈴木美貴」と名乗る女性からメールがきた。この女性が大高氏で、『産経新聞』などで執筆するジャーナリストだ。保守系ネット放送「チャンネル桜」のキャスターもつとめている。

安氏によると、大高氏は面会時にも「鈴木美貴」との名刺を渡した。さらに面会目的は、「慰安婦」に関する本を書くための取材であるとし、『文春』に掲載するとは一言もいわなかった(4月に出版された大高氏の著書には、安氏の発言や写真が無断で使われている)。また同行者O氏は、安氏に断りなくビデオを回し始めたともいう。

安氏が反駁文を日本の知人らに送り、大高氏や『文春』に抗議を始めると、大高氏はビデオ映像の一部を「チャンネル桜」で公開。反駁文は、それをツイッターで流した山下英愛氏(文教大学教授)が捏造した、との主張を展開した。

これらの内容に関し大高氏とO氏はビデオ映像を根拠に「安教授ご本人が私の発言は発言として何を書いても良いと自ら発言している」などとし、問題はないと説明。ただS氏は、「(安氏は)会う前も、後も“報道しない前提”と言ったのが正しいと記憶しています」と回答した。安氏は「O氏から送られてきたビデオ映像をみても、私が彼らに報道を許可する発言をした部分はない」としている。本誌編集部も映像を確認したが、報道許可と受け取れる発言はなかった。

こうした件に関して『文春』は「記事の作成過程については従来よりお答えしておりません」としている。安氏は、大高氏側と『文春』に動画の配信停止や記事に対する反論の掲載を求めたが、要求はいまだに拒否されたままである。安氏はこうつぶやいた。「みなさんとても悪い人ですね」――。

(渡部 睦美・編集部、9月12日号)

イスラエル軍の攻撃が続くパレスチナ自治区・ガザ――行き場を失った避難民の家族

ファウラ一家の子どもと女性たち。(撮影/土井敏邦)

ファウラ一家の子どもと女性たち。(撮影/土井敏邦)

パレスチナ自治区・ガザ市内の西部地区の一角にあるビルの1階。かつて商店だったその場所は、今は一つの家族が暮らす“避難所”になっている。

室内は10畳ほどの部屋が二つあるだけ。奥の部屋には窓もない。猛暑の昼間、中に入ると汗が噴き出してくる。

ここに、ファウラ一家47人が暮らしている。

7月15日、イスラエル軍の激しい砲爆撃を受けたガザ市東部から徒歩で1時間以上をかけて、この地区に逃れてきた。

しかし、避難所の国連学校はすでに避難民で埋め尽くされており、一家は行き場を失った。

寝る場所がなく、女性たちは怖がって泣いた。見かねた主人が商店のスペースを提供してくれたという。とはいえ、部屋には台所もトイレもシャワー室もない。

男性たちは近くのモスクでトイレを使い、女性たちは、近所の家のトイレを借りる。

もっとも辛いのは、シャワーを浴びる水も場所もないことだ。避難生活が始まり27日が経ったが、家族全員、ほとんど入浴していないという。

一家の長であるフセイン・ファウラ(73歳)の話によれば、かつては4階建ての家に4人の息子やその家族、合わせて47人で暮らしていた。ところが、攻撃が激しくなり、全員で家を出た。

それから、3日後に戻ってみると、家は、がれきと化していた。フセインはショックを受け、その場で意識を失ったというが、無理はない。30年かけてやっとできた家だった。

国連学校と違い、“避難民”として国連から食料や水の支援を受けられない。ある組織の支援で豆類の缶詰やチーズ、パンなどをもらい、食いつないでいる。

家族47人のうち、30人近くが18歳以下の子どもだ。劣悪な環境が彼らの身体と精神に悪影響を及ぼすことを、フセインは何よりも恐れている。

パレスチナ人権センターによれば、現在、こうした避難民は50万人近くいるという。

ガザ史上最大の惨事――。

イスラエル軍の攻撃が弱まり、たとえ「戦争」が終結したとしても、家を破壊された一家に帰る場所はない。避難民の苦悩は、今後もずっと続くこととなる。

(土井敏邦・ジャーナリスト、8月22日号)

国会でも追及された朝鮮総聯中央本部の競売落札問題__日朝交渉再開の障壁となった東京地裁の独断(成田 俊一)

 3月20日、東京地裁は朝鮮総聯(在日本朝鮮人総聯合会)中央本部の落札者を持株会社マルナカホールディングス(香川県高松市)と決定したが、朝鮮総聯はこの決定の取り消しを求める執行抗告を高裁に申し立てた。

 入札保証金を返還したことで入札権が消失しているはずのマルナカを落札者とした地裁の判断には、重大な恣意性があることを筆者は指摘した(3月28日号「朝鮮総聯ビルを召し上げた東京地裁の誘導疑惑」参照)。案の定、国会では、4月1日の衆議院法務委員会で鈴木貴子衆院議員から最高裁は追及をされた。

