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森友・加計問題、司法の場でも 安倍政権の疑惑、追及始まる

第1回公判で松山地裁に入る原告と弁護団、傍聴に臨む市民ら。(撮影/尚円王)

愛媛県今治市(菅良二市長)が加計学園(本部・岡山市、加計孝太郎理事長)獣医学部の新設に伴い96億円の補助金を支出するのは違法だとして、今治加計獣医学部問題を考える会(黒川敦彦・武田宙大共同代表)らが公金支出差し止めを求めている訴訟の第1回口頭弁論が、昨年12月20日松山地裁で開かれた。

原告側は96億円の補助金を支出する根拠が不明だとして今治市に対し加計学園の設置する獣医学部校舎・設備の設計図面などの文書提出命令を裁判所に求めた。一方、被告・今治市側は同日、「おって認否する」旨の書面を提出しただけで具体的な答弁をせず出廷すらしなかった。

終了後に愛媛県庁記者クラブで会見した原告側代理人の阪口徳雄弁護士は「10月初めに届いている訴状を2カ月もかかって認否もしないで1回目にこんな陳述をしてくるのは引き伸ばしの戦術だろうが恥ずべき対応だ」と感想を述べた上で「裁判としては今治市の税金の無駄遣いであるということが実質上の争点で、法的には地方自治法232条の2の公益上の必要性があるかになる。安倍晋三総理が自分の友人に便宜供与を与えるということで安倍氏個人、加計氏個人の利益のためであって公益上の必要がないということを立証していきたい。国家戦略特区の中で安倍氏がどう具体的に関与しているのか、事実に基づいて主張する予定である」と説明した。今回、訴訟代理人として森友問題解明で有名な阪口徳雄氏(大阪弁護士会)と梓澤和幸氏(東京弁護士会)ら弁護士9人による「加計問題真相解明を求める弁護団」が結成され初公判に臨んだ。森友・加計問題はいよいよ司法の場で安倍政権の疑惑真相解明と追及が始まった。次回公判は2月28日午後2時半より松山地方裁判所で行なわれる。市民多数の傍聴を希望する。

(武田宙大・今治加計獣医学部問題を考える会共同代表、2018年1月12日号)

伊方原発運転差止決定の破壊力(伊田浩之)

原発の運転を差し止める全国初の高裁判断が示された。四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを松山・広島両市の住民4人が求めた仮処分申請の即時抗告審で、広島高裁の野々上友之裁判長が2017年12月13日、2018年9月30日まで運転を認めない決定を出したのだ。理由は噴火による危険性。全国の原発訴訟に及ぼす影響は大きい。

12月13日、広島高裁前で伊方原発3号機の運転差し止めを認めた決定を喜ぶ支援者たち。(撮影/伊田浩之)

12月13日午後1時半すぎ、河合弘之弁護士(73歳)が広島高裁から駆け出してきた。彼は、脱原発弁護団全国連絡会の共同代表。数多くの原発訴訟を担っている。

待ち構えていた支援者たちはとまどった。事前の打ち合わせと違う。運転差し止めが認められた場合は3人が出てきて垂れ幕を掲げる、認められなければ2人が垂れ幕を出す手はずだった。垂れ幕を持って出てくる人数で、少しでも早く結果を知らせる仕組みだ。だが、河合弁護士ひとりだけが走ってくる。

河合弁護士がA4判の決定要旨を掲げて叫んだ。「勝った」。高等裁判所が史上初めて原発の運転禁止を命じたのだ。

抗告人の一人で被爆3世の会社員、綱崎健太さん(37歳)は「原発は無差別被曝装置。広島、長崎から福島まで多くの被ばく者が出たが、高裁が原発を止める時代になった」と喜んだ。周囲からは「本訴で負けた場合、四国電力が莫大な損害賠償を求めてくる可能性がある。若い人は仮処分に参加しないほうがよい」と忠告されたが、強い意志で参加を決めたという。

3・11以後で最も重要な決定

 野々上裁判長は決定で、阿蘇山(熊本県)が過去最大規模の噴火をした場合、火砕流が伊方原発の敷地に到達する可能性は十分小さくないと指摘した。

原子力規制委員会が定めた新規制基準の内規、「火山影響評価ガイド」(火山ガイド)は、噴火規模が推定できない場合、過去最大の噴火を想定して評価すると定めた。阿蘇山の過去最大の噴火は約9万年前だ。

