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立憲民主党の“実験”は続く(西谷玲)

2017年10月8日、東京・新橋駅前で話す枝野幸男氏。あのときの熱気は続いている。(撮影/伊田浩之)

特別国会が始まり、予算委員会も行なわれている(編注:特別国会は12月9日に閉会)。会期は短く、野党の質問時間が短縮されるという言語道断の動きもあるが、一応の論戦もある。野党では、希望の党の代表が玉木雄一郎氏となった。嵐のような野党再編が行なわれて、まだまだ続編はあるようではあるが、一応の陣容がそろった。

なかでも注目されるのが立憲民主党である。枝野幸男氏のもと、旧民進党の「リベラル」系、よりはっきり言えば左派系が集まった。彼らのことを、「信念で集まったのではない。希望の党に受け入れられなかったからやむなく集まったのだ」と評する人たちがいる。確かにそうである。それに、「え、この人が立民?」というような、主義主張が枝野氏や辻元清美氏とは違うのではないか? という人々もどさくさに紛れて、だかなんだかメンバーにいる。だが、それだけではない一面も持つ。

立民躍進の原点を、2015年の安保法案の審議の際に、国会を取り巻いたSEALDsおよびデモをした人々との指摘は多い。

しかし、立民が今回の総選挙で予想を超えて勝ったのは、あのとき国会を取り巻いた人々だけではない支持の広がりを得たからである。安保法案は何かおかしいよね、あるいはそういう問題意識は持たなくても、今の安倍(晋三)さんのやり方はおかしいよね、という人たちが立民に入れた。立民の街頭演説も見に行ったが、そこにはふくらんだ共感が感じられた。

枝野氏は総選挙の街頭演説で、そして今回の国会の代表演説でも「私には、あなたの力が必要です」と語りかけた。政治はプロフェッショナルな政治家だけに任せておくものではない、国民の皆さんと共につくりあげていくものだと。だから、選挙中、そして選挙の後も立民を取り巻く動きには、今までの政党にはないものが見られた。街頭演説にも学生など素人がたくさん詰めかけていた。業界団体などではない、普通の人代表、のような人たちである。

これをたかが素人、と切り捨てるのは簡単である。だが、プロに任せていたから、政治はこんなていたらくとなった。立民の演説を見聞した人たちはみな、政治へのハードルが下がり、自分たちでも参加できるのだ、という未来への希望と可能性を感じて投票したのではないか。

「素人と政治の出会い」は、選挙後も続いている。立民の事務局には、「政治家と対話がしたい」「人を集めるから政治家を呼んでほしい」というような電話が引きもきらないという。こんなことは民主党、民進党時代を通じてもほとんどなかったことである。

「枝野立て!」という言葉を受けて党は立ち上がったものの、どういうふうに有権者を巻き込んでいくか、共に政治を行なっていくかは、暗中模索、試行錯誤のなか、選挙戦の実践を通じて方向性を見いだしていったのだ。

「素人の反乱」はグローバルな現象である。トランプしかり、欧州での極右の躍進しかり。ただ彼らと立民が違うところは、排他的ではない点だ。そこはポピュリズムといっしょくたにしないほうがいい。

立民は「政治の実験」の最中なのだ。これが成功するかしないか、日本政治の大きな試金石である。

(にしたに れい・ジャーナリスト、12月1日号)