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安保法制違憲訴訟を政権が恐れない一因(西川伸一)

2018年1月31日6:04PM

1月9日に第19代最高裁長官として大谷直人氏が就任した。〈長く「最高裁長官候補の大本命」と目されてきた〉(1月10日付『朝日新聞』)という。なぜ彼が「大本命」だったのか。

最高裁長官は、14人いる最高裁判事の中から選ばれる(最近の例外は東京高裁長官から第17代最高裁長官に就いた竹崎博允氏のみ)。15人の最高裁裁判官の出身枠の構成は、裁判官出身6・弁護士出身4・学識経験者出身5と慣例的に決まっている。第9代の服部高顕長官以来、裁判官出身者の起用が続いてきた。今回も踏襲された。

大谷氏は東京大学在学中に司法試験に合格し、1975年4月から司法修習生となる。司法修習終了後、77年4月に東京地裁判事補に任官。東京地裁が初任地とはエリートと目されていた証拠である。80年7月に、初任明けのポストとして最高裁事務総局刑事局付に異動する。最高裁事務総局とは全国の裁判所のヒト・モノ・カネを差配する司法行政の司令塔である。トップの事務総長をはじめ幹部ポストには裁判官が就く。

元エリート裁判官の瀬木比呂志氏は、局付の位置づけについて「裁判官である課長の下、裁判官書記官である課長補佐の上なんです」と述べている(瀬木比呂志・清水潔『裁判所の正体』新潮社)。大谷氏は28歳の若さで10人近い裁判所職員を部下とする立場にあった。これを2年9カ月務めた。

86年4月に富山地家裁に赴任し、裁判現場に復帰する。しかし3年で最高裁調査官として東京に戻される。その後、東京地裁判事を1年はさんで司法研修所教官、刑事局の課長、さらに東京高裁判事、東京地裁部総括判事を2年半務めて、最高裁事務総局秘書課長兼広報課長となる。

事務総局の要員、司法研修所教官、最高裁調査官の3ポストは「三冠王」と称される裁判官の登竜門ポストである。このすべてに就いたのは大谷氏くらいであろう。加えて、秘書課長は最高裁事務総長とともに、最高裁裁判官会議に陪席する枢要ポストだ。最高裁が純粋培養したスーパーエリートこそ大谷氏なのである。

その後、大谷氏は刑事局長、人事局長、静岡地裁所長、最高裁事務総長、大阪高裁長官と出世街道を進み、2015年2月に最高裁判事となった。それまでの約38年弱で彼が法廷に出たのは9年9カ月ほどにすぎない。

大谷氏が刑事局長時代に裁判員制度の立ち上げに尽力したことも効いている。前々長官の竹崎氏と前長官の寺田逸郎氏にもこれに携わった共通する経歴がある。前出の瀬木氏は裁判員制度導入の背後には刑事系裁判官による民事系裁判官に対する「基盤の強化」と「人事権の掌握」の意図があったと紹介している(瀬木『絶望の裁判所』講談社現代新書)。この文脈からも「大本命」であった。

安倍晋三政権も今回の人事はすんなり認めたようだ。夫婦別姓を禁じる民法の規定、2016年の参院選挙区選の「1票の格差」、そしてNHKの受信料制度。これらをめぐる三つの訴訟の大法廷判決で、大谷最高裁判事はいずれも「合憲」とする多数意見に加わった。同じエリート裁判官でも泉徳治元最高裁判事は少数意見を多く書いたが。安保法制違憲訴訟が上がってこようと恐くないと、政権側は高をくくっていよう。

(にしかわ しんいち・明治大学教授。2018年1月19日号)

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