週刊金曜日 編集後記

1093号

▼「蛇蝎のごとく嫌う」というが、松山千春さんの共産主義への嫌悪感はまさにそれだ(本誌5月13日号)。しかし「国共合作」になぞらえた安倍首相の「民共合作」という批判はどうだ。一国の首相が公党である共産党を「非合法政党みたいな扱い」をし、野党のイメージ操作をする。東京・吉祥寺で19日の夕方に行なわれた街頭演説も、そんなことばが聞こえてきた。情けない。でも今回は"カウンター"の姿が目立った。「アベ政治を許さない」のプラカードをもつ人たちも。"帰れコール"に首相は気色ばんだが確かな意見を一人ひとりが示す。これこそ今度の選挙で私たちに求められていることだ。
 19日は、その足で「コンサート・自由な風の歌」の練習に向かった。
「君が代」斉唱不起立で処分された教員を支援するために始めたもので、ピアニストの崔善愛さんがプロデュース。合唱団は故林光さん作曲の「日本国憲法前文」に挑む。7月24日東京・セシオン杉並で午後2時から。(小林和子)

▼「日本の高齢者は〈ボッチ〉が多い」「友達少ない高齢者」と、まるで高齢者を揶揄するような見出しで、5月20日閣議決定の2016年版「高齢社会白書」が報道された。困った時に家族以外で助け合える親しい友人がいない率が、同時調査したアメリカなど4カ国のうち日本が一番高い、として「地域社会から孤立しないように社会参加を促す取り組みが必要」と結論付けられている。しかし、無理やり引っ張りだされるのは苦痛と感じる人はいるはず。それより、生活できる年金を充実させることが先ではないのか。
 高齢化社会を見据え、「命の重さの比較」という信じられない論が見え隠れするいま、麻生副総理の「90歳で老後心配 いつまで生きてるつもり」発言はその論から発しているような気がしてならない。いまに医療費削減と称して、とんでもない高齢者対策が準備されるのではないかと気がもめてならない。(柳百合子)

▼「自分の言葉で(憲法を)語れる市民を増やしたい」と、友人が自宅で勉強会を開きました。
 仕事柄、なかば強制的(?)に「憲法」と接してきた私にとっては、日常で憲法に向き合う時間が新鮮な感じがしました。とはいえ、私自身、憲法を自分の言葉で語れるか、と言えば、どうも心許ない。自分の生活のどこに、どうやって憲法が活かされていて、憲法に守られていたことがあったのか......。今まで「憲法」を意識せずにこられたのは、ある意味、とても幸せだったことに気づきました。
 改憲への意欲をしめす安倍晋三首相は、参院選の結果次第で「次の国会から憲法審査会を動かしていきたい」と述べました。9条はハードルが高いので、まず「緊急事態条項」「家族保護条項」を手始めに、と見られています。
 やはり今度の参院選は「憲法」が争点。なくなって初めてその良さに気づく、ということがないようにしたいです。(弓削田理絵)

▼参院選が近づくと、新聞やテレビは支持率などについての世論調査で賑わう。回答者は電話番号などで選ぶのだそうだが、くじ運が悪いようで選ばれたことはない。
 その世論調査で気になるのが、NHKに多い「どちらともいえない」という選択肢だ。「憲法改正」などの重要な問題になると、この答えが〈賛成〉・〈反対〉より多いこともしばしば。判断に迷っている人も確かにいるのだろうが、権力の風圧が強まるなか、様子を見ようという人が増えているのかもしれない。風向きが定まればそちらに雪崩をうつのではないか。
 二年前の都知事選で圧勝した舛添要一氏が辞任した。疑惑への対応のひどさにはあきれたが、熱い支持を裏返したような攻撃の激しさにもうんざりした。一票を投じた人もそれに加わったのだろうか。それとも自らの不明を恥じておとなしくしていたのだろうか。憲法の命運がかかる参院選では、戦争に巻きこまれてから不明を恥じても間に合わない。(神原由美)