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出生率目標値を含む安倍政権の人口政策は異例(佐々木実)

2018年1月17日6:22PM

かつては人口減少ではなく、人口過剰が懸念されたという違いはあるものの、公権力が個人の選択権を侵す余地をはらむ人口問題は、古今東西で議論が戦わされてきた大テーマである。

ロバート・マルサスが匿名で『人口論』を発表したのは1798年だった。牧師でもあった経済学者マルサスは、「人口は等比級数的に増すが、食糧は等差級数的にしか増えない」という冷厳な人口法則を唱えた。貧民救済を否定して産児制限に論拠を与える経済学は「陰鬱な科学」と呼ばれた。

20世紀初頭にも人口論は経済学者たちの関心を集めた。この時期の特徴は、当時流行していた優生学との結びつきである。

優生学といえば、ハンセン病患者に断種を強いた優生保護法が想起されるが、意外なところでは、福祉国家を代表するスウェーデンが1934年に断種法を制定している。民族主義との関連が取り沙汰されることが多い優生学は、じつは、福祉国家とも縁が深い。

『ベヴァリッジの経済思想』(昭和堂)を著した小峯敦氏は、英国で福祉国家の土台づくりをしたふたりの著名な経済学者、ケインズとベヴァリッジがともに優生学に強い関心を持っていた事実を指摘している。

ジョン・メイナード・ケインズは『雇用、利子および貨幣の一般理論』(1936年)で福祉国家の理論的基礎を与えた。一方、ウィリアム・ベヴァリッジがまとめた『ベヴァリッジ報告』(1942年)は第二次世界大戦後、社会保障制度の雛形となった。協働作業で福祉経済制度を構想したふたりが、時代思潮ともいえる優生学の洗礼を受けていたのだった。

遺伝学という科学的装いをこらした優生学は、「優良な遺伝子を見つけ、交配して子作りを奨励する」(積極的優生学)、「不適応者の生殖を制限し、種の中の欠陥発生率を減らそうとする」(消極的優生学)という二つの軸があったという。強制断種に象徴されるように、優生学は極端なセレクティビズム(選別主義)に陥る傾向をもつ。

ケインズとベヴァリッジは「白人および中流階級の優位性を心に秘めていた」ものの、結果的にセレクティビズムには走らなかった。小峯氏は次のように解説している。

〈ケインズが有効需要論という経済学の内部から古い人口論を克服したのに対し、ベヴァリッジは家族手当に触発された社会保障論という経済学の外部から人口論を克服した〉

必ずしも優生学を否定したわけではないケインズとベヴァリッジは、ユニバーサリズム(普遍主義)にもとづく理論や政策の構築を通じて、人種差別や人権無視という優生学の陥穽から逃れ得た。裏返せば、福祉経済制度の基礎には本来、ユニバーサリズムがある。

人口問題は奥が深い。本誌先週号の記事「結婚・出産を“奨励”する危険な公的指標『企業子宝率』」(筆者は斉藤正美氏)で、出生率の目標値を含む安倍政権の人口政策が先進国では異例であり、日本でも戦中の出産奨励策以来だという専門家の警告が紹介されていた。ここでのべた文脈に照らせば、ユニバーサリズムからの離脱と捉えることができる。

(ささき みのる・ジャーナリスト。2017年12月15日号)

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