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編集長後記

 ヤフー、アイフォンと米国ビジネスを買い取り巨大化してきたソフトバンクの孫正義社長が東日本ソーラーベルト構想をぶちあげている。ビル・ゲイツが東芝との次世代原子炉開発はじめエネルギー事業に乗り出そうとしていることを考えれば、孫社長が関心を持っていても不思議ではない。

 一方、脱原発への批判も始まっている。マスコミでいえば読売や産経。自然エネルギーは二〇年前からある古い議論で成功していない、やはり原子力エネルギーは先進国には必要だという”古くさい”論理だ。このような状況では、孫の“ベンチャー”精神を応援したいと思うが、孫かあー、と溜息も隠せない。

 二〇〇九年六月一二日号のソフトバンク特集でホリエモンこと堀江貴文氏に話を聞いたことがある。「孫さんは超巨大になる会社を大金で買うスタイル」「貪欲」と指摘していたが、つくづくその通りだと思う。高い買い物をする、莫大な借金をして「大きすぎて潰せない」を狙う、株式会社だから実は本人はノーリスク……。眉に唾つけて見守ろう。(平井康嗣)

携帯電話は社会にどんな変化をもたらすのか、まだ解答が浮かばない

 平日の午前10時、JR山手線。座っている乗客28人。そのうち携帯電話を使っているのは6人、新聞を読んでいるのはゼロ。書籍を読んでいるのは2人。『週刊金曜日』を手に持っているのは1人(私です)。携帯電話とは言っても、通話している人はおらず、大半はメールをしているかゲームに興じているようだ。

 70年代は新聞、80年代は週刊誌、90年代はスポーツ紙を読む人が多かった。ただ、それはサラリーマンの傾向で、若者はウオークマンが主流だった。一方、携帯は、性別に関係なくすべての年代に浸透している。

 今月初め、ゼネラル・モーターズ(GM)が経営破綻し、事実上の国有化になった。かつて経営陣は「GMにとっていいことは、米国にとっていいことだ」と豪語していたという。一足先に破綻したクライスラーも、まさか「倒産」の憂き目に遭うとは想像していなかったはずだ。

 だが、電通のある中間管理職は10年以上前、こう話していた。「車の時代は終わった。これからはITがらみ、特に通信ですよ」。彼が指摘したのは「広告の出稿量」だった。事実、これまではダントツに多かったトヨタの広告出稿は減少し、「携帯電話がらみの広告がなければ、もう広告営業は成り立たない」(全国紙広告局員)という現状だ。

 本誌今週号でソフトバンク商法を取り上げたが、トヨタ批判がタブーなように、これからは携帯会社の批判記事は徐々に姿を消していくだろう。弊社の「企業正体シリーズ」に、電通、トヨタ、三菱重工に続き、ソフトバンクを加えることになるかもしれない。

 さて、携帯電話の大きな特徴は、通信、情報検索、ゲームなど複数の機能をもっていること。この点は新聞、テレビとはまったく異なる。言い換えれば、携帯は「自分の部屋にいる」ような状況をつくることができるのだ。
 
 一方で、化粧や食事を車内ですます人の姿は珍しくなくなった。まさに私的空間と公的空間の融合が生じている。両者の境目が薄れたとき、社会や文化にいかなる変化が現れるのか。「公共道徳の乱れ」という単純なことで収まる話ではなく、もっとはるかに本質的な変容がもたされつつある――と、そこまではわかる。だが、問題はそこから先に何があるのかだ。携帯電話の底知れぬ「力」にたじろぐ浅学非才の私には、解答のきっかけすら浮かばない。(北村肇)