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平和と民主主義の「根拠地であり出撃基地」――社会文化会館「三宅坂」に幕

2013年3月22日7:57PM

社会党結党大会の写真(左上)などに見入る村山富市元首相。(写真/伊田浩之)

 労働運動や市民運動の拠点として約半世紀にわたって親しまれてきた社会文化会館(東京・永田町)のお別れ会が二月二七日にあり、会館に本部を置いていた社会党や社民党の関係者、ゆかりの人たち約一五〇人が別れを惜しんだ。

 同会館は、その所在地から通称「三宅坂」と呼ばれてきた。地上七階・地下一階建てで、東京五輪の一九六四年に完成。社会党・社民党が利用し、五~七階を占めるホール(六八〇席)では社会党時代の最盛期に約二〇〇人いた国会議員の党大会などが開かれてきた。

 同会館は国有地に建っているため、社民党関係者によると、五~六年前から財務省が土地の買い取りなどを打診してきたというが、結局まとまらなかった。東日本大震災後、耐震強度に問題があると東京都に指摘され、社民党本部は一月下旬に民間ビルに移転した。同会館は業者に引き渡され、解体がはじまる。

老朽化で取り壊される社会文化会館。(写真/伊田浩之)

 お別れの会で、社民党の福島瑞穂党首は「会館は私たちの根拠地であり出撃基地で、平和と民主主義と平等をここから生み出してきた党の歴史を大変誇りに思っている」とあいさつ。村山富市元首相(八九歳)は「なんとも言えない寂しさを感じている。ただ過去を振り返るだけではなく、前へ進むよう頑張ってほしい」と激励した。

 お別れの会には、社会党から分裂した新社会党や民主党の関係者なども多数出席。党の歴史を展示した写真パネルに見入ったり、会館内を見学して回ったり、思い出話に花を咲かせていた。

 リレー発言では、保坂展人世田谷区長(元衆議院議員)が「私が初めて原稿料をもらったのは(党の機関紙の)『社会新報』だった」とエピソードを披露した。

 土井たか子・元衆議院議長の秘書を永年務めた五島昌子さん(七四歳)は「安保闘争などで若い人のエネルギーが会館に渦巻いていた。政治は圧倒的に男性社会だったが、土井さんが日本初の女性党首となり、一九八九年の参院選で『山が動いた』大勝利を収め、女性議員が増えたことも懐かしい思い出です」と話していた。

(伊田浩之・編集部)

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