週刊金曜日 編集後記

1133号

▼「天下国家の一大事。はたまた組織を揺るがす大事件。これらを前に人権など論じている場合か。一殺多生。多くの生命を救うなら、一人を殺すのもいたしかたなし」
 主張がいかなる者であれ土壇場で本性があらわれる。生命の尊厳を踏みにじるための言い訳。その言い訳を振りかざすか否か。人間の真価は「禁じ手」に甘えるか退けるかで決まる。普段は人権だ、平和だと主張する人でも、自己陶酔がすぎれば簡単に暴力を振るう。
 私にはいくつか気をつけていることがある。その一つは声量だ。男性の声はただでさえ女性にとってはうるさいという。息を潜めて世を見渡せば、実に騒々しい"野郎"が多い。またどんなときも「殺される側」に立ちたいと考えている。その視点から世を見つめるとき、複雑に見える問題の大半が、男社会の身勝手さに起因することがわかる。その身勝手さを支える虚栄心と傲慢とを自戒をこめて忌避したい。維新をもっぱらめでたいとするおめでたさは、この恥に気づかない点でもある。(内原英聡)

▼アニメの主人公が表紙を飾ることに驚かれた読者もいると思います。表紙で内容に興味を持たれた方は、全共闘運動の話からインタビューが始まることを不思議に思うかもしれません。ただ、安彦良和さんにお逢いして静かな感銘を受けたのは、戦争や人間について真摯に思考を巡らせ続けてきた方だということです。安彦さんには、萩尾望都、古谷徹、貞本義行の各氏ら17編の対談を収録した『アニメ・マンガ・戦争』(2005年、角川書店)もあり、お勧めです。
 安彦さんは、『原点』(岩波書店)のあとがきで、戦争に巻き込まれる人たちや巻き込まれるであろう人たちの「絵」をつくるのはとてもつらい、と書かれています。シリア問題についてもふれています。
 朝鮮民主主義人民共和国に対する米国の攻撃危機が高まっているなか、戦争を避けるには戦争のメカニズムを一人ひとりが考える必要があるのではないでしょうか。このインタビューがそのきっかけになれば幸いです。(伊田浩之)

▼「国算理社英プ。」ある大手塾の広告。「プ」とは、プログラミング学習です。小学校で2020年に英語とともに必修になります。現在でも、子どものための講座は盛況で、未来のジョブズを育てたいという親もいるそうです。
 プログラミング学習も、アベノミクスの成長戦略の一つです。新しい情報サービスの消費者としてのリテラシーが、大多数の市民に求められるのです。
 ビッグデータも成長戦略には不可欠です。そのデータは、ウェブでの検索やSNSを利用する私たちの無償労働で集積されたプライバシー情報です。それを利用する技術者の養成も狙いです。
 データを集めるグーグル等のプラットフォーム企業は、超低金利政策により、莫大な資金が投入され、巨大化し寡占状態です。
 労働者の殆どはアウトソーシング。不安定で低収入で保障もありません。ジョブズのように成功できるのは一握りです。大多数の市民には、次のディストピアが待っているのでしょうか。(樋口惠)

▼「人はわかり合えない」。本能的に争い、差別をする生き物だ。そしてその差別は新たな差別を生み、連鎖していく。だから私たちは人為的にでも均衡を保たなければならない。相手を知り、尊重し、慮ることが必要だ。弱者を切り捨て本能の赴くままに突き進む安倍政権の暴走を許してはならない......。と、今回の安彦良和さんのインタビューで強く思った次第である。
 さて、昨今、メディアを騒がす「香害」。その名称から誤解されることがあるが、化学物質過敏症は、患者が神経質で思い込みが強すぎるから起こる疾患ではない。花粉症や喘息同様、嫌でも体が勝手に反応してしまう。健康被害は、頭痛、吐き気、不眠など多岐に亘る。一番の問題は、周囲の無理解、認知度の低さだ。誰もが知らぬ間に加害者になっている。その苦しみはその人にしか理解できない。しかし理解できないからこそ、人為的にでもそれを知る努力をしなければならない。「わかり合うこと」からすべては始まる。(尹史承)