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与那国島の鰹

小室等|2018年4月25日3:32PM

二〇一八年三月二八日、天皇皇后ご夫妻(っていう言い方許される? 僕としては人権を尊重したつもり)が与那国島に向かわれた。

日本最西端の与那国島に僕が訪れたのは、映画作家、ジャン・ユンカーマンがドキュメンタリー映画『老人と海』を与那国で撮りはじめた一九八八年ごろで、音楽担当の僕も現地入りしたのだった。映画は、当時八二歳で現役最古老、カジキの一本釣りをする糸数繁さんの漁を追いかけたもの。

ユンカーマン監督が与那国入りしたころ、与那国島の警官は本島からの駐在が一人。交代で新しくやってきた駐在がなぜか半年保たずに交代。「今度の駐在はとんでもない野郎だ。こともあろうに酔っ払い運転を捕まえやがって。まったく非常識な奴をまわしてきたもんだ」とすっかり人気を落とし、島民からいびり出されたと、まことしやかな話として噂されていた。人口一八〇〇人(当時)ほどののどかな島だった。

漁師さんたちとも仲良くしてもらった。久部良の漁港で鰹を水揚げ中の漁師さんに、「しぇんしぇー、持っていけよーっ」と呼び止められ、鰹を両手に一本ずつ持たされた。ちょっとうろたえながら、両の手に尻尾鷲づかみの鰹を吊り下げ、目の前の玉城漁労長の家に押しかけ奥方に事情を訴えると、笑いをこらえながら縁側に僕を座らせ、鰹を持って奥の台所に消え、手早く刺身にした鰹を載せた皿を持って縁側に戻ると、庭に降りて青く生っている小粒の島唐辛子を数粒もいできて、醤油の小皿に放り込み、割り箸の先で突き潰し、さあ召し上がれと、もちろん冷えたオリオンビール付きで。水揚げ直後のぬるまったい鰹なのに、激辛島唐辛子醤油をくぐった鰹は唐辛子の香ばしい青味とともに、口の中は与那国の海がいっぱいに広がり幸せだった。

あれから時が流れ、〇八年に与那国町議会は自衛隊誘致を可決。一六年、与那国駐屯地が開設され、沿岸監視隊も発足した。のどかな町は二分され、いっしょに酒を酌み交わした漁師も二分されたらしい。原発誘致と変わらぬやり口。これらニュースにはなっても、誰も気に留めず、日本本土のわれわれは知ろうともしない。国交がなくたって、海上距離約一〇〇キロの台湾人と与那国人はひそかに仲良かったのに。こんなこと言うの、ヤマトンチュの大きなお世話か。

ご夫妻が二七日に糸満市の国立沖縄戦没者墓苑に行き、翌日与那国島に向かったのは、単に与那国馬に会いたかったわけであるわけはなく、それはしっかり与那国の現状を見よう、という本土に対するメッセージだと僕は思う。

(こむろ ひとし・シンガーソングライター、2018年4月6日号)

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