週刊金曜日 編集後記

1230号

▼5月の大型連休である。うれしいはずの休みだが、大人でさえ休み明けに出社できないかもと不安に思っている人が私のまわりでもチラホラ。子どもなら、なおさらのことである。実際、内閣府の調査によると、休み明けの子どもの自殺は増える傾向にある。親やまわりの大人は、子どもの何に気をつければいいのだろうか。
『不登校新聞』編集長で自身もかつて不登校だったという石井志昂さんによると、以前と比べて「できない」が増えたらSOSの兆しで、「休みたい」と言い出したら本人は限界にきているので即刻休んだほうがいいという。「学校は命がけで通う場ではない」「学校よりもあなたが大事」と伝えてほしいと石井さん。以下は相談窓口だ。
 子どもの人権110番(0120・007・110)、登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク(03・3906・5614)、チャイルドライン(0120・99・7777)。連休が近づき、相談が増えているという。(吉田亮子)

▼NHKが天皇夫妻の伊勢神宮参拝に際して「皇室の祖先の天照大神」と報道したことは、神話と史実の混同であり、フェイクかもしれないニュースを、真偽の保留もなく追認したに等しい(もっとも「祖先とされる」ならOKとする業界の通例〈「BuzzFeed News」4月19日付〉も欺瞞だ)。
 戦前の天皇制を「無責任体系」と喝破、戦後民主主義思想の旗手だった丸山眞男は、後年、「歴史意識の『古層』」(1972年)なる論考を出した。「記紀神話」にまで辿って、その叙述に日本の歴史を貫通するものがあるとするテーゼは、本人の意図はともかく、結果的に天皇制神話の実体化に一役かうもので失望させられた。
 丸山は、歴史の「古層」に「つぎつぎになりゆくいきおひ」を見るのだが、安倍首相の大好きな「スピード感」や既成事実の積み重ねを連想する。代替わりに乗じて神話の実体化がなされる「いきおひ」に注意深くありたい。(山村清二)

▼明日は4月27日だ。1年前のこの日、3回目の南北首脳会談が行なわれた。韓国の文在寅大統領と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正恩朝鮮労働党委員長が板門店で固い握手を交わし、互いに促されて南北を行き来した。
 北朝鮮がミサイルや核実験を繰り返す中、緊張状態が続いた2017年とはうって変わって、昨年は緊張緩和ムード漂う1年だった。北朝鮮の平昌冬季五輪参加、11年ぶりの南北首脳会談、6月12日にはシンガポールで史上初の米朝首脳会談が実現した。9月には5回目(4回目は5月)となる南北首脳会談が平壌で行なわれた。年に三度の開催はまれだ。
 ところがここへ来て少し雲行きが怪しくなってきた。2月の米朝首脳会談が物別れに終わったからだ。米朝両首脳とも第3回会談の開催を否定していないことに望みを託したい。17年の状況に再び戻るべきでないことは、誰もが知っているはずだ。(文聖姫)

▼新元号をめぐる一連の騒ぎを見ていると、切り取られた「伝統」に気付く。一見「伝統」的に見える元号は暦という観点から見るとキリスト教由来のグレゴリオ暦にうわべだけ貼り付けられた時間の呼称にすぎない。伝統的な太陰太陽暦の旧暦(天保暦)は、あえて使えば明治5年の12月2日の翌日から太陽暦の新暦(グレゴリオ暦)明治6年1月1日に切り替えられてしまったからだ。元号が残っていることが「日本スゴイ」と自慢げに報道されるが、内実はとっくの昔に太陽暦になっている日本に比べれば、旧正月など生活レベルで太陰暦の影響の残る他の東アジアの国々の方が、よっぽど伝統と共存している気もする。
 見かけ倒しの「伝統」元号騒動は、日本の民主主義のあり方をもあぶり出している。庶民不在の改元、退位、即位で明治以降に創られた「伝統」天皇制の一大プロパガンダがはじまろうとしている。(原田成人)