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この時代にプロテストソングは可能か(小室等)

三〇年以上前、大岡信さんと谷川俊太郎さんの対談(『対談 現代詩入門』一九八五年八月、中央公論社刊)の中で谷川さんは、
「ぼくの個人的な印象で言うと、小室等という人があらわれて、大岡の詩とかぼくの詩とかを、まったく詩集からそのまま、へっちゃらで作曲してうたっちゃったといのがとても新鮮だった記憶があるんだよ。それまでは、ぼくなんかも歌の作詞はしていたけれども、やっぱり、歌のために作詞するというある構えがあって、一番、二番、三番なんて書いてね(笑)。そうしないと歌にならないと思ってたのね。ところが、小室等を初めとして、高石友也なんかもそうだけれども、いわゆるフォークの新しい人たちっていうのは、われわれの書いている現代詩の中に同時代の声というものを聞きとって、それを歌にのせる一種の方法を持って登場してきたわけね」
と言っている。

その谷川さんと『プロテストソング2』というアルバムを現在作っている最中。なぜ「2」かというと、谷川さんとは一九七八年、すでに『プロテストソング』というアルバムを出していて、今回、久しぶりに今の時代にプロテストソングってありなのかを問うてみようということで、「2」なのです。

「2」のトラックダウンが済んで、谷川さんが毎年夏を過ごす群馬県の別荘にmp3(音声データ)で送ったら、
「mp3聴きました。ギターを手放さずに言葉を伝えるフォークソングの正統に感動、歌になると活字で黙読してると気づかないものに身体が反応する。いろんな友人、知己に聞いてほしい」
というメッセージが届いた(「聞いて」は「聴いて」の変換ミスか、いや言葉の権威がそんなミスない?〈笑〉)。はい、ま、端的に自慢話。わかっております。

わかっておりますが、「九条変えましょうよ、だって九条があると戦争しにくいじゃないですか」とか、「北朝鮮からミサイルが飛んできたら迎撃しなくていいの? ね? しっかりと戦争できるようにしておかないとね」とか、国全体がそんな空気、なんかほっとけないじゃないですか。

六〇年代にはアメリカの、日本の、世界のシンガーソングライターたちがプロテストソングを歌った。七八年にぼくと谷川さんは、ぼくたち流の『プロテストソング』を作った。今あらためて、この時代にプロテストソングは可能か。

七〇過ぎと八〇過ぎの二人の“老人”が、「戦争反対」とダイレクトに言うのではない、詩の言葉でのプロテストソングが成立するかを試そうとしているのです。

(こむろ ひとし・シンガーソングライター、8月25日号)

辺野古の文子おばぁ、都内で500人の聴衆を前に戦争の悲惨さ訴える

約500人の聴衆を前に島袋さん(左)と三上監督。講演後の官邸前デモの第一声は「安倍首相に文句を言いにきました」だった。(写真/まさのあつこ)

「安倍は戦争をやりたいなら、死んだ人間の血の泥を飲んでからにしろ」

その言葉に、「島袋文子さんを迎え沖縄に連帯する市民のつどい」(文子おばぁを迎えよう!実行委員会主催、8月17日、参議院議員会館)の参加者は沸き立った。島袋さん(88歳)は辺野古住民だ。米軍基地前で「私を轢き殺してから行け」と巨大な工事車両の前に立ちはだかった姿を収めた映画『戦場ぬ止み』の三上智恵監督が引き出し役となって講演が行なわれた。

「安倍晋三は国民の命と財産を守るときれいごとを言う。その半面、戦争を作り出すようなことをやっている。自衛隊の命も安倍晋三の命も余分な命は一つもない。命の予備を持っている人はいますか。私は持っています。私は(沖縄戦で)一度死んでいます。もし日本が勝っていたら日本軍はウジ虫の湧いた人間を助けるわけがない。米国が勝ったからこそ野戦病院に連れていってくれた。命の恩人はアメリカ人です」

この発言に、後半で参加した高校生が「本心ですか」と質問。島袋さんは「本心ですよ。日本軍は、戦争に負けると分かっていて、ガマから住民を追い出した。暗闇に置かれた子どもが泣くと、米軍が来る、見せしめだと言って殺した。二度と戦争をしてはいけませんよ」。その答えに会場は聞き入っていた。

(まさのあつこ・ジャーナリスト、8月25日号)