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緊急事態宣言解除は菅政権任期内の「実績作り」か 
高まる感染再拡大への懸念

吉田啓志|2021年10月1日10:20PM

首相官邸。(撮影/編集部)

東京都など19都道府県に出されている新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言は9月30日で解除される。菅義偉首相は宣言の解除基準を直前に緩めたことで得た「成果」を盾に、国民の行動制限も緩和しようとしている。専門家の慎重意見を押し切った背景には、「実績作り」とともに衆院選で有権者に「コロナ対策が前進している」と印象づけようという思惑がちらつく。

「この状況でいけば9月末までの解除を含めて実現できる」。感染者数の減少が続いていた9月24日、田村憲久厚生労働相はNHKの番組で語った。

「7日間平均の新規感染者数が人口10万人当たり25人未満」との旧解除基準のままなら、この時点で東京都などはまだ届かない。しかし新基準は「新規感染者数が2週間下降傾向」と曖昧で、これなら楽々クリアできる。新基準は感染者数より病床確保に重点を置き、旧基準にもあった「病床使用率50%未満」を重視するものの、新たに採り入れた、重症、中等症、自宅療養者数に着目する指標もほぼ達成のメドが立っていた。

政府は緊急事態宣言の解除基準見直しにあわせ、ワクチン接種が普及した段階での国民の行動制限の緩和策も示した。接種済みかPCR検査で陰性なら感染リスクが低いとみなす「ワクチン・検査パッケージ」を導入する。第三者認証を得た飲食店には酒の提供を認め、営業時間や会食人数を緩和する。大規模イベントの人数制限も緩める。いずれも感染対策を継続しつつ経済の回復を目指す「出口戦略」の一環だ。

今年、東京都に緊急事態宣言とまん延防止等重点措置のどちらも発令されていないのは28日間のみ。「宣言はこれが最後」といった発言を何度も反故にしてきた菅首相は、周囲に「私の任期中に宣言を解除したい」と漏らしていた。「出口戦略」を打ち出した9月9日の記者会見は、17日告示の自民党総裁選への出馬断念を表明する場ともなったが、首相は「総理大臣として私がやるべきことは、この危機を乗り越え、安心とにぎわいのある日常を取り戻す、その道筋を付けること」だと言い切った。

【専門家からも異論が噴出】

ただ、3日の政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会で「8割以上がワクチン接種を済ませてもコロナ禍前の生活に戻れば1シーズン(150日)で10万人以上の死者が出る」との京都大学の古瀬祐気准教授の試算が示されたばかりだ。首相の前のめりの姿勢には与党内ですら「首相の党総裁任期内解除ありきの新基準」との見方が出ている。

新たな解除基準と行動制限緩和策が示された9日の基本的対処方針分科会では、専門家から「リバウンドを招きかねない」「抑制的なメッセージが必要な局面なのに、矛盾している」との異論が出た。

政府は「時期尚早」と唱える専門家に配慮し、行動制限緩和策の原案にあった「10~11月ごろに目指す日常生活の姿」「Go Toトラベルの再開」といった表現を削除した。それでもワクチンなどで重症者を減らすことにより「感染対策と日常生活回復に向けた取り組みの両立は可能」だとした。社会経済活動の早期再開をせっつく経済界の意向を受け、実証実験を経たうえで衆院選の投開票と重なる11月にも行動制限の緩和に踏み切る意向だ。

新規感染者数を重視しない新たな解除基準に対し、専門家からは「患者が増えると重症者も増え、結局医療は逼迫する」との批判も出ている。ワクチンを2回接種した人も次々発症している状況に、対策分科会の尾身茂会長は15日の衆議院厚生労働委員会で「(収束まで)2~3年はかかる」と述べ、田村厚労相は「第6波」に言及した。

菅政権の姿勢を「専門家の分析よりやや楽観的」と言ってきた尾身氏は、行動制限緩和策の公表時にも「責任の所在が少し曖昧」と指摘している。首相が退陣前の「成果」を優先した挙句、社会の緊張を緩ませるなら、第6波の到来は一層現実味を増す。

(吉田啓志・『毎日新聞』記者、2021年10月1日号)

 

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