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沖縄の与那国町議会で前代未聞の議長選99回 
陸自配備後混乱、揺らぐ町政

砂川孫優|2018年11月21日12:49PM

議長を決める選挙を延々と繰り返す10月24日の沖縄県与那国町議会。(撮影/砂川孫優)

日本の最西端に位置する「国境の島」与那国町(よなぐにちょう)の町議会(定数10)で、異常事態が発生した。9月28日の開会から10月29日まで約1カ月の間に98回も議長の選出選挙を行なったが、当選人の町議が次々と辞退を繰り返した。議長は大台の100回を目前にした99回の選挙で与党の前西原武三(まえにしはら・たけぞう)氏に決まったが、この間、議会機能が停止。町制施行70年を振り返っても例にない“黒歴史”を刻んだ。

ことの発端は今年9月9日の町議会議員選挙だった。2016年3月の陸上自衛隊沿岸監視隊の配備後に実施された初の町議選で、与野党は5対5の同数議席になった。改選前は定数6で、議会勢力は外間守吉(ほかま・しゅきち)町長派の与党2、反町長派の野党4。改選後に定数が増えたのは、自衛隊員とその家族など約250人が“移住”し、1400人台だった人口が1700人台に増えたことが影響している。多数野党が「社会情勢に対応した民意の反映」を強調したため、町議会は定数を拡大する条例改正案を可決した。

外間町長は今回の町議選で現職、新人、元職の6人を擁立して形勢逆転を狙ったが、結果は与野党同数の不発。覇権争いはここから議場へ舞台を移す格好となり、町議会では一議席も減らしたくない思惑から与党側が「議員数を増やした野党が議長を取るべきだ」、野党側は「与党から議長を出すのが慣例だ」として、採決に加わらない議長の座を“譲り合って”きたのだ。

議長選は、10人の町議が単記無記名投票で議長に推す町議を記し、得票同数だと地方自治法に基づき「くじ引き」で当選人を選出する。しかし、得票同数でくじ引きをしても各回の当選人が辞退するため、決着がつかない。地自法を所管する総務省は取材に対し、「法律が辞退を想定していない」と回答、お手上げの状態だ。

議会の動向を静観していた外間町長は10月12日、49回の議長選後、一般会計補正予算案6億8089万円のうち、緊急を要する事業費3億9224万円を専決処分した。本来は議会が議決する事項を、町長が代わりに処理するものだ。その後、与野党の争点は、昨年6月から不在となっている教育長の人事案件に移行した。

【不在の教育長人事も要因か】

一方、全国でも類を見ない町議会に対し、県内外から報道陣が駆けつけて報じると、与那国は“混乱の島”と揶揄され、町民は「恥ずかしい」と嘆いた。だが町民は、背景を深掘りせず、面白おかしく表層だけを報じるようなメディアのあり方にも憤っていた。

昨年8月の町長選を僅差で制して4期目に入った外間町長は、町長選後、自身の選対本部長だった男性を教育長に推す人事案件を三度も提案。野党側は「選挙功労人事」だとして否決した。また、今年3月議会で外間町長は、陸自配備推進派の中心にいた金城信浩氏(きんじょう・しんこう、元助役で与那国防衛協会会長)を町政初の副町長に提案した。ここでは野党2人が「副町長を据えることは野党側の要望でもある」として退席同意し、提案は与党の賛成多数で可決された。ただし、いずれも要職の人選が外間町長の身内に偏っている感は否めない。

外間町長は議長選が83回に達した10月24日、与党議員の“説得”に乗り出した。町長自身も「禁じ手」と呼ぶ議会への干渉だ。しかし与党側は、「教育長人事を専決処分すれば、与党から議長を出す」と返答。前出の補正予算を専決した際、人事案件まで専決処分する考えはないとした外間町長だったが、一転して、「(専決処分の)手続きに入る。私の整合性を問われると苦しいが、これが事態を収束させる一番の道」だと弁明した。

この動きにある町民は、「町長派は教育長人事を有利に運ぶためにも議長選を繰り返したのか」と訝しがった。

議会開会前、与党議員との調整で外間町長は、「議長をとるな」と直接指示した疑惑がもたれている。町長自身は否定するが、取材に対して与党議員らは、「われわれが雰囲気を感じ取り、安定した町政運営を実現するため議長を辞退している」と口をそろえた。

外間町政について別の町民は、「負け組と呼ばれる反町長派には行政発注工事を回さないなど徹底した“制裁”がある」と吐露した。

さまざまな思惑が交錯して混迷を極めた与那国町議会の議長選は98回目に差し掛かったタイミングで大きく動きだした。

【新議長は「いつでも辞表を持ち歩く」と放言】

与党側が要望した教育長人事案を専決処分する考えを示していた外間町長だったが、10月30日までに県への“疑義照会”を行なった後、「(専決処分の)妥当性をめぐって町長の責任が問われ、訴訟に発展する可能性がある」として断念。外間町長は再び与党議員の説得に当たって理解を取り付け、野党側へ交換条件を提示しない“無条件”による議長選出で一致した。

一夜明けて31日、99回目の議長選では予定通り与党の前西原武三氏が与野党から10票を獲得。「これ以上の議長選は混乱を招きかねない。苦渋の選択で議長を引き受ける」として議長職を受諾した。議場では町議による拍手が鳴り響き、前代未聞の異常事態はこれまで投じた投票用紙990枚と、この日まで町側に島内外から寄せられた抗議の電話50件を残して、ようやく幕引きとなった。だが、ここからが始まりなのである。

正常化した議会は副議長の選出、会期日程の決定、委員会、一般質問と慌ただしく議事日程が動きだし、9月28日に開会を迎えた定例会は11月8日まで、過去最長の42日間を記録して閉会した。

歴史的な異常事態を招いた“戦犯”が誰だったかはいまだ見えていないが、前西原新議長は「議長選が2ケタから3ケタに上るのは恥ずかしいという思いで決めた。だが、数的に有利な野党に横暴な議会運営をさせないため、いつでも辞表を持ち歩く。与野党同数の5対5に戻る日も近い」と言い放った。

一連の混乱劇から数日後、町民からは「どうせなら切りの良い100回で終われば良いのに」という声が多く聞こえた。さらには「なぜ99回だったのか」「この議長選が何を生んだのか」という意見も――。独特な“島政治”を丁寧にひもときながら、この島の行く末を見つめていきたい。

(砂川孫優・『八重山毎日新聞』記者、2018年11月2日号に加筆修正)

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