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【田中優子の風速計】 猿の惑星を作ろう

 原発稼働の是非を問う住民投票を行なうための条例案が、東京都議会に提出される可能性が出てきた。必要な数の署名が集まる見通しになったからだ。そこで二月一〇日の知事会見で出た石原慎太郎の「サル」発言が俄然注目を浴びている。「そんなもん条例作れるわけないでしょ。作るつもりもないよね」から始まって、「原発に反対するのはサルと同じだ……これは結局人間の進歩というのを認めないまま、人間がサルに戻る事です」と。この……の間では、ストーカー殺人の事例を挙げて意味不明の事を言い、つまり「人間はセンチメントであってはいけない」と主張しているようなのだが、論理が破綻していて要約できない。

 このサル発言に対し「俺たちはサルじゃない」という反発もある。しかし私はサルで結構。「抜群にセンチメント(情緒豊か)な猿の惑星を作ろうぜ!」と呼びかけたい。ところでサルの件は石原の言葉ではない。この人は、責任はそちらに行くように他人の言葉を利用してコメントする人なのだ。今度は吉本隆明が利用された。

『週刊新潮』二〇一二年一月五・一二日号に出たインタビューで、要約すると「文明の発達とは失敗と再挑戦の繰り返し」「我々が今すべきは原発を止めることではなく完璧に近いほどの放射線防御策を講じること」という意味のことを吉本隆明は言った。その中で、脱原発は「人間が猿から別れて発達し今日まで行なってきた営みを否定すること」というサル発言が出てき、これが石原の気に入ったようだ。これで脱原発を主張する人は全員サル、ということになった。めでたい。「猿の革命」はもうすぐだ。

 しかし年をとるとはこういうことなのかと、私はそちらが怖くなった。覚え込んだいくつかの言葉、たとえば「科学」「進歩」「文明」に固執しそれを繰り返すのは、思考力が無くなっているからだ。起こった事態に面と向かい新しい対応を模索する、という頭脳の弾力が無い。「バカの一つ覚え」とはこのことである。昔のことは覚えているが最近のことは忘れる、という高齢者の病も疑われる。

 原発賛成派は、新しい現実を受け容れられず発想の転換ができない立派な「人間」である。今回のサル事件は、還暦を迎えた私への、そういう年の取り方をするな、という警告と受け取った。せっかく還暦なのだから、サルまで戻ることにする。

(3月2日号)

関西電力の原発11基「全停止」歓喜の声

関電の全原発停止を祝う若者たち。(写真/たどころあきはる)

 福井県若狭湾に集中立地する関西電力の原発11基が、高浜原発3号機の定期検査入りで、すべて稼働停止した2月20日、京都では若者たちが、「脱原発実現!祝賀会」を開き、気勢をあげた。

 関電の全原発が停止したのは33年ぶり。全国的には、3月26日に東京電力の柏崎刈羽原発6号機、4、5月頃に北海道電力泊3号機が定期検査入りし、この間に再稼働する原発がなければ、日本中の商業用原発54基のすべてが止まることになる。

 続く24日の大飯原発3、4号機再稼働阻止の集会では福井県小浜市・明通寺住職の中嶌哲演氏が「福井の脱原発は、全関西人の課題」と、熱く連帯を強調。若者たちは「再稼働なら、体を張ってでも阻止」と強硬姿勢で、本番ともいうべき「バイバイ原発3・10きょうと」集会に臨む。

 同集会の実行委では、制服向上委員会のショーをはじめ若手アーティストのライブパフォーマンス、エコマルシェ(雑貨販売)、フリースピーチ、ヤングパパママ企画など多彩に準備。寺社回りで世界遺産にも登録された有名寺院の賛同も取り付けるなど、若いセンスと行動力を発揮している。

 大阪でも、東京電力福島第一原発震災1周年の3月11日、中之島公園一帯および扇町公園の両会場で計2万人の参加を予定。関電本社に抗議する。

(たどころあきはる・ジャーナリスト、3月2日号)

福岡高裁が「最終解決」に異議――国の「認定基準」を否定

 水俣病の認定申請をしていたにもかかわらず二一年間も放置され、棄却処分となった溝口チエさん(故人)の次男、秋生さん(八〇歳)が、棄却処分の取り消しと認定義務付けを求めていた裁判で、福岡高裁は二月二七日、チエさんを水俣病と認めるよう熊本県に命じる判決を出した。

 西謙二裁判長は判決理由を「生活状況等を総合的に考慮することにより、水俣病と認める余地がある」とした。

 本裁判で最大の争点となったのは「認定基準」の妥当性だ。一九七七年に旧環境庁が通知したこの基準は、手足の感覚障害や視野狭窄など複数の症状が組み合わさっていることを認定の条件としている。水俣病発生の初期から住民の検診をしてきた原田正純医師は、メチル水銀に被ばくしている人の数は「二〇万人に及ぶ」としているが、現在、認定された人は約三〇〇〇人にとどまっている。

 国が被害を狭く限定したことで棄却処分された人々は、裁判によって認定を求めた。相次いで提起される訴訟に対し、政府は九五年、「感覚障害のみ」の人に一時金を支給する「政治決着」を図る。しかし、受け入れた人について国は、「患者」ではなく「被害者」と定義し、「認定基準」はそのまま据え置かれた。

 しかし二〇〇四年、関西訴訟最高裁が「認定基準」とは別の基準を示したことで、認定を求めて名乗りをあげる人が急増した。

 この事態を打開するため政府は〇九年、水俣病被害者救済特措法を成立させ、感覚障害だけでも「被害者」として救済する道筋を示したが、同法による救済の受付けの締め切りは今年七月末。「最終解決」を目前に控えた政府は、細野豪志環境相自らが先頭に立って告知活動を活発化させるなど、かつてないほどの“熱心さ”を見せている。

 一方で、差別などを恐れ申請をためらう人が現在も少なくない。行政は「紛争処理」ではなく、被害の実態調査ひいては「認定基準」の見直しにこそ“熱心さ”を見せるべきだろう。

(野中大樹・編集部、3月2日号)