週刊金曜日 編集後記

1254号

▼昨年12月、『麦酒とテポドン』(平凡社新書)という本を出しました。私は大学院で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の経済政策について研究しました。研究調査のために何度も訪朝しました。実は私は『朝鮮新報』の記者を20年間勤め、平壌特派員も二度経験しています。いずれも長期滞在です。拙著はその時に現地で見たり、聞いたりした話を経済の視点からまとめたものです。北朝鮮の一般庶民の暮らしや考えをできるだけ拾い集めたつもりです。
 幸い各方面から好評で、数々の講演会にも呼ばれました。講演会では、北朝鮮が誇る大同江ビールの話をします。「飲んでみたい」という反応をもらうと、率直にうれしい。私はまるで大同江ビールの営業担当になったようです。
 1年近くが経った10月10日、今度は韓国で翻訳本が刊行されました。タイトルはズバリ『メクチュ(麦酒)ワ(と)テポドン』。韓国の方々にも、北朝鮮の庶民の暮らしをお伝えできる機会ができて、うれしく思います。この本が、南北、日朝、そして東アジアを結ぶ架け橋になればと願います。(文聖姫)

▼台風19号は大丈夫でしたか?
 わが家の近所には川があり、その川がかなり増水しました。数キロ先の下流部では川の氾濫で浸水や孤立の被害も出、各地のニュースは人ごとではありません。避難勧告が出たときは本当に迷いました。これまでの台風でも避難勧告は出ましたが、今回は過去とは段違いの雨の激しさ。避難するにこしたことはないけれど、わが家にはすっと動けない事情が。
 ワンコです。犬です。おそらく避難所には入れないし、かといって大雨の中、外に放り出したくない。車の中に閉じ込めておくのもいかがなものか。ペットの避難問題、今回もやっぱり大きな問題になっていますね。
 災害のときは不安です。不安なときは家にいたい。でも避難というのはその心理とは逆の行動なので、人々は躊躇するのです。それを「危ない! 避難しろ!」と危機感煽り型文言で破るのも一手法でしょうが、「人もペットも一緒に避難&避難所は安心・快適」となったら、躊躇なく避難しますよね。ペット不可、体育館に雑魚寝──という避難所に進んで行きたいと思うか、偉い人たちには考えてほしいものです。(渡辺妙子)

▼高校時代、少しだけ声が良かったせいか、音楽教諭に音楽大学の受験を勧められた。ピアノも触ったことがないのに、おだてに乗ってその気になった。声楽家を目指していた中学時代の親友Mに相談したところ、彼は私の決断を喜び、レッスン先を紹介してくれ、一緒に学んだ。ただ才能あふれる彼と共にするなかで、己の実力のなさを痛感し、結局一般大学に進学した。一方、Mもなぜか音大受験を失敗して浪人生活を送っていた。
 その年、朝自宅で目覚めるとMが台所でひとりパンをかじっている。他人の家に勝手に上がり込んだ様子。その頃、私の不在中、同居する家族に無断で侵入する奇行が目立ち始めていた。迷惑だった。感情にまかせて叱責すると「ゴメン」とひと言残し出て行った。
 そして約10日後、Mは自ら命を絶った。遺書は残っていない。私は自分を責め泣き続けた。後になって知った言葉だが、しばらく"慟哭"の闇のなかにいたと思う。彼の死から37年、日々記憶は薄れているが、年に一度の墓参りは欠かさない。命日の10月20日は日曜だったので、妻と2人で墓前に花を添えた。(町田明穂)

▼10月18日号の特集に出てくださった憲法学者の植野妙実子氏に、海外の学会での話を聞いた。30年来のつきあいというイタリア人の憲法学者と雑談中、イタリアに進出していた三越で彼の母親が戦時中に働いていたことを初めて知ったという。なぜその話をこれまでしなかったのかと聞くと「イタリア人にとっても日本企業に協力したことは恥なんだ」と言われたそうだ。イタリアでは、国民の手でファシストのムッソリーニを倒した点が、ドイツや日本とは違うという自負があるらしい。
 しかし、その学者が一番問題にしているのは天皇制で「日本は戦前・戦中・戦後、同じ人物が君臨した。憲法は変わったが、君主が何ら戦争責任を問われずにそのまま居続ける。それはあり得ないだろう。日本国民自身が、天皇制についてきちんと反省すべきだ」と指摘したという。「本当に恥ずかしかった」と植野氏は述懐する。
 即位祝賀一色のご時世では「反省」など求めようもないが、せめて即位パレードの中止くらい誰か進言すればいいのに。「延期」では、被災者に配慮したふり、なのが見え見えなのだが。(宮本有紀)