鈴木議員 「債権者であるRCC、整理回収機構をはじめ民間不動産の鑑定士の皆さんの中でも、この建物の評価額というのは往々にして40億から50億、こういった評価がついております。しかし、今回、本来であれば三度目の入札をするのかと思っていたところ、それがされずに開札という制度をとられ、マルナカホールディングスという会社が23億1000万円という1回目、2回目の半値以下の価格で売却が決定された。そもそも論として債務の回収額が著しく減るということがわかっているのであれば、より多くの債務を回収するためにも、三度目の入札をするというのが妥当ではないのか」

 この質問に対し、永野厚郎最高裁判所長官代理補は「事務当局としては、個別の事案について回答は厳に差し控えさせていただきたい」と平行線の答えを繰り返すのみだった。

 地裁の決定に、北朝鮮政府は強烈に反駁している。4月1日、北京で日朝政府間交渉の再開を前提にした二日間の外務省局長級協議を終えた北朝鮮代表の宋日昊(ソンイルホ)・朝日国交正常化交渉担当大使は、北京空港で「朝鮮総聯の建物に関する東京地方裁判所の不当な判決について強い憂慮を表明する。総聯中央会館問題は単純な実務的問題ではなく、朝日関係の進展の中で基礎となる問題であり、この問題の解決なしに、朝日関係の進展の必要はない」と、取り囲む各国記者団を前に言い放った。拉致問題をはじめとする協議のゆくえに、あえてクギを刺したのだ。

 22億1000万円で落札したマルナカの代理人弁護士はテレビ番組で、「活用法はまだ決めていないが朝鮮総聯には出ていってもらう」と強気の発言をしていたが、暗礁にのり上げている拉致問題解決と日朝交渉打開という国家間の課題を押しのけられるのか。その結末は、ほどなく判明するだろう。

官邸も「反社」情報に反応か

 本誌記事の影響かどうかは定かではないが、ある情報筋から官邸の反応が入ってきた。その要点は
(1)裁判所が勝手に進めたこと、
(2)マルナカが「反社会的」企業か否か調査する、
(3)5億円の入札保証金を返しているのにマルナカに資格があるのか
__の3点だ。

 企業および経営者が暴力団と金のやり取りをしていることを「反社」企業と指摘するならば、暴力団排除条例施行前のマルナカは完全に「反社」である。

 前回の記事で触れたマルナカと暴力団との関係について追加しておく情報がある。マルナカは六代目山口組の地元直参W組のほかに、地元独立組織S会とも因縁の関係があった。「マルナカの会長がS会の博打場に顔を出すほど両者の関係はベタベタだったんだよ。今さらヤクザとは関係ないといったところで、過去を知っている者の記憶は消せない。マルナカに対しては今でももの言えるヤクザは多い」とは地元の関係者だ。

 さらに、この都内一等地を資産管理会社にすぎないマルナカHDが応札した疑問は残るが、資本提携関係のイオングループへの転売説が根強い。総聯本部のある千代田区富士見界隈の実勢価格は坪700万円を超える都内有数の未開発地。ある不動産鑑定業者は「マルナカは坪280万円で入手したことになるからぼろ儲けになる。周辺の土地と合わせて再開発すれば最終的には投資額の100倍を生む可能性がある」と話す。

 地裁の売却決定は日朝関係をさらに悪化させる種となっている。

(なりた しゅんいち・ジャーナリスト。4月11日号)

再生エネルギーを!ドイツで怒りのデモ

日本の「ベルリン女の会」も参加した。(写真/矢嶋宰)

日本の「ベルリン女の会」も参加した。(写真/矢嶋宰)

 東京電力の福島第一原発事故発生をうけ、再生可能エネルギーへのシフトが加速したかに見えたドイツ。が、11月27日のキリスト教民主・社会同盟と社会民主党の大連立政権合意は、その流れにブレーキをかける結果となりそうだ。

 大連立政権は新エネルギー政策として、環境に悪影響を与える石炭発電の保護も掲げており、市民側は11月30日、「エネルギーシフトを救え!フラッキング、石炭、原子力に代わり太陽と風を」と訴え1万6000人がベルリンの連邦首相府を包囲した。

 11月3日には同じくベルリンで、「グリーンエネ導入に取り組もうとしない民間企業から市当局が送電網を買い戻すべきか」を問う住民投票が行なわれ、83%が同意票を投じたが、有効投票率にわずかに届かず結果は無効。この悔しさもあり今回の包囲には多くの人たちが全国から参加した。

 ベルリンの市民団体「Anti Atom Berlin」のメンバーであるハイラ・ベイメさん(52歳)は「日本人グループと来年3月に、自然エネルギーの重要性を訴える“風車デモ”を計画中。超短期的な経済効率というエゴのために次世代を核の危険に永久にさらし続けるのは無責任。再生可能エネルギーの導入にこそ英知をそそぐべき、というメッセージを日本に伝えたい。核のゴミも未解決」と語ってくれた。

(矢嶋宰・フォトジャーナリスト、12月13日号)