午後3時すぎから広島弁護士会館で開かれた住民側の記者会見で、河合弁護士は次のように強調した。

「火山事象に対する問題点は、全国の原発においても同様に当てはまる問題であるから、他の原発においてもこの点を追及していく」「水平展開できる極めて重要な部分です」

噴火の危険性について他の裁判所はこれまでどのように判断していたのか。脱原発弁護団全国連絡会のもう一人の共同代表、海渡雄一弁護士(62歳)が、広島と同時刻に東京の司法記者クラブで説明をしていた。

「火山の危険性を最初に本格的に取り上げたのは川内原発1・2号機(鹿児島県薩摩川内市)の運転差し止めです。2015年4月22日、鹿児島地裁(前田郁勝裁判長)が仮処分の決定を出し、火山については〈火山ガイドは合理的。噴火はかなり前に予知できて使用済み核燃料などを運び出すことが可能〉としました。この判断の当否がずっと問題になってきたのです。

この決定を不服として住民側は即時抗告をしました。そして福岡高裁宮崎支部(西川知一郎裁判長)が16年4月6日に決定を出しました。火山にかんしては、われわれ住民側の主張を多くの点で認めています。〈火山の噴火時期や規模を相当前の時点で的確に予想することはできない〉としたのですが、火山事象に基づいて原発を止めるような社会通念はないとして、まれにしか起きないから無視してかまわないとしました。

あまりにも法論理が異常でした。ただ、この福岡高裁宮崎支部決定の事実認定が、17年3月30日に出た広島地裁(吉岡茂之裁判長)の仮処分決定にも引き継がれたのです」

つまり、どの程度の規模の噴火がいつ起きるか事前に予測することは困難との事実認定を、多くの裁判所はしてきた。ただ、破局的噴火は1万年に1回程度とされているので、考えなくてよいとしたのだ。

前出の海渡弁護士がこう指摘する。

「今回の広島高裁の決定は、めったに起きないから無視してよいという“社会通念論”はおかしいとはっきり示してくれました。単純に、火山ガイドに基づけば伊方は原発を建ててはいけなかった場所だと明示したのです。東日本大震災が起きた3・11後の原発訴訟で最も重大な決定です」

広島弁護士会館の会見場に話を戻そう。中野宏典弁護士(39歳)が全国の訴訟に及ぼす影響を説明する。

「火砕流が到達する危険性がある核施設は、九州の川内原発や玄海原発、青森県六ヶ所村の再処理工場などがあります。さらに広島高裁の決定は、噴石や火山灰など降下物の厚さや大気中濃度についても四国電力の想定は過小としています。これは全国の原発訴訟に影響を与えます」

差し止めの予感

「厳しい決定」と繰り返す四国電力の瀧川重理登・原子力本部原子力部副部長(右)。(撮影/伊田浩之)

住民側や弁護団は、広島地裁の決定が覆る可能性を感じ取っていたという。広島高裁は、四国電力と住民側に地震動の合理性や火山の危険性などの説明を文書で求め、二度の審尋でも論点を明確にして熱心にたずねていた。「論点や問題意識をはっきりと明示して繰り返したずねるのは、他の本訴や仮処分でも例がなかった」(住民側弁護団)

だが、四国電力にとっては「想定外」。決定が出たあと、広島高裁近くの路上でぶら下がり取材に応じた四国電力原子力本部原子力部の瀧川重理登副部長は「極めて残念であり、到底承服できるものではありません」「早期に仮処分命令を取り消していただけるよう、(略)速やかに異議申立ての手続きを行います」との会社コメントを配布。決定内容を精査していない段階とはいえ、質問に「厳しい判決」と繰り返した。

四国電力は異議申し立てに加え、決定の効力を一時的に止める執行停止を広島高裁に申し立てるという。(編注:四国電力は2017年12月21日、敗訴部分を取り消すよう広島高裁に異議を申し立てた。決定の効力を一時的に止める執行停止も申し立てている。)

伊方原発の包囲網

四国電力伊方原発。手前左が3号機。(撮影/伊田浩之)

伊方原発3号機をめぐっては、立地県の愛媛だけでなく、今回の広島にくわえ、大分と山口でも訴訟が起きている。抱えている訴訟の数は最多だ。

その背景には、同原発が日本で最も危険な原発のひとつと言われていることがありそうだ。伊方原発は、全長1000キロメートル以上に及ぶ断層帯、中央構造線の近くにあり、しかも、伊方原発3号機の建設時点で四国電力は活断層だと把握していなかった。

