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開沼博の正体〈後編〉──避難者の「死亡」原因が「反原発運動」?(明石昇二郎)

2017年4月30日6:34PM

開沼氏の言説をていねいに追ってゆくと、根拠があやしいものが少なくない。一例を挙げれば彼が多用する、震災後の避難者の割合をたずねる「クイズ」がそうだ。どこが問題なのか。まずは、そこから検証しよう。

昨今、福島第一原発事故に関する評論を通じ、マスメディアで名前をよく見かけるようになった社会学者・開沼博氏。2016年4月21日付「WEDGE REPORT」で開沼氏は次のように語る(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6618?page=2)。

「拙著『はじめての福島学』では、冒頭で、あるクイズを紹介しています。福島から震災後避難して県外に移った人って震災前の人口の何%だと思いますかと講演などで聞くと、たいてい20~30%などという答えが返ってくる。避難者の話をよく聞いているという関西の地方紙の記者は40%と答えました。でも、正解は2%。極端な情報ばかり流れてきた証左です」

開沼氏は約1年後の『SIGHT』65号(17年3月1日発売)でも、同様の趣旨で語っている。この「クイズ」が相当気に入っているようだ。だが、ちょっと待ってほしい。

作為的に使われる避難者統計データ

東日本大震災直前の11年3月1日における福島県の推計人口は202万4401人。一方、福島県がホームページで公表している避難者数は、12年5月のピーク時で16万4865人である。最大で8・1%にも及ぶ県民が避難していた計算になる。

 一方、開沼氏が正解とする「2%」という数字は、14年当時の県外避難者数約4万6000人をもとに弾き出したものだ。ピークから2年後とはいえ、福島県が公表している「8・1%」とはかなりズレがある。

種明かしをすれば、彼が挙げている数字には、被災した地域から福島県内の別の地域に避難している「県内避難者」が含まれていないのである。

同県が公表している今年2月時点の避難者総数は、ピーク時のほぼ半数となる7万9446人。そのうち「県内」避難者数は3万9608人で、「県外」避難者数もほぼ同数の3万9818人(避難先不明者は20人。グラフ参照)。つまり、開沼氏は全国各地での講演で、半数の避難者をいないものとして説明しているのである。しかも開沼氏が掲げた数字には、震災が起きるまで暮らしていた地域への帰還を諦め、避難先で定住する道を選んだ人々の数は含まれていない。

開沼氏が「福島学」として語る「2%」という数字は、震災や原発事故によって故郷を追われ、避難している県民一人ひとりの苦悩や、故郷への帰還を諦めた県民一人ひとりの心の傷や悲しみといった「福島県民の感情」を作為的に削ぎ落として、他人事にする。震災被害や原発事故被害を矮小化して伝えたい時くらいにしか使えない。

こうした“学問”は、誰から歓迎されるものなのだろう。

都合のいい証拠に頼る「確証バイアス」の虜

関西地方の新聞記者氏が“粗忽者の見本”としてネタにされていたことからもわかるように、迂闊に開沼氏の質問に答えるのは大変危険である。話した内容が開沼氏の意に沿うように“つまみ食い”され、予期せぬ全く別のストーリーの中で使われる恐れがあるからだ。それも、匿名の人物が語った話として使われるので、ネタにされた当人は全く気づかない。

そのことを知ってか知らずか、開沼氏の「調査」や「取材」を受けたことがあるという人はかなりいる。それは、東京や福島をはじめとした各地で反原発運動をしている人々にまで及び、例えば「脱原発弁護団全国連絡会」の共同代表で弁護士の海渡雄一さんも、彼の“調査対象”にされた経験がある。彼の調査のため、わざわざ時間を割いて協力したのだという。

が、彼が書いた記事や書籍の中で、海渡さんが登場したことはない。海渡さんも、
「あれはいったい何のための取材だったのか」
と訝しがる。

ところで、認知心理学や社会心理学における専門用語に「確証バイアス」というものがある。15年3月31日付『毎日新聞』ウェブ版でインタビューに答えていた開沼氏の言葉を借りれば、「自分にとって都合のいい確証・証拠ばかり集めようとする偏見のこと」であり、自分の持論や主張に反していたり否定したりする事実や情報は無視してしまう傾向のことだ。

開沼氏は、反原発を主張する人々は確証バイアスに囚われている、と考えている。彼によれば、反原発派の人々は「福島は放射性物質で汚れている」「福島に行ったら病気になる」と唱え続け、その考えを補強する証拠や情報しか受け入れようとしないのだという。しかし、そういう開沼氏自身が確証バイアスに侵されている疑いがある。

「開沼博の正体〈前編〉」で紹介した、見てもいない11年4月10日の「高円寺デモ」を「ウザい」と決めつけ「見過ごせません」と罵倒した話や、疫学と因果推論などが専門の津田敏秀岡山大学大学院教授が行なった疫学研究に対して、社会学者でありながら自分でデータを検証しないまま「専門家コミュニティーからフルボッコで瞬殺されています」と他人の褌を借りて全否定してみせた話は、自らの持論や主張を否定する話への反発であり、開沼氏が確証バイアスに侵されていると考えれば辻褄は合う。

彼が確証バイアスの虜になっていることを疑わせる材料は、他にもある。

反原発運動にあおられた「過剰避難」で人が死ぬ?

