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賃上げ闘争のため、新たに「秋闘」を(高橋伸彰)

2017年5月24日8:10PM

黒田東彦・日本銀行総裁による異次元の金融緩和から4年を経ても、2%の物価安定目標を達成できないのは、デフレの真因が貨幣量の不足ではなかったからだ。1990年代後半以降20年近くにわたり、グローバル競争での生き残りを口実に大手輸出企業が先頭に立って賃金を抑制したからデフレに陥ったのである。

そのことに安倍首相も気づいたから、財界主導の「官製春闘」で賃上げを図ろうとしたのではないか。実際、2014年9月の経済財政諮問会議における榊原定征経団連会長の「法人実効税率を真水で2%下げれば、賃上げに回すことができる。今年の賃上げ、しかもベアが実行できたのは総理の御英断で、復興特別法人税を1年間前倒し廃止したことが、非常に大きな力になった」という発言を受け、安倍政権は早々に法人税率を従来の25.5%から15年度は23.9%、16年度に23.4%、18年度以降は23.2%への引き下げを決定した。

しかし、労働者にとっては脱デフレを図り、アベノミクスを成功に導くことが賃上げの目的ではない。現在の生活を守り、将来の安心を確保するのが目的である。それにもかかわらず、連合は主要企業の集中回答があった3月15日のアピールで今春闘を「『経済の自律的成長』実現に向けた労使の社会的責任や人への投資が企業の存続と成長に寄与することを訴え(中略)4年連続して賃上げの回答を引き出している」と総括する。

鉄鋼労連で長年にわたり春闘の賃上げ闘争を支え、連合の政策委員長も歴任した千葉利雄は、自戒も込めて日本経済の発展や企業の生き残りに対して労働組合が協力するのは、あくまで「例外的なもの、つまり危機管理的な、緊急避難的な手段と位置づけるべき」(『戦後賃金運動』)と述べ、危機が去れば「労働組合は機を失せずに本来の積極的な分配闘争に立ちもどって、主体性を強めていかないと、運動の生命力が弱くなっていく」(同)と警告する。

かつての石油危機とは異なり、現在のようにマクロ的にはプラス成長が続き企業収益も好調を示す中、労働組合があえて賃上げは経済成長や、人への投資を通して企業の成長や存続にも寄与すると訴えて春闘に臨む必要はない。

また、もしかりに大企業労組が中堅・中小労組や未組織労働者を気遣い、本来勝ち取れるはずの賃上げを自制しているなら、それこそ本末転倒である。なぜなら大企業労組が賃上げ要求を抑えたことで増える企業収益は、結果的に経営者の報酬や株主の配当に回り、日本全体で見れば階層間の格差が拡大するからである。

前出のアピールで連合が「すべての働く者の処遇の『底上げ・底支え』『格差是正』の実現をめざしている」と訴えるなら、傘下の大企業労組はむしろ可能なかぎり大幅な賃上げを獲得したうえで、身銭を切って中堅・中小労組や未組織労働者を支援すればよい。

賃上げの不足による個人消費の停滞は、労働者が現在の生活に苦しみ、将来の生活に不安を抱いているあらわれにほかならない。連合には春闘で取り残した分は、新たに「秋闘」を組織しても取り返すくらいの気概をもって賃上げ闘争に臨んでほしい。

(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。5月12日号。一部敬称略)

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