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オスプレイ隠しは政府の意図だった(黒島美奈子)

腹の中を何かにえぐられるような、奇妙な爆音に気付いて空を見上げた。しばらく眺めていたら頭上を巨大な黒い物体が通過した。それが、初めて目にしたオスプレイだった。

主翼の両端に角度が変わるプロペラを有し、ヘリコプターと戦闘機の両方の特徴を備える軍用機。独特な構造のせいで開発段階から事故が相次ぎ、1990年代には試作機がたびたび墜落。運用が本格化した2000年代に入っても不具合が見つかって使用停止になったり、乗員が死亡する事故が発生している。

そんなオスプレイの沖縄配備が取り沙汰されるようになったのは20年以上も前、日米両政府が米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を発表した直後だ。1997年1月『沖縄タイムス』は、普天間配備のCH46の後継機として、米軍が移設と同時期に導入を計画していると報じている。

国会議員としてこの事実を最初にただした1人が、今年8月に亡くなった上原康助元衆院議員(享年84)だった。98年5月、辺野古の新基地にオスプレイ36機を配備する計画を明記した米国防総省の文書を入手し公表した。ところが、同年6月の衆院予算委員会で橋本龍太郎首相(当時)は「(文書を)見たこともない」と答弁。配備を真っ向から否定した。

99年に嘉陽宗儀県議が、オスプレイ沖縄配備は2005年予定とする米海兵隊の資料を入手。05年には普天間へ12年に配備することが「米海兵隊航空機計画」に明記されていることが報じられた。何しろ米軍関係者は99年にすでに「普天間が移設されてもされなくてもオスプレイを沖縄に配備する」と言及。沖縄配備が既定路線であることは誰の目にも明らかだった。

これに対し日本政府の対応が異様だった。2000年時点も河野洋平外相(当時)は「米側から具体的な予定は存在しないとの回答を受けている」と沖縄配備を否定。続く小泉純一郎政権も第1次安倍晋三政権もまったく同じ答弁書を閣議決定し続けたのである。配備の可能性に触れるようになったのは民主党政権の09年になってから。報道の通り、米軍は2012年、沖縄に配備した。

この間には、96年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告草案ですでに、沖縄へのオスプレイ配備が明記されていたことがわかっている。当時の米公文書からは米側が「即座の情報開示を求む」と日本側に配備の情報公開を要請していたことも明らかになった。

オスプレイ隠しは政府の意図だったのだ。沖縄配備から5年、オスプレイは横田をはじめ在日米軍基地へ広がり始めている。今年8月には、北海道での自衛隊との共同訓練直前にオーストラリア沖で墜落し、日本国内での運用を危ぶむ声が各地で上がった。

だが、そんな国民の懸念に向き合う政府でないことは過去が示している。小野寺五典防衛相は米軍に「自粛」を要請してみせたが、米軍は応じず沖縄での飛行を続けた。オスプレイを巡るごまかしの歴史をみれば、そんなやりとりもポーズにすぎないことがわかるというものだ。

平気で国民をだまし続ける政府が、名実ともに軍隊を有するための改憲を画策している。その不気味さはオスプレイの比ではないかもしれない。

(くろしま みなこ・『沖縄タイムス』記者。9月1日号)