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翁長樹子さんが語る夫、雄志前知事の思い

渡瀬夏彦|2018年9月26日7:12PM

懐の深さを育てたのは

1995年6月、沖縄・糸満市米須にある「魂魄(こんぱく)の塔」の前で。写真は、「魂魄の塔」の名をつけた、雄志氏の父・翁長助静氏。(提供/翁長樹子)

樹子さんは、辺野古新基地反対の民意を背負い、革新系の人びととも手を結んで政府の理不尽な仕打ちと闘うに至った雄志氏の「懐の深さ」は、「不条理極まりない沖縄で、しかも政治家の家で育った環境」にあると考えている。

「たとえば小学生のころ、保守系の父が立法院議員選挙で落選した時に、革新系だった担任の先生が職員室で音頭を取って万歳する光景を見ているので、翁長は『僕(の性格)は歪んでいるんだ』と言っていました。基地を挟んでウチナーンチュが右と左に分かれて対立しているのはなぜなんだ、と思って育っているし、対立の垣根を乗り越えて、ウチナーンチュの心を一つにまとめたい、という気持ちがとても強かった人なんです」

那覇市長になってすぐ、那覇市の労働組合委員長だった宮里千里氏を市長公室長に抜擢した。宮里氏本人が「驚き、反発し、そのポジションに就いてからも、しばらく違和感があった」という人事だ。

「でも、那覇市長になったとき、翁長は、ウチナーンチュ同士がいがみ合うような状況を、垣根を、乗り越えるチャンスだと思っていたんじゃないかしら。市長選出馬の時点で自民党籍は抜いていますから、それで思い切った判断ができたのだと思います」

宮里氏も取材に応じてくれた。

「最初から考え方の幅の広い人でした。公室長としてのわたしに、いきなり与えられた仕事は、ゴルバチョフ氏(元ソ連大統領)を沖縄に呼ぶことでしたからね。それが成功してからというもの、アジアへの意識、教科書問題など様々なテーマでたくさん語り合いました。わたしも成長させてもらったと思っています」

翁長氏の懐の深さを知るために、「最低でも県外」と言いながら普天間基地の移設先を辺野古に回帰させた当時の首相・鳩山友紀夫氏をどう評価していたかについても訊ねた。樹子さんは即答した。

「『鳩山さんは沖縄にとっての恩人だよ』と言っていました。官僚の壁が厚くて辺野古に戻ってしまったのですけど、もう一歩進んで考えたら、沖縄県民はもう我慢しなくて大丈夫なんだ、と思わせてくれた人。そういう意味です」

その鳩山氏は、翁長氏の手術後の闘病中に、高価な薬を送ってきてくれたという。

「翁長と語り合う機会があったなら、沖縄をアジアの平和の拠点にしようと、頑張る協力関係もできていたかもしれませんね」

わたしも即座に同意した。鳩山氏の東アジア共同体という発想の根幹には、軍事力を競って緊張を生み出すのではなく、話し合いの外交努力の中で平和構築を図っていくべきだという考えがあり、それは、沖縄は世界の平和の拠点になるべきだ、という翁長氏の究極の願いと重なるはずだった。

新しい県政に、鳩山氏が積極的に協力してほしいとさえ思う。

最後にこの知事選の意味について。樹子さんはこう語った。

「弔い合戦なんていうと、翁長は怒ると思いますよ。『不条理との闘いは、今回だけではないよ、50年先、100年先の沖縄を見据えた闘いだよ』と」

今回のインタビューでは、まるで翁長雄志氏の魂が、妻・樹子さんに乗り移っているかのように感じられた。あらためて翁長雄志氏に哀悼の念を捧げたい。

(わたせ なつひこ・ノンフィクションライター。2018年9月14日号)

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