横浜や新潟などで発覚した、福島県からの「県外避難者」児童や生徒に対するいじめの問題の背景を尋ねられた開沼氏は、「避難を続ける中で心身に不調をきたすことによる2次被害」があり、地震や津波による1次被害の死者数より2次被害による死者数のほうが多いとした上で、次のように答えている。

「この理由の一つとして考えられるのは、福島の惨事に便乗して過剰に不安をあおる人が現れ、『過剰避難』が生じたことです。一言で言えば福島への負の烙印。(中略)こうしたことを、私たちは風評被害と呼んできました」
「もう一つが差別・偏見の問題です。(中略)県内の通学路を地元の子供たちがゴミ拾いする活動に、『子供を殺す気か』といったメールやファクスが主催者に殺到したなど、例を挙げれば切りがありません。その流れの中で、当然いじめの問題が出てきた。そういう見方をしなければなりません」(『北海道新聞』17年1月14日付)

原発事故後の反原発運動が、被災者の死者数を増やし、いじめや差別の原因にもなっているというのだ。そこで疑問が生じる。

まず、「過剰避難」の規模を人数等のデータで示すことは可能なのか。次に、「過剰避難」による死者数は何人なのか。

それに「過剰」とは、避難する必要がないのに避難したことを意味するのか。その場合、「避難する必要がない」かどうかは、どのような立場の者がどのような基準で判定するのか。そしてその基準は、福島県等の行政機関から同意を得ているものなのか。それとも開沼氏の「偏見」なのか。

当の「県外避難者」男性が開沼氏に反論する。

「開沼氏が言うように、避難者は他人にあおられたから避難したわけではありません。東京大学や大阪大学の教授が『安全』を盛んにあおっていましたが、信用しませんでした。そうした御用学者らはメルトダウンも否定していましたが、私はメルトダウンを危惧して遠距離避難を選択したのです。
遠距離避難者の中には、関東地方など福島県以外から避難した人たちも多数います。開沼氏は全国各地で公演活動を行なう合間に、そうした避難者からも聞き取り調査をしている。にもかかわらず開沼氏は彼らを無視し続けています。多数の『福島県外からの避難者』の存在は“開沼『過剰避難』説”にとって不都合なのでしょう」

架空の人物を“徹底批判”

まだある。

開沼氏は、沖縄県で起きた大阪府警機動隊員による「土人」発言の問題を『琉球新報』紙上で論じた際も、唐突に福島県の話を引き合いに出し、
「今、インターネットで『福島』『子ども』と検索すると『奇形』『健康被害』という関連ワードが自動的に出てくる」「このようなワードを関連させて検索しているのは反原発の立場で福島を応援したいと願う人々である」
と、証拠も示さず反原発運動が“犯人”だと決めつける。そして、
「彼らにしてみれば、原発をやめる理由として『福島』の『子ども』が『健康被害』に侵されているという事実があるのだと思い込みたいのかもしれない」
とする。

開沼氏が言う彼ら――すなわち「奇形」「健康被害」というワードを関連させてネット検索している反原発の人々で、福島の子どもが健康被害に侵されているという事実があるのだと思い込みたい人――とは、開沼氏が作り上げた架空の人物であり、偏見以外の何ものでもない。その上で開沼氏は、
「このようなゆがんだ『正義心』が差別につながるのだということについても、われわれは改めて考えてみる必要がある」
と、大見得を切る(開沼氏の言葉は『琉球新報』16年11月10日付「機動隊差別発言を問う」より)。もはや妄想の次元である。

開沼氏を起用するメディアに「怒り覚える」

こんな調子で反原発運動に対する敵意を剥き出しにする開沼氏に対し、今回、6項目にわたる質問【質問内容は本誌サイトで公開】を同氏のオフィシャルサイトから送ったが、回答期限までに返答はなかった。

そんな開沼氏の“福島愛”は、福島県民からどのように受け止められているのか。

同県中通り在住の女性が語る。

「開沼さんは、反原発の運動をしている人も放射能被害を訴える人も大嫌いなのでしょうね。一方的に『福島は安全だ』と主張するばかりで、幼稚に見える。正直言って、このような人に福島県のことを語ってほしくない」

前出の「県外避難者」男性にも聞いた。

「開沼氏はまるで“福島県民の代弁者”のように振る舞っていますが、迷惑な話です。私をはじめ避難者の多くは、彼の発言に当初は怒りを感じましたが、今では呆れています。むしろ、開沼氏を“福島県民の代弁者”として起用し続けるマスメディアに対して怒りを覚えます」

開沼博氏の「正体」は、不正確な言葉を操り、自らの主観と事実を混同して語る稚拙な論客であり、ルポルタージュの方法も、科学者としての作法も知らないデマゴーグだった。したがって、より本質的な問題は、その正体に気づかずに起用し続けているマスメディアの側にある。猛省を促したい。

(あかし しょうじろう・ルポライター。4月14日号掲載。前編は4月7日号に掲載しています

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