週刊金曜日 編集後記

1060号

▼『水原秋櫻子全集』(全21巻、講談社)を買った。全国各地の古書店在庫がわかるサイト「日本の古本屋」で検索したところ、手頃な価格のセットが編集部近くの古書店にあったので、現物を見に行った。店の人は「草田男以前の俳人は人気が落ちているし、ネットの普及で安売り合戦になっている」と嘆く。そうか。倉庫などでなかば死蔵されてきた古書が日の目を見る利点だけではないのか。
 いや待てよ、と思う。マルクス経済学者、宇野弘蔵氏の著作など、佐藤優さんの紹介で人気が復活している古書も少なくない。やはり長引く不況で財布の紐が固くなっているのが主原因だろう。
 アベノミクスは最初から間違っていた。安心安全な生活を信じられない庶民は自己防衛に努めざるをえない。株式市場で年金を運営するなど論外。特集にあるように案の定、大損した危険性が高い。本を読まない→反知性主義に陥る→ますます読まない、の悪循環を止めたいと切に願う。 (伊田浩之)

▼10月に入っての通勤途中、JR中央線車内テレビ画面での「優先席では混雑時のみ携帯電話の電源をお切りください」には驚かされた。もう一度その画面が出るのを待って確かめたかったが、なかなか出てこなかった。乗り換えた地下鉄では聞きなれた「電源をお切りください」というアナウンス。
 急いでネット検索したところ、JR東日本を含む鉄道業者37社局が「優先席付近での混雑時のみ電源を切り、それ以外はマナーモードでOK」と9月17日に発表していたことがわかった。理由は、2012年7月にペースメーカーの誤作動を招く恐れがあった「第2世代」携帯電話のサービスが終了し、電波の弱い「第3世代」に変わったこと、ペースメーカーも改良が進み電波の影響を受けにくくなっているというのだが、まだ周知にバラツキがあるらしい。
 たとえ電波が弱くなったとしても、利便性を優先するあまり、電磁波全般の問題がなおざりにされるのは許せない。 (柳百合子)

▼今週号のメディア一撃「人権とメディア」で記事を執筆している中嶋啓明さん。実は8月21日号以降、肩書きから「共同通信社記者」を外している。理由は、その前回(この欄は3人のジャーナリストが交代で執筆)7月17日号の中嶋さんの記事「『屈服』しました 企業内記者の社外活動」で、社外執筆について自社の就業規則を取り上げ、問題視されたからだ。この記事について規則に則り事前に社に届け出たが掲載は認めないとの業務命令、中嶋さんは従わずに「顛末はまた」と記事を締め括った。
 その後、この件で処分は出なかったものの、あらためて就業規則違反に当たることを言い渡されたという。それ以降届け出ると、社の見解と誤解されるので執筆するなら肩書きを外すようになどと言われ、毎回外している。というわけで中嶋さん本人が「顛末」を執筆することは当分許可されないと思われるので、代わってご報告する次第。まずはバックナンバーを読み返してほしい。 (吉田亮子)

▼ユネスコの世界記憶遺産に南京大虐殺が登録された。日本政府は申請した中国政府に抗議。さらに菅義偉官房長官は、ユネスコへの分担金・拠出金の支払い停止にまで言及した。戦争に向かう国家は歴史を改竄するものだというが、「慰安婦」問題にせよ、この国の暴走に目眩がする。
 そんな中、本誌連載から大きな反響を呼んでいた辺見庸さんの『1★9★3★7(イクミナ)』が刊行された。辺見さんの言葉はつねに私を突き刺す。「お前はどうするのだ」と問われる。本書で辺見さんは、お父上が戦時中に何をしたのかということを軸の一つにしているが、私は祖父が戦時中に何をしたのか、ということをまったく知らない。深く知ろうとしなかった自分と歴史修正主義者たちの違いは何だろう。
 辺見さんは本書の中でこう記す。「『1★9★3★7』はげんざいによって救われなくてはならない。それができなければ、げんざいも救われないのだ」。 (赤岩友香)