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根津公子さん勝訴を無視した三大紙

2015年6月5日1:02PM

目をこらして「その記事」を探しました。『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』のいわゆる三大紙(最終版)には1行も見当たりませんでした。『東京新聞』は社会面2番手3段記事で、写真もついた結構、目立つ扱いです。意外にも『産経新聞』は短信ながら載っていました。「その記事」とは、5月28日に東京高裁が下した「君が代不起立 逆転勝訴」を取り上げたものです。

数多(あまた)ある石原都政「負の歴史」の中でも、とりわけ悪質な「日の丸・君が代強制教育」。東京都教育委員会は、卒業式や入学式で「日の丸」掲揚の際に着席したままだったり「君が代」斉唱を行なわなかった良心的な教員を次々と処分してきました。

きっかけは、都教委が2003年10月23日付で出した、いわゆる「10.23通達」です。「都立学校の入学式・卒業式などにおける国旗掲揚・国歌斉唱の実施について、教職員は国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すべきこと、国旗掲揚・国歌斉唱の実施に当たり、校長の職務命令に従わない教職員は服務上の責任を問われることを周知すべき」という内容です。翌04年6月8日には、教育長が国旗国歌に関し、学習指導要領や通達に基づいて児童生徒を指導することを校長の職務命令として教員に出す方針を示しました。まさしく憲法をも蹂躙する暴挙です。

こうした傾向はその後、橋下徹氏が府知事、市長に就いた大阪など各地に広がり、安倍政権の国家主義的教育路線へとつながっています。

いわずもがなですが、都教委と全面的に闘ってきた教員もたくさんいます。その象徴ともいえるのが、根津公子さんと河原井純子さんです。二人は都の処分取り消しを求めて東京地裁に裁判を起こしました。一審では、河原井さんは勝訴したものの根津さんは敗訴。このため東京高裁に控訴。そして根津さんの逆転勝訴判決が出たのです。

『東京』の前文を紹介します。

〈卒業式で君が代斉唱時に起立せず、停職六カ月の懲戒処分を受けた東京都内の元中学校教諭の根津公子さん(六四)が、都に処分取り消しを求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(須藤典明裁判長)は二十八日、「都教育委員会の処分は裁量権を逸脱し、違法」と判断して停職処分を取り消し、慰謝料十万円を支払うよう都に命じた。一審東京地裁判決は請求を退けており、根津さんが逆転勝訴した〉

根津さんは07年、当時勤務していた中学校の卒業式で「校長の職務命令に従わず」起立しませんでした。06年にも起立しなかったことで、都は6カ月の処分を下していました。06年の際も、根津さんは処分取り消しを求めて裁判に訴えましたが、最高裁で敗訴が確定しています。

根津さんとは何度かお会いしました。大変、芯のしっかりした、そして筋の通った教員です。生徒に慕われるのは当然と納得しました。それは河原井さんも同様です。だから、都教委にとっては目の上のたんこぶであり、何とかつぶしたい対象だったのでしょう。個人的には、控訴審勝訴は厳しいのではないかと思っていました。しかし、予想はいいほうに外れました。須藤裁判長は都を厳しく断罪しています。その部分を引用します。

〈須藤裁判長は「積極的に式を妨害しておらず、不起立を繰り返していることを考慮しても、前回の停職三カ月を超える処分は重すぎる」と判断した〉

〈その上で、都教委が一回目の不起立は戒告とし、二回目以降は減給、停職へと機械的に処分を重くしている点を問題視。「不起立を繰り返せば長期間の停職や、免職処分を受けざるを得ない事態となる。教員にとっては、自らの思想や信条を捨てるか、教職員としての身分を捨てるかの二者択一を迫られることになり、憲法が保障する思想や良心の自由の侵害につながる」と厳しく指摘した〉

記事によると、判決後に記者会見した根津さんは「納得できる判決。本当にうれしい」と感想を述べたそうです。裁判長が「憲法が保障する思想や良心の自由の侵害につながる」とまで踏み込んだことを評価したのでしょう。

ちなみに河原井さんは、07年に勤務していた都立特別支援学校卒業式での不起立により停職3カ月の処分を受け、取り消しを求めて根津さんとともに訴えました。一審判決で「停職処分取り消し、慰謝料10万円」の判決を勝ち取り、控訴審でも同じ内容の勝訴となりました。

東京都の教育政策は異様としかいいようがありません。法廷闘争も後を絶ちません。しかも、国政に目を転じれば、安倍政権は国立大学に対しても「日の丸・君が代」を押し付けようとしています。自民党の憲法草案では「国旗・国歌の尊重」の名のもとに、「日の丸・君が代」の強制がうたわれています。そうした状況における勝訴なのです。大きな報道価値があります。

しかし、『朝日』『毎日』の紙面には記事がありませんでした(『朝日』は東京北部の地方版のみに掲載)。もちろん『読売』はスルーです。『産経』は〈君が代不起立、「処分重過ぎ」逆転勝訴〉の見出しで200字弱の短信を載せています。当事者が会見しているのですから、各社の司法担当記者は記事にしているはずです。『朝日』『毎日』とも上司の判断でボツになったのでしょう。それにしても、現場から「これは大事なニュース」と突き上げがあればボツはありえないですから、担当記者の報道センスも疑わざるをえません。

『東京』の記事には都教委のコメントが載っています。

〈東京都の中井敬三教育長は「判決は誠に遺憾だ。教職員の職務命令違反には今後とも厳正に対処する」とのコメントを出した〉

まったく懲りていないのです。最高裁判所第一小法廷は12年1月16日、「戒告にとどまる限りは懲戒権の逸脱・濫用とはいえないものの、戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては,本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となる」との判決を出しています。にもかかわらず、都教委はいろいろな理屈をつけてその後も重い処分を出しています。まるでブラック企業です。

そもそも全国紙は、石原都政に対して厳しい姿勢を見せてきませんでした。「日の丸・君が代」強制に関してもそうです。もし「10.23通達」以降、徹底的に批判キャンペーンを展開していれば、都の教育行政を変えることができたかもしれませんし、安倍政権による国家主義的教育戦略の歯止めにつながった可能性もあります。今回の報道をみると、全国紙もまた反省が足りないようです。(北村肇、6月5日配信「きんようメルマガ」)

※この記事は、有料メールマガジン『きんようメルマガ』で好評連載中の「新聞透かし読み」の118回目です。連載は、まもなく電子出版する予定です。

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