「カネ」から「報道の自由」問題へ――独大統領が新聞社に圧力
2012年2月2日4:10PM
ドイツの現大統領クリスティアン・ヴルフ氏(キリスト教民主同盟)の五〇万ユーロ(取引が行なわれた二〇〇八年のレートで約八二〇〇万円)不正融資関連で、氏の偽証が明るみになったのが昨年一二月。ところが話は「政治とカネ」のスキャンダルで収まらなかった。この偽証を第一報した大衆タブロイド紙『ビルト』の編集長らに対し、ヴルフ氏は発売前日に「記事を公にすれば法的措置をとる」といった脅迫まがいの電話をかけていたことが発覚したのだ。
ドイツ・ジャーナリスト連盟のヘンドリック・ツェルナー氏は「大統領の行為は彼がジャーナリストたちを甘く見ているということの証だ」と国内メディアのインタビューで説いている。
これを機にドイツメディアの関心が不正融資と偽証よりも脅迫事件の追及に傾きつつある中、『ビルト』の報道真意に対し疑問視する声もあがっている。ライン・ジャーナリスト事務所のカール・レェッセル氏もその一人で、ヴルフ氏が報道の自由を侵害したことを批判しつつも「『ビルト』のゴシップ中心主義を考えると、社会的な使命感から発表に踏み切ったと見るより、金儲けのための商行為と見るのが妥当」と、報道する側の姿勢を指摘する。
オンラインメディアやラジオで執筆・発言するジャーナリストのゾーニャ・エルンスト氏も『ビルト』の発行元シュプリンガー社と大統領とは本来良好な間柄だとしたうえで、「汚いやり方を常套とする『ビルト』を今回の件で報道の自由を守る旗手のように受け止めるのは果たしてどうか」と疑問を呈する。両者の“間柄”に鑑みると、『ビルト』側にヴルフ氏につけ込まれる隙がまったくなかったとは言いきれない。しかし問題の本質は国家権力が報道機関に対し不当な圧力をかけていたという点にあるはずだ。他の国内メディアも言論の自由を脅かす今回の事件を重く見ており、進退問題も含めて大統領批判を連日報じているが、任期途中での辞任者を立て続けに出したくないという政治的思惑から不問に付される可能性も高い。
(矢嶋宰・フォトジャーナリスト、1月20日号)