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『新潮45』問題から東京五輪後のLGBT運動を想像する

古怒田望人|2018年9月27日12:03PM

 

一着平均5万円

ところで、6月このマルイが協賛した「ファッションポジウム」なる奇妙な名称のイベントが東京大学の安田講堂で開かれた。東大教授、安冨歩氏を主導としたイベントで、「男女の垣根を越えたファッションの未来」と題されたイベントだった。
ファッションと革命運動とのつながりは歴史的に見てきわめて深い。たとえば、フランスでの巨大なゼネスト、いわゆる「五月革命」を境に、フランスにおける男女のファッショントレンドは大きく変化したと言われている。このように、ファッションとは、ある種の性の規範を変える革命運動なのである。さまざまな学生による抵抗の歴史が刻まれた東大安田講堂での「ファッションポジウム」もこの流れを引きつぐものと思われた。
けれども、事態は真逆だった。戸籍上男性のトランスジェンダーはきわめて典型的な女性の衣服をまとい、戸籍上女性のトランスジェンダーはほとんどがマルイのスーツを身にまとっていた。

問題はここでも「カネ」だ。安冨氏と共同主催を務めた松村智世氏が手がけるブランド「blurorange」のワンピースは一着平均が5万円という代物だ。確かに、男性の骨格に合わせて裁縫され、視覚的効果により女性的なシルエットを演出する衣服は画期的だ(けれど、「男性の骨格」という言説自体がきわめてバイアスを含むものであることは軽視できない)。

だが、戸籍上とは異なった望む性での労働市場がきわめて限られている(たとえば私のように化粧をして髪の長い戸籍上男性が働くことのできる正規職は多くはない)日本において、一着5万円の衣服をファッションとして売り出す姿勢は、革命的であるどころか、資本主義的、保守主義的な態度だ。トランスジェンダーがその外見の曖昧さのために、LGBT内部において相対的に貧困であるという経済格差が無視されている。

空白の30年

これまで見てきたようにLGBTを囲む日本の現状は資本主義や経済格差の不可視化といったカネの問題にまみれている。
だが、このような問題意識が当事者の間で共有されているとは言いがたい。渋谷区で開かれている東京レインボープライドはあきらかに政治的抵抗の運動ではなく、一種の「お祭り」になっている。

この問題の原因の一端には、アカデミズムが引き起こした大きな負債がある。

今から30年ほど前の1990年に同性愛は国際的に病理とみなされなくなった。国内でも同性愛者の学生団体「アカー」が91年に起こした裁判で同性愛者として勝利を得た。このような流れのなかで、現在トランスジェンダーと呼ばれる活動家や研究者たちの活発な運動や研究がアメリカを中心になされた。けれども、パトリック・カリフィアの『セックス・チェンジズ』(97年)を最後に海外でのセクシュアルマイノリティをめぐる議論や研究に関する単著は現在に至るまでほとんど翻訳されていない。

このような状況は、現在の日本のLGBTをめぐる問題を議論するリテラシー能力を当事者ならびに関係者から奪っている。

たとえば、哲学者のエフライム・ダス・ヤンソンは昨年の自著のなかで、ドイツ語で「ジェンダー」に相当する「ゲシュレヒトGeschlecht」という言葉に注目し、「ゲシュレヒト」は「生物学的なセックスをかこむ社会的ないろいろな期待」だけではなく「階級、人種、社会経済的なポジション、肌の色、さらに体型や性的な魅力」を意味すると述べている。このようなヤンソンの理解を踏まえるのならば、日本におけるLGBT運動の資本主義傾向や、経済格差の不可視化はジェンダーに帰属する問題を理解していないといいえる。
さまざまな性へのラディカルで現代的な視点のアカデミズムから当事者への受け渡しの欠如という負債が、現在のような日本のLGBT事情をつくっているといっても過言ではない。

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