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下駄の雪についた識者という泥(佐高信)

拝啓 城山三郎様

先日、早野透さんと松田喬和さんの共著『田中角栄と中曽根康弘』(毎日新聞出版)の出版記念会に出て、公明党前代表の太田昭宏氏と会いました。同党の高木陽介氏も一緒でしたが、私は2人に、
「共謀罪を通したら承知しないからな」
と浴びせました。

2人はモゴモゴ釈明していましたが、公明党が自民党にベッタリとくっついて“下駄の雪”となっているのは、およそ15年前とかわりありません。2001年から2003年にかけて城山さんは本当に鬼気迫る勢いで個人情報保護法に反対しました。それは呼びかけた私をハラハラさせるほど激しいものでしたが、この法案は創価学会の池田大作名誉会長が自民党と公明党が連立を組む際の条件としたといわれ、私たちは「権力者疑惑隠し法」だと批判しました。

当時、公明党の国会対策委員長だった太田昭宏氏は、城山さんに“理解”を求めようと「お会いしたい」と申し入れたのですね。それで城山さんが、サタカさんも一緒にと向こうに答えたら、
「その人は別の機会に」
と同行を断られました。

私がテリー伊藤さんとの共著編『お笑い創価学会――信じる者は救われない』(光文社)を出して、学会から“仏敵”扱いされていたからでしょう。

「信仰に自信がないんだね」
と城山さんは笑っていましたが、私もそう思いました。

公明党の“下駄の雪”ぶりはますますひどくなっています。共謀罪についても、それは必要と支持する「識者」も現れましたが、そういう人は下駄の雪についた泥とでも言うべきでしょうか。

紫綬褒章を断った城山三郎さん

城山さんのことは誰よりも知っていると自負していた私が脱帽した加藤仁さんの『筆に限りなし』(講談社)に、城山さんと石原慎太郎氏の遣り取りが引かれています。

一橋大学では城山さんが先輩で、文壇では石原氏が先輩という関係だったわけですが、ある時、石原氏が城山さんに、
「どうしていつまでも、あんなことにもたもたしているのですか」
と尋ねたのですね。

「あんなこと」とは天皇制のことで、それにこだわって『大義の末』(角川文庫)という小説を書き、「天皇制への対決」という評論を発表した城山さんに、石原氏は、
「天皇制なんかほっておけば消えちゃいますよ」
と言ったとか。

それに対して、講師を務めた愛知学芸大の女子学生たちが編んだ卒業文集『葵』の座談会で城山さんはこう語ったわけですね。

「僕はほっておけば消えるという気持が八〇パーセント、今まで天皇制の果たしてきた役割を書き続け、言い続けなければならない気持が二〇パーセント、それが戦中派の責任であると思う」

少年兵の体験もあって、「おれには国家というものが、最後のところで信じられない」と紫綬褒章を断った城山さんは、若いころからの読書会「くれとす」の仲間の国立大学名誉教授2人が、瑞宝中綬章を受けた時、
「そんなのもらって、うれしいのか」
と激しく毒づいたのですね。

「汚ねぇぞ」
「恥を知れよ」
と続けて、城山さんの怒りはしばらくおさまらなかったそうですが、『筆に限りなし』のこの箇所に私は呆然としました。城山さんの怒りのマグマを書き落としたと思ったのです。

城山さんが存命なら、共謀罪まで認めてしまう“下駄の雪”とそれについている泥に「汚ねぇぞ、恥を知れよ」と言うでしょう。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、3月10日号)