広島高裁は今回、地震の影響などについて「伊方原発が新規制規準に適合するとした原子力規制委員会の判断も合理的」としたが、住民側は反発している。

新たな科学的な知見も出ている。四国電力は、活断層は原発敷地の沖合約8キロメートルを通っていると主張するが、わずか600メートル沖にあるとの疑念が急浮上した(本誌16年10月21日号参照)。直下型大地震の危険性があらたに指摘されているのだ。

さらに、原発から西側の半島に暮らす人々の避難計画を立てることも難しい。

見過ごされがちな論点もある。映像作家の想田和弘さんのツイート(12月14日)は、2000以上リツイートされ、共感が広がった。

〈いつのまにか「活断層や火砕流到達の可能性がなければ原発は安全」みたいな前提が作られてしまっているけど、そうじゃないでしょう。実際、チェルノブイリ事故もスリーマイル事故も、自然災害などなかったのに起きました。そのことを忘れちゃダメです〉

(いだ ひろゆき・編集部。2017年12月22日号)

安倍政権の怖い「教育無償化」(浜矩子)

「教育の無償化」が何かと話題になる。安倍政権が打ち出す不気味な「人づくり革命」なる構想の中で、このテーマが主軸的位置づけを占めているようだ。

「人づくり」とは、何ともしゃらくさい。人をつくれると思い始めたら、誇大妄想も極まれりだ。自分好みの人間をつくり出す。そんなことを企んでいる者どもが教育を無償化すると言い出せば、そのうさん臭さは限りない。

何しろ、「教育勅語」の教材利用を実施しようと考えたりする連中である。そのような集団が、無料で提供してくれようとする。そんな教育の内容は、想像するだに身の毛がよだつ。そのような教育の世界とは、可能な限り、あるいは不可能を可能にしてでも、はるか彼方に遠ざかりたい。

いみじくも、教育というテーマは、2012年末の現政権(第2次安倍内閣)発足直後、安倍晋三首相が行なった初の所信表明演説(13年1月28日実施)の中でなかなか大きな位置づけを占めていた。この演説の中で、安倍首相は四つの危機というのを上げている。「日本経済の危機」。「東日本大震災からの復興の危機」。「外交・安全保障の危機」。そして「教育の危機」である。

「教育の危機」について、この演説の中で彼は次のように言っている。「……国の未来を担う子どもたちの中で陰湿ないじめが相次ぎ、この国の歴史や伝統への誇りを失い、世界に伍していくべき学力の低下が危惧される、教育の危機」。いじめは確かに大きな問題だ。

そこに懸念の目を向けることには異論がない。だが、その後に続く部分と、いじめへの懸念との間に、あまりにも脈絡がない。どうも、いじめ問題は単なる枕詞でしかないように読める。

本当に訴えたかったのは、子どもたちが「この国の歴史や伝統への誇りを失」うことへの懸念と、「世界に伍していくべき学力の低下」に関する嘆き節であるようにしか読めない。歴史も伝統も重要だ。だが、それらをただ単にひたすら誇りの対象としかしないのは、危険な国家崇拝につながる道だ。むしろ、そのような単純思考から子どもたちの知性を解放することこそ、教育の役割だろう。

「世界に伍していくべき学力」とはいったい何か。世界に伍していようがいまいが、そんなことはどうでもいい。物事の本質を見極めることができるような、探求精神。それをどう身につけてもらうか。それを考えることが、教育に託された使命だろう。

お国の伝統を崇め奉る愛国心に漲りながら、世界に伍して、世界に勝っていく。そんな青少年の育成。それが教育の仕事だ。そのように思い込んでいる人たちが、教育の無償化を唱えている。こんなに怪しげなことはない。

タダほど怖いものはない。教育無償化というテーマが持ち出されてきたことで、改めてつくづくそう思う。「教育の危機」というテーマを掲げた時、国家への誇りの喪失と国際競争力の低下しか心配にならない。そのような人々が、「カネは出す。だから口も出させてもらう」と言い出したら、何が起こるか解らない。いや、解りすぎるほど解るから怖い。

(はま のりこ・エコノミスト。2017年12月22日号)