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『母』を書いて退行した姜尚中(佐高信)

2018年3月6日5:38PM

『創』の3月号で、姜尚中の退行は『母』(集英社文庫)を書いてから始まった、と批判した。あるいは退行して『母』を書いたのかもしれない。

彼はその時、たとえば浅間山荘に立てこもった連合赤軍に母を連れてきて呼びかけさせた光景は浮かばなかったのだろうか。

自分を疑うことのない保守派の曽野綾子は、あるところでこんなことを言っている。

「もし息子が罪を犯したとき、世間がなんといおうと、あたしは、絶対息子がいいと言おうと思っている。子供が困ったとき、支持できるのは母親だけ。盲目的に支持していい人が、他にないでしょう。母親が一番愚かしく、盲目的になってもいい……。親というものは、子供にとって辱しい困りものにちがいないでしょ。親は、困りものであっていいんじゃないかしら。
あたしは、息子に対して親というものは不法な、理くつの通らぬものなんだから、覚悟しろっといった構えでいる」

理性の介入をゆるさぬこうした情念の氾濫の危険性を見ぬいて、羽仁五郎は「中野重治をぼくはそれほど偉いとは思わないが、しかし彼はただ一点、母親についての詩を書いてないところは大したものだ。これは彼がほんとうの詩人だという証拠だと思う」と言ったのである(五木寛之討論集『箱舟の去ったあと』講談社文庫)。

三浦朱門、曽野綾子の息子の名前もたしか太郎だが、同じ太郎でも、岡本太郎に宛てた母、岡本かの子の手紙が有名である。

太郎へ
昭和六年八月四日
あんまり無沙汰をしなさんな。かの子

私自身、無限に優しいと思える母の愛からムリにも自立しようとして学生時代に苦しんだ経験があり、「おふくろのすぐうしろに天皇がついてくる」と喝破した羽仁五郎の指摘は忘れられない。

「岸壁の母」に二度とならぬために

中野重治と違って吉田一穂は「母」という次のような詩を遺した。

あゝ麗はしい距離(デスタンス)
つねに遠のいてゆく風景……
悲しみの彼方、母への
捜り打つ夜半の最弱音(ピアニッシモ)

また、むのたけじは「戦場で死んだ兵士は最後に『かあさん!』とよんだ。しかし母親のだれも、むすこのそのこえを聞いていない」(『詞集たいまつ』三省堂新書)と書いているが、「岸壁の母」に二度とならないために、日本の母親たちは何をしなければならないか……。それは、息子の対し方にもかかわっているのかもしれない。

戦死せし父の顔さえ知らぬ子の短き母の青春を問う

こんな歌もある。

私は、私との対談を逃げた曽野綾子より、90歳を過ぎて健在な“怒りの愛子”の佐藤愛子の方が好きである。佐藤の『娘と私の部屋』(立風書房)に娘の響子の「変っているお母さん」が載っている。40年以上も前の本だが、佐藤は全然変わっていないらしい。

「本当に私の母はおかしな人です。どっちが子供でどっちが親だかわからないということが、しょっ中です。そのくせ、テレビなどに出ると、すましているので、私はおかしくてしかたがありません」

ビートたけしが愛人への過剰な取材で『フライデー』に軍団で殴り込みをかけた時、横山やすしが、
「一人で行け、ドアホ!」
と言った。

それを見て、佐藤の娘は、
「お母さんと同じことを言ってる」と笑ったという。

佐藤は子どもが罪を犯した時、絶対的にそれを擁護しないのではないか。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、2018年2月16日号)

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