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「12・7障がい者 辺野古のつどい」に全国から集結 市民運動に障がい者の視点を

沖縄・辺野古。障がい者が「すみません」と繰り返さないですむ社会を。(撮影/冨田きよむ)

「戦争が起こると一番先にやっかい者あつかいにされるのは障がい者」(後述する集会のチラシより)――それは数々の戦争や紛争で実証されつくしてきた。

12月3~9日の国際障害者週間に日程を合わせて、7日、沖縄県名護市辺野古・キャンプ・シュワブゲート前で「障がい者 辺野古のつどい」が開催された(主催・同実行委員会)。開会の午前11時のはるか前から県内はもとより、長野、滋賀、兵庫、愛媛各県などから車いすの障がい者ら約150人が続々と辺野古に集結した。

「障がい者がデモなどで声を上げるたびに、『車いすの乞食』、『めくらの乞食』と、街宣車に揶揄されてきた悔しさをどこにもっていけばいいのか悩み続けました」と、実行委共同代表の門屋和子さん。障がい者が市民運動に参加するとき、足手まといになるのではないかとの怖れが常に付きまとう。

同実行委共同代表の成田正雄さんは、「反戦運動の中に障がい者の声がない。命の重みを語る運動の中でともすると障がい者が顧みられてこなかった。今回の集いは、障がい者自らが主体となって命の重さを守る戦いの始まりだと言える」と、集会で叫んだ。

神戸で、脳性麻痺で車いす生活を送る大島秀夫さんは「三里塚のデモの時、途中で疲れ果てて止まってしまったら見捨てられたことが忘れられない。市民運動の中にこそしっかりと障がい者の視点がなければならない。だから辺野古に来て自分で声を上げたかった」と、障がい者としての口惜しさと平和に対する強い思いを話した。

家を一歩出た瞬間から「すみません」と繰り返して生きる障がい者が、大変な労力と体力を使って辺野古に集結した。障がい者が「すみません」と繰り返さなくても生きていける社会は外国の基地などない社会だと参加者は口々に主張した。

(冨田きよむ・フォトジャーナリスト、12月15日号)