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東電元副社長、津波対策の責任を全否定 
強制起訴裁判

明石昇二郎|2018年11月8日11:16AM

10月16日、東京地裁前で被告らの責任を問う「福島原発刑事訴訟支援団」。(撮影/明石昇二郎)

東京電力福島第一原発事故を巡り強制起訴された東電旧経営陣3人の公判は、10月19日までに32回を数えるに至り、被告人本人に対する質問も始まったことで、事故に至るまでの全容がようやく見えてきた。

その本題に入る前に、まずは検察の捜査について若干触れておく。二度にわたって本件を不起訴処分としていた検察だが、途中までは起訴を目指し、本気で捜査していたようだ。その証拠が、地震と津波への対応を担う東電の「新潟県中越沖地震対策センター」所長だった山下和彦氏が事故翌年の2012年から14年にかけ、検察官に供述した内容をまとめた「検察官面前調書」である。

同調書によると、政府の地震調査研究推進本部(推本)が02年に公表し、東北地方の太平洋岸すべてに大津波の危険があるとした「長期評価」を踏まえ、計算を行なったところ、福島第一原発に押し寄せる津波は「7・7メートル以上」という結果が弾き出された。山下氏は08年2月、勝俣恒久社長(当時)が出席した通称「御前会議」の場で津波対策を示し、了承される。翌3月の常務会でも「長期評価」に基づく津波対策の実施が了承されたという。この供述内容は、強制起訴裁判がなければ闇に葬られていたものだ。

だが、津波対策は結局何一つとして実行されなかった。焦点は、一度は決まった津波対策を誰が反故にしたか――である。

10月16日からの被告人質問で、元副社長の武藤栄被告と、元副社長の武黒一郎被告は、揃って「山下調書」の内容を全否定。武藤被告に至っては「山下さんが本当にそんなことを言うんだろうかと思った」と言い、津波対策の資料や部下からの報告メールを検察官役の指定弁護士から示されると、客観的な証拠を示さないまま「知らない」「記憶にない」「読んでいない」「説明を受けていない」などと顔を赤くしながら主張した。

その一方で、「最善の努力をしてきたつもりだが、事故を防ぐのは難しかった」(武藤氏)「できる限りのことをしてきたつもり。私としては任務を果たしていたと思う」(武黒氏)と、自身の過失は全面否定。08年3月に東電が原子力安全・保安院(保安院)に出した「耐震バックチェック」中間報告では、福島第一原発でも「長期評価」に基づく津波対策が一時検討されていながら見送られたのだが、それが誰の指示によるものだったのかは一切語らずじまい。まるで自分の与り知らないところで社の方針が決まっていたかのように2被告とも振る舞うのである。

日本の法律では、無能であることの罪は問えない。それを踏まえた“法廷戦術”のようだった。

【隠蔽され続けた津波対策】

太平洋岸に原発を持つ他の電力会社ではいずれも津波対策に取り組んでいた。事故が起きるまで何もしなかったのは東電だけだ。

そもそも、保安院が各電力会社に指示した原発の津波対策とは、04年12月に発生したスマトラ沖地震で、インドのマドラス原発が大津波で被災したことを受けてのものだった。保安院と電力会社との会合では、特に福島第一原発が津波に対する裕度が少ないことも指摘されていた。しかし東電は、さまざまな理由をつけては津波対策の先送りを繰り返し、「耐震バックチェック」中間報告でも津波対策を見送り、世間に対しては、津波対策が社内で検討されていること自体、隠蔽し続けた。

ところで、福島第一原発の津波評価を担当した東電子会社「東電設計」では、シミュレーションで弾き出された津波高「15・7メートル」の話が社内の噂になり、計算した担当者はすぐさま社長に呼び出されたのだという。一方東電では、原発の安全対策を担う責任者である原子力・立地本部長の武黒氏がその数字を知ったのは、シミュレーション実施の1年以上後だとした。事実とすれば、世間ばかりか安全対策の責任者にまで秘密にしていたことになる。

それで「任務を果たしていた」(武黒氏)と言われても、誰がそんな話を信じられよう。

(明石昇二郎・ルポライター、2018年10月26日号)

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