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「上からの住民投票」には、今後も要注意――橋下氏の「都構想」消える

2015年6月2日10:58AM

大阪市の特別区設置をめぐる住民投票は5月17日に行なわれ、大激戦の末、反対多数で否決され大阪市は残ることになった。投票率は66・83%と高かった。

大阪維新の会の橋下徹代表は「重く受け止めている。12月の市長任期満了で政治家を辞める」と会見したが、住民や党関係者、職員らに笑顔で感謝する姿にやり尽くした満足感と自己陶酔がうかがえた。

注目されたのは橋下氏の去就に加えて、結果が「参考意見」程度だった従来の住民投票と違い、2012年に成立した大都市地域特別区設置法により、一票でも賛成が上回れば2年後に「大阪市」という自治体が消えていたからだが、実は既に「都構想」ではなかった。

大阪維新の会は当初、大阪府下の市町村を再編し、大阪府が大阪都になる「大阪都構想」をぶち上げた。しかし、政令指定都市の堺市長選で構想に反対する候補が当選して頓挫。大阪市の24区を廃止して5つの特別区にするという、いわば市内をひっかき回すだけになった。住民投票自体は認めるとした公明党が終盤、明確に反対したことや、政権時代に「大都市地域特別区設置法」を法案化させた「負い目」もある民主党も辻元清美衆院議員が自民党議員と街宣カーに乗り「こんな光景、見られないですよ」と奮戦。辛うじて稀代の“デマゴーグ(扇動家)”の野望を挫いたが、出口調査では柳本顕市議団長を中心に共産党とタッグを組んで反対運動を展開した自民党の支持者で賛成票を投じた人が多かった。

投票前夜の南海電鉄難波駅前。「納税者の皆さん、トラック協会とか、医師会とか、弁護士会とか、商店会とか、皆さんの税金が滅茶苦茶に使われてきた。自民、民主、公明、共産は何もしなかった」と橋下氏は演説を「税金無駄遣い」に特化していた。「維新の会vs他党すべて」のように報じられたが、この構想は既に大阪市役所挙げて取り組んできたのである。政党党首、行政の長として両輪で進められる橋下氏は極めて有利だったが、市職員には「都構想についてマスコミにしゃべるな」と箝口令を敷いていた。広報活動にほとんど制限はない。膨大なチラシを作り、橋下氏自らが登場するテレビコマーシャルも。多額の宣伝費のどこまでが維新の会の予算で、どこまでが市の予算なのかも定かではない。

【憲法改正の武器にもなる】

橋下氏が強調した「17年間で2700億円を生み出す」という数字について、ある在阪民放局記者はテレビで「大阪市役所が大都市局に精鋭を集めてはじき出してきた数字ですからいい加減な数字ではありません」と解説した。橋下氏の思うつぼだった。テレビ討論会は補佐役の松井一郎幹事長(大阪府知事)すら出ず、もっぱら橋下氏。弁舌巧みな相手に反対陣営は見劣りしたがメディアは論戦に勝った方が正しいと錯覚させた。

投票1週間前の2日間、大阪市内で反対する学者らがシンポジウムを開いた。藤井聡京都大学教授(公共政策論)は「大阪府に市民の税金が吸い上げられるだけ。論外」と怒り、森裕之立命館大学教授(地方財政学)は「府と市の二重行政による無駄はせいぜい3億円。それで統治機構まで変えてしまうのは危険」と訴えていた。「民主主義をレベルアップした」と会見で自負した橋下市長は街宣演説でも「民主主義の国に生まれてよかった。そうでない国なら殺されてますよ」とよく語った。さして対立もなかった場に二項対立を持ち込み「話し合いでは解決しない」と熟議させずに勝負させ、多数を得ることを民主主義としてきた。

今回の住民投票は市民から運動が起きての住民投票ではない。政党党首を兼ねた行政の長が押しつけた「上からの住民投票」だった。

構想の新5区の名が「中央、東、南、北、湾岸」などと無機質なのも住民が参加して作り上げた再編でないからだ。だが仮に投票率が1%でも賛成多数なら成立した。稀に見る大接戦は、憲法改正を狙う為政者に議会工作が困難な時、個人的人気の高い人物を使う住民投票(国民投票)という武器があることを示してしまった。

(粟野仁雄・ジャーナリスト、5月22日